ヨーロッパの限りない大地

ヨーロッパの色々な都市を訪問した思い出をつづっていきたいです。

パリ・マルモッタン美術館の思い出

2006-08-20 01:01:25 | パリの思い出
パリの美術館の中で、どこが一番お勧めか聞かれることがある。
もちろん、その人の好みによって違うため、どこが一番かなんて簡単には答えられない。
しかし、単に自分の好みから言うと、マルモッタン美術館と即座に答える。
16区、地下鉄の駅を降りて、公園のあいだを抜けていく。
そして小さな邸宅のような美術館に到着する。
単に作品の量からすると、ルーブルやオルセーのほうが充実しているのに決まっている。
しかし、実際全部鑑賞するとなると、かなり無理はある。
その点、マルモッタンはこじんまりとしている分、全ての作品を存分に見れる。
邸宅らしい品のよい調度品などを見た後、地下に降りる前に、あえて上にあがる。
ここでは、ベルト・モリゾなどの印象派の連中の、地味だが渋い作品を鑑賞する事が出来る。
彼女の絵画は、タッチこそ荒々しいものの、それにより何気ない家族の風景が夢の中に描かれているような気がする。
それが一室で十分に堪能できるのは、本当に幸せなひとときである。

地下に降りると、そこはモネの世界である。
自分の好みからすると、晩年のそれこそ画面に叩きつけるような筆致の庭園の絵はあまり好きではないので、その前はさっと通り過ぎる。
そんなひねくれものの自分としても、やはり「印象・日の出」はじっくり見ざるをえない。
あたかも水墨画のような絵画。
あらためて見ても、このような絵を当時の画壇に「どうじゃ!」と叩きつけた、モネの革新性に感銘を受ける。
単に自分好みとしては、モネも普通っぽい風景画が大好きである。
パリの美しい公園を描いた小品の方がいい。
地下を一通り見た後、もう一度上にあがり、あらためてモリゾの作品を見、彼女に思いを馳せる。
改めて、このような美術館がさりげなく存在する、パリが恋しくなってくる
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こい味のギリシャ風サンドイッチ(パリ)

2006-08-14 23:36:47 | パリの思い出
自分がパリの下宿に住み始めた頃、ちょうど真正面にも中華の総菜屋があった。
しかしさすがに過当競争なのだろうか、しばらくしてギリシャ風サンドイッチの店に変わってしまった。
そういう店もパリにはよくある。
大概大きな肉の塊があり、それを削ぎ落としてサンドイッチの具に使っている。
基本は羊の肉だそうだ。
それでも味はポテトフライやオニオンなどの付けあわせもあって、普通のハンバーガーのようにおいしく食べられたので、ちょくちょく買いに行ったものだった。

そこで働いている人は、若い兄ちゃん二人くらいと、50代くらいの年配の男性だった。
親子かもしれないが、よくわからない。
本当にギリシャ人か、それもよくわからない。一応ギリシャはEUの中なので、移民の関係などで当局から目をつけられにくくするため、「ギリシャ風」を名のっているのかもしれない。(全くの想像です)
ある晩、サンドイッチを買いに行ったら、年配のおじさんが40くらいの女性客と話をしていた。
じっと見ていると、その内、おじさんは彼女の電話番号を聞き出すことに成功した。
若い店員がはやし立てる。おじさんは少し興奮していた。
そのおじさんが、ぼくのサンドイッチを作ってくれたのだが、興奮が続いていたのか、ドレッシングをやたらかけてしまったのだ。
おじさんに機嫌よくそれを渡され、文句を言うのもなんなので、そのまま下宿に持って帰り、少し濃い味のサンドイッチを味わう。
その後、あのおじさんのランデヴーは成功したのだろうか。
よくわからない。
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パリの笑顔のシノワーズ

2006-08-11 23:26:54 | パリの思い出
パリといえども、いやパリだからと言うべきが、中華料理屋は多い。
特に小さな中華総菜屋などは、自分の下宿の周りにたくさんあった。
一応簡単なテーブルなどはあるのだが、狭いので、大体アンポルテにして下宿で食べていたものだった。
手軽にコメなどが食べられるので、結構重宝したものだった。
大体広東風ライスと、揚げ春巻き、あと魚か豚肉の料理を注文して、ついでに冷えたクローネンブルグあたりを買っていたものだった。
一番近いところは、だいたい若い女の子が何人かいた。
自分が来ると、後ろの方にいる女の子たちが、何かこそこそ言っていたのだが、愛想自体はスーペルマルシェのレジのようにあまり愛想はよくなかった。
下宿から二番目にある中華の総菜屋さんは、若夫婦で経営しているところだった。
この人たちは、パリには珍しくニコーと笑顔で応対してくれるので、気分がよかった思い出がある。
その笑顔の力で、料理もおいしく感じ、少し遠くても、そこに通ったものだった。
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スーペルマルシェのレジにて(パリ・モノプリ)

2006-08-08 22:29:06 | パリの思い出
パリのスーペルマルシェの続き
レジの人たちはみんな無愛想な人ばかりだった。(少なくとも下宿の近くのモノプリは)
みんな「アメリ」のカフェのタバコ売りのところにいるおばさんみたいだといってもいい。
一応、ボンジュールとは言ってくれるのだが、言い方もぶっきらぼうで、冷たかった。
しかしそれにも慣れてしまっていたのだろう。
いざ日本に帰った時、コンビニでやたら「いらっしゃいませ」と言われた時「そんなに言わなくてもいいよ」と思ったくらいだった。

レジ係は、女性の方が多かったが、それでも少しは男性もいた。
また、ゲイの人がいたのはパリらしい。
以前日本でもはやった(過去形になってしまっている)ハードゲイでなく、短髪でメガネをかけた「ソフトゲイ」という感じだった。
なんとなく避けていたのだが、それでも人の流れで行かざるを得ないときがあった。
なぜなら混んでいるレジのおばさんに叱られるからである。
ある時、自分の前の人の分もあわせて、レジを打たれたことがあった。
「アラアラ、どうしようかしら」という感じで、チーフマネージャーらしき人を呼んでいるがなかなか出てこない。
少し待たされた後、やっとチーフマネージャーが出てきて、レジをテケテケやり、無事直った。
気まずかったのは言うまでもない。
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パリのパン屋の人たち

2006-08-07 23:32:49 | パリの思い出
自分がパリにいたとき、一番よく行ったのが、モノプリという名のスーペルマルシェ(スーパーマーケット)だった。
理由は単に下宿のすぐそばにあったから、だった。
広さは中くらいなのだろうか、郊外の様に大きくなかったが、街中ではまあまあのサイズだった。
入り口を入ると、右手にパン屋さんがあった。
ここに通いだした頃は、カモシカのような女の子がいて、その子に会うのが楽しみだった。
しかしいつしかその子はいなくなり、メガネをかけた、白人でなおかつ色が白い、アニメ好きそうな若い男が売り子になったので残念だった。
しかしここのバゲットは、夕方でも焼きたてが食べれるのが嬉しかった。
ただ、いわゆる加工されたパンは、少なくともここよりかは日本のほうがいろいろヴァラエティに富んでいいと思う。
甘いものはあまり食べないので、余計そう感じたかもしれない。

パン屋さんといえば、マルモッタン美術館近くの、日本人向けでもあるパン屋さんを思い出す。
一度だけ行ったが、ここでは日本人にも好きそうなパンが多かったようで、嬉しかった思い出がある。
日本人らしい男性の店員さんは、髪をきっちりとひっつめ、いかにもいわゆるパリ在住の日本男性ですよ、という気がした。
パリでもろくに外見に変化のなかった自分とはえらい違いだ。
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