酒田で芭蕉が詠んだ句、「あつみ山や吹浦かけて夕すゝ゛み」。この句に「や」は必要か
華女 句郎君「あつみ山吹浦かけて夕すゝ゛み」。「や」を抜いてもいいと思わない?
句郎 岩波文庫「芭蕉俳句集」を見ると「あつみ山や吹浦かけて夕すゝ゛み」と「あつみ山吹浦かけて夕すゝ゛み」。「や」を抜いたものが載せてある。
華女 「おくのほそ道」に芭蕉はなぜ「あつみ山や吹浦かけて夕すゝ゛み」を載せているのかしら。
句郎 確かに「あつみ山」は五音。「あつみ山や」は六音になってしまう。五音の方がすっきりしているしね。
華女 そうよね。強いて字余りにした理由はあるのかしら。
句郎 この句を芭蕉が詠んだ所はどこだと思う?
華女 「おくのほそ道」に書いてないもの、分からないわ。
句郎 江戸時代の注釈書「奥細道菅菰抄」によると「此の句は、袖のうらにての吟なるよし。酒田の磯、最上川の落口に、袖形の洲崎あり。此処を袖の浦と云。名所にて、古歌多し」と書いてあるから最上川河口の袖の浦で詠んだものだろうと考えられている。
華女 詠んだ場所が「あつみ山」に「や」を付けた理由になるの。
句郎 詠んだ場所の関係から「あつみ山」に「や」を付けた理由がわかるかもしれない。
華女 どんな関係があるの。
句郎 その前に芭蕉は何に感動してこの句は詠んでいるんだろう?
華女 「あつみ山」が北の吹浦の方まで見渡して夕涼みしている。雄大な景色に感動して詠んだのじゃないかしら。
句郎 「あつみ山」を擬人化して詠んだと思ったんだね。
華女 違うのかしら。
句郎 「あつみ山」というのは酒田から南の方にある山の際から温泉の出る所がある。その温泉は海に流れ、海水が暖かい。その場所を人々は温海(あつみ)というようになった。海の際にある800m弱の山を「温海山」という。吹浦は酒田から北にある所だよ。「あつみ山」から吹浦にかけて一望できる袖の浦で芭蕉はこの句を詠んだ。九十九里浜のような海岸線が一望できる浜での景観に感動したんじゃないかな。
華女 雄大な海岸を一望した感動を詠んだ句だというわけね。
句郎 袖の浦という場所が一望できる場所なんだと思う。
華女 袖の浦がそのような一望できる場所だということは分かったわ。しかし「あつみ山」に「や」を付けた理由にはなっていないわ。
句郎 「世の中は三日見ぬ間に桜かな」という俳句を知っている?
華女 知っているわよ。江戸時代の人が詠んだ句よね。
句郎 そうだ。あっという間に桜が咲いた。その感動を詠んだ句だ。天明中興の五傑の一人、大島蓼太の句だ。この大島蓼太が『七部棚捜』の中で「あつみ山や」の「や」について、「やの字はあつみ山やふく浦と首をめぐらしたる句なり」と述べているという。この指摘を「おくのほそ道・全訳注」久富哲雄著(講談社学術文庫)で知った。
華女 「あつみ山や」の「や」は「あつみ山」や「吹浦」をという意味の「や」なの。
句郎 久富は「聴くべき言葉だ」と言っている。
華女 芭蕉は南に向けた首を北に巡らして海岸線を眺めたということなのね。
句郎 「あつみ山や」と切って「吹浦かけて夕すゝ゛み」。雄大な海岸線が見えてくるでしょ。
華女 そうね。
http://www2.yamanashi-ken.ac.jp/~itoyo/basho/okunohosomichi/okuno26.htm