佐渡への想いを詠む 荒海や佐渡によこたふ天河
句郎 「荒海や佐渡によこたふ天河」。この句は佐渡への芭蕉の想いを詠んだ句だと僕は思うんだけどね。
華女 芭蕉の佐渡島への想いとはどんなものだったのかしら。
句郎 佐渡と云えば流人の島だよね。
華女 金山だったんじゃないの。
句郎 佐渡で金山が発見されたのは慶長6年(1601)のことだというから芭蕉が佐渡島に寄せた想いは金山じゃないと思う。
華女 流人というと誰が流されたの。
句郎 承久の乱に敗れ、佐渡に流刑となった順徳院を芭蕉は思い出したのではないかと思う。
華女 どうして芭蕉が順徳院を思い出したと句郎君は分かるの。
句郎 そりゃ、三百年前の人の気持ちが分かるはずがない。しかし想像はできるように思うんだ。芭蕉はもちろん百人一首にある歌は全部知っていたんじゃないかと思う。百人一首に順徳院の歌がある。「ももしきや古き軒端のしのぶにもなほあまりある昔なりけり」だよ。
華女 この歌は何を詠んでいるの。
句郎 「ももしき」はズボンの下に履く下着じゃないよ。
華女 失礼ね。そんなことわかっているわ。
句郎 宮中のことだよね。大宮の古くなった軒端は荒れ果てしのぶ草が繁茂している。昔ここにあった宮中の栄華を偲ぶにも偲べない。今はただ古い軒端にしのぶ草があるだけ。
華女 昔の栄華はただ私の胸にだけ「なおあまりある思い」だけがあると。
句郎 さうだ。「もののあわれ」だよ。芭蕉はこの歌を知っていた。だから佐渡島を眺めた芭蕉は流刑になった順徳院を思ったんじゃないかとね。
華女 佐渡島に流された人は順徳院だけじゃなかったんでしょ。
句郎 「秘すれば花なり、秘せずば花なるべからず」。この言葉を知っている?
華女 聞いたことがある言葉だわ。誰だったかしら。
句郎 世阿弥だよ。
華女 「風姿花伝」にある言葉ね。どんな意味かしら。
句郎 俳句初心者がよく言われる言葉に「言い過ぎちゃいけい」があるでしょ。俳句でいえば「言い過ぎない」ということを「秘すれば花」と世阿弥は言ったんだと思う。言い過ぎちゃうと俳句にならないということを世阿弥は「秘せずば花なるべからず」と言ったのだと思う。
華女 芭蕉は世阿弥の謡曲を知っていたのかしら。
句郎 謡を見て芭蕉は楽しんでいたのじゃないかと思う。「おくのほそ道」遊行柳も謡にあるでしょ。当時の民衆の楽しみを芭蕉も楽しんでいたじゃないかな。政治犯流刑の島、佐渡島を芭蕉は荒海越に見て詠んだ句が「荒海や佐渡によこたふ天河」だったんじゃないかと思う。