醸楽庵(じょうらくあん)だより 

主に芭蕉の俳句、紀行文の鑑賞、お酒、蔵元の話、政治、社会問題、短編小説、文学批評など

醸楽庵だより   88号   聖海

2015-02-11 10:42:30 | 随筆・小説

 「たり」と「たる」。句にどんな違いが起きるの
   「暑き日を海にいれたり最上川」と「涼しさや海に入(いれ)たる最上川」
 
句郎 「涼しさや海に入(いれ)たる最上川」。この句は芭蕉と曾良が酒田の豪商、寺島彦助亭に招かれて歌仙を巻いたときに芭蕉が発句として詠んだ句だ。季語は「涼しさ」、「夏」。亭主への挨拶句なのだろうね。
華女 最上川の涼しさを運んできた川水が海に流れ込み、このお屋敷は涼しゅうございます。このように挨拶をしたのよね。
句郎 歌仙の発句はこれが良かったんだろうね。
華女 歌仙の発句を推敲した芭蕉はこの句を自ら添削して「暑き日を海にいれたり最上川」とした理由は何だったのかしら。
句郎 「涼しさや」を「暑き日に」と上五に置いた季語を変えた。こうすることによって亭主寺島氏への挨拶性が消えた。大きな違いだ。歌仙の発句であった挨拶句が独立し、自立した句になった。
華女 大きな違いね。
句郎 更に「海に入(いれ)たる」を「海にいれたり」に推敲した。「たる」は最上川を修飾するが「たり」はここで文を切る。「暑き日を海にいれたり/最上川」「涼しさや/海に入(いれ)たる最上川」。句の切れの位置が変わっている。こうすることによって句が表現する世界に大きな違いができてくる。
華女 二つの句が表現する世界の違いが分かるわ。涼しさを運んできた最上川が海に入ってここは涼しいですねと、いうような世界から最上川は夏の暑き日を海に沈め、夕ぐれは涼しくなったと、いうような世界かしら。
句郎 僕もそう思う。最上川河口の世界を詠んだ句が宇宙の普遍性、太陽が海の彼方に沈んでいくと夕暮は涼しくなる世界を詠っている。本当にこの句を詠んだ日は暑かったんだろうね。
華女 この句を芭蕉が詠んだ日はいつだったのかしら。
句郎 曾良旅日記、俳諧書留によると旧暦六月十五日となっているから今の暦にすると七月三十一日になるようだ。
華女 真夏だったのね。
句郎 真夏の暑さを十七文字で表現するところに俳句という文芸の凄さみたいなものがあるのだろうか。
華女 きっとそうなんじゃないかしら。