明治150年に思う⑨
句郎 朝鮮戦争は戦後日本に決定的に大きな影響を与えたのではないかと考えているんだ。それも身から出た錆だとも言えるようにも思っているんだ。
華女 「身から出た錆」とは、どういうことなのかしら。
句郎 日本が朝鮮半島を植民地支配することがもしなかったら、朝鮮戦争は起きなかったかもしれないと思うからなんだけれどね。
華女 どうしてそんなことが言えるの。
句郎 日本が第二次世界大戦に敗北したから、朝鮮
は連合国であったソ連が北側を、アメリカが南側を占領支配することになったからな。
華女 朝鮮が独立国でもし第二次世界大戦に参戦することがなかったら連合国に占領支配されることがなかったのではないかということなのね。
句郎 そういうことかな。
華女 朝鮮半島が南北に分断されたことに日本は大きな責任があるということなのかしら。
句郎 私は大きな責任があると思っているんだけれどね。そうは思っても何もできないけれどね。
華女 でも朝鮮戦争で日本の経済力は大きくなったとも言われているんじゃないの。
句郎 朝鮮戦争やベトナム戦争の特需で日本経済は豊かになったという恩恵を受けている。朝鮮やベトナムの人々の犠牲の上に日本の経済的繁栄があったのは確かなことだったんだろうね。
華女 アメリカは日本の経済力を使うことがでぎたから朝鮮戦争やベトナム戦争ができたという側面もあるように思うわ。
句郎 朝鮮半島の人々に対して戦前は植民地支配し、戦後は朝鮮戦争で日本は大きな被害を与えたことは間違いない事実だと思うな。
華女 その朝鮮戦争のため日本は戦後ずっとアメリカの従属国に強いられてきているのではないかと句郎君は考えているということなのね。
句郎 日本は東アジアにおける米ソ冷戦の最前線基地だったからね。
華女 朝鮮戦争とは、米ソ冷戦の東アジアにおける熱い戦争であったんでしょ。ベトナム戦争はどうだったのかしら。
句郎 ベトナムはもともとフランスの植民地だったところに日本軍が進駐し、フランスを追い出し、日本がベトナムを植民地支配した。日本軍が第二次大戦に敗北するとフランスが再び乗り出してきた。ベトナム人民はフランス軍の進駐を阻止するため武力をもって戦った。これが第一次インドシナ戦争といわれるものなんだ。これはベトナムの独立戦争だった。一九五四年ディエンビエンフーの戦いでフランス軍は手痛い敗北を喫した。この戦いの結果、ベトナム和平実現のためのジュネーブ講和会議が開かれた。南ベトナムに政治的基盤を持っていたフランスはアメリカ、イギリスの支援を得て、ベトナム分断を実現した。ベトナムの分断を拒否したベトナム政府はソ連や中国に説得され、ベトナムは分断されてしまった。しかしベトナム政府はベトナム分断を解消すべく、粘り強く戦い始めた。ベトナムは中ソの大きな軍事的支援を得ることなく、自力で戦いとったベトナム独立戦争だった。ここがベトナムは朝鮮とは違っている。