醸楽庵(じょうらくあん)だより 

主に芭蕉の俳句、紀行文の鑑賞、お酒、蔵元の話、政治、社会問題、短編小説、文学批評など

醸楽庵だより  807号  白井一道

2018-07-31 11:12:08 | 随筆・小説


 明治一五〇年に思う⑰



句郎 本田美奈子が歌ってヒットした歌に「アメジンググレイス」があるでしょ。
華女 讃美歌ね。。
句郎 amazing grace とは、何を表現した言葉だと思う?
華女 アメジングとは、「驚くほどの」というような意味で良かったのよね。グレイスとは、「高貴」という意味だったんじゃなかったかなと思うわ。
句郎 この言葉は神の愛に目覚めたときの感動の言葉なんだ。今までの自分を悔い改めたときの感動の言葉らしいよ。私のようなこんな出来損ないのふしだらな者にも神の愛はそそがれているんだと自覚した時の感動の言葉が「アメジンググレイス」のようだ。
華女 二百年以上前からイギリスで歌い続けられてきた讃美歌なんでしょ。
句郎 「アメジンググレイス」の作詞者ジョン・ニュートンは十八世紀、イギリスの牧師だった。彼はリバプールの奴隷貿易商だった。西アフリカで奴隷狩りされた黒人を単なる商品としてジョン・ニュートンは見ていた。が奴隷を船倉に詰め込み西アフリカからカリブ海諸島へ向かっていた時に嵐に会う。ニュートンは九死に一生を得る。この時、神の啓示を得て、西アフリカから運んでいる奴隷の姿に人間を発見したんだ。神の前に懺悔し、改悛したニュートンは牧師になった。
華女 神の愛を自覚するということが懺悔なのね。
句郎 古くはアウグスチヌスの『告白』が有名かな。罪深い自分を懺悔し、神の道に入るということ。キリスト教徒になるということなのかな。
華女 それは復活ということでもあるんでしょ。若かったころ、フェリーニの映画「道」、この映画のテーマも「復活」だったように思うわ。ニーノ・ロータの「ジェルソミーナ」が胸に染みた思い出があるわ。
句郎 無慈悲で残酷な奴隷貿易で築かれた富が産業革命の資金になった。 イギリス奴隷商人は銃などの武器と西アフリカ黒人を交換する。武器を持った黒人が黒人を奴隷狩りする。西インド諸島の入植白人の農園主と砂糖と奴隷を交換する。このような大西洋三角貿易でイギリス、リバプールの奴隷商人は巨万の富を築いた。この奴隷貿易が資本主義経済を生んだ。マルクスは書いている。資本主義は血と汚物にまみれて生まれてきたとね。
華女 世の中には強者と弱者とがいつの時代にもいたのよね。弱者はどこの世界でも辛い思いをしてしまうのね。哀しいことだわ。
句郎 イギリスでは農村から追い出された過剰人口、ホームレスが溢れていた。リバプールには奴隷貿易で巨万の富を築いた商人たちがいた。でもこれだけでは産業革命は起きなかった。労働者が資本に転化することない。労働者が資本に転化するためにはもう一つの要素が必要なんだ。
華女 それは何なの。
句郎 イギリスではインドから輸入された綿布が流行するんだ。綿布で仕立てたシャツがもてはやされた。イギリスはインドから綿布を輸入していた。少しでも安い綿布を得るには綿花を輸入し、木綿糸を紡ぎ、イギリスで綿布を織ることだと気付いた。
華女 分かったわ。機械の発明ね。道具を改良した機械が発明されたのね。
句郎 そうなんだ。インドから原料としての綿花を輸入し、製品としての綿布をインドに輸出する。安価な綿布の生産を機械が可能としてくれたということなんだ。安価で高品質の綿布をインドはイギリスから輸入するようになってインドの手織りの綿布業者は失業し、ホームレスが大量に出現した。イギリスで綿布業が発展した裏にはアフリカ人の悲しみ、インド人手工業者の苦しみ、イギリス本国では低賃金で働く労働者の苦しみがあった。こうして資本主義は成立したんだ。