ブランド品を含め数多の贋作・複製品製造大国である中国から甚大な被害を受けている日本。著者は、その被害額は年間2兆円にのぼると宇賀神警部に語らせている。
このストーリーは、万能鑑定士Q・凜田莉子が北京に3ヶ月間出張し、現地の最好在国際諮詢有限公司、英語名ベスト・インターナショナル・コンサルティング・カンパニーリミテッド、略称BICCに協力する活動場面から始まる。BICCの実態は、中国国内に溢れかえる偽物商品の摘発に尽力するプロ集団である。諸外国の認識では知財調査会社にあたる。「この国において調査活動は政府のみ許される行為であり、民間には委託されない。よって法律上は、コンサルタント企業としてのみ認可されている」(p29)という理由で、実態とは違った社名になっているのだ。
冒頭は、莉子の北京での活躍から始まる。まずは、気管支喘息の症状に苦しむ娘を抱えるツァイ一家の危難に関わる。小規模部品製造企業の経営者だったツァイは経済悪化の中で、従業員全員解雇のための退職金支払いの目的で”民間借貸”(=サラ金)に手を出し破綻する。その上、娘の病気の費用捻出のために闇金業者に預けたキャッシュカードを介して、更に被害を被るという窮地に立ち至る。そこに莉子が登場し、キャッシュカードのカラクリを解明するのだ。中国と香港の一国二制度の下での金融システムの盲点を利用し先進IT技術を使った巧妙な事件の謎解きから始まる。この事件の背後にはフージーズーが絡んでいた。フージーズーという闇の巨大組織をBICCは追っており、莉子もそれに協力している。莉子が関わったこのツァイ一家の事件は、いわばフージーズーへの導入部分に過ぎない・・・・・だが、冒頭から引き込まれてしまう。全体からみれば前座的な事件なのだけれど。
そして、その事件の背景が一つの証拠となり、以前からBICCが内偵していた倉庫への突入に繋がっていく。そこは写真の解析から偽物と推察される日本の骨董品を保管する倉庫。キャッシュカード詐欺の偽造業者が出入りしていることから、フージーズーの拠点の一つと確定する。莉子が直接に協力しているのはBICCの調査員リン・ランファン(林蘭芳)とシャオ・ウワイロン(肖外龍)の二人である。突入現場に立ち合い、行動を共にする莉子は、持ち前の鑑定能力で即座に古伊万里が贋作であることを見抜くという次第。この倉庫突入で、フージーズーを束ねるソンダーダオテイを一旦は捕らえることができた。この巨大な偽物製造集団の総元締めは、なんと、経済開放政策に乗って貿易商として財を成した名士であり、骨董品の目利きで最大手のブローカーでもあるスウ・シャオジュンだったのだ。本物の古伊万里を手本として提供し、大量の贋作製造をさせるという自作自演ということになる。
総元締めの逮捕の後、莉子は帰国する。だが、それで何も解決したわけではなかった。ソンダーダオテイがフージーズーの根拠地だと警察とランファンに告げた場所を強制捜査されている隙に、ソンダーダオテイが官吏買収により逃亡し、行方不明となってしまうのである。
ここから、このストーリーが本格的に展開し始めるというのが、この作品のおもしろいところ。次世代ガソリンとして開発されたグローグンファクターZが日本経済活性化の起爆剤として期待されているが、メーカーがその研究所と工場を北京と上海に移している。そのコピー品をフージーズーに狙われているのではないかという問題もさらに絡んでくる。中国側の主な登場人物が出そろってきたところで、舞台は日本に戻る。
この作品で著者は現在の中国の社会経済機構に潜む問題点をストーリーに絡めながら、鋭く指摘している。たとえば、こんな記述がある。
*この国では長年、地方保護主義が障壁になり、行政も偽物の摘発には消極的だった。偽物製造が地場産業の中核をなす地域も少なくないからだ。模倣品づくりに対する罰則も軽く、オリジナルの権利者に支払われる賠償額もごくわずかに留まる。 p31
*BICCのような事実上の調査会社は、工商行政管理局と品質技術監督局を通じ、公安部の協力を求めるかたちをとっている。よって証拠が揃ったとき、BICCの調査員は警官より先に現場へ潜入し、証拠を押さえなければならない。警察はあくまで法の執行と秩序の乱れを取り締まるのが仕事であり、業者の不正を暴く役割はBICCに委ねられる。摘発に至らなかった場合は、BICCがその責を負わされる。 p33
*中国政府や知財調査会社は、ブランドの意匠までをそっくり同じにデザインした完全コピー品を、假冒(チアマオ)と呼んで取り締まりの対象にしています。けれども、社名だけは自社にして形状や仕様を真似る倣冒(ツオマオ)となると、摘発の優先順位が低くなります。 p78
*中国政府が偽物商品について真っ先に気にするのは、知的財産の侵害ではなくて、国民の健康被害らしいんです。 p79
さて、日本に戻った莉子は、日中間の外交問題に発展している文化財の所有権問題に巻き込まれていく。それは2つあった。一つが章楼寺の弥勒菩薩像である。日本で作られたものなのに、中国で作られたものだから返却しろという要求である。この弥勒菩薩像の鑑定を公海上の船内で日中の専門家たちで行うということになる。洋上鑑定の途中で、中国側が仏像を銃器の威嚇により持ち去ってしまう。
もう一つが、瓢房三彩陶の丸みを帯びた蓋付き容器である。こちらは中国に対し、日本が返却を要求している陶器である。杉浦周蔵東アジア貿易担当大臣の指名だということで、警視庁の宇賀神警部から凜田莉子はフリーランスの鑑定家としてこの第2回洋上鑑定に参加することを要請される。莉子は文化財とはいえど日中外交問題に発展している事案に関わらざるをえなくなる。洋上鑑定のプロセスで、莉子の決定的な発言により、瓢房三彩陶は日本に持ち帰られることになるのだが、その後中国側がこのことを海賊行為と公表し、関係者の名前まで公表する手段に出る。そこで、莉子はマスコミ報道陣に追われる身となる。小笠原悠斗は莉子をサポートする側に身を置いて、真実の追究をめざす。
この洋上鑑定という設定、具体的外交視点では現実的にここまで現物が動くものとしては考えにくいが・・・・だけど、それほど違和感が生じないのがおもしろいところ。その展開を読み進めていくと、ありそうな気にもなってくる。
追われる身になった莉子・悠斗が一時的に身を寄せるのが博多の郊外・箱崎にある白良浜美術館。その館長・桑畑光蔵は京都市立芸術大学の名誉教授でもあり、中国が仏像の所有権を主張する以前から章楼寺の弥勒菩薩像に惚れこみ研究を続けていた人物である。莉子たちはここに身を寄せたとき、桑畑館長は中国に出かけている状況だった。そして莉子は、白良浜美術館が購入した『十二使徒』の12枚の絵の内6枚の展示準備の場に立ち合うことになる。だが、残り6枚の内の1枚、桑畑館長が一番重視している「マタイ」の絵が忽然と消えるという事態に遭遇してしまう。逃亡者の莉子たちは白良浜美術館に留まる訳にはいかない。桑畑館長との連絡はとれず、行方が解らない状態に陥っていた。
一方、日本政府は官房長官記者会見で、第1回の洋上鑑定で中国側が章楼寺の弥勒菩薩像を奪ったことを公表する事態に至る。中国側は、その仏像が隋の時代に、北京郊外の潭柘(たんしゃ)寺に安置されていた物だとの談話を報じる事態に展開している。2件の洋上鑑定の問題は切り離して考えられない状況である。莉子は弥勒菩薩像の件を桑畑館長の行方不明状態と併せて、自ら調査しようと決断する。莉子はBICCのリン・ランファンとコンタクトをとる。ランファンとシャオは、博多に出向き、莉子と悠斗の中国入国の手助けを申し出るのだ。
そして、莉子たちは韓国経由で中国への入国を果し、弥勒菩薩像と桑畑館長探しの問題に取り組んでいく。それは潭柘寺を訪れることから始まるのだが、境内からの帰路、露天商の店先で「マタイ」の複製画を見出すことになる。莉子の探索は思わぬ方向に展開していくのだが、全てが一つに結びついて行くことに。そして、そこにはフージーズーが関わっていた。
様々な要素が巧妙に結びつき、諸事象が集約されていく。その展開プロセスが読ませどころだろう。そして意外な事実が次々に明らかになっていく。
万能鑑定士Qシリーズは、物語の同時代性が特徴の一つになっているが、現在の日中の外交面での複雑さをうまくバックグラウンドに取り込み、社会経済的な視点を押さえながら、そこにフィクションを創り上げ、生き生きと描き込んでいる点が興味深い。
最終章「時代」においては、習近平主席、李克強首相、安倍晋三総理、麻生太郎副総理が洋上の護衛艦いずもの甲板での集団鑑定に立ち合うという場面を設定し、その面前で莉子に最後の謎解きを行わせるというのだから、実におもしろい。
フィクションとしてのストーリーを楽しみながら、日中間に潜む問題点の一端も見えてくるのだから興味深い。
最後に、本書で初めてお目にかかった新たな試みをご紹介しておこう。
それは、p265の「読者の皆様へ」という見出しページの挿入である。『週刊角川』小笠原悠斗からのメッセージというスタイルになっている。このメセージまでのところで、謎解きに必要な情報はすべて読者の皆様に伝えてあるというメッセージだ。読者自身の論理的思考と推理を発揮して、謎解きの醍醐味を味わってほしい・・・というもの。「ミステリにおける”読者への挑戦状”などという不遜な意図はございませんが」という付言まであるというものである。さあ、本書を手にとって、挑戦状ではないというメッセージを受け止めてみては如何だろうか。
ご一読ありがとうございます。
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本作品に出てくる語句で関心をいだいたものをネット検索してみた。一覧にしておきたい。
一国二制度 :ウィキペディア
香港のデモ長期化、「一国二制度」の正念場 :「東洋経済ONLINE」
国家工商行政管理総局 :「JETRO」
品質技術監督局の取締制度 :「北京魏啓学法律事務所」
「模倣品・海賊版対策の相談業務に関する年次報告」 :「経済産業省」
2013年6月 模倣版・海賊版対策総合窓口
伊万里焼 :ウィキペディア
古伊万里 染付 :「NHKオンライン」
潭柘寺 :「北京観光」
潭柘寺 ホームページ (中国語)
弥勒菩薩半伽思惟像 :ウィキペディア
半跏像は弥勒菩薩とは限らない :「わすれへんうちに Avant d'oublier」
前屈みの仏像の起源 :「わすれへんうちに Avant d'oublier」
弥勒菩薩交脚像 ガンダーラ :「平山郁夫シルクロード美術館」
施釉陶の出現-奈良三彩 :「日本の陶芸史」
第23話 三彩(二) :「中国に見る日本文化の源流」(河上邦彦連載コラム)
奈良三彩壺 (重文) :「九州国立博物館 収蔵品デジタルアーカイブ」
新発足 中国海警局とは何か 竹田純一氏 島嶼研究ジャーナル(2014年4月)
博多港国際ターミナル ホームページ
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その点、ご寛恕ください。)
万能鑑定士Qに関して、読み進めてきたシリーズは次の作品です。
こちらもお読みいただけると、うれしいです。
『万能鑑定士Qの攻略本』 角川文庫編集部/編 松岡圭祐事務所/監修
『万能鑑定士Qの探偵譚』
☆短編集シリーズ
『万能鑑定士Qの短編集 Ⅰ』
『万能鑑定士Qの短編集 Ⅱ』
☆推理劇シリーズ
『万能鑑定士Qの推理劇 Ⅰ』
『万能鑑定士Qの推理劇 Ⅱ』
『万能鑑定士Qの推理劇 Ⅲ』
『万能鑑定士Qの推理劇 Ⅳ』
☆事件簿シリーズは全作品分の印象記を掲載しています。
『万能鑑定士Q』(単行本) ← 文庫本ではⅠとⅡに分冊された。
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅲ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅳ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅴ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅵ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅶ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅷ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅸ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅹ』
『万能鑑定士Qの事件簿 ⅩⅠ』
『万能鑑定士Qの事件簿 ⅩⅡ』
特等添乗員αに関して、読み進めてきたものは次の作品です。
こちらもお読みいただけると、うれしいです。
『特等添乗員αの難事件 Ⅰ』
『特等添乗員αの難事件 Ⅱ』
『特等添乗員αの難事件 Ⅲ』
『特等添乗員αの難事件 Ⅳ』
このストーリーは、万能鑑定士Q・凜田莉子が北京に3ヶ月間出張し、現地の最好在国際諮詢有限公司、英語名ベスト・インターナショナル・コンサルティング・カンパニーリミテッド、略称BICCに協力する活動場面から始まる。BICCの実態は、中国国内に溢れかえる偽物商品の摘発に尽力するプロ集団である。諸外国の認識では知財調査会社にあたる。「この国において調査活動は政府のみ許される行為であり、民間には委託されない。よって法律上は、コンサルタント企業としてのみ認可されている」(p29)という理由で、実態とは違った社名になっているのだ。
冒頭は、莉子の北京での活躍から始まる。まずは、気管支喘息の症状に苦しむ娘を抱えるツァイ一家の危難に関わる。小規模部品製造企業の経営者だったツァイは経済悪化の中で、従業員全員解雇のための退職金支払いの目的で”民間借貸”(=サラ金)に手を出し破綻する。その上、娘の病気の費用捻出のために闇金業者に預けたキャッシュカードを介して、更に被害を被るという窮地に立ち至る。そこに莉子が登場し、キャッシュカードのカラクリを解明するのだ。中国と香港の一国二制度の下での金融システムの盲点を利用し先進IT技術を使った巧妙な事件の謎解きから始まる。この事件の背後にはフージーズーが絡んでいた。フージーズーという闇の巨大組織をBICCは追っており、莉子もそれに協力している。莉子が関わったこのツァイ一家の事件は、いわばフージーズーへの導入部分に過ぎない・・・・・だが、冒頭から引き込まれてしまう。全体からみれば前座的な事件なのだけれど。
そして、その事件の背景が一つの証拠となり、以前からBICCが内偵していた倉庫への突入に繋がっていく。そこは写真の解析から偽物と推察される日本の骨董品を保管する倉庫。キャッシュカード詐欺の偽造業者が出入りしていることから、フージーズーの拠点の一つと確定する。莉子が直接に協力しているのはBICCの調査員リン・ランファン(林蘭芳)とシャオ・ウワイロン(肖外龍)の二人である。突入現場に立ち合い、行動を共にする莉子は、持ち前の鑑定能力で即座に古伊万里が贋作であることを見抜くという次第。この倉庫突入で、フージーズーを束ねるソンダーダオテイを一旦は捕らえることができた。この巨大な偽物製造集団の総元締めは、なんと、経済開放政策に乗って貿易商として財を成した名士であり、骨董品の目利きで最大手のブローカーでもあるスウ・シャオジュンだったのだ。本物の古伊万里を手本として提供し、大量の贋作製造をさせるという自作自演ということになる。
総元締めの逮捕の後、莉子は帰国する。だが、それで何も解決したわけではなかった。ソンダーダオテイがフージーズーの根拠地だと警察とランファンに告げた場所を強制捜査されている隙に、ソンダーダオテイが官吏買収により逃亡し、行方不明となってしまうのである。
ここから、このストーリーが本格的に展開し始めるというのが、この作品のおもしろいところ。次世代ガソリンとして開発されたグローグンファクターZが日本経済活性化の起爆剤として期待されているが、メーカーがその研究所と工場を北京と上海に移している。そのコピー品をフージーズーに狙われているのではないかという問題もさらに絡んでくる。中国側の主な登場人物が出そろってきたところで、舞台は日本に戻る。
この作品で著者は現在の中国の社会経済機構に潜む問題点をストーリーに絡めながら、鋭く指摘している。たとえば、こんな記述がある。
*この国では長年、地方保護主義が障壁になり、行政も偽物の摘発には消極的だった。偽物製造が地場産業の中核をなす地域も少なくないからだ。模倣品づくりに対する罰則も軽く、オリジナルの権利者に支払われる賠償額もごくわずかに留まる。 p31
*BICCのような事実上の調査会社は、工商行政管理局と品質技術監督局を通じ、公安部の協力を求めるかたちをとっている。よって証拠が揃ったとき、BICCの調査員は警官より先に現場へ潜入し、証拠を押さえなければならない。警察はあくまで法の執行と秩序の乱れを取り締まるのが仕事であり、業者の不正を暴く役割はBICCに委ねられる。摘発に至らなかった場合は、BICCがその責を負わされる。 p33
*中国政府や知財調査会社は、ブランドの意匠までをそっくり同じにデザインした完全コピー品を、假冒(チアマオ)と呼んで取り締まりの対象にしています。けれども、社名だけは自社にして形状や仕様を真似る倣冒(ツオマオ)となると、摘発の優先順位が低くなります。 p78
*中国政府が偽物商品について真っ先に気にするのは、知的財産の侵害ではなくて、国民の健康被害らしいんです。 p79
さて、日本に戻った莉子は、日中間の外交問題に発展している文化財の所有権問題に巻き込まれていく。それは2つあった。一つが章楼寺の弥勒菩薩像である。日本で作られたものなのに、中国で作られたものだから返却しろという要求である。この弥勒菩薩像の鑑定を公海上の船内で日中の専門家たちで行うということになる。洋上鑑定の途中で、中国側が仏像を銃器の威嚇により持ち去ってしまう。
もう一つが、瓢房三彩陶の丸みを帯びた蓋付き容器である。こちらは中国に対し、日本が返却を要求している陶器である。杉浦周蔵東アジア貿易担当大臣の指名だということで、警視庁の宇賀神警部から凜田莉子はフリーランスの鑑定家としてこの第2回洋上鑑定に参加することを要請される。莉子は文化財とはいえど日中外交問題に発展している事案に関わらざるをえなくなる。洋上鑑定のプロセスで、莉子の決定的な発言により、瓢房三彩陶は日本に持ち帰られることになるのだが、その後中国側がこのことを海賊行為と公表し、関係者の名前まで公表する手段に出る。そこで、莉子はマスコミ報道陣に追われる身となる。小笠原悠斗は莉子をサポートする側に身を置いて、真実の追究をめざす。
この洋上鑑定という設定、具体的外交視点では現実的にここまで現物が動くものとしては考えにくいが・・・・だけど、それほど違和感が生じないのがおもしろいところ。その展開を読み進めていくと、ありそうな気にもなってくる。
追われる身になった莉子・悠斗が一時的に身を寄せるのが博多の郊外・箱崎にある白良浜美術館。その館長・桑畑光蔵は京都市立芸術大学の名誉教授でもあり、中国が仏像の所有権を主張する以前から章楼寺の弥勒菩薩像に惚れこみ研究を続けていた人物である。莉子たちはここに身を寄せたとき、桑畑館長は中国に出かけている状況だった。そして莉子は、白良浜美術館が購入した『十二使徒』の12枚の絵の内6枚の展示準備の場に立ち合うことになる。だが、残り6枚の内の1枚、桑畑館長が一番重視している「マタイ」の絵が忽然と消えるという事態に遭遇してしまう。逃亡者の莉子たちは白良浜美術館に留まる訳にはいかない。桑畑館長との連絡はとれず、行方が解らない状態に陥っていた。
一方、日本政府は官房長官記者会見で、第1回の洋上鑑定で中国側が章楼寺の弥勒菩薩像を奪ったことを公表する事態に至る。中国側は、その仏像が隋の時代に、北京郊外の潭柘(たんしゃ)寺に安置されていた物だとの談話を報じる事態に展開している。2件の洋上鑑定の問題は切り離して考えられない状況である。莉子は弥勒菩薩像の件を桑畑館長の行方不明状態と併せて、自ら調査しようと決断する。莉子はBICCのリン・ランファンとコンタクトをとる。ランファンとシャオは、博多に出向き、莉子と悠斗の中国入国の手助けを申し出るのだ。
そして、莉子たちは韓国経由で中国への入国を果し、弥勒菩薩像と桑畑館長探しの問題に取り組んでいく。それは潭柘寺を訪れることから始まるのだが、境内からの帰路、露天商の店先で「マタイ」の複製画を見出すことになる。莉子の探索は思わぬ方向に展開していくのだが、全てが一つに結びついて行くことに。そして、そこにはフージーズーが関わっていた。
様々な要素が巧妙に結びつき、諸事象が集約されていく。その展開プロセスが読ませどころだろう。そして意外な事実が次々に明らかになっていく。
万能鑑定士Qシリーズは、物語の同時代性が特徴の一つになっているが、現在の日中の外交面での複雑さをうまくバックグラウンドに取り込み、社会経済的な視点を押さえながら、そこにフィクションを創り上げ、生き生きと描き込んでいる点が興味深い。
最終章「時代」においては、習近平主席、李克強首相、安倍晋三総理、麻生太郎副総理が洋上の護衛艦いずもの甲板での集団鑑定に立ち合うという場面を設定し、その面前で莉子に最後の謎解きを行わせるというのだから、実におもしろい。
フィクションとしてのストーリーを楽しみながら、日中間に潜む問題点の一端も見えてくるのだから興味深い。
最後に、本書で初めてお目にかかった新たな試みをご紹介しておこう。
それは、p265の「読者の皆様へ」という見出しページの挿入である。『週刊角川』小笠原悠斗からのメッセージというスタイルになっている。このメセージまでのところで、謎解きに必要な情報はすべて読者の皆様に伝えてあるというメッセージだ。読者自身の論理的思考と推理を発揮して、謎解きの醍醐味を味わってほしい・・・というもの。「ミステリにおける”読者への挑戦状”などという不遜な意図はございませんが」という付言まであるというものである。さあ、本書を手にとって、挑戦状ではないというメッセージを受け止めてみては如何だろうか。
ご一読ありがとうございます。
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一国二制度 :ウィキペディア
香港のデモ長期化、「一国二制度」の正念場 :「東洋経済ONLINE」
国家工商行政管理総局 :「JETRO」
品質技術監督局の取締制度 :「北京魏啓学法律事務所」
「模倣品・海賊版対策の相談業務に関する年次報告」 :「経済産業省」
2013年6月 模倣版・海賊版対策総合窓口
伊万里焼 :ウィキペディア
古伊万里 染付 :「NHKオンライン」
潭柘寺 :「北京観光」
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弥勒菩薩半伽思惟像 :ウィキペディア
半跏像は弥勒菩薩とは限らない :「わすれへんうちに Avant d'oublier」
前屈みの仏像の起源 :「わすれへんうちに Avant d'oublier」
弥勒菩薩交脚像 ガンダーラ :「平山郁夫シルクロード美術館」
施釉陶の出現-奈良三彩 :「日本の陶芸史」
第23話 三彩(二) :「中国に見る日本文化の源流」(河上邦彦連載コラム)
奈良三彩壺 (重文) :「九州国立博物館 収蔵品デジタルアーカイブ」
新発足 中国海警局とは何か 竹田純一氏 島嶼研究ジャーナル(2014年4月)
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万能鑑定士Qに関して、読み進めてきたシリーズは次の作品です。
こちらもお読みいただけると、うれしいです。
『万能鑑定士Qの攻略本』 角川文庫編集部/編 松岡圭祐事務所/監修
『万能鑑定士Qの探偵譚』
☆短編集シリーズ
『万能鑑定士Qの短編集 Ⅰ』
『万能鑑定士Qの短編集 Ⅱ』
☆推理劇シリーズ
『万能鑑定士Qの推理劇 Ⅰ』
『万能鑑定士Qの推理劇 Ⅱ』
『万能鑑定士Qの推理劇 Ⅲ』
『万能鑑定士Qの推理劇 Ⅳ』
☆事件簿シリーズは全作品分の印象記を掲載しています。
『万能鑑定士Q』(単行本) ← 文庫本ではⅠとⅡに分冊された。
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅲ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅳ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅴ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅵ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅶ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅷ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅸ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅹ』
『万能鑑定士Qの事件簿 ⅩⅠ』
『万能鑑定士Qの事件簿 ⅩⅡ』
特等添乗員αに関して、読み進めてきたものは次の作品です。
こちらもお読みいただけると、うれしいです。
『特等添乗員αの難事件 Ⅰ』
『特等添乗員αの難事件 Ⅱ』
『特等添乗員αの難事件 Ⅲ』
『特等添乗員αの難事件 Ⅳ』