遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『日本史の内幕』  磯田道史  中公新書

2018-11-18 09:22:26 | レビュー
 「まえがき」の冒頭に著者は「この本は、古文書という入り口から、公式の日本史の楽屋に入り、その内容をみることで、真の歴史像に迫ろうとする本である。」とその立場を明確に宣言している。そして、その後に、「歴史教科書は、政府や学者さんの願望に過ぎない」と断定している。政府や学者さんは「彼らが信じていて欲しい歴史像」を書いているのだという。勿論、著者自身も歴史学者である。この本は、教科書として定説化された歴史の叙述に含まれる解釈に、その著者たちの「願望」が含まれると指摘する。穏やかな「願望」という言葉が使われているが、そこにはある方向に読者を導こうとする意図、作為、恣意に繋がる側面もあるので注意が必要ということも暗示していると思う。
 著者は「日本史の内幕を知りたい。そう思うなら、古文書を読むしかない」と主張する。古文書は事実について記された一次史料だからである。勿論、その古文書の存在と内容が事実・真実を語るものなのかどうかの厳密な調査分析というフィルターをかける手続きがいる。その点も具体的に事例の説明で触れていて興味深い。

 本書を読んだ印象は、古文書を手がかりに特定の歴史的事実の内部事情を断片的に読み解き紹介した寄せ集めエッセイ集というところだ。それが、本書の「戦国女性の素顔から幕府・近代の謎まで」というサブタイトルに通じている。戦国時代から近代まで、入手した断片的な古文書の解読プロセスを説明しながら、史実の断片に教科書的イメージではない側面が浮かび上がってくるところを読み解き、読者に伝える。採りあげられた話題がバラエティに富んでいて、一見トリビア的である、しかし、「願望」を内包した教科書的な日本史概説に出てくる史実の特定事象を抽出し、それに関わる古文書を介して「細部」に光をあてて見直すということで、立ち止まって読者に日本史をとらえ直す機会を提供していく。そういう読み解きになるのか、そうだったのかということになりトレビアンである。このあたり、読者の関心と読み方次第で、今までの歴史認識が変わるかもしれないし、おもしろいトリビアの泉にとどまることにもなるかもしれない。
 
 本書は次の7章にまとめられている。
第1章 古文書発掘、遺跡も発掘
 古文書との出会いと発掘事例を紹介しながら、幅広い雑多な断片的事例を手始めに並べている。この章の話題、どれから読でも読み進めることができる。相互にあまり関係はない歴史エッセイである。それは各章レベルでも言える。読者の好みで読み始めること可である。
第2章 家康の出世街道
 「家康」に関わる断片的な古文書を読み解きつつ、「家康」に焦点が絞られている。
 日本史教科書に描かれた家康と史実の概説を再考する上ではまとまっていておもしろい。
第3章 戦国女性の素顔
 家康の妻「築山殿」、「直虎」の二人の素顔を古文書を読み解き考えるという趣向。
 「秀吉は秀頼の実父か」という論議点を古文書から読み解いている。
第4章 この国を支える文化の話
 古文書に記述された日本の文化の側面に光を当てて様々ななトピックを扱っている。
 能、同時刻生まれの存在、毒味役、香道、生花の化学、婚礼儀式、本の役割、美容整形など。
第5章 幕末維新の裏側
 龍馬、西郷、山田方谷、吉田松蔭など、古文書に記された内容から読み解くという趣向・
第6章 ルーツをたどる
浮田という姓の背後に隠された「宇喜多」姓の話や、黒田家のルーツを探る話、さらには著者の家系との浦上玉堂の家系とのつながりなどが語られている。
第7章 災害から立ち上がる日本人
 文献や古文書をもとに、災害に日本人がどう対応してきたかを事例で採りあげている。江戸の大火、江戸に落ちてきた隕石、南三陸の津波、富士山の噴火記録、安政地震、古文書にみる熊本地震が採りあげられている。

 別の観点からの本書のもつ読ませどころ、興味深くおもしろいところを箇条書きでご紹介しておこう。
*古文書をどこからどのようにして入手してきたかを具体的に織り込んでいる。
*古文書を研究する学者として、勤務先を転々と変えてきた理由を語っている。
*著者の本が元となり映画化された作品関連の裏話が巧みに織り込まれている。
*著者の家系に関連した事項も歴史の断片的事実として織り込み話題を展開している。
*古文書研究という専門性が核となった人脈繋がりや仕事の広がりが語られている。

 古文書読み解き歴史話エッセイ集として肩が凝らずに楽しみながら読めて、日本史をとらえ直す契機になる一書である。

 ご一読ありがとうございます。

徒然に、以下の読後印象紀も載せています。こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『「司馬遼太郎」で学ぶ日本史』 NHK出版新書
『歴史の読み解き方』  朝日新書