このタイトルに「人生の最適解を導くヒント」という副題がついている。この両方の文言に惹かれてこの新書を読んでみた。著者がエコノミストであることくらいは知っていたが、著者の本を読むのは初めて。少し興味をもち読み始めた。結論を言えば、著者は経済学の思考法と手法から学べば、誰でもその応用ができるという提唱である。そしてその基本的な思考の技術と型を、経済学での事例と身近な具体例を説明材料に使いながら、その基本の型をいくつか解説するという展開になっている。
「あとがき」によれば、著者は既刊の『経済学思考の技術』(ダイヤモンド社)と『ダメな議論』(ちくま新書)の中間項を埋めるという位置づけで書いたと記す。本書ではストレートに経済学による「思考の技術」を書いたという。「自由な発想」「ゼロからの発想」という魅力的で格好のよいフレーズに惑わされずに、まず誰でもが確実に実行できる思考の基本技術と思考の型を学ぶことから始ることを提唱している。経済学的思考のベースにはそのヒントがあると説く。
本書は5章構成になっている。章毎に読後印象を含めてご紹介しよう。
第1章 「考えること」の基本型
至極当然と言える思考のステップを再確認の意味で著者流に説明している。「難解な課題は分割から始めよう」という見出しから始まる。その結論は当然ながらおなじみのもので、目新しさはない。著者は次のまとめを記す。
①問題を絞りこむ
②仮説発見のためにデータを観察する
③問題を処理可能なレベルまで分割・単純化する
④作業仮説を立てる
⑤データを用いて仮説を検証する
⑥総合的な結論を導く
つまり、「物事は多方向から観察し、総合的に判断する」ためには、この思考ステップをきっちりと踏んでいくことだと説明しているのである。
第2章 頭を整理整頓する技術
著者はまず、「分割する思考」のための基本的な技法を説明する。実用的で定番の考え方を押さえよと言い、3つを例示する。
1) MECEな分割 MECEはMutually Exclusive and Collective Exchageの略称
相互排除的かつ網羅的な分割のしかたをしなさいということ。
分割されたものの総和が全体になるので、思考にもれが発生しない。
2) 部分均衡モデルと一般均衡モデル
部分均衡分析では、分析対象と「その他」の関係は切れている。
一般均衡分析は、分析対象と「その他」はお互いがお互いに影響し合う。
両者の利点・欠点を押さえた使い分けが大事という。
3) オープンシステムとクローズドシステム 課題がどちらのタイプかを押さえる
そして、データを読み解くために知っておくべきこととして、a)演繹法あるいは帰納法によるデータの読み方、b)因果関係と相関関係という異なるデータの読み方を説明する。さらに、不確かな情報に騙されないためにはトレンドに注意せよという。トレンドを除く方法も事例説明する。そして、「思考のために必須の活動であるデータ観察は、相関を重ねることで因果関係に迫る営みです」(p101)と述べている。
例示の3事項はめずらしいものではない。どこかで読み学んでいる。うまく整理して説明している。これらの事項を再認識するのには良い。
第3章 他者の行動はなぜ読めないのか
私たちが直面する問題の多くが人間と人間の問題であるので、経済学的思考での型と技術を学ぶ上で、経済学が前提とする合理的経済人というモデルに対する一般的な誤解、つまり合理性という言葉に対するを解くことから著者はスタートする。
経済学における合理性は、「主観的な幸せを最大化すること」を意味していて、人は主観的な価値観に基づいて合理的な行動をしている。誰もが主観的価値観で行動しているのだから、他人の主観価値を認めることが出発点である。
人はそれぞれ主観的な「目的」を持ち、直面する条件という「制約」の範囲で、いかに目的に近づくかという「最適化」の行動をとる。つまり、現実で観察されるすべての行動は何らかの意味で合理的なのだという認識が必要になる。そのためには、「まず、自分は何ができるのか、自分は何に満足するのかを充分に理解すること」が、問題解決力を養うと言う。他人を知るには、まず己を知れとよく言われるが、ここでも通底することが述べられている。
著者は論を進めて、思考の「型」を扱っていく。この章では次の型が論じられる。例えの事例がわかりやすいと言える。
1) 局所最適と太局最適
2) 機会費用、時間費用(割引)と埋没費用
意思決定後には、埋没費用は「あたかも存在しないかのような」つもりで
行動することが合理的となる。
第4章 ベストな解は、試行錯誤の先にある
人は主観価値に基づき最適化の行動をとるという合理性を発揮する過程での思考の基本的な技をここで紹介する。まず、経済学で考える希少性(=仮に無料だったとき、需要が世界全体の存在量を上回ること)と合理性を組み合わせて考えれば、「対価なしで得られるものはない」(=ノーフリーランチ定理)故に、「必ず儲かる方法、楽して儲かる方法はない」という事実を押さえておくことと説く。そして基本的な思考の技を紹介する。
1) 効率努力と関係努力
2) 比較優位
3) 双曲割引
4) ポートフォリオ(資産の組み合わせ)によるリスクコントロール
5) 限界効用
技を説明した上で、最適化行動をするには「時間」という制約が存在するので、「局所最適化かもしれないが、ひとまずは一番近い頂上を目指す」という方針が結果として優れている場合があることを歯止めとして述べている。つまり、必ずお得という方法はない。
第5章 社会全体を幸福にする思考の「型」
著者は冒頭で「経済学における思考の型の特徴は、個人の価値観・嗜好を基礎に、それが制約付の最適化問題であるという点に注目して議論を組み立てるところにあります」とその枠組みを明確にしている。そして、経済学の思考方法の中に、さまざまなビジネスへのヒントを得られると示唆する。そして、次の点に目を向けさせている。
1) 取引・交換はパレート改善(=誰も損することなく、誰かが得をする)であり、
改善の余地があれば、最適状況がめざされる。そしてパレート最適となる。
2) 人間は嫉妬する生き物であるが、顔が見えない市場取引では、嫉妬心に煩わされ
ずに損得勘定ができるという利点がある。
3) 取引には二面性がある。マクロでみるとワルラスの法則が働いている。
4) ポーターのファイブ・フォース分析(利潤をすり減らす5つの力)
⇒業界内の競走/新規参入の脅威/代替品の脅威
売り手(仕入れ先)の交渉力/買い手(販売先)の交渉力
5) マクロとミクロのフィードバック
著者は合理的期待形成の理論という経済学の立場から、思考の型と技の紹介を本書で行っている。そのことが末尾に触れられている。そして、人が主観的な意味で合理的であると想定することの意義として4点を挙げる。
*自分以外の人の価値観を認めること
*すべての自発的な取引がお互いの厚生を向上させることに気づくこと
*価値観のすれ違いにこそ交換のチャンスがあることに気づくこと
*そして自分だけが賢いという思い込みから抜け出すこと
また、駄目押しとして、ビジネスにおいては努力は時に「報われ」ない現実を前提として受け入れる上での行動と思考について語っている。なぜなら「『努力が必ず報われる社会』は制約の外にある不可能な目標なのです」(p219)という認識による。
著者は、本書を経済学の観点から利用できる「思考法のツールボックス」と末尾で述べている。使える道具を集めて読者に提供したというところだろう。第1章でまとめられた思考のステップにおいて、これらのツールをどのように組み合わせて使うかは、読者の問題である。様々なツールがあることを先ず知り、ツールになれて、ツールをうまく組み合わせて使いこなすと役立つよという提示である。一方で、ツールを使う努力をしても、報われないこともあるので、それを忘れないでねとも語っているように思う。なにせ自分以外の人もいて、問題に対して「時間」の制約という要因もあるのだから。
ご一読ありがとうございます。
本書からの関心事項をネット検索してみた。調べた範囲で今後の思考のヒントとして一覧にしておきたい。
「MECE(ミーシー)」とは何か、5つのフレームワークの基本を学ぶ:「ビジネス+IT」
MECE :「BiZHiNT」
部分均衡理論 :「コトバンク」
レオン・ワルラス「一般均衡理論」:「コバヤシユウスケの教養帳」
[行動経済]双曲割引~何故か待てない~ :「NAVERまとめ」
割引率で測る、人のせっかち度 :「PRESIDENT Online」
パレート改善 :「交渉学と合意形成」
パレート改善 :「コトバンク」
パレート最適 FQAのコーナー :「梶井厚志のホームページ」
ファイブフォース分析とは!~マクドナルドを例に解説~ :「BRANDINGLAB」
ファイブフォース分析とは|5フォース分析の例と戦略に活かす全手順|5F分析テンプレート有 :「Mission Driven Brand」
インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。
(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)
「あとがき」によれば、著者は既刊の『経済学思考の技術』(ダイヤモンド社)と『ダメな議論』(ちくま新書)の中間項を埋めるという位置づけで書いたと記す。本書ではストレートに経済学による「思考の技術」を書いたという。「自由な発想」「ゼロからの発想」という魅力的で格好のよいフレーズに惑わされずに、まず誰でもが確実に実行できる思考の基本技術と思考の型を学ぶことから始ることを提唱している。経済学的思考のベースにはそのヒントがあると説く。
本書は5章構成になっている。章毎に読後印象を含めてご紹介しよう。
第1章 「考えること」の基本型
至極当然と言える思考のステップを再確認の意味で著者流に説明している。「難解な課題は分割から始めよう」という見出しから始まる。その結論は当然ながらおなじみのもので、目新しさはない。著者は次のまとめを記す。
①問題を絞りこむ
②仮説発見のためにデータを観察する
③問題を処理可能なレベルまで分割・単純化する
④作業仮説を立てる
⑤データを用いて仮説を検証する
⑥総合的な結論を導く
つまり、「物事は多方向から観察し、総合的に判断する」ためには、この思考ステップをきっちりと踏んでいくことだと説明しているのである。
第2章 頭を整理整頓する技術
著者はまず、「分割する思考」のための基本的な技法を説明する。実用的で定番の考え方を押さえよと言い、3つを例示する。
1) MECEな分割 MECEはMutually Exclusive and Collective Exchageの略称
相互排除的かつ網羅的な分割のしかたをしなさいということ。
分割されたものの総和が全体になるので、思考にもれが発生しない。
2) 部分均衡モデルと一般均衡モデル
部分均衡分析では、分析対象と「その他」の関係は切れている。
一般均衡分析は、分析対象と「その他」はお互いがお互いに影響し合う。
両者の利点・欠点を押さえた使い分けが大事という。
3) オープンシステムとクローズドシステム 課題がどちらのタイプかを押さえる
そして、データを読み解くために知っておくべきこととして、a)演繹法あるいは帰納法によるデータの読み方、b)因果関係と相関関係という異なるデータの読み方を説明する。さらに、不確かな情報に騙されないためにはトレンドに注意せよという。トレンドを除く方法も事例説明する。そして、「思考のために必須の活動であるデータ観察は、相関を重ねることで因果関係に迫る営みです」(p101)と述べている。
例示の3事項はめずらしいものではない。どこかで読み学んでいる。うまく整理して説明している。これらの事項を再認識するのには良い。
第3章 他者の行動はなぜ読めないのか
私たちが直面する問題の多くが人間と人間の問題であるので、経済学的思考での型と技術を学ぶ上で、経済学が前提とする合理的経済人というモデルに対する一般的な誤解、つまり合理性という言葉に対するを解くことから著者はスタートする。
経済学における合理性は、「主観的な幸せを最大化すること」を意味していて、人は主観的な価値観に基づいて合理的な行動をしている。誰もが主観的価値観で行動しているのだから、他人の主観価値を認めることが出発点である。
人はそれぞれ主観的な「目的」を持ち、直面する条件という「制約」の範囲で、いかに目的に近づくかという「最適化」の行動をとる。つまり、現実で観察されるすべての行動は何らかの意味で合理的なのだという認識が必要になる。そのためには、「まず、自分は何ができるのか、自分は何に満足するのかを充分に理解すること」が、問題解決力を養うと言う。他人を知るには、まず己を知れとよく言われるが、ここでも通底することが述べられている。
著者は論を進めて、思考の「型」を扱っていく。この章では次の型が論じられる。例えの事例がわかりやすいと言える。
1) 局所最適と太局最適
2) 機会費用、時間費用(割引)と埋没費用
意思決定後には、埋没費用は「あたかも存在しないかのような」つもりで
行動することが合理的となる。
第4章 ベストな解は、試行錯誤の先にある
人は主観価値に基づき最適化の行動をとるという合理性を発揮する過程での思考の基本的な技をここで紹介する。まず、経済学で考える希少性(=仮に無料だったとき、需要が世界全体の存在量を上回ること)と合理性を組み合わせて考えれば、「対価なしで得られるものはない」(=ノーフリーランチ定理)故に、「必ず儲かる方法、楽して儲かる方法はない」という事実を押さえておくことと説く。そして基本的な思考の技を紹介する。
1) 効率努力と関係努力
2) 比較優位
3) 双曲割引
4) ポートフォリオ(資産の組み合わせ)によるリスクコントロール
5) 限界効用
技を説明した上で、最適化行動をするには「時間」という制約が存在するので、「局所最適化かもしれないが、ひとまずは一番近い頂上を目指す」という方針が結果として優れている場合があることを歯止めとして述べている。つまり、必ずお得という方法はない。
第5章 社会全体を幸福にする思考の「型」
著者は冒頭で「経済学における思考の型の特徴は、個人の価値観・嗜好を基礎に、それが制約付の最適化問題であるという点に注目して議論を組み立てるところにあります」とその枠組みを明確にしている。そして、経済学の思考方法の中に、さまざまなビジネスへのヒントを得られると示唆する。そして、次の点に目を向けさせている。
1) 取引・交換はパレート改善(=誰も損することなく、誰かが得をする)であり、
改善の余地があれば、最適状況がめざされる。そしてパレート最適となる。
2) 人間は嫉妬する生き物であるが、顔が見えない市場取引では、嫉妬心に煩わされ
ずに損得勘定ができるという利点がある。
3) 取引には二面性がある。マクロでみるとワルラスの法則が働いている。
4) ポーターのファイブ・フォース分析(利潤をすり減らす5つの力)
⇒業界内の競走/新規参入の脅威/代替品の脅威
売り手(仕入れ先)の交渉力/買い手(販売先)の交渉力
5) マクロとミクロのフィードバック
著者は合理的期待形成の理論という経済学の立場から、思考の型と技の紹介を本書で行っている。そのことが末尾に触れられている。そして、人が主観的な意味で合理的であると想定することの意義として4点を挙げる。
*自分以外の人の価値観を認めること
*すべての自発的な取引がお互いの厚生を向上させることに気づくこと
*価値観のすれ違いにこそ交換のチャンスがあることに気づくこと
*そして自分だけが賢いという思い込みから抜け出すこと
また、駄目押しとして、ビジネスにおいては努力は時に「報われ」ない現実を前提として受け入れる上での行動と思考について語っている。なぜなら「『努力が必ず報われる社会』は制約の外にある不可能な目標なのです」(p219)という認識による。
著者は、本書を経済学の観点から利用できる「思考法のツールボックス」と末尾で述べている。使える道具を集めて読者に提供したというところだろう。第1章でまとめられた思考のステップにおいて、これらのツールをどのように組み合わせて使うかは、読者の問題である。様々なツールがあることを先ず知り、ツールになれて、ツールをうまく組み合わせて使いこなすと役立つよという提示である。一方で、ツールを使う努力をしても、報われないこともあるので、それを忘れないでねとも語っているように思う。なにせ自分以外の人もいて、問題に対して「時間」の制約という要因もあるのだから。
ご一読ありがとうございます。
本書からの関心事項をネット検索してみた。調べた範囲で今後の思考のヒントとして一覧にしておきたい。
「MECE(ミーシー)」とは何か、5つのフレームワークの基本を学ぶ:「ビジネス+IT」
MECE :「BiZHiNT」
部分均衡理論 :「コトバンク」
レオン・ワルラス「一般均衡理論」:「コバヤシユウスケの教養帳」
[行動経済]双曲割引~何故か待てない~ :「NAVERまとめ」
割引率で測る、人のせっかち度 :「PRESIDENT Online」
パレート改善 :「交渉学と合意形成」
パレート改善 :「コトバンク」
パレート最適 FQAのコーナー :「梶井厚志のホームページ」
ファイブフォース分析とは!~マクドナルドを例に解説~ :「BRANDINGLAB」
ファイブフォース分析とは|5フォース分析の例と戦略に活かす全手順|5F分析テンプレート有 :「Mission Driven Brand」
インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。
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その点、ご寛恕ください。)