遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『スカーフェイスⅡ デッドリミット 警視庁特別捜査第三係・淵神律子』 富樫倫太郎 講談社文庫

2020-03-14 17:48:42 | レビュー
 プロローグは、異様な場面描写から始まる。四方をコンクリートに囲まれた殺風景な部屋で、天井近くのスピーカーから聞こえる指示に従い、中年男が死体から耳と手首を切断し、眼球と心臓を抉り出す作業をさせられる。  
 その中年男がそれらを持参して警視庁に出頭する。

 「ベガ」と呼ばれる連続殺人犯を逮捕しようとして重傷を負った淵神律子が職場復帰し、警視庁の地下にある特別捜査第三係の部屋に出勤すると、篠原理事官から呼び出しを受けていた。6階の捜査一課の大部屋に出向くと、永倉課長と篠原理事官に連れられて、取調室の隣りの小部屋に行く事になる。マジックミラー越しに、取調室にいる中年男を知っているかと律子は課長と理事官から尋ねられる。「一度も会ったことがない男です」と律子は答えた。その後、律子は東郷刑事部長の部屋で事件の発端を聞かされる羽目になる。それが異様な事件に深く関わっていく始まりとなる。

 中年男が警視庁正面玄関の受付で警察官にボストンバッグを渡した。その中身は眼球・耳・右手首・心臓・指輪・パソコン・イヤホンの7点と1枚のメッセージだったという。中年男の身元は一切不明。
 メッセージは4行。「パソコンのスイッチを入れる以外のことを禁ずる。淵神律子以外の者がイヤホンを付けることを禁ずる。淵神律子は常にイヤホンを付けなければならない。パソコンとイヤホンの分析を試みれば女は死ぬ。」
 パソコンのスイッチを入れると、薄暗い画面には粗い映像で若い女が狭い場所に密閉状態で閉じ込められているらしい情景が映っている。数字とペットボトルのようなマークが見える。数字は空気中の酸素量が減り、窒息死するまでの時間を示しているようなのだ。律子が画面を見た時点の数字は「45:41:22」だった。
 取調室に居る中年男は何も喋らない。律子には全く面識のない男だった。
 律子はイヤホンを耳に装着することになる。

 何も捜査の手がかりがない故に、一時的な特例措置として、律子が捜査の中心になり強行犯係が淵神律子をサポートする形で捜査を進めよと上層部から指示が出される。律子は2つの条件を出した。一つは藤平と円を捜査に加えること。もう一つはいつでも好きなときに捜査情報にアクセスする許可を藤平と円に与えることである。篠原理事官はふざけるなと激怒するが、永倉課長が許可を出す。出さざるをえないのだ。

 このストーリーは2部構成になっていて、第1部は1日目、第2部は2日目の捜査状況を描き出していく。カウントダウンが始まるタイムリミット・ストーリーと言う点が読者を惹きつける。

 このストーリーのおもしろいところはいくつかある。
1. 律子の過去の独断専行的で強引な捜査活動を毛嫌いする捜査一課強行犯係の連中と律子・特別捜査第三係がまずどのように折り合いをつけながら事件解決に邁進するかにある。律子の捜査行動がどのように受けとめられ、理解され、支援されていくか。警察組織内の人間関係描写というストーリーの側面がやはりまずおもしろい。

2. 中年男が持参したもの。意図的に取り出された人体パーツと指輪、パソコン、イヤホンというわずか7点と律子を名指しした事実の中に、事件解決へのどんな糸口があるのか。そこに関心をかき立てられるという構図がおもしろい。
 最初の捜査会議で明らかになったことがある。
 心臓という人体パーツからわかった事実。被害者の年齢幅が推定され、古い手術痕があり先天性疾患だったことが判明する。それが貴重な手がかりとなり、聞き込み捜査が進展する。
 パソコン画面に映る女性の顔写真を撮り、その画像を顔認識ソフトに取り込んで検索したことから、身元が判明した。三日前に行方不明届が出ている人物と一致したのである。さらに、その人物の父親は警察官だとわかった。
 中年男が持ち込んだ指輪と同じ指輪をパソコン画面上の女性が右手薬指にしていた。象牙を使いデザインされ違法に製造された特殊で高額な指輪と推定された。
 犯人側が提示した物体から見出された糸口が、事件の解明プロセスのどの時点でどのように相互に絡み合っていくのか。その捜査の進展が興味深い。ここが読ませどころになっていく。
 捜査が進展するにつれ、今は解散してしまったアダルト・ビデオ(AV)製作グループに関係していることが浮かび上がってくる。
 律子をサポートする藤平と円の持ち味が十分に発揮されていて読者を楽しませる。

3. 律子が装着する羽目になったイヤホンからは、時計の音がするだけだと律子は言う。
 このイヤホンがストーリーの展開でどのような役割を担っているのか。犯人側の意図は何なのか・・・・・。この点が読者にとっても大きな気がかり、興味を惹きつけるポイントになる。そして、勿論なぜ装着者が律子でなければならないのか、という謎がつきまとう。

4.ストーリー構成として興味深いのは、律子の関わった事件とパラレルにもうひとつの事件が発生し進展して行くことである。それは律子の実家で発生した。律子と一緒に暮らす景子が律子の代わりに実家を訪ねるのだが、そこで事件に巻き込まれてしまう。つまり町田惠子も被害者となる。この事件が本筋の事件とどう関わっているのか。こちらの事件の加害者の行動が少しずつエスカレートして悪化していく。しかし、どこでどう事件がつながるのか先が見えないところが興味津々となる。

5.このストーリー、イアホンが最後の切り札になっている。それがなぜ切り札になるのか。それがすべてを集約できるキーアイテムだったからである。
 2つの事件を並存させてエンディングに導き、読後印象として自然な流れに感じさせるところは、このストーリーが二重構造の意外性で構想されているからと言える。

 フィクションの警察小説としてはおもしろいストーリー展開である。

 ご一読ありがとうございます。

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