このタイトルのネーミングが注意を引き、読んで見た。既に一つのシリーズになっているが、これが第1作である。2008年に「小説宝石」に連載され、同年10月に出版された後、2011年8月に文庫本化されている。
私立探偵を生業にしていたが、高校時代のクラスメートの引きで、特別捜査官枠に応募して、警視庁警務部人事一課監察係になった本郷岳志がこの小説の主人公である。監査係は警察官の不品行や不正を取り締まる部署。他の部署からは蛇蝎のごとく嫌われている。
本郷はなぜその職務に転職したのか。実はバブル崩壊後私立探偵としても失業中だった折に、かつてのクラスメートで、東大卒業後キャリア組として警視庁警務部首席監察官になっている入江透に声を掛けられたのだ。尾行の専門家、私立探偵としての専門能力を買われたのである。本郷の応募に対して、入江が裏工作をした結果、本郷は警察組織の一員になった。監察官はあくまで役職名であることから、監察係に属する平の職員が監察官と称することはできない。本郷が己の立場をどう呼べばよいかと入江に質問した。それに対して、入江は官名として「素行調査官」と称することを提案した。つまり、それがこのタイトルになっている。
警察サイドの考え方では、刑法に抵触する犯罪に対して行う行為が「捜査」である。監察という仕事は、警察組織内部の警察官を対象とする。犯罪とはいえない素行不良、犯罪とみなされる行為でも万引きのような軽微なものや、まだ世間に知られていない犯罪行為で、犯罪として立件せずに葬れる可能性のあるものを取り扱う。「要するに本郷たちの真の使命は、警察官の不品行全般を世間に知られる前に発見し、然るべく処分をして、警察組織へのダメージを最小限にとどめることなのだ」(p27)。それ故、監察係の業務を「捜査」ではなく「調査」と呼ぶという。
捜査能力があり、警察組織内部の情実とは無縁で警察官を調査できる人間を入江は腹心の部下として確保したかったという。こうして、本郷素行調査官が誕生した。
プロローグは、第一機動捜査隊の小松佳文警部補が相方の斎藤巡査部長と深夜の警邏勤務中に警察無線を聞き、一番乗りした殺人事件現場から始まる。林試の森公園内で女性の刺殺死体が発見された。小松は第一発見者に聞き込みをした後、現場からは20mほどの距離にある舗道で、有名ブランドのロゴ入りの革の名刺入れが落ちているのを発見した。犯人の遺留物という可能性がある。中身の名刺の肩書を見て小松は息を呑む。日本の警察組織の頂点を成す超エリート官僚の一人の名前が記されていた。犯人の遺留物に繋がる可能性があるとしたら・・・・警察組織の一大スキャンダルを引き越し兼ねない。小松はこの名刺入れを発見物として直接報告せずに済ませる選択をした。
ここから、小松独自の密かな私的捜査(調査)が始まる。つまり、サブストーリーが進展していく。警察官小松の欲得・野望が絡みついた行動が展開されていく。
第1章は、本郷が監察係に着任後三ヵ月近く立ってから、公安部外事二課所属浅野光男警部補の不倫に関わる疑惑の究明という事案を任せられるところから始まる。2週間の海外出張から戻った浅野が初の逢瀬をしている西五反田のマンションを本郷が張り込む。だが、この時同僚の人事一課監察係の北本巡査部長が本郷を尾行していた。尾行の専門家である本郷はすぐに見破る。これが契機となり二人はコンビを組んでいく展開になる。このストーリーのプロセスで、北本の持ち味がなかなかおもしろい役回りとして描かれて行く。
西五反田のマンションの住人名簿から、浅野の不倫相手は蔡絢華だとわかる。この名前を本郷と北本は最近どこかで聞いた気がした。二人が警視庁の大部屋に戻って手分けして調べた結果わかったのは、林試の森公園での刺殺された被害者蔡麗華という中国籍の女性だった。二人が同じ中国籍ならば、姉妹、もしくは親族の可能性が高くなる。そうなると、事案は厄介な方向に進展する可能性が高くなる。本郷は蔡麗華、北本は蔡絢華と分担して区役所の外国人登録調査から始めることにした。二人の調査結果から、絢華33歳、麗華31歳で港区浜松町所在のイースタン交易が二人の勤務先とわかる。外国人登録原票から、二人が姉妹か従姉妹という関係であると推測できる。ここから、事態は思わぬ方向に展開する可能性が出てくる。
高級シルク、淡水真珠、純金製宝飾品など中国製品輸入販売を行うイースタン交易には裏の顔があったのだ。
北本は入江の指示を受けて本郷を尾行していたことが明らかになる。入江は本郷を試していたのだ。入江、本郷、北本の三人はチームを組み、この事案の調査を徹底していく。浅野と蔡絢華の関係が単なる不倫関係だけなのか、その背後にスパイという国を裏切る行為に絡む関係が潜んでいるのか・・・・。蔡絢華の行動を監視し、調査し、究明の手がかりをつかもうと行動する。
このストーリーの面白さは、公安でも刑事でもない監察係の本郷と北本が、調査の対象として公安事案あるいは刑事事案と直接に関わり兼ねない状況の中で、独自にかつ地道に調査を推進していくところにある。蔡絢華の住むマンションのたまたま空室だった隣室を不動産屋から借り受けて盗聴と張り込みの調査を行うこと、及び「イースタン交易」の事業内容を調べることから着手する。盗聴記録には、本郷と北本がイースタン交易を調査中に、蔡絢華の部屋に何者かが盗聴器を仕掛けて行った気配が残っていた。思わぬ方向から事態が進展していく。また、本郷は蔡絢華の部屋に仕掛けられた盗聴器の関連から、私立探偵時代に一緒に仕事をし因縁の深い土居の許を訪れ、調査への協力を依頼する。そして、土居の関わりからまた事態は意外な方向に展開し始める。
本郷たちの盗聴記録からは、蔡絢華と浅野の関係において蔡絢華の背後に蛇頭の存在が見え隠れし始める。
サブストーリーは、小松が名刺に記載の高級官僚の自宅を私的に監視するところから始まる。そのときこの高級官僚を襲おうとする暴漢が出現した。それを小松が阻止する立場になり、その結果この高級官僚に小松が直接接触する羽目になる。そして小松は予想もしない人生の方向転換を余儀なくされていくことになる。一方、小松の相方・斎藤巡査部長は林試の森公園での蔡麗華刺殺事件の捜査本部に捜査員として加えられていたことから、小松は捜査の進展情報をそれとなく入手できる伝手が確保できていた。
本郷と北本の調査ストーリーと、小松が深みにはまっていくサブストーリーがパラレルに進展する過程で、読者としての関心事はこの二つのストーリーがどのように、どの時点で交差していくかになっていく。さらにその交差がどういう形で波及効果を及ぼしていくかである。もう一つ、蔡麗華殺人事件の捜査もパラレルに進展している。こちらの捜査本部がどこまで殺人の真相に迫れるのか。その捜査がどう関わっていくかが興味深くなる。
当初警察官の不倫関係調査と思われた事案が、警察組織を震撼させる大きな闇の蠢きに繋がっていくというストーリー展開が読ませどころになる。
素行調査官である本郷と北本の活動に、入江が了解を出して私立探偵の土居父娘が加わり、彼らがチームを組み、複雑に絡み合っていく事案の解明に取り組んで行くことになるという展開の異色さもおもしろい。
巧妙に仕組まれた謎解きのストーリー構造になっていて、読者は引きこまれて行くことになる。
ご一読ありがとうございます。
この印象記を書き始めた以降に、この作家の作品で読んだものは次の小説です。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『越境捜査』 上・下 双葉文庫
『サンズイ』 光文社
『失踪都市 所轄魂』 徳間文庫
『所轄魂』 徳間文庫
『突破口 組織犯罪対策部マネロン室』 幻冬舎
『遺産 The Legacy 』 小学館
私立探偵を生業にしていたが、高校時代のクラスメートの引きで、特別捜査官枠に応募して、警視庁警務部人事一課監察係になった本郷岳志がこの小説の主人公である。監査係は警察官の不品行や不正を取り締まる部署。他の部署からは蛇蝎のごとく嫌われている。
本郷はなぜその職務に転職したのか。実はバブル崩壊後私立探偵としても失業中だった折に、かつてのクラスメートで、東大卒業後キャリア組として警視庁警務部首席監察官になっている入江透に声を掛けられたのだ。尾行の専門家、私立探偵としての専門能力を買われたのである。本郷の応募に対して、入江が裏工作をした結果、本郷は警察組織の一員になった。監察官はあくまで役職名であることから、監察係に属する平の職員が監察官と称することはできない。本郷が己の立場をどう呼べばよいかと入江に質問した。それに対して、入江は官名として「素行調査官」と称することを提案した。つまり、それがこのタイトルになっている。
警察サイドの考え方では、刑法に抵触する犯罪に対して行う行為が「捜査」である。監察という仕事は、警察組織内部の警察官を対象とする。犯罪とはいえない素行不良、犯罪とみなされる行為でも万引きのような軽微なものや、まだ世間に知られていない犯罪行為で、犯罪として立件せずに葬れる可能性のあるものを取り扱う。「要するに本郷たちの真の使命は、警察官の不品行全般を世間に知られる前に発見し、然るべく処分をして、警察組織へのダメージを最小限にとどめることなのだ」(p27)。それ故、監察係の業務を「捜査」ではなく「調査」と呼ぶという。
捜査能力があり、警察組織内部の情実とは無縁で警察官を調査できる人間を入江は腹心の部下として確保したかったという。こうして、本郷素行調査官が誕生した。
プロローグは、第一機動捜査隊の小松佳文警部補が相方の斎藤巡査部長と深夜の警邏勤務中に警察無線を聞き、一番乗りした殺人事件現場から始まる。林試の森公園内で女性の刺殺死体が発見された。小松は第一発見者に聞き込みをした後、現場からは20mほどの距離にある舗道で、有名ブランドのロゴ入りの革の名刺入れが落ちているのを発見した。犯人の遺留物という可能性がある。中身の名刺の肩書を見て小松は息を呑む。日本の警察組織の頂点を成す超エリート官僚の一人の名前が記されていた。犯人の遺留物に繋がる可能性があるとしたら・・・・警察組織の一大スキャンダルを引き越し兼ねない。小松はこの名刺入れを発見物として直接報告せずに済ませる選択をした。
ここから、小松独自の密かな私的捜査(調査)が始まる。つまり、サブストーリーが進展していく。警察官小松の欲得・野望が絡みついた行動が展開されていく。
第1章は、本郷が監察係に着任後三ヵ月近く立ってから、公安部外事二課所属浅野光男警部補の不倫に関わる疑惑の究明という事案を任せられるところから始まる。2週間の海外出張から戻った浅野が初の逢瀬をしている西五反田のマンションを本郷が張り込む。だが、この時同僚の人事一課監察係の北本巡査部長が本郷を尾行していた。尾行の専門家である本郷はすぐに見破る。これが契機となり二人はコンビを組んでいく展開になる。このストーリーのプロセスで、北本の持ち味がなかなかおもしろい役回りとして描かれて行く。
西五反田のマンションの住人名簿から、浅野の不倫相手は蔡絢華だとわかる。この名前を本郷と北本は最近どこかで聞いた気がした。二人が警視庁の大部屋に戻って手分けして調べた結果わかったのは、林試の森公園での刺殺された被害者蔡麗華という中国籍の女性だった。二人が同じ中国籍ならば、姉妹、もしくは親族の可能性が高くなる。そうなると、事案は厄介な方向に進展する可能性が高くなる。本郷は蔡麗華、北本は蔡絢華と分担して区役所の外国人登録調査から始めることにした。二人の調査結果から、絢華33歳、麗華31歳で港区浜松町所在のイースタン交易が二人の勤務先とわかる。外国人登録原票から、二人が姉妹か従姉妹という関係であると推測できる。ここから、事態は思わぬ方向に展開する可能性が出てくる。
高級シルク、淡水真珠、純金製宝飾品など中国製品輸入販売を行うイースタン交易には裏の顔があったのだ。
北本は入江の指示を受けて本郷を尾行していたことが明らかになる。入江は本郷を試していたのだ。入江、本郷、北本の三人はチームを組み、この事案の調査を徹底していく。浅野と蔡絢華の関係が単なる不倫関係だけなのか、その背後にスパイという国を裏切る行為に絡む関係が潜んでいるのか・・・・。蔡絢華の行動を監視し、調査し、究明の手がかりをつかもうと行動する。
このストーリーの面白さは、公安でも刑事でもない監察係の本郷と北本が、調査の対象として公安事案あるいは刑事事案と直接に関わり兼ねない状況の中で、独自にかつ地道に調査を推進していくところにある。蔡絢華の住むマンションのたまたま空室だった隣室を不動産屋から借り受けて盗聴と張り込みの調査を行うこと、及び「イースタン交易」の事業内容を調べることから着手する。盗聴記録には、本郷と北本がイースタン交易を調査中に、蔡絢華の部屋に何者かが盗聴器を仕掛けて行った気配が残っていた。思わぬ方向から事態が進展していく。また、本郷は蔡絢華の部屋に仕掛けられた盗聴器の関連から、私立探偵時代に一緒に仕事をし因縁の深い土居の許を訪れ、調査への協力を依頼する。そして、土居の関わりからまた事態は意外な方向に展開し始める。
本郷たちの盗聴記録からは、蔡絢華と浅野の関係において蔡絢華の背後に蛇頭の存在が見え隠れし始める。
サブストーリーは、小松が名刺に記載の高級官僚の自宅を私的に監視するところから始まる。そのときこの高級官僚を襲おうとする暴漢が出現した。それを小松が阻止する立場になり、その結果この高級官僚に小松が直接接触する羽目になる。そして小松は予想もしない人生の方向転換を余儀なくされていくことになる。一方、小松の相方・斎藤巡査部長は林試の森公園での蔡麗華刺殺事件の捜査本部に捜査員として加えられていたことから、小松は捜査の進展情報をそれとなく入手できる伝手が確保できていた。
本郷と北本の調査ストーリーと、小松が深みにはまっていくサブストーリーがパラレルに進展する過程で、読者としての関心事はこの二つのストーリーがどのように、どの時点で交差していくかになっていく。さらにその交差がどういう形で波及効果を及ぼしていくかである。もう一つ、蔡麗華殺人事件の捜査もパラレルに進展している。こちらの捜査本部がどこまで殺人の真相に迫れるのか。その捜査がどう関わっていくかが興味深くなる。
当初警察官の不倫関係調査と思われた事案が、警察組織を震撼させる大きな闇の蠢きに繋がっていくというストーリー展開が読ませどころになる。
素行調査官である本郷と北本の活動に、入江が了解を出して私立探偵の土居父娘が加わり、彼らがチームを組み、複雑に絡み合っていく事案の解明に取り組んで行くことになるという展開の異色さもおもしろい。
巧妙に仕組まれた謎解きのストーリー構造になっていて、読者は引きこまれて行くことになる。
ご一読ありがとうございます。
この印象記を書き始めた以降に、この作家の作品で読んだものは次の小説です。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『越境捜査』 上・下 双葉文庫
『サンズイ』 光文社
『失踪都市 所轄魂』 徳間文庫
『所轄魂』 徳間文庫
『突破口 組織犯罪対策部マネロン室』 幻冬舎
『遺産 The Legacy 』 小学館