”スクープ”シリーズの第5弾になる。主な登場人物は警視庁捜査一課内の特命捜査対策室に属する黒田祐介巡査部長と谷口勲の二人、及びTBNの夜のニュースショー『ニュースイレブン』の番組記者・布施京一である。布施の関係で『ニュースイレブン』のディレクターの一人鳩村昭夫、キャスターの鳥飼行雄と香山恵理子が関わりを持ってくる。特に今回のストーリーでは、香山恵理子に大きく関わる側面が出て来ておもしろい展開となる。
この小説は「小説すばる」の2019年3月号~2020年2月号に連載され、2020年7月に単行本として刊行された。
ストーリーは、ペア長黒田と組む谷口の視点から捜査を見つめるというスタンスを取り入れながら描かれて行く。黒田の同期であり捜査二課に所属する多岐川刑事が黒田のところに持ち込んできた依頼事項がこのストーリーの始まりとなる。20年前に春日井伸之という六本木のマンションに一人暮らしをしていた学生が首吊り自殺をしたという。当時彼は23歳。継続捜査を担当している黒田にこの20年前の事実を秘密裡に調べ直して欲しいという。多岐川はこの20年前の自殺事案が、多岐川の懸案となっている政治資金規正法違反、あるいは贈収賄に絡んでいる可能性があると睨んでいるのだ。当時の資料ファイルを多岐川は黒田に差し出す。春日井はSSと称されるイベントサークルに所属していた。多岐川は依頼時点でマル対が誰かは言えない立場だという。わずかの情報資料を足がかりに黒田たちは20年前の学生の自殺事案をどのように聞き込み捜査で洗い直していくのか。これがまず、読者にとって関心事となる。
一方、布施は鳩村に「ニュースイレブン」が打ち切りになるという噂を聞いたが本当かと質問する。鳩村にとっては寝耳に水だった、鳩村の質問に、布施はIT長者の藤巻清治から酒を飲んでいる席で聞いたと答える。同じ噂を、黒田は『かめ吉』で東都新聞社会部の持田記者から、布施にからむ話ということで「ニュースイレブン」打ち切りの噂を聞いていないかと声をかけられていた。そこには他局が香山恵理子争奪戦を始めているという話も付随していた。
聞き込み捜査はちょっとした情報、切り口を切っ掛けにして芋蔓式に人間関係を辿る形で進展していく。この点がリアルで興味深い。春日井に関わる知り人捜しのプロセスは、巡り巡って捜査一課第一強行犯捜査担当の池田管理官に行き着く。池田管理官は20年前、その事案に関わっていた。自殺というのは当時では妥当な結論だったと判断するが、違和感が残っているという。黒田は、聞き込みから春日井が亡くなる前に、同じサークルの女子大生が自殺したという情報を得ていた。池田管理官は、二人の関係について、証言も物的証拠も得られなかったという。そして、状況は自殺だった。自殺に見えるものはなるべくごちゃごちゃいじり回さないで処理する。その線で終わっていたのだ。池田は、己の違和感にケリをつけるうえからも、黒田が春日井についての事案を継続捜査とすることを追認する。池田は黒田の上司に連絡しておくという。ここから黒田・谷口のペアは公の捜査活動に入って行く。
20年前の春日井の自殺事案について、布施はある切っ掛けから独自に調べていた。そして、黒田・谷口の聞き込み捜査に自然な形で関わりを持ち、情報提供をしたり情報交換をする形に進展していく。このストーリーのおもしろいところは、刑事と記者の立場という次元を抜けたところで、黒田と布施との間に絶妙な阿吽の呼吸での情報交換や協同行動ができる関係が有益に作用していくところにある。彼らの関係を読み進む楽しみである。
聞き込み捜査を地道に行うことで黒田と谷口は事実を積み上げて行く。そこからさまざまな解明すべき疑問や究明点が浮かび上がる。勿論、他殺の可能性も浮上する。一方、布施は自分が入手した情報をさりげなく黒田に伝える。勿論、黒田はその情報の裏付け証拠の有無を重視し、事実を調べる行動を取る。
たとえば、春日井が加わっていたSSの主宰者は藤巻だったことを布施は一緒に酒を飲む場で藤巻本人から聞いていたという。黒田は勿論、それが事実かの裏付け捜査を実行することになる。さらに、春日井と藤巻の具体的な関係を究明していくのはもちろんである。
鳩村は布施からの打ち切りについての噂を起点に、キャスターの鳥飼と香山を交えて意見交換をする事から始めていく。香山はその噂を知っていた。布施はIT長者の藤巻が香山を秘書かPR担当に引き抜こうかという考えを抱いているという。本人から聞いたと。さらに、直近で藤巻がフィクサーになりたいとネット上で言い出していることが話題になる。「ニュースイレブン」の報道スタンスに藤巻問題は関係がないと主張する鳩村の考え方が徐々に変容していく。報道と視聴率、番組の打ち切りの噂に直面した鳩村の視点での描写という側面も、このストーリーの一つの柱になっている。
黒田が春日井の属していたSSのことを調べていることを聞くと、香山はその背後の事実調査に関心を持ち、布施と一緒に報道という立場から調べてみたいと言い出す。
このストーリーの構成と展開にはおもしろいところがいくつかある。
1. 黒田と谷口の地道な聞き込み捜査のプロセスから、SSの人間関係の構図が徐々に見え始めること。そこに布施からの情報が重要な役割を果たしていて、うまく組み込まれていく。SSの巧妙な仕組みと人間関係の構図が解明されるにつれて、意外な実態が明らかになっていく。
2. 鳩村が報道について「ネットの話題を番組で取り上げる必要はない」という考えを皆に述べていた。しかし、藤巻についての周辺情報が累積するに従い、鳩村はその報道姿勢を変容させていく。その経緯がパラレルに書き込まれていく。この点も興味深い。
3.IT長者の藤巻はネット上でさかんに発言し、話題となっている人物である。今の総理と親しい関係にあると見做されている。そこから「忖度」という問題が発生してくる。「忖度」という問題がどのようにして生み出されるかという側面を放送業界と警察組織とについて、描き込んでいておもしろい。同時代性のトピックをうまく反映させ、ストーリーに取り込んでいる点が巧みである。
4. 布施と協働しSS問題と藤巻の周辺を調べる意欲を出した香山恵理子が連絡を断つという事態が発生する。「ニュースイレブン」の本番に現れない。失踪という異常事態が発生する。そこにも別の次元の人間関係上のある種忖度が働いていた。こちらの事件が黒田・谷口の継続捜査に大きく絡んでいく。ある意味で、事件解明への大きな梃子となっていく。
5 香山が番組当日に穴をあけるという緊急事態が鳩村に「ニュースイレブン」報道直前に、奇策をとらせることになる。だがその奇策が思わぬ新基軸を生むことになる。この設定がストーリーを愉しませることにもなっている。
この黒田・谷口が継続捜査として手がけた20年前の自殺事案が、多岐川の当初の読み通りになったかどうか。それは本書を開いてお楽しみいただきたい。
ご一読ありがとうございます。
このブログを書き始めた以降に、徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『黙示 Apocalypse』 双葉社
『焦眉 警視庁強行犯係・樋口顕』 幻冬舎
『スクエア 横浜みなとみらい署暴対係』 徳間書店
『機捜235』 光文社
『エムエス 継続捜査ゼミ2』 講談社
『プロフェッション』 講談社
『道標 東京湾臨海署安積班』 角川春樹事務所
=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 === 更新6版 (83冊) 2019.10.18
この小説は「小説すばる」の2019年3月号~2020年2月号に連載され、2020年7月に単行本として刊行された。
ストーリーは、ペア長黒田と組む谷口の視点から捜査を見つめるというスタンスを取り入れながら描かれて行く。黒田の同期であり捜査二課に所属する多岐川刑事が黒田のところに持ち込んできた依頼事項がこのストーリーの始まりとなる。20年前に春日井伸之という六本木のマンションに一人暮らしをしていた学生が首吊り自殺をしたという。当時彼は23歳。継続捜査を担当している黒田にこの20年前の事実を秘密裡に調べ直して欲しいという。多岐川はこの20年前の自殺事案が、多岐川の懸案となっている政治資金規正法違反、あるいは贈収賄に絡んでいる可能性があると睨んでいるのだ。当時の資料ファイルを多岐川は黒田に差し出す。春日井はSSと称されるイベントサークルに所属していた。多岐川は依頼時点でマル対が誰かは言えない立場だという。わずかの情報資料を足がかりに黒田たちは20年前の学生の自殺事案をどのように聞き込み捜査で洗い直していくのか。これがまず、読者にとって関心事となる。
一方、布施は鳩村に「ニュースイレブン」が打ち切りになるという噂を聞いたが本当かと質問する。鳩村にとっては寝耳に水だった、鳩村の質問に、布施はIT長者の藤巻清治から酒を飲んでいる席で聞いたと答える。同じ噂を、黒田は『かめ吉』で東都新聞社会部の持田記者から、布施にからむ話ということで「ニュースイレブン」打ち切りの噂を聞いていないかと声をかけられていた。そこには他局が香山恵理子争奪戦を始めているという話も付随していた。
聞き込み捜査はちょっとした情報、切り口を切っ掛けにして芋蔓式に人間関係を辿る形で進展していく。この点がリアルで興味深い。春日井に関わる知り人捜しのプロセスは、巡り巡って捜査一課第一強行犯捜査担当の池田管理官に行き着く。池田管理官は20年前、その事案に関わっていた。自殺というのは当時では妥当な結論だったと判断するが、違和感が残っているという。黒田は、聞き込みから春日井が亡くなる前に、同じサークルの女子大生が自殺したという情報を得ていた。池田管理官は、二人の関係について、証言も物的証拠も得られなかったという。そして、状況は自殺だった。自殺に見えるものはなるべくごちゃごちゃいじり回さないで処理する。その線で終わっていたのだ。池田は、己の違和感にケリをつけるうえからも、黒田が春日井についての事案を継続捜査とすることを追認する。池田は黒田の上司に連絡しておくという。ここから黒田・谷口のペアは公の捜査活動に入って行く。
20年前の春日井の自殺事案について、布施はある切っ掛けから独自に調べていた。そして、黒田・谷口の聞き込み捜査に自然な形で関わりを持ち、情報提供をしたり情報交換をする形に進展していく。このストーリーのおもしろいところは、刑事と記者の立場という次元を抜けたところで、黒田と布施との間に絶妙な阿吽の呼吸での情報交換や協同行動ができる関係が有益に作用していくところにある。彼らの関係を読み進む楽しみである。
聞き込み捜査を地道に行うことで黒田と谷口は事実を積み上げて行く。そこからさまざまな解明すべき疑問や究明点が浮かび上がる。勿論、他殺の可能性も浮上する。一方、布施は自分が入手した情報をさりげなく黒田に伝える。勿論、黒田はその情報の裏付け証拠の有無を重視し、事実を調べる行動を取る。
たとえば、春日井が加わっていたSSの主宰者は藤巻だったことを布施は一緒に酒を飲む場で藤巻本人から聞いていたという。黒田は勿論、それが事実かの裏付け捜査を実行することになる。さらに、春日井と藤巻の具体的な関係を究明していくのはもちろんである。
鳩村は布施からの打ち切りについての噂を起点に、キャスターの鳥飼と香山を交えて意見交換をする事から始めていく。香山はその噂を知っていた。布施はIT長者の藤巻が香山を秘書かPR担当に引き抜こうかという考えを抱いているという。本人から聞いたと。さらに、直近で藤巻がフィクサーになりたいとネット上で言い出していることが話題になる。「ニュースイレブン」の報道スタンスに藤巻問題は関係がないと主張する鳩村の考え方が徐々に変容していく。報道と視聴率、番組の打ち切りの噂に直面した鳩村の視点での描写という側面も、このストーリーの一つの柱になっている。
黒田が春日井の属していたSSのことを調べていることを聞くと、香山はその背後の事実調査に関心を持ち、布施と一緒に報道という立場から調べてみたいと言い出す。
このストーリーの構成と展開にはおもしろいところがいくつかある。
1. 黒田と谷口の地道な聞き込み捜査のプロセスから、SSの人間関係の構図が徐々に見え始めること。そこに布施からの情報が重要な役割を果たしていて、うまく組み込まれていく。SSの巧妙な仕組みと人間関係の構図が解明されるにつれて、意外な実態が明らかになっていく。
2. 鳩村が報道について「ネットの話題を番組で取り上げる必要はない」という考えを皆に述べていた。しかし、藤巻についての周辺情報が累積するに従い、鳩村はその報道姿勢を変容させていく。その経緯がパラレルに書き込まれていく。この点も興味深い。
3.IT長者の藤巻はネット上でさかんに発言し、話題となっている人物である。今の総理と親しい関係にあると見做されている。そこから「忖度」という問題が発生してくる。「忖度」という問題がどのようにして生み出されるかという側面を放送業界と警察組織とについて、描き込んでいておもしろい。同時代性のトピックをうまく反映させ、ストーリーに取り込んでいる点が巧みである。
4. 布施と協働しSS問題と藤巻の周辺を調べる意欲を出した香山恵理子が連絡を断つという事態が発生する。「ニュースイレブン」の本番に現れない。失踪という異常事態が発生する。そこにも別の次元の人間関係上のある種忖度が働いていた。こちらの事件が黒田・谷口の継続捜査に大きく絡んでいく。ある意味で、事件解明への大きな梃子となっていく。
5 香山が番組当日に穴をあけるという緊急事態が鳩村に「ニュースイレブン」報道直前に、奇策をとらせることになる。だがその奇策が思わぬ新基軸を生むことになる。この設定がストーリーを愉しませることにもなっている。
この黒田・谷口が継続捜査として手がけた20年前の自殺事案が、多岐川の当初の読み通りになったかどうか。それは本書を開いてお楽しみいただきたい。
ご一読ありがとうございます。
このブログを書き始めた以降に、徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『黙示 Apocalypse』 双葉社
『焦眉 警視庁強行犯係・樋口顕』 幻冬舎
『スクエア 横浜みなとみらい署暴対係』 徳間書店
『機捜235』 光文社
『エムエス 継続捜査ゼミ2』 講談社
『プロフェッション』 講談社
『道標 東京湾臨海署安積班』 角川春樹事務所
=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 === 更新6版 (83冊) 2019.10.18