奥書を読むと、「産経新聞」(2020.4.1~2020.11.20)に連載され、2021年8月に単行本として刊行された。
おもしろい構想の小説である。ストーリーの舞台は東京とその周辺地域。だがそこに登場するのはほとんどが外国人。それも木更津から少し南に下がった場所にあるアジア団地が中心になる。アジア団地は東西500m、南北400mくらいの規模で、住民登録しているのは1500人程度だが、実際は2000人以上が生活していると推定され、そこには、中国、ベトナム、ミャンマー、カンボジア、インド、インドネシア、トルコ、パキスタン、タイ、フィリピンなどと、多国籍の者が集まり、一種の自治区のようになっているという。
なぜ、そこがこのストーリーの舞台となるのか?
ストーリーの冒頭は、フリーガイドを生業としている34歳の佐抜克郎が成田空港第二ターミナルの国際線出発口前で不意に外務省の関連団体の者と言う紺のスーツを着た人物に話しかけられる場面から始まる。彼は「NPO法人『南十字星』東京本部 阪東武士」と記された名刺を差し出した。なぜか?
佐抜は大学の外国語学科で教授に勧められてベサール語を学んでいたというのが重要な理由だった。
ベサールはボルネオの北、南シナ海に浮かぶ、複数の島からなる国である。13年前までは「ベサール王国」だったが、クーデターで「ベサール共和国」に転換した。クーデターの首謀者だった軍人クワン大佐が大統領となった。ベサールは多民族国家でベサール語が共通語なのだ。天然ガスや金を産出する。クワン大統領の政権をアメリカ、イギリスなどは承認していない。日本も追随したので国交は断絶している。国王はアリョシャ・イグナ六世で、彼の第二夫人は日本人だった。ベサールには現在中国人が増えていて、中国の影響力が強まり、海軍だけでなく中国企業もかなり進出している状況にある。クーデターの際に王族の一部は亡命したが、国王はベサールに留まった。国王は今、癌に冒され、クワン大統領が出国を許可しないために病状が悪化しているという。
佐抜は大学時代に卒業旅行でベサールを訪れようと思っていたとき、クーデターが起こり、ベサールの地を訪れた経験がなかった。
阪東は佐抜に第二夫人の生んだ王子を捜して欲しいと依頼するために声を掛けたのだ。第二夫人と王子は、一旦アメリカに亡命したが日本に帰国していた。第二夫人はベサールに国籍を移していたが、実家の近くに住んでいるという。王子は日本に馴染めず、問題行動を起こしていた。ベサールに望郷の念を抱いている。その王子が家出をしてしまったというのである。
手付金は20万、手数料は1日5万円プラス経費という条件を提示し、さらに、ベサールについてある程度知識を持つ女性アシスタントを紹介し、彼女の費用も持つという。ベサール語を話せることが王子捜しの必須要件なのだという。
ある団体客のガイドを終了し、この先2ヵ月ガイド仕事の予定がなかった佐抜はこの王子捜しを引き受けることになった。
阪東は佐抜に、第二夫人と王子の写真、自宅の住所や立ち回りそうな場所のリスト、それと阪東自身の携帯電話の番号を教えた。佐抜は写真と住所を手がかりとして王子捜しを行う事になる。
佐抜はかつてベサール語を勧められた杉本教授から、教授の自宅でクーデターが起こる前に2人のベサール人を紹介されたことがあった。そこでNPOの素性のこともあり、佐抜は杉本教授に相談をもちかける決断をした。これを契機に杉本教授はこの依頼案件に関心を抱き、佐抜を積極的にサポートしていくことになる。教授は伝手をたより、NPO「南十字星」の素性をあたることを引き受ける。一方、「南十字星」は外務省か警察の情報機関、スパイ組織だと己の考えを言う。そして、「『南十字星』の目的は、王子の暗殺か保護か、いずれにしても君しだいということだ」(p27)と佐抜に告げる。一方、教授はこの話にはロマンがあると、目をかがやかせる。
「南十字星」の阪東からの紹介だと言って、ヒナと名乗る女が佐抜に電話を掛けてきた。母親がベサール人で、父親は日本とフィリピンの混血。16歳までベサールに居て、日本に来たという。新宿のリージェントパークホテルで会う約束をした佐抜はヒナに対面して驚く。佐抜にとってヒナは所属団体のファンクラブに入っていた憧れの女子プロレスラー「レッドパンサー潮」だったのだ! 佐抜は心強いアシスタントを得たことになる。
ここから佐抜とヒナの二人三脚による王子捜しが始まって行く。
王子を捜す前に、日本に住むベサール人を捜す。ベサール人なら王妃や王子の事情に興味があるだろうから・・・・と、佐抜は考えた。すると、ヒナはルー叔父さんと呼ぶ縁者が日本に居るという。まず、この叔父さんを手がかりに王子捜しに着手することになった。
このストーリーの興味深いところは、背景に国際情勢と国交関係が関わっているという点である。現在のベサール共和国に対して、日本とアメリカ等は国交を断絶している。国王は病状の悪化で危うい状態にある。一方、民主化のための選挙を行うことを認めさせ、政権を奪取しようするベサール人のBLCという組織が活動している。クワン大統領の共和国に対して、中国がその影響力を高めようとしている。それぞれにとって、王子の存在と王子を己の陣営に取り込むことが政局面で重要な要因に浮上してきているのだ。
ベサールには地下資源がある。それが国交問題に大きく絡んでいる。
国交が断絶している現状では、外務省を初め公的機関は、表だって王子捜しを公然と行う立場にはない。だが、王子がクワン大統領側、あるいは中国側に確保されてしまうと、国際関係上の利点、優位性を失うことにも繋がっていく。
阪東は佐抜に言う。「我が国領土内で、王妃や王子の身体生命に危害が及ぶことを見過ごすわけにはいきません。が、それ以外のことでベサールの政治状況に関与するような行為は慎まなければならないのです。」(p172)
それ故、ベサール語が話せるという佐抜の起用となったのだ。
佐抜は、今まで経験したことがなく、予測も付けがたい状況での行動を迫られる羽目になる。王子捜しというまさに探偵家業を始めるわけである。どこまで己の身に危険が及ぶかもわからない。かつてレッドパンサー潮と呼ばれたヒナが頼れる存在にもなっていく。
王妃は既に入手した千葉県市原市の住所には居なかった。同市内にある王妃の実家の方は関わり合うことを拒否した。王妃は何処かに何者かにより既に拉致されているようだった。中国側か?
ヒナの縁者であるルー叔父さんを糸口にして、アジア団地に王子のことを知っている人が居るという情報を入手する。佐抜とヒナはこれを契機にアジア団地との関わり合いを始めていく。
私的な探偵家業的な王子捜しの行動が、国際情勢並びに複数国の国交問題にリンクしている事象にもかかわらず、そこに日本という国家の姿は一切関わらせないというスタンス。身勝手ともいうべき状況下でこのストーリーが進展して行く。うまくいかなければ、佐抜の行動は私的レベルのものとして、トカゲの尻尾切りの如くに、斬り捨て得られてしまうという構図である。悪ガキの王子は佐波の行動にどのように反応し、ベサールという国に対してどのような対応をとろうとするのか・・・・。
このストーリー、読者にとってはおもしろい展開となる。
ご一読ありがとうございます。
このフィクションから、現実の実態として、日本に在留する外国人について関心を抱いた。関連事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
【在留外国人統計(旧登録外国人統計)統計表】 :「ISA 出入国在留管理庁」
日本の総人口と在留外国人の関係 :「内閣府」
外国人住民に関する登録制度の変更 :「木更津市」
令和元年12月末住民基本台帳による外国人数 :「千葉県」
グラフで見る木更津市の外国人人口 :「GraphToChart」
統計情報 :「多文化共生ポータルサイト」
インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。
(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)
徒然にこの作家の作品を読み継いできました。ここで印象記を書き始めた以降の作品は次の通りです。こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『暗約領域 新宿鮫 ⅩⅠ』 光文社
『帰去来』 朝日新聞出版
『漂砂の塔 THE ISLE OF PLACER』 集英社
『欧亞純白 ユーラシアホワイト』 大沢在昌 集英社文庫
『鮫言』 集英社
『爆身』 徳間書店
『極悪専用』 徳間書店
『夜明けまで眠らない』 双葉社
『十字架の王女 特殊捜査班カルテット3』 角川文庫
『ブラックチェンバー』 角川文庫
『カルテット4 解放者(リベレイター)』 角川書店
『カルテット3 指揮官』 角川書店
『生贄のマチ 特殊捜査班カルテット』 角川文庫
『撃つ薔薇 AD2023 涼子』 光文社文庫
『海と月の迷路』 毎日新聞社
『獣眼』 徳間書店
『雨の狩人』 幻冬舎
おもしろい構想の小説である。ストーリーの舞台は東京とその周辺地域。だがそこに登場するのはほとんどが外国人。それも木更津から少し南に下がった場所にあるアジア団地が中心になる。アジア団地は東西500m、南北400mくらいの規模で、住民登録しているのは1500人程度だが、実際は2000人以上が生活していると推定され、そこには、中国、ベトナム、ミャンマー、カンボジア、インド、インドネシア、トルコ、パキスタン、タイ、フィリピンなどと、多国籍の者が集まり、一種の自治区のようになっているという。
なぜ、そこがこのストーリーの舞台となるのか?
ストーリーの冒頭は、フリーガイドを生業としている34歳の佐抜克郎が成田空港第二ターミナルの国際線出発口前で不意に外務省の関連団体の者と言う紺のスーツを着た人物に話しかけられる場面から始まる。彼は「NPO法人『南十字星』東京本部 阪東武士」と記された名刺を差し出した。なぜか?
佐抜は大学の外国語学科で教授に勧められてベサール語を学んでいたというのが重要な理由だった。
ベサールはボルネオの北、南シナ海に浮かぶ、複数の島からなる国である。13年前までは「ベサール王国」だったが、クーデターで「ベサール共和国」に転換した。クーデターの首謀者だった軍人クワン大佐が大統領となった。ベサールは多民族国家でベサール語が共通語なのだ。天然ガスや金を産出する。クワン大統領の政権をアメリカ、イギリスなどは承認していない。日本も追随したので国交は断絶している。国王はアリョシャ・イグナ六世で、彼の第二夫人は日本人だった。ベサールには現在中国人が増えていて、中国の影響力が強まり、海軍だけでなく中国企業もかなり進出している状況にある。クーデターの際に王族の一部は亡命したが、国王はベサールに留まった。国王は今、癌に冒され、クワン大統領が出国を許可しないために病状が悪化しているという。
佐抜は大学時代に卒業旅行でベサールを訪れようと思っていたとき、クーデターが起こり、ベサールの地を訪れた経験がなかった。
阪東は佐抜に第二夫人の生んだ王子を捜して欲しいと依頼するために声を掛けたのだ。第二夫人と王子は、一旦アメリカに亡命したが日本に帰国していた。第二夫人はベサールに国籍を移していたが、実家の近くに住んでいるという。王子は日本に馴染めず、問題行動を起こしていた。ベサールに望郷の念を抱いている。その王子が家出をしてしまったというのである。
手付金は20万、手数料は1日5万円プラス経費という条件を提示し、さらに、ベサールについてある程度知識を持つ女性アシスタントを紹介し、彼女の費用も持つという。ベサール語を話せることが王子捜しの必須要件なのだという。
ある団体客のガイドを終了し、この先2ヵ月ガイド仕事の予定がなかった佐抜はこの王子捜しを引き受けることになった。
阪東は佐抜に、第二夫人と王子の写真、自宅の住所や立ち回りそうな場所のリスト、それと阪東自身の携帯電話の番号を教えた。佐抜は写真と住所を手がかりとして王子捜しを行う事になる。
佐抜はかつてベサール語を勧められた杉本教授から、教授の自宅でクーデターが起こる前に2人のベサール人を紹介されたことがあった。そこでNPOの素性のこともあり、佐抜は杉本教授に相談をもちかける決断をした。これを契機に杉本教授はこの依頼案件に関心を抱き、佐抜を積極的にサポートしていくことになる。教授は伝手をたより、NPO「南十字星」の素性をあたることを引き受ける。一方、「南十字星」は外務省か警察の情報機関、スパイ組織だと己の考えを言う。そして、「『南十字星』の目的は、王子の暗殺か保護か、いずれにしても君しだいということだ」(p27)と佐抜に告げる。一方、教授はこの話にはロマンがあると、目をかがやかせる。
「南十字星」の阪東からの紹介だと言って、ヒナと名乗る女が佐抜に電話を掛けてきた。母親がベサール人で、父親は日本とフィリピンの混血。16歳までベサールに居て、日本に来たという。新宿のリージェントパークホテルで会う約束をした佐抜はヒナに対面して驚く。佐抜にとってヒナは所属団体のファンクラブに入っていた憧れの女子プロレスラー「レッドパンサー潮」だったのだ! 佐抜は心強いアシスタントを得たことになる。
ここから佐抜とヒナの二人三脚による王子捜しが始まって行く。
王子を捜す前に、日本に住むベサール人を捜す。ベサール人なら王妃や王子の事情に興味があるだろうから・・・・と、佐抜は考えた。すると、ヒナはルー叔父さんと呼ぶ縁者が日本に居るという。まず、この叔父さんを手がかりに王子捜しに着手することになった。
このストーリーの興味深いところは、背景に国際情勢と国交関係が関わっているという点である。現在のベサール共和国に対して、日本とアメリカ等は国交を断絶している。国王は病状の悪化で危うい状態にある。一方、民主化のための選挙を行うことを認めさせ、政権を奪取しようするベサール人のBLCという組織が活動している。クワン大統領の共和国に対して、中国がその影響力を高めようとしている。それぞれにとって、王子の存在と王子を己の陣営に取り込むことが政局面で重要な要因に浮上してきているのだ。
ベサールには地下資源がある。それが国交問題に大きく絡んでいる。
国交が断絶している現状では、外務省を初め公的機関は、表だって王子捜しを公然と行う立場にはない。だが、王子がクワン大統領側、あるいは中国側に確保されてしまうと、国際関係上の利点、優位性を失うことにも繋がっていく。
阪東は佐抜に言う。「我が国領土内で、王妃や王子の身体生命に危害が及ぶことを見過ごすわけにはいきません。が、それ以外のことでベサールの政治状況に関与するような行為は慎まなければならないのです。」(p172)
それ故、ベサール語が話せるという佐抜の起用となったのだ。
佐抜は、今まで経験したことがなく、予測も付けがたい状況での行動を迫られる羽目になる。王子捜しというまさに探偵家業を始めるわけである。どこまで己の身に危険が及ぶかもわからない。かつてレッドパンサー潮と呼ばれたヒナが頼れる存在にもなっていく。
王妃は既に入手した千葉県市原市の住所には居なかった。同市内にある王妃の実家の方は関わり合うことを拒否した。王妃は何処かに何者かにより既に拉致されているようだった。中国側か?
ヒナの縁者であるルー叔父さんを糸口にして、アジア団地に王子のことを知っている人が居るという情報を入手する。佐抜とヒナはこれを契機にアジア団地との関わり合いを始めていく。
私的な探偵家業的な王子捜しの行動が、国際情勢並びに複数国の国交問題にリンクしている事象にもかかわらず、そこに日本という国家の姿は一切関わらせないというスタンス。身勝手ともいうべき状況下でこのストーリーが進展して行く。うまくいかなければ、佐抜の行動は私的レベルのものとして、トカゲの尻尾切りの如くに、斬り捨て得られてしまうという構図である。悪ガキの王子は佐波の行動にどのように反応し、ベサールという国に対してどのような対応をとろうとするのか・・・・。
このストーリー、読者にとってはおもしろい展開となる。
ご一読ありがとうございます。
このフィクションから、現実の実態として、日本に在留する外国人について関心を抱いた。関連事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
【在留外国人統計(旧登録外国人統計)統計表】 :「ISA 出入国在留管理庁」
日本の総人口と在留外国人の関係 :「内閣府」
外国人住民に関する登録制度の変更 :「木更津市」
令和元年12月末住民基本台帳による外国人数 :「千葉県」
グラフで見る木更津市の外国人人口 :「GraphToChart」
統計情報 :「多文化共生ポータルサイト」
インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。
(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)
徒然にこの作家の作品を読み継いできました。ここで印象記を書き始めた以降の作品は次の通りです。こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『暗約領域 新宿鮫 ⅩⅠ』 光文社
『帰去来』 朝日新聞出版
『漂砂の塔 THE ISLE OF PLACER』 集英社
『欧亞純白 ユーラシアホワイト』 大沢在昌 集英社文庫
『鮫言』 集英社
『爆身』 徳間書店
『極悪専用』 徳間書店
『夜明けまで眠らない』 双葉社
『十字架の王女 特殊捜査班カルテット3』 角川文庫
『ブラックチェンバー』 角川文庫
『カルテット4 解放者(リベレイター)』 角川書店
『カルテット3 指揮官』 角川書店
『生贄のマチ 特殊捜査班カルテット』 角川文庫
『撃つ薔薇 AD2023 涼子』 光文社文庫
『海と月の迷路』 毎日新聞社
『獣眼』 徳間書店
『雨の狩人』 幻冬舎