遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『クラシックシリーズ5 千里眼の瞳 完全版』 松岡圭祐  角川文庫

2021-12-22 14:27:28 | レビュー
 クラシックシリーズの第5弾。奥書によると、小学館文庫として2002年6月に刊行された『千里眼 メフィストの逆襲』と、『千里眼 岬美由紀』を一冊にし、加筆・修正し完全版として、平成20年(2008)11月に角川文庫として刊行された。旧版を読んでいないので、この完全版の読後印象を記す。

 山手トンネル事件終結の3日後、報道記者たちが現場に出入りしトンネル内の惨状を実見する。一方、あと3日で合同慰霊祭が行われるという時点で、遺族と生存者の心のケアに動員された臨床心理士は2000人を超えるという。その臨床心理士たちを前に、嵯峨は理事会の合意事項を説明する。臨床心理士は合同慰霊祭に一切関わらないこと。由里佐知子にたとえ拉致されても、いっさい口をきいてはならないと。
 このストーリーはそんな場面から始まって行く。

 由里佐知子は岬美由紀に、山手トンネル内で、四十九日後に再来すると予告していた。その由里の行方は不明のままである。合同慰霊祭は極秘の内に行われることになっていた。
 だが、由里はその場所を難なく掴み、フェイクニュースでイランに出現したと欺き、合同慰霊祭の行われる場所の近くに出現する。そこが美由紀と由里の最後の対決場所となる。合同慰霊祭には、積載量10トンクラスのダンプトラックが現れる。由里は自分の読み通りだったと笑みをこぼすが、美由紀はその裏をかいていた。ここでの対決が最初の山場となる。ジャムサが由里に協力するがあだとなる。
 国土交通省で身柄を拘束された鬼芭阿諛子は、取り調べに対して黙秘を続けていた。ジャムサは阿諛子に教祖の最後を伝え、教祖の遺したものという容量2ギガバイトのSDカードを届けると遂にそこで死ぬ。阿諛子は脱走を試み、正門に向かったが、無駄なあがきと判断する。だが、なぜかそこに国家公安委員会、警察庁の人間と思える男が阿諛子に近づき、「ひとつ聞きたい。警察で働いてみる気はないかね?」と尋ねたのだ。
 この場面の後、このストーリーから阿諛子の姿は消える。読者には謎が残る。この壮大なシリーズの将来への伏線が敷かれたということか・・・・・。

 このストーリー、岬美由紀はこの後、様々な場所に出現して、様々な事件に関わって行かざるをえなくなる。東奔西走の行動が描き込まれていく。ストーリーの流れに沿って、そのアクション、エピソード項目を時系列でご紹介してみよう。

1. マンションの自室で眠りについた美由紀は、なぜかロゲスト・チェンにより、メフィストの特殊事業部によるドリーマーズ・プログラムを体験させられる。ストーンヘッジ(環状列石)の場所を体験させられ、話は超能力を発揮した御船千鶴子の話に及ぶ。

2. 場面は転換し、4年前、美由紀24歳の誕生日の時点に時が遡る。場所は小松基地。仙堂芳則司令官の指揮下にある航空自衛隊航空総隊本部。美由紀は二等空尉のジェットパイロットだった。仙堂はパイロットを呼び出して告げる。潜水艇が日本の領海内に侵入、および領海ぎりぎりの位置に北朝鮮側の高速ミサイル艇が確認された。海上保安庁の巡視船が警備に入っている。北朝鮮側の戦闘機が領海侵犯してくる可能性が充分考えられる、と。
 スクランブル発進の緊急事態なら、仙堂の取ったこの行動に対し美由紀は疑義を抱くことになる。その発言の裏にある状況を推測していく。美由紀は状況判断から北朝鮮側による拉致事件の発生を予測していた。発進した美由紀は、遭遇する事態に独自の行動を取っていく。その顛末がすさまじい。 この事件は、美由紀が自衛官を辞める直接の因となる。美由紀は見知らぬ誰かを見殺しにしたという激しい自責の念に囚われた。
 この顛末は、美由紀が自衛隊の記憶を夢に見たことだったというオチがつく。だがそれは美由紀の信念と思考、行動力を一層明瞭にしていく挿話となっている。一方、それは伏線でもある。

3. 8月9日、長崎に原爆が投下された日。恒例の平和集会の場に美由紀は来ていた。そこで、外務省政務官八代武雄が仲介となり美由紀は星野昌宏に引き合わされる。星野は新潟で商社に勤務する民間人。4年前、星野の娘、13歳の亜希子が失踪した。北朝鮮の拉致疑惑があると言う。なぜ八代が仲介するのか。そこには東京ディスニーランドに行きたいと子共とともに来日した金正男らしき男が絡んでいた。金正男と子供は既に国外退去となっていたが、同行していた女性は入国管理局に拘束された。金正男らしき男は4年前の拉致の可能性を語ったという。同行の女性は李秀卿と名乗り、只者でないことは分かるが正体不明。だが、星野亜希子さんをはじめ、日本人拉致疑惑に関して多くのことを知っている可能性があると見られているという。
 美由紀は星野亜希子の拉致疑惑問題に関わっていくことになる。つまり、李秀卿に会い、情報を探り出して欲しいという依頼である。外務大臣が総理の容認を得た事案になっているという。
 この事案が、紆余曲折を経ながらだがこの第5弾のメイン・ストーリーになっていく。したたかな李秀卿と美由紀の心理面での対決が理論的分析という側面も含めて実に興味深い。李秀卿は美由紀と対面すると、美由紀を己の立場と「うりふたつだ」と執拗にいうのだから・・・・。
 また、北朝鮮の人民思想省という機関の存在が重要な要素として登場してくる。
 一方で、李秀卿は日本で臨床心理士の資格を取るために韓国籍の沙希成瞳として過去に入国してきていたのだった。その結果、蒲生・嵯峨と一緒に、李秀卿を社会見学という名目で都内の各所の実際を見せるという行動も実行されることになる。だが、一瞬の油断で、李秀卿が蒲生の前から消える事態に立ち至る。
 一月後、蒲生に外線で星野亜希子と名乗る女から電話がかかってきた。状況は急転換していく。嵯峨と蒲生が亜希子に対応して行く。状況が解明される。
 李秀卿の件は、舞台がアメリカに転じて行くということに・・・・・。美由紀はアメリカに飛ぶ。さらに、アフガニスタンに舞台が移る。それはなせか。お楽しみいただきたい。

4. 長崎で地下駐車場に駐めていた美由紀の車、アストンマーチンDB9が奇妙な男により刃物でボンネットに落書きされ傷つくというハプニングが発生する。現場を美由紀は目撃した。犯人は野村清吾。そこに長崎医大の精神科医、田辺博一が現れる。田辺は美由紀の意見を聞きたくて探していたところだという。妄想性人格障害に陥っていると推察されると彼は言う。この野村清吾の携わっていた仕事が重要な伏線となっていく。
 美由紀は野村に関わったことから、ジェット機を操縦し、東京と長崎を往復するという行動力を発揮するに至るのだから、おもしろい。

5. ロゲスト・チェンが偉大なるダビデと呼んでいた男が、遂に美由紀の前に姿を表す。
 このストーリーの後半では、要所要所でダビデが出現するようになっていく。したたかでかつなかなか愉快なおじさんという感じでふるまうところがおもしろい。
 六本木の交差点で、蒲生の覆面パトカーに美由紀が同乗しているとき、美由紀は六本木通りを東京タワー方面に抜けていく一台の見覚えのあるトラックに目を留める。幌の中に北朝鮮の人民軍の制服を着たひとりの男を視認したのだ。美由紀はすでに2台のトラックを見ていた。一斉テロ攻撃か・・・・。美由紀は瞬間的に行動に出る。突発的な追跡劇が織り込まれていく。ある意味で、おもしろいのだが読者も振り回されることに・・・・。
 それがダビデの罠だったことに気づく。
 ダビデは、また、アフガニスタンとパキスタンの国境でも、美由紀の前に現れる。そして、平然と言うのだ。「きみに成長のための機会を、試練を与えてやった。」(p629)と。
 このストーリー、最後は東京ディスニーランドでエンディングとなる。

 奇想天外なストーリー構成。美由紀とともに読者も振り回されるがやはりそこがおもしろい。気分転換によい小説といえる。それでいて、考える視点と情報が結構溢れている。

 ご一読ありがとうございます。

本書に関連して、事実ベースの事項をいくつかネット検索してみた。一覧にしておきたい。
御船千鶴子  :「コトバンク」
御船千鶴子  :ウィキペディア
北朝鮮による日本人拉致問題 :ウィキペディア
拉致の可能性を排除できない事案に係る方々  :「警察庁」
緊急発進  :「防衛省 統合幕僚監部」
北朝鮮 基礎データ :「外務省」
アストンマーティン DB9 試乗記・新型情報 :「webCG」

インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)


こちらもお読みいただけるとうれしいです。
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『後催眠 完全版』   角川文庫
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『クラシックシリーズ2 千里眼 ミドリの猿 完全版』  角川文庫
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