遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『仮面山荘殺人事件』  東野圭吾   講談社文庫

2021-12-29 20:13:50 | レビュー
 森崎朋美には子供の頃からの夢があった。父が所有する別荘の近くにあり、花に囲まれた白くて小さな教会で結婚式を挙げることだった。朋美の父は製薬会社を経営する企業人である。朋美は小さなビデオ制作会社を経営する樫間高之と結婚することになる。この小さな教会で結婚式ををあげ、東京で改めて披露宴をするということで両親との折り合いもついた。朋美は精力的に準備に邁進し、教会側との打ち合わせも殆ど1人でこなす程だった。全てが順調に進んでいた。結婚式まであと1週間と迫ったとき、悲劇が起こる。
 朋美が教会側との最終的な打ち合わせを終えた後、「教会から高速道路の入り口に向かう途中の山道で、ハンドル操作を誤ってガードレールに激突し、そのまま転落したのだ」「事故の目撃者がいた。その者の話によると、ハンドル操作を過ったというよりも、殆どハンドルをきる意思はなかったように見えたということだった。」(p11)
 事故死として取り扱われることになる。

 森崎家では、毎年夏になると別荘に人々が集り数日間の避暑を楽しむことにしているという。朋美の死から3ヵ月が経っていた。高之は朋美の父、森崎伸彦から別荘での避暑に誘われて、参加することになった。本来なら朋美の夫として参加するはずだったのだ。
 
 高之は、別荘に到着し、玄関の木製の大きなドアのすぐ上に木彫りの仮面が取り付けられていることに気づいた。不思議な迫力を持つ仮面で、外国土産として伸彦が買ってきた魔除けの類だろうと高之は想像した。本書のタイトル、仮面山荘のネーミングはここに由来があるようだ。そして、もう一つこのネーミングには秘められた意図がある。読了して気づいた。それがこのストーリー全体にかかわっているという点だけ触れておこう。

 このストーリーは、結婚式の直前に朋美を失った高之の状況をプロローグで描いたあと、「第一幕 舞台」「第二幕 侵入者」「第三幕 暗転」「第四幕 惨劇」「第五幕 探偵役」「第六幕 悪夢」という構成になっている。
 
 この仮面山荘に招待され集まったメンバーをまず挙げてみよう。
 森崎伸彦 製薬会社の経営者で、山荘所有者。無免許
 森崎厚子 伸彦の妻。無免許。
 森崎利明 伸彦の息子。朋美の兄。伸彦の会社の部長、幹部候補生。30歳すぎ
 下条玲子 伸彦の有能な秘書。
 樫間高之 朋美の夫になる筈だった男。ビデオ制作会社を経営。
 篠 雪絵 朋美の叔父・篠一正の娘。朋美との親交が深い。父の学習塾経営を手伝う
 木戸信夫 篠一正の主治医。雪絵に一方的に執心。信夫の父は伸彦の又従兄にあたる
 阿川桂子 朋美の友人。昨年22歳で某小説誌の新人賞受賞。作家

 この仮面山荘だけがこのストーリーの舞台になっている。
 高之が山荘に到着してしばらくしたとき、2人の制服警官が訪れる。たまたま最初に高之が応対することになった。警官は挙動不審な男を見かけなかったかと質問してきた。この付近で不審な男を捜索中なのだという。そこに伸彦と利明が加わる。気づかなかったという返答に警官は失望の色を見せた。が、山荘への道を戻ったところにある派出所にいて、時折巡回するが迷惑をかけることはないと告げた。それから30分ほどして、最後の1人である阿川桂子が到着する。
 山荘の宿泊部屋はすべて2階にあり、高之はこれまでなら朋美が宿泊していた2階の一番奥の部屋を使うことになる。
 夕食の食卓での話題は、まず阿川が先日発表した小説の話になるのだが、その後は、いつしか自ずと朋美の死が話題となっていく。阿川が「動機については、あたしにもはっきりとはわかっていません。だけど、朋美が誰かに殺されたのは間違いないと思います」(p41)と自信に満ちた発言をした。ここから、朋美が単なる事故なのか、殺されたのか、自殺なのか・・・・という点が改めて探究すべき課題になっていく。
 阿川は朋美がペンダント型のピルケースを持っていたことに着目していた。朋美は生理痛がひどかったため、中に白いカプセルを2つ入れて身につけていたというのだ。その中身が、睡眠薬のカプセルとすり替えられていたのではないかと・・・・・。

 午前4時すぎ、高之はドアをノックする音を聞く。ジュースを飲もうと台所に降りて行った雪絵が人の気配、聞いたことのない男の声に気づき、高之に知らせに来たのだ。高之と雪絵は足音を殺して階段を降り厨房内を調べてみる。結果的に2人の侵入者につかまることに。ピストルを持つ小柄な男はジン、ライフルを持つ大男はタグと呼び合った。小柄なジンが大男のタグに指示する立場だった。ジンは仲間が来るまでこの別荘に居続けるという。8人は銃を持つジンとタグの人質となり監禁される状況に転換する。
 最初は全員が1階の一箇所に集められた。警察に告げないからそっと出て行ってほしいという伸彦の交渉は勿論、即座に拒絶される。銃を突きつけられ監禁され、なす術のない異常な状況だが、8人にとっての話題は朋美の死に戻って行く。ジンは、なぜかその話題に興味を示し、8人に自由にしゃべらせたのだ。山荘内での時間つぶし、退屈しのぎと思ったのかもしれない。

 監禁状況の中で、下条、高之、利明は山荘からの脱出を試みる策を立てるが、失敗に終わる。妨害が起こっていた。8人の内の誰かが妨害したとしか考えられない。
 そして、遂に1人が2階の部屋で殺される事態が起こる。状況から考えて、犯人はジンとタグの2人とは考えられない。つまり、犯人は7人の中の誰か・・・。なぜ、殺されたのか。疑心暗鬼は一層深まり、パニック状態に・・・・・。
 だが、時間が経てば、再び極限状態の中で、話題は朋美を殺した犯人が誰かに戻っていく。阿川がやはり自説を主張する。下条が探偵役を引き受けて、朋美の死と山荘内での殺人についての事実を整理していく。

 ジンとタグが待っていたフジと呼ばれる男が山荘に到着する。そこから状況が大きく動き出す。彼等が立ち去る時、7人の命はどうなるのか・・・・・。

 最後にあっという大きなどんでん返しが仕組まれていた。読者を驚かせるエンディングとなる。

 よくぞ、こんなプロットを考えたものだ・・・・と感心する。読後に振り返ると、各所にさりげなく伏線が敷かれていたことに気づく。地の文の表現だけでなく、状況の文脈でのさりげない会話の言い回しの中にも伏線があったりする。おもしろい。

 ご一読ありがとうございます。

ふと手に取った作品から私の読書領域の対象、愛読作家の一人に加わりました。
次の本を読み継いできています。こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『白馬山荘殺人事件』  光文社文庫
『放課後』  講談社文庫
『分身』  集英社文庫
『天空の蜂』  講談社文庫

東野圭吾 作品 読後印象記一覧 1版  2021.7.16 時点  26作品