この失踪課・高城賢吾シリーズを買い揃えているが、ずっと文庫本が眠っていた。読み始めるのが今になってしまった。書き下ろしで登場したシリーズである。2009年2月にこの第1作が刊行されている。
高城賢吾警部が多摩東署から失踪人捜査課三方面分室に異動となった。三方面分室は渋谷中央署内に設置されている。阿比留真弓分室長が、同時に金町署刑事課から異動となった明神愛美巡査部長と高城を室員に紹介する場面から始まる。真弓は三方面分室が事務屋の集りのような実態にあることに不満を抱き、失踪事件についてのちゃんとした捜査部門にしたいという望みを持っている。それは48歳の真弓がこの三方面分室で実績を上げて、本庁の捜査一課に返り咲きたいという欲望を抱いているからだった。彼女は警視庁の本筋にいなければ警察官である意味はないという野心家だ。45歳の高城を分室の中核にして戦える部署に変身させたいという。
高城は分室長の真弓に対し、それは過大評価だと答える。高城はここ数年、上層部の同情で、何とか警察という組織に置いてもらっている。暇な所轄に異動となり、深酒に嵌まる日々。どんよりとした目つきで二日酔いの辛さに耐えているという状況が続いていた。そんな男に仕事を割り振る上司はいないという自覚を抱いている。それが現在の高城だった。
だが、真弓はかつての高城の姿、手当もつかない仕事を平気で行い、きちんと仕事を為し遂げていた高城を期待しているのだ。それほどまでに落ちこぼれた高城にどのような過去が潜むのか。のっけから高城賢吾警部の不可解さに読者は引きこまれることになる。アルコールに溺れる数年を過ごしてきた高城の背景に何があったのか・・・・・。その理由が徐々に明らかになっていく。その点がまず読者の関心事項になるのではないかと思う。私はそうだった。
同時に異動してきた明神愛美巡査部長は玉突き人事で割りを喰ったのだ。愛美は金町署から捜査一課に異動予定だったのだが、城西署刑事課の若い刑事が拳銃で自殺した事件のあおりを受けての異動だった。真弓は愛美が不安と不満を抱えているだろうと思うと高城に伝え、愛美を育てるのも高城の仕事だと押し付ける。
このストーリーに登場する失踪人捜査課三方面分室のメンバーをまず簡略に紹介しておこう。阿比留真弓分室長から、事務屋の集まりと揶揄された面々である。ストーリーの進行の中で少しずつそのプロフィールが書き込まれていくのだが・・・・。
法月大智:警部補。心臓病を患い無理がきかない。1回発作を発症。定年まで数年。
ベテラン刑事。長年の経験から、方々に人脈を形成している。
醍醐 塁:刑事。髪を短く刈り込んだ大柄な男。元プロ野球選手。肩を痛め1年で引退
父・祖父ともに警視庁の警察官だったことで、警察官に転職。
子供3人。奥さんが4人目を妊娠中。定刻で走るように退出していく男。
森田純一:刑事。愛美の異動までは最年少でお茶くみ担当。射撃の腕は抜群という。
法月評では仕事ができない奴。六条の鞄持ちみたいになっている。
六条 舞:刑事。法月評ではお嬢様。なぜ警視庁にいるのかわからない存在。派手な娘
父が厚労省の幹部で、母が製薬会社の創始者一族の出という。
小杉公子:庶務担当。アームカバーを使用する。分室の生き字引。
さて、こんなメンバー構成の三方面分室が、これからどのように変貌していくのか、変貌しないのか・・・・。この点も読者にとって興味津々の副次的楽しみになりそうである。
ガラス張りの分室長室で、真弓と高城が話をしているところに、目黒区の西半分を管轄する八雲署の木本から真弓に連絡が入る。ややこしそうな話が三方面分室に回されてきたのだ。この失踪事件を真弓は異動したての高城に初仕事として割り振った。おまけにこの事案の事情聴取に明神愛美を同席させ、実戦訓練を兼ね、相棒として捜査に取り組むように指示したのである。高城は急遽二日酔いの酒臭さを消すためのアルコール抜きから始めねばならなくなる。
45分後に、三方面分室に2人の女性、赤石芳江と矢沢翠が訪れた。赤石透26歳が行方不明だと言う。。矢沢翠は赤石透の婚約者で、結婚は来月の予定だった。赤石透は目黒区八雲六丁目という高級住宅街のエリアに居住。東京ジョブサービス(TJS)勤務。透と翠はTJSの営業推進部で共に働き、派遣社員の管理をしている。4日前に、4連休をとり二人で赤石の実家のある長野に行く予定だった。だが、透は待ち合わせ時刻に新宿に現れなかった。翠は婚約者の母と二人で透を捜したが行方が皆目分からない。ワンルームマンションの透の部屋が荒らされた形跡はなかったという。
これは本当に事件なのか。それとも赤石透は自分の意思で失踪したのか。
愛美は捜査一課に異動する予定が失踪課に異動させられたことで、一種ふてくされた心理状態でもあった。27歳である。45歳の高城はこの愛美を相棒として事案の捜査を進めなければならなくなる。失踪課は「書類仕事と統計調査だけなんだから。あとは苦情処理。要するに、行方不明者の家族を安心させるためだけの存在でしょう?」と愛美は高城に返答した。「君の言い方は一々引っかかるけど、それは事実だな。今までのところは」(p36)と高城は答える。高城が赤石透の失踪事案にどのように取り組むか、それが愛美の事件に対する刑事としての自覚・認識と行動に大きく影響していくことにもなる。さて、今まで飲んだくれていた高城はどう行動していくのか・・・・読者には興味が湧くことに。
ワンルームマンションの赤石透の部屋と周囲を検分しても事件に巻き込まれた形跡はなかった。高城は透のパソコンを分室に持ち帰り、その中身をチェックすること、そしてTJSでの聞き込み捜査をすることから始めて行く。矢沢翠が透を捜すために作成したリストに刑事というプロの目で当たり直すという作業にもとりかかっていく。その結果、赤石透のプロフィールが少しずつ明らかになっていく。
TJSでの赤石透の評判は良い。しかし、透は大学を卒業しマスコミ関係への就職を目指したが果たせず、1年間ネットカフェを住処とする生活をして、その後派遣会社に就職していた。だが、ネットカフェ難民生活とTJSに就職するまでに1年間の空白期間があった。矢沢翠はその1年間の空白に気づいていたが、透に尋ねることはしなかった。透自身がその空白期間について語ろうとはしなかったからだという。
高城が赤石透の失踪事案の捜査を始めたころ、渋谷中央署にできた特捜本部に捜査一課の長野が出向いてきていた。高城は失踪課に戻るときにその長野に出会った。長野は後頭部に2発撃たれるという事件が発生していたことを高城に語る。被害者は小さな商社に2年前から勤めている甲本正則30歳だという。暴力団と関係がある会社ではない。また、仕事絡みのトラブルでもなさそうだという。その後の捜査で、長野は高城に出会うと、新たな事実を見つけたことを伝える。長野は話したくてうずうずしていたのだ。甲本がジャパン・ヘルス・アカデミー(JHA)の元社員だったという。JHAは2,3年前に、インチキ健康食品を売りまくり、突然社員が全員姿を消した会社だった。
行方不明となった透を翠と一緒に捜すために、赤石芳江は透の妹になる10歳の美矩を伴ってきていた。その美矩が母とともに以前に兄の部屋に泊まったことがあった。その滞在中の12月27日に、透が電話をしていたことを思い出したのだ。愛美が美矩から聞き出したのは、兄の透が電話の相手に「逃げろ」と言っているように美矩には聞こえたということである。今までの聞き込みで知り得た透の普段の行動からは考えられない一言。この電話の事実を緊急に調べるのに法月が関わり高城の手助けをすることに・・・・。
1本の電話「逃げろ」の一言を糸口に、赤石透の失踪の原因が徐々に明らかになって行く。高城が愛美を相棒として、捜査の最前線で行動を繰り広げる。赤石透の1年間の空白の意味が意外な展開を見せ始める。森田と醍醐もまた赤石透失踪事件の捜査活動に駆り出されていく。
高城と愛美の地道な捜査により失踪した赤石透の居場所が突き止められることに。このプロセスがこのストーリーの読ませどころと言える。そのプロセスでの高城と愛美の相棒関係はジェネレーション・ギャップを含め捜査に絡む価値観のぶつかり合いを伴っていておもしろい。
「蝕罪」というタイトルは、赤石透の思いを表現したところに由来する。
この第一作は、高城がアルコールへの依存から徐々に立ち直り、刑事本来の捜査活動に復帰する転換期を描き出すという一つの意図としてあるのだろうと思う。
失踪人が出たということから、事件捜査がどのような行動を必要とし、どのように展開していくのか。今までの事務屋集団が刑事の集団としてどのように活性化されていくのか、楽しみながら読み継ぎたいと思う。
ご一読ありがとうございます。
徒然に読んできた作品の読後印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
=== 堂場瞬一 作品 読後印象記一覧 === 2021.12.15時点 1版 22册
高城賢吾警部が多摩東署から失踪人捜査課三方面分室に異動となった。三方面分室は渋谷中央署内に設置されている。阿比留真弓分室長が、同時に金町署刑事課から異動となった明神愛美巡査部長と高城を室員に紹介する場面から始まる。真弓は三方面分室が事務屋の集りのような実態にあることに不満を抱き、失踪事件についてのちゃんとした捜査部門にしたいという望みを持っている。それは48歳の真弓がこの三方面分室で実績を上げて、本庁の捜査一課に返り咲きたいという欲望を抱いているからだった。彼女は警視庁の本筋にいなければ警察官である意味はないという野心家だ。45歳の高城を分室の中核にして戦える部署に変身させたいという。
高城は分室長の真弓に対し、それは過大評価だと答える。高城はここ数年、上層部の同情で、何とか警察という組織に置いてもらっている。暇な所轄に異動となり、深酒に嵌まる日々。どんよりとした目つきで二日酔いの辛さに耐えているという状況が続いていた。そんな男に仕事を割り振る上司はいないという自覚を抱いている。それが現在の高城だった。
だが、真弓はかつての高城の姿、手当もつかない仕事を平気で行い、きちんと仕事を為し遂げていた高城を期待しているのだ。それほどまでに落ちこぼれた高城にどのような過去が潜むのか。のっけから高城賢吾警部の不可解さに読者は引きこまれることになる。アルコールに溺れる数年を過ごしてきた高城の背景に何があったのか・・・・・。その理由が徐々に明らかになっていく。その点がまず読者の関心事項になるのではないかと思う。私はそうだった。
同時に異動してきた明神愛美巡査部長は玉突き人事で割りを喰ったのだ。愛美は金町署から捜査一課に異動予定だったのだが、城西署刑事課の若い刑事が拳銃で自殺した事件のあおりを受けての異動だった。真弓は愛美が不安と不満を抱えているだろうと思うと高城に伝え、愛美を育てるのも高城の仕事だと押し付ける。
このストーリーに登場する失踪人捜査課三方面分室のメンバーをまず簡略に紹介しておこう。阿比留真弓分室長から、事務屋の集まりと揶揄された面々である。ストーリーの進行の中で少しずつそのプロフィールが書き込まれていくのだが・・・・。
法月大智:警部補。心臓病を患い無理がきかない。1回発作を発症。定年まで数年。
ベテラン刑事。長年の経験から、方々に人脈を形成している。
醍醐 塁:刑事。髪を短く刈り込んだ大柄な男。元プロ野球選手。肩を痛め1年で引退
父・祖父ともに警視庁の警察官だったことで、警察官に転職。
子供3人。奥さんが4人目を妊娠中。定刻で走るように退出していく男。
森田純一:刑事。愛美の異動までは最年少でお茶くみ担当。射撃の腕は抜群という。
法月評では仕事ができない奴。六条の鞄持ちみたいになっている。
六条 舞:刑事。法月評ではお嬢様。なぜ警視庁にいるのかわからない存在。派手な娘
父が厚労省の幹部で、母が製薬会社の創始者一族の出という。
小杉公子:庶務担当。アームカバーを使用する。分室の生き字引。
さて、こんなメンバー構成の三方面分室が、これからどのように変貌していくのか、変貌しないのか・・・・。この点も読者にとって興味津々の副次的楽しみになりそうである。
ガラス張りの分室長室で、真弓と高城が話をしているところに、目黒区の西半分を管轄する八雲署の木本から真弓に連絡が入る。ややこしそうな話が三方面分室に回されてきたのだ。この失踪事件を真弓は異動したての高城に初仕事として割り振った。おまけにこの事案の事情聴取に明神愛美を同席させ、実戦訓練を兼ね、相棒として捜査に取り組むように指示したのである。高城は急遽二日酔いの酒臭さを消すためのアルコール抜きから始めねばならなくなる。
45分後に、三方面分室に2人の女性、赤石芳江と矢沢翠が訪れた。赤石透26歳が行方不明だと言う。。矢沢翠は赤石透の婚約者で、結婚は来月の予定だった。赤石透は目黒区八雲六丁目という高級住宅街のエリアに居住。東京ジョブサービス(TJS)勤務。透と翠はTJSの営業推進部で共に働き、派遣社員の管理をしている。4日前に、4連休をとり二人で赤石の実家のある長野に行く予定だった。だが、透は待ち合わせ時刻に新宿に現れなかった。翠は婚約者の母と二人で透を捜したが行方が皆目分からない。ワンルームマンションの透の部屋が荒らされた形跡はなかったという。
これは本当に事件なのか。それとも赤石透は自分の意思で失踪したのか。
愛美は捜査一課に異動する予定が失踪課に異動させられたことで、一種ふてくされた心理状態でもあった。27歳である。45歳の高城はこの愛美を相棒として事案の捜査を進めなければならなくなる。失踪課は「書類仕事と統計調査だけなんだから。あとは苦情処理。要するに、行方不明者の家族を安心させるためだけの存在でしょう?」と愛美は高城に返答した。「君の言い方は一々引っかかるけど、それは事実だな。今までのところは」(p36)と高城は答える。高城が赤石透の失踪事案にどのように取り組むか、それが愛美の事件に対する刑事としての自覚・認識と行動に大きく影響していくことにもなる。さて、今まで飲んだくれていた高城はどう行動していくのか・・・・読者には興味が湧くことに。
ワンルームマンションの赤石透の部屋と周囲を検分しても事件に巻き込まれた形跡はなかった。高城は透のパソコンを分室に持ち帰り、その中身をチェックすること、そしてTJSでの聞き込み捜査をすることから始めて行く。矢沢翠が透を捜すために作成したリストに刑事というプロの目で当たり直すという作業にもとりかかっていく。その結果、赤石透のプロフィールが少しずつ明らかになっていく。
TJSでの赤石透の評判は良い。しかし、透は大学を卒業しマスコミ関係への就職を目指したが果たせず、1年間ネットカフェを住処とする生活をして、その後派遣会社に就職していた。だが、ネットカフェ難民生活とTJSに就職するまでに1年間の空白期間があった。矢沢翠はその1年間の空白に気づいていたが、透に尋ねることはしなかった。透自身がその空白期間について語ろうとはしなかったからだという。
高城が赤石透の失踪事案の捜査を始めたころ、渋谷中央署にできた特捜本部に捜査一課の長野が出向いてきていた。高城は失踪課に戻るときにその長野に出会った。長野は後頭部に2発撃たれるという事件が発生していたことを高城に語る。被害者は小さな商社に2年前から勤めている甲本正則30歳だという。暴力団と関係がある会社ではない。また、仕事絡みのトラブルでもなさそうだという。その後の捜査で、長野は高城に出会うと、新たな事実を見つけたことを伝える。長野は話したくてうずうずしていたのだ。甲本がジャパン・ヘルス・アカデミー(JHA)の元社員だったという。JHAは2,3年前に、インチキ健康食品を売りまくり、突然社員が全員姿を消した会社だった。
行方不明となった透を翠と一緒に捜すために、赤石芳江は透の妹になる10歳の美矩を伴ってきていた。その美矩が母とともに以前に兄の部屋に泊まったことがあった。その滞在中の12月27日に、透が電話をしていたことを思い出したのだ。愛美が美矩から聞き出したのは、兄の透が電話の相手に「逃げろ」と言っているように美矩には聞こえたということである。今までの聞き込みで知り得た透の普段の行動からは考えられない一言。この電話の事実を緊急に調べるのに法月が関わり高城の手助けをすることに・・・・。
1本の電話「逃げろ」の一言を糸口に、赤石透の失踪の原因が徐々に明らかになって行く。高城が愛美を相棒として、捜査の最前線で行動を繰り広げる。赤石透の1年間の空白の意味が意外な展開を見せ始める。森田と醍醐もまた赤石透失踪事件の捜査活動に駆り出されていく。
高城と愛美の地道な捜査により失踪した赤石透の居場所が突き止められることに。このプロセスがこのストーリーの読ませどころと言える。そのプロセスでの高城と愛美の相棒関係はジェネレーション・ギャップを含め捜査に絡む価値観のぶつかり合いを伴っていておもしろい。
「蝕罪」というタイトルは、赤石透の思いを表現したところに由来する。
この第一作は、高城がアルコールへの依存から徐々に立ち直り、刑事本来の捜査活動に復帰する転換期を描き出すという一つの意図としてあるのだろうと思う。
失踪人が出たということから、事件捜査がどのような行動を必要とし、どのように展開していくのか。今までの事務屋集団が刑事の集団としてどのように活性化されていくのか、楽しみながら読み継ぎたいと思う。
ご一読ありがとうございます。
徒然に読んできた作品の読後印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
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