遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『葬式仏教の誕生 中世の仏教革命』 松尾剛次  平凡社新書

2013-11-11 09:45:54 | レビュー
 著者が本書の「はじめに」で触れているが、映画「おくりびと」、本『葬式は、要らない』(島田祐巳著・幻冬舎)、詩・歌「千の風になって」などで、死について、葬儀についての問題に関心が高まっている。そして、現代の仏教界に対して「葬式仏教」という言い方で、その在り方を揶揄する論調もある。それらは、死、葬儀、仏教という宗教について関心が深まっていることの反証であろう。もしくは、改めて問い直そうとまで行かずとも、気がかりになっているということだろう。現代文明の抱える問題がそういう問いかけの動因を人々に起こさせているのかもしれない。

 本書は、現代の「葬式仏教」とネガティヴなニュアンスでの現代仏教の有り様には一切関わらず、逆に「葬式仏教」が如何に成立してきたのかという原点を明らかにしようとしている。まさに、温故知新というアプローチのように思う。出発点を顧みることによって、まさに現在の在り方を見つめ直すことができるということである。本書のサブタイトルが、著者の結論を端的に語っていると判断した。
 日本においては、「葬式仏教」になることがある意味で願望され、それはある種の必然的な潮流であり、実はそこに仏教革命が起こされたのだ。その仏教革命であったものが、江戸時代に川幕府が宗教に対し政策的制度化を加えたことから、変容、変質していく側面が発生し、問題点も出てきた。その辺りをきちんと見つめておくことが大事である。抽象的には、そういう論調だと、私は理解した。
 葬式仏教の成立過程という観点で、今まで日本の仏教を見ていなかったので、学ぶこととが多かった。仏教宗派にとらわれないマクロ的視点で、仏教史の大きな流れについて、知識の整理をすることができたと言える。
 
 著者自身が両親の葬儀を体験したことと、2007-2009年度に、「供養の文化」の比較研究という領域に参画した経験が、本書をまとめる動機になったと、著者は述べている。

 本書は6章構成になっている。章を追いながら、学んだことや印象を要約してご紹介しよう。

 第1章 現代の葬式事情
 日本は法律上も現在、葬儀は火葬だ。葬送法の基本パターンは4つある。土葬・火葬・水葬・風葬だ。この4つあることは知っていたが、これが四元素説(土・火・水・空)と一致するとは考えたことがなかった。著者は、4つの葬送法の事例を挙げながら、存在論との関わりで論じていく。所変われば品変わるではないが、考え方の違いが分かっておもしろい。イスラム教の火葬に対する考え方、韓国で行われている儒教式とシャーマニズム式の葬儀の違い。現代中国での葬儀の例などが採り上げられていて興味深い。エンバーミングという用語を海堂尊氏の小説で知ったのだが、これがアメリカの南北戦争において戦場で死んだ人の死体を故郷に搬送する方法として始まったことを本書で知った。日本にも5人のエンバーマーがいるそうだ。エンバーミングの処理を手がける人のことだ。著者によると、日本でも「今静かなブームを呼んでいる」(p23)とか。

 第2章 風葬・遺棄葬の日本古代
 古代の日本では、「五体不具」の穢れ、つまり死穢-死体に触れたり、葬送、改葬、墓の発掘などに携わったために生ずる穢れ-を恐れたという。『延喜式』では穢れを規定しているということを、本書で知った。著者は何を穢れとしたか、その対処法を具体的に例示している。
 古代の仏教は鎮護国家の祈祷を中心にしたものだが、祈祷の資格を認められた僧団は官僧(官僚僧)だったので、穢れの忌避の義務が規定されていたそうだ。穢れたら規定に従い、穢れの内容に応じて、謹慎しなければならない。だから、死穢に関わる葬儀従事を忌避したという。原則的に官僧と葬儀は切り離されていた。官僧は天皇のために、神事に携わるのだからと。この辺りのことが具体的な文書史料で例を引き説明されていて、おもしろい。
 死んだら、死体は河原などに遺棄されたのだ。著者は『餓鬼草子』の絵を例示して説明する。ここに採り上げられた絵の部分は知らなかった。
 官僧ですら、支援者がいない僧侶なら、僧であっても葬儀をしてもらえず、寺外に捨てられるのが一般的だったと知り、びっくりである。死穢を忌避する心理からはうなずける。関われば自分は謹慎し、勤めを果たせない立場になるのだ。覚悟がいる。
 だから、「延暦寺の官僧たちの葬送共同体として、『二十五三昧会』が始まる理由があった」(p54)という説明に納得である。源信が組織したこの念仏結社についての説明もきっちりなされていて、その必然性がよくわかる。
 官人や官僧にとって死体は穢れた存在と見なされていたのだ。だが、対極において、死者の葬送を望む庶民が存在したのである。著者は当時の説話集から例を挙げている。

 第3章 仏教式の葬送を望む人々
 そこで、中世の鎌倉新仏教が登場する。法然、親鸞、栄西、道元、日蓮、一遍である。そして、当時の旧仏教の改革派といわれた僧として明恵・叡尊である。それまでの主流が天皇や貴族を対象に官僧として機能していた仏教に対する新興宗教の勃興である。
 著者はそれまでの官僧に対して、これら新興宗教の祖師たちを「遁世僧」と呼ばれていたという。明恵・叡尊も旧仏教の改革の立場から遁世僧となる。
 宗派の思想・理念の違いとは別の局面として、著者は重要な指摘をしている。官僧が死穢を忌避したのに対し、鎌倉新仏教と旧仏教改革派の一群の僧は、死穢の観念を超克していった点である。この視点で第3章が本書テーマのメインになる。
 死体が河原や道路に遺棄される状況と人々が葬送を望んでいるという実態に積極的に対応していくことを自らの仏教理念、実践の中に採り入れ、その行動を合理化し、布教活動を広げていったという大転換である。そこに葬式仏教発生の必然性を著者は見つめていると思う。つまり、「葬式仏教」の発生は鎌倉時代以降の人々の死後に対する願望と宗教的需要に対する積極的対応でもあったのだ。つまり、現在の一種制度化した「葬式仏教」の現状に慣れた視点、表層からアプローチした批判の対極として、「葬式仏教」を求めていたという原点から見直すことの重要性を間接的に著者は問いかけているのではないだろうか。原点回帰したところから「葬式仏教」の在り方の見直しがいると受け止めた次第である。

 この第3章から学んだ点が多い。周辺の知らなかった事実と合わせて、その要点と感想を列挙してみよう。著者の具体的な実証的説明は本書を開いてご一読いただくと理解が深まると思う。それが「葬式仏教」を原点から再考する契機になる。
*奈良・平安時代と続いてきた「官僧世界が乱れ、もう一つの世俗世界になっていた」(p73)という背景がある。
 乱れの一例として、東大寺の華厳学の碩学・宗性(1202-78)の事例が載っている。
*官僧は死穢を忌避し、死体に近づかないようにした。それは、上掲の『延喜式』での規定とともに、「官僧が触穢を嫌ったのは、厳格な聖性(清浄さ)を求められる天皇に奉仕し、鎮護国家の法会に携わったからである」(p91)と著者は説明する。民衆とは隔絶していた背景があるのだ。彼ら僧は民衆とは無縁だったのだ。
*官僧の袈裟が白衣に対し、遁世僧は黒や墨染めだったという。官僧の白衣は知らなかった。
*遁世僧の活動により、極楽浄土、兜率天浄土など、浄土に往生するという「死生観」「来世観」が一般に広まりはじめた。それ以前の古来からの「あの世」観とは異なる死後の世界観が確立される。極楽浄土と阿弥陀信仰、兜率天浄土と弥勒信仰がその事例である。
*人々が葬送を行うことと往生を願うことが、遁世僧が葬送や法事を担っていき、浄土往生の導きを実践することになる。葬式に組織として取り組み、法事を整備して行ったという。「遁世僧教団こそ葬式を担う仏教教団であったといえる。」(p88)
 この「死体観」「穢れ観」の変容がやはりエポック・メーキングなのだろう。
*本書で初めて知ったこと。14世紀前半には、遁世僧が、天皇の葬式すら一手に担うようになったそうだ。史料事例で説明が加えられている。 p88-89
*死穢を乗り越える論理が確立されていく。このことが基幹になったのだろう。著者はいくつかの観点から実例で論理展開していて、わかりやすい。
 ・奈良西大寺の律僧叡尊教団が、光明真言会で加持した土砂による死者の救済
 ・慈渕房覚乗(1275-1363:西大寺第11代長老)の「清浄の戒は汚染なし」の論理
 ・念仏僧の死穢観「往生人に死穢なし」という考え方が確立されていく。
   源信が『往生要集』に記した臨終行儀は死穢観として注目すべきと著者は書く。
 ・遁世僧の念仏教団の成立により、官僧の制約からの自由が葬送従事を進展させる。
  つまり、念仏により死を悼むという葬送儀式による「死体往生観」の成立である。
 ここで死体は「穢れた存在」から「仏」へと「死体観」が転換するのだ。
*禅宗が『禅苑清規』という禅宗寺院における生活指導規範を中国から導入し、日本における禅宗の教団規範を制定して行ったという。これが中国における葬儀システムを日本に導入することになり、日本の葬儀の在り方に影響を与えて行った、つまり論拠づけになったのだ。著者は淵源となった『禅苑清規』第7巻の「亡僧」規定と「尊宿遷化」規定について具体的に解説している。
*第3章の末尾で、親鸞の曾孫覚如の『改邪抄』を引用し、親鸞の葬送観に触れている。葬式と信心の問題に触れていておもしろい。「葬式仏教」化の批判はかつてもあったのだ。だが、現代はその葬式仏教化批判の論点の変質も加わっているように思える。

 第3章で認識を新たにしたのは、「近年の研究では、・・・鎌倉新仏教勢力は鎌倉時代(1180-1333)にはマイナーでほとんど影響力を持たなかったことがわかってきた。彼らが影響力を持ち出すのは15世紀以降」(p70)という指摘だ。その状況についても本書で説明を加えている。参考になった。
 
 第4章 石造の墓はいつから建てられたか
 私自身、かなり古くからあるのだろうと勝手に思い込んでいた。石造墓を建て詣でる習慣は、「その時期は、12世紀後期から13世紀の中世成立期以来であると考えられている」(p112)そうだ。本章では事例を駆使しながら具体的に論述されている。
*巨大な五輪塔、板碑、宝篋印塔などが現存するが、それらの多くは惣墓として作られたものが多い。
*中世において板碑が数多く建立され、東北・関東に多い。供養塔から墓所の役割を持つように変化している。
*律僧が死後の火葬の後にいくつかの石造塔に分骨を託しているのは、弥勒下生に備えるためだったそうだ。56億7000年後の弥勒下生の三会による救済を願ったためだという。どれかを見つけてくれるのではないか、というリスク分散をしたという。また、石造塔を巨大にしたのは、大きいと発見してもらいやすいと言う発想だとか。おもしろい。
 著者は、石造の墓の起源となる各種惣墓を中心に説明し、惣墓の担い手となった念仏講衆、六道講衆にも触れている。惣墓が個人墓に変遷していく過程を学んだ。

 第5章 葬式仏教の確立
 本章はわずか11ページである。葬式仏教の「成立」に主眼があったためだろう。一方.葬式仏教の「確立」を考証するには別の1冊が必要となるからかもしれない。だが、現在の「葬式仏教」批判の論点を読者が再考するためには、確立の段階を抜くわけにはいかない。ということで、簡略に結論部分が記されたのだろうと理解した。
*鎌倉仏教(遁世僧)教団の僧侶が葬式従事することで、葬式仏教が始まった。しかし、中世は檀家(檀那ともいう)と寺院の関係は固定的ではなかった。
 その状態で、16世紀から17世紀は鎌倉仏教系寺院が続々と建立される勃興期だった。
*江戸時代に日本人はすべて仏教徒とされ、寺院との固定的な檀家関係を強制された。
 その背景には、江戸幕府のキリシタン禁圧政策として寺請制度と宗門改制度を導入していったことがある。この政策が、強制された檀家制度を生み出すのである。
 江戸時代を通じて、一家複数寺檀制の許容が、一家一寺檀制に変化していった。19世紀には、その志向がみられるという。
*江戸時代において、葬式仏教の確立と寺請・檀家制度の確立が、一面において弊害をもたらし、仏教者の堕落を生み出している事実をも著者は例証している。
 つまり、中世以降、いつの時代も葬式仏教の批判は絶えないということか。
*本章末尾で、位牌の一般化の経緯にも触れていて、興味深い。
 禅宗が位牌を日本に伝えて、広まった。一般民衆の位牌が現れるのは室町時代末期以降。初期はもっぱら寺院に位牌を安置、個人宅に位牌を祀るのは江戸時代から。仏壇の普及は17世紀からだという。
*公式に僧侶の妻帯を是認した真宗寺院が檀家との関係維持がしやすく、結果的に寺請制度に適合的であり、江戸時代に大いに展開したという社会的な視点は興味深い。

 終章 葬式仏教から生活仏教へ
 わずか5ページの章である。本書のテーマから外れるが、現在にも最小限言及しておかないと、一般読者向としてはすこし収まりがつかない。現状の「葬式仏教」についての著者の見方をアイデア程度にまとめたという章だが、著者の意見が窺えて区切りがつく。この見出しでも別に1冊の書にしなければならないテーマになるものと思う。
 著者は葬式は人間の根源的な願いであるという立場に立つが、世界観、死生観の多様化により葬式の持つ意味の変化を指摘する。法務省が節度を持った自然葬を公認した事実にも言及し、「日本仏教の存続・発展のためには、葬式や法事のみならず、普段の檀家との交流によりいっそうの努力が必要であろう」と述べている。つまり「人々の暮らしに根ざした『生活仏教』へ変わってゆく時に来ている」という。僧侶が「彼岸」から「此岸」に関心をシフトさせ、普段の檀家との交流の努力を提言している。
 言われてみると、確かに月参りでの読経と回忌の法事、葬式儀式、行事としての法会くらいしか、普段の接点がない事実に改めて気づく。それなら、「生活仏教」とは、どんな関わり方になるのか。僧侶側だけでなく、檀家側も考えてみるべき課題のように思う。「交流」は双方向で成り立つのだから。著者はこのテーマでいつか本を書くのだろうか。

ご一読ありがとうございます。


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本書に関連する事項をネット検索してみた。一覧にまとめておきたい。

葬送の自由をすすめる会 ホームページ
自然葬 :ウィキペディア
散骨  :ウィキペディア
散骨の法律的課題:「キリスト教会葬儀研究所(Christ Church Funeral Institute)」
 
墓地経営・管理の指針等について 厚生省生活衛生局長

シャンティ国際ボランティア会 ホームページ
れんげ国際ボランティア会 ホームページ
 

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