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『QED 百人一首の呪』(1998年刊)から始まり、『QED 伊勢の曙光』(2011年刊)で「QEDシリーズ」が完結したと思っていたら、2013年にこの『ホームズの真実』が出版されていること、さらに2016年、2017年にQEDを冠した作品が出版されていることを、遅ればせながら知った。そこで、『ホームズの真実』から順次読み進めることにした。
最初に、この新書版の構成に触れておこう。約150ページの『ホームズの真実』と、『百人一首の呪』から始まり『伊勢の曙光』に至るQEDシリーズ18作品について、「QEDパーフェクトガイドブック」と題した解説がセットになっている。さらに、「歴代担当者座談会 QEDの真実」と銘打った座談会記録も併載されている。これはQEDシリーズ愛読者にとっては便利だと思う。そして、本書の末尾には、特別書き下ろし『二次会はカル・デ・サック』(6ページの短編)が付いている。
さて、『ホームズの真実』本題に移ろう。「QED=証明終わり」という冠に対して、「flumen」という語が添えられている。「ventus」がラテン語であり「風」を意味するのに対し、「flumen/フルーメン」は同様にラテン語で「流れ・水流」という意味である。著者はこの言葉を「時の流れ」として念頭において使っていると、インタビューを受けて答えている。QEDシリーズの中で、この「flumen」が付くのは今までに『九段坂の春』、『出雲大遷宮』である。それらに続き本書は3冊目となる。
「プロローグ」に槿遼子(むくげりょうこ)という女性がまず登場する。その遼子が、紫色のスミレの花を手に瀕死の状態で救急車により搬送されることになる事態の2日前の夜の場面が描き出される。遼子は紫色のカクテルを飲みながら、「紫」について思索にふける。そこに「紫」「スミレ」というキーワードがさりげなく登場する、この小説のテーマがさりげなく提示されている。
この小説も例によって2つのストーリーの流れが織りなされていく。
一つの流れはプロローグに関係するものである。ある大学の教授で、シャーロキアンとして有名な瀬室が還暦を迎える記念として、自分がコレクションしているホームズ関連のものの展覧会を開くことにした。横浜の山手にある小さな洋館を一棟借り切って行われる展覧会であり、そのレセプション当日に事件が起った。会場となった洋館の2階から参加者の一人が墜落するという事態が発生した。この事件を解明していくというストーリーの流れである。墜落する前に、本人の携帯から警察署に「助けて・・・」という110番通報がなされていたのだ。この事件を担当するのは真壁刑事。桑原崇がかつてある事件の解明に関わったときに知り合った刑事である。
棚旗は大学時代の知人、緑川友紀子から連絡を受け、由紀子と会う。その折に、瀬室先生の開催する展覧会に誘われた。その結果、奈々は桑原崇と一緒に、5月半ばの土曜日、その展覧会のレセプションに参加することになる。二人は少し遅れて会場に入り、レセプションに加わったのだが、その時には2階から女性が墜落という事態が起こってしまっていた。このストーリーは、結果的に事件に巻き込まれた崇が真壁刑事に2度目の協力をして、事件原因の解明に挑んでいくことになる。
この事件の解明において「紫」が一番重要なポイントになっていることを崇が解き明かしていく。
この流れで興味深いのは、事件の謎解きプロセスとともに、その背景の流れとして、「プロローグ」「インターミッション」「エピローグ」において、槿遼子の思いが独白されストーリーが終焉するという構成になっていることである。
もう一つの流れは、棚旗奈々の勤めるホワイト薬局の昼休みの会話、つまり薬局長・外嶋一郎の蘊蓄話を棚旗らが聞くという場面から始まっていく。その話題に、『源氏物語』とシャーロック・ホームズの2つのフィクションが登場する。
外嶋の蘊蓄話から始まったことが、レセプション最中の事件発生の翌日に、真壁刑事と当日の関係者、奈々・崇が集まって話し合う場での話題に繋がっていく。ここで「紫」がキーワードとなっていくのである。「紫」を介して、『源氏物語』とシャーロック・ホームズの物語という一見無関係の独立したものが、接点を持つっていく。それらの中に隠された「紫」の意味。その意味の謎解きを崇が論理的に明らかにしていくというプロセスの流れが始まって行く。それがいつしか事件に隠された「紫」と接点をもつ形に進展する
「紫」にまつわる謎解きがスリリングであり、読者の知的好奇心を喚起することになっていく。
著者は「flumen」という語を「時の流れ」を念頭に置き使っているという。
この小説では、「紫」をキーワードに、「時の流れ」がいくつか具象的に流れている。 1つは、「紫」をキーワードに、日本の古典の流れが現れる。時の流れに合わせると、『万葉集』、『枕草子』、『源氏物語』、『百人一首』、松尾芭蕉の句、『雨月物語』などに表出されている「紫」に光が当てられていく。
2つめは、シャーロック・ホームズを生み出したコナン・ドイルの人生が語られることだ。コナン・ドイルの人生が色濃くホームズの物語に投影されていることがあきらかになる。
3つめは、シャーロック・ホームズの作品群にさまざまな切り口からアプローチが行われる。ここにも、諸作品が生み出された時の流れが背景にある。そして、ホームズが失踪していたとされる1891~1894年の3年間が明らかにされる。
4つめは、『源氏物語』の作者紫式部自身の人生を『源氏物語』に重ね合わせて語っていく。「紫」に隠された意味が現れてくる。
5つめは、シャーロキアンである瀬室先生の形づくる人間関係が時の流れの中で変化していくことに絡んでいる。そこに「紫」を暗示として使うシンボリックな仕掛けが組み込まれたのである。
最後に、奈々が事件を振り返って考えたこととして記述されている箇所を2つ引用しておこう。
*確かに、奈々たちが生きている「現実」など、『源氏物語』五十四帖や、ホームズ物語六十編の世界と、何の違いがあるというのだろう、まさに、フィクションとノンフィクションの境目など、どこにもありはしないのではないか。 p147
*誰も指摘しなかったが、今回の事件は『シャーロック・ホームズの事件簿』に出てくる「ソア橋」と同じだったのではないか。 p148
逆発想すると、この2点からこのストーリーが構想されたのではないかとも言える。
ご一読ありがとうございます。
本書に関連して、関心事項をいくつか検索してみた。一覧にしておきたい。
The Sherlockian ホームページ
日本シャーロック・ホームズ・クラブ ホームページ
シャーロキアンが誘う知的遊戯の世界 :「イギリス発 ニュースダイジェスト」
Edge2田中喜芳篇 私の愛したシャーロック・ホームズ YouTube
横浜人図鑑 第13回 田中喜芳さん(2016年2月17日(水)放送) YouTube
アーサー・コナン・ドイル :ウィキペディア
コナン・ドイルを知る20トピック~本当はシャーロック・ホームズを書きたくなかった~
:「すごい人まとめ」
シャーロック・ホームズ :ウィキペディア
シャーロック・ホームズシリーズ :ウィキペディア
紫式部 :ウィキペディア
源氏物語 :ウィキペディア
紫色・パープルのイメージ 色の性格・心理効果・色彩連想 :「色カラー」
色彩心理(色の効果と心身への影響) :「カラーセラピーランド」
インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。
(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)
徒然に読んできた作品のうち、このブログを書き始めた以降に印象記をまとめたものです。
こちらもお読みいただけるとうれしいかぎりです。(シリーズ作品の特定の巻だけの印象記も含みます。)
『古事記異聞 オロチの郷、奥出雲』 講談社NOVELS
『古事記異聞 鬼棲む国、出雲』 講談社NOVELS
『卑弥呼の葬祭 天照暗殺』 新潮社
『神の時空 京の天命』 講談社NOVELS
『鬼門の将軍』 新潮社
『軍神の血脈 楠木正成秘伝』 講談社
『神の時空-かみのとき- 五色不動の猛火』 講談社NOVELS
『神の時空 -かみのとき- 伏見稻荷の轟雷』 講談社NOVELS
『神の時空 -かみのとき- 嚴島の烈風』 講談社NOVELS
『神の時空 -かみのとき- 三輪の山祇』 講談社NOVELS
『神の時空 -かみのとき- 貴船の沢鬼』 講談社NOVELS
『神の時空-かみのとき- 倭の水霊』 講談社NOVELS
『神の時空-かみのとき- 鎌倉の地龍』 講談社NOVELS
『七夕の雨闇 -毒草師-』 新潮社
『毒草師 パンドラの鳥籠』 朝日新聞出版
『鬼神伝 [龍の巻] 』 講談社NOVELS
『鬼神伝』 講談社NOVELS
『鬼神伝 鬼の巻』 講談社
『カンナ 出雲の顕在』 講談社NOVELS
『QED 伊勢の曙光』 講談社NOVELS
最初に、この新書版の構成に触れておこう。約150ページの『ホームズの真実』と、『百人一首の呪』から始まり『伊勢の曙光』に至るQEDシリーズ18作品について、「QEDパーフェクトガイドブック」と題した解説がセットになっている。さらに、「歴代担当者座談会 QEDの真実」と銘打った座談会記録も併載されている。これはQEDシリーズ愛読者にとっては便利だと思う。そして、本書の末尾には、特別書き下ろし『二次会はカル・デ・サック』(6ページの短編)が付いている。
さて、『ホームズの真実』本題に移ろう。「QED=証明終わり」という冠に対して、「flumen」という語が添えられている。「ventus」がラテン語であり「風」を意味するのに対し、「flumen/フルーメン」は同様にラテン語で「流れ・水流」という意味である。著者はこの言葉を「時の流れ」として念頭において使っていると、インタビューを受けて答えている。QEDシリーズの中で、この「flumen」が付くのは今までに『九段坂の春』、『出雲大遷宮』である。それらに続き本書は3冊目となる。
「プロローグ」に槿遼子(むくげりょうこ)という女性がまず登場する。その遼子が、紫色のスミレの花を手に瀕死の状態で救急車により搬送されることになる事態の2日前の夜の場面が描き出される。遼子は紫色のカクテルを飲みながら、「紫」について思索にふける。そこに「紫」「スミレ」というキーワードがさりげなく登場する、この小説のテーマがさりげなく提示されている。
この小説も例によって2つのストーリーの流れが織りなされていく。
一つの流れはプロローグに関係するものである。ある大学の教授で、シャーロキアンとして有名な瀬室が還暦を迎える記念として、自分がコレクションしているホームズ関連のものの展覧会を開くことにした。横浜の山手にある小さな洋館を一棟借り切って行われる展覧会であり、そのレセプション当日に事件が起った。会場となった洋館の2階から参加者の一人が墜落するという事態が発生した。この事件を解明していくというストーリーの流れである。墜落する前に、本人の携帯から警察署に「助けて・・・」という110番通報がなされていたのだ。この事件を担当するのは真壁刑事。桑原崇がかつてある事件の解明に関わったときに知り合った刑事である。
棚旗は大学時代の知人、緑川友紀子から連絡を受け、由紀子と会う。その折に、瀬室先生の開催する展覧会に誘われた。その結果、奈々は桑原崇と一緒に、5月半ばの土曜日、その展覧会のレセプションに参加することになる。二人は少し遅れて会場に入り、レセプションに加わったのだが、その時には2階から女性が墜落という事態が起こってしまっていた。このストーリーは、結果的に事件に巻き込まれた崇が真壁刑事に2度目の協力をして、事件原因の解明に挑んでいくことになる。
この事件の解明において「紫」が一番重要なポイントになっていることを崇が解き明かしていく。
この流れで興味深いのは、事件の謎解きプロセスとともに、その背景の流れとして、「プロローグ」「インターミッション」「エピローグ」において、槿遼子の思いが独白されストーリーが終焉するという構成になっていることである。
もう一つの流れは、棚旗奈々の勤めるホワイト薬局の昼休みの会話、つまり薬局長・外嶋一郎の蘊蓄話を棚旗らが聞くという場面から始まっていく。その話題に、『源氏物語』とシャーロック・ホームズの2つのフィクションが登場する。
外嶋の蘊蓄話から始まったことが、レセプション最中の事件発生の翌日に、真壁刑事と当日の関係者、奈々・崇が集まって話し合う場での話題に繋がっていく。ここで「紫」がキーワードとなっていくのである。「紫」を介して、『源氏物語』とシャーロック・ホームズの物語という一見無関係の独立したものが、接点を持つっていく。それらの中に隠された「紫」の意味。その意味の謎解きを崇が論理的に明らかにしていくというプロセスの流れが始まって行く。それがいつしか事件に隠された「紫」と接点をもつ形に進展する
「紫」にまつわる謎解きがスリリングであり、読者の知的好奇心を喚起することになっていく。
著者は「flumen」という語を「時の流れ」を念頭に置き使っているという。
この小説では、「紫」をキーワードに、「時の流れ」がいくつか具象的に流れている。 1つは、「紫」をキーワードに、日本の古典の流れが現れる。時の流れに合わせると、『万葉集』、『枕草子』、『源氏物語』、『百人一首』、松尾芭蕉の句、『雨月物語』などに表出されている「紫」に光が当てられていく。
2つめは、シャーロック・ホームズを生み出したコナン・ドイルの人生が語られることだ。コナン・ドイルの人生が色濃くホームズの物語に投影されていることがあきらかになる。
3つめは、シャーロック・ホームズの作品群にさまざまな切り口からアプローチが行われる。ここにも、諸作品が生み出された時の流れが背景にある。そして、ホームズが失踪していたとされる1891~1894年の3年間が明らかにされる。
4つめは、『源氏物語』の作者紫式部自身の人生を『源氏物語』に重ね合わせて語っていく。「紫」に隠された意味が現れてくる。
5つめは、シャーロキアンである瀬室先生の形づくる人間関係が時の流れの中で変化していくことに絡んでいる。そこに「紫」を暗示として使うシンボリックな仕掛けが組み込まれたのである。
最後に、奈々が事件を振り返って考えたこととして記述されている箇所を2つ引用しておこう。
*確かに、奈々たちが生きている「現実」など、『源氏物語』五十四帖や、ホームズ物語六十編の世界と、何の違いがあるというのだろう、まさに、フィクションとノンフィクションの境目など、どこにもありはしないのではないか。 p147
*誰も指摘しなかったが、今回の事件は『シャーロック・ホームズの事件簿』に出てくる「ソア橋」と同じだったのではないか。 p148
逆発想すると、この2点からこのストーリーが構想されたのではないかとも言える。
ご一読ありがとうございます。
本書に関連して、関心事項をいくつか検索してみた。一覧にしておきたい。
The Sherlockian ホームページ
日本シャーロック・ホームズ・クラブ ホームページ
シャーロキアンが誘う知的遊戯の世界 :「イギリス発 ニュースダイジェスト」
Edge2田中喜芳篇 私の愛したシャーロック・ホームズ YouTube
横浜人図鑑 第13回 田中喜芳さん(2016年2月17日(水)放送) YouTube
アーサー・コナン・ドイル :ウィキペディア
コナン・ドイルを知る20トピック~本当はシャーロック・ホームズを書きたくなかった~
:「すごい人まとめ」
シャーロック・ホームズ :ウィキペディア
シャーロック・ホームズシリーズ :ウィキペディア
紫式部 :ウィキペディア
源氏物語 :ウィキペディア
紫色・パープルのイメージ 色の性格・心理効果・色彩連想 :「色カラー」
色彩心理(色の効果と心身への影響) :「カラーセラピーランド」
インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。
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その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)
徒然に読んできた作品のうち、このブログを書き始めた以降に印象記をまとめたものです。
こちらもお読みいただけるとうれしいかぎりです。(シリーズ作品の特定の巻だけの印象記も含みます。)
『古事記異聞 オロチの郷、奥出雲』 講談社NOVELS
『古事記異聞 鬼棲む国、出雲』 講談社NOVELS
『卑弥呼の葬祭 天照暗殺』 新潮社
『神の時空 京の天命』 講談社NOVELS
『鬼門の将軍』 新潮社
『軍神の血脈 楠木正成秘伝』 講談社
『神の時空-かみのとき- 五色不動の猛火』 講談社NOVELS
『神の時空 -かみのとき- 伏見稻荷の轟雷』 講談社NOVELS
『神の時空 -かみのとき- 嚴島の烈風』 講談社NOVELS
『神の時空 -かみのとき- 三輪の山祇』 講談社NOVELS
『神の時空 -かみのとき- 貴船の沢鬼』 講談社NOVELS
『神の時空-かみのとき- 倭の水霊』 講談社NOVELS
『神の時空-かみのとき- 鎌倉の地龍』 講談社NOVELS
『七夕の雨闇 -毒草師-』 新潮社
『毒草師 パンドラの鳥籠』 朝日新聞出版
『鬼神伝 [龍の巻] 』 講談社NOVELS
『鬼神伝』 講談社NOVELS
『鬼神伝 鬼の巻』 講談社
『カンナ 出雲の顕在』 講談社NOVELS
『QED 伊勢の曙光』 講談社NOVELS
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