本書のタイトル「アノニム」は、謎のアート窃盗団<anonyme アノニム>を意味する。コンテンポラリー・アートの画家であるジャクソン・ポロックの初期の大作「ナンバー・ゼロ」をキーワードにした痛快でスリリングなストーリーである。
ジャックソン・ポロックは実在した画家。表紙の背景に使われているのはポロック作「Number 1A」で1948年の作品。ニューヨーク近代美術館所蔵だという。
この小説はフィクションである。「小説 野性時代」の2015年5月号~2016年7月号、2016年9月号~2016年11月号に連載され、2017年6月に単行本として刊行された。
ストーリーの舞台は香港。冒頭は、張英才という17歳の高校三年生の少年が、古ぼけた高層アパートの一室の床いっぱいに新聞紙を広げてそこに己の「作品」を描くというシーンから始まる。彼は難読症(デキスレクシア)という症状を抱えている。脳が文字を判別できないが、言葉として理解はできる。文字が「絵」に見え、その「絵」をつなげイメージにして画像で理解する。文字が連なり「文章」となり意味を理解するということができない。アインシュタイン、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ステーヴン・スピルバーグらもこの症状を抱えていたという。そのことを知り、英才は己を不世出の天才アーティストだと確信している。そんな英才の日常生活と行動をひとつのストーリーとして描き出していく。
一方で、謎のアート窃盗団<アノニム>の直近の活躍事例がトピックとして登場する。<アノニム>は「盗まれた名画を盗み返す」謎の窃盗団である。イタリアのフィレンツェ近郊の修道院所属の小さな美術館「ピッコリ・フィオーレ」の名画、フラ・アンジェリコ作「受胎告知」が盗まれてしまったが、それを<アノニム>がいずこかから盗み返し、この美術館に元通りに戻したのだ。冒頭の本書の表紙中央に書かれたマークのステッカーを名画の裏に貼って。名画は隅々までクリーニングし修復されて、詳細なレポートと真作である鑑定結果を添付すると念を入れて・・・・。まず、このエピソードがアート好きの読者を惹きつけるだろう。
張英才の日常生活ストーリーと並行してもう一つのストーリーが進行する。サザビーズ香港がコンベンション・センターでアートフェアを開催した後、三日間の日程でオークションを開催する。このサザビーズのオークションのプロセスが描き出されていく。
そのオークションに70代のアメリカ人女性、ロレンダ・ボシュロムが所蔵していたジャクソン・ポロックの「ナンバー・ゼロ」を出品した。この作品がサザビーズ香港のメイン・セールの超目玉作品となる。この作品は研究者の間でその存在が囁かれながらどこにあるかが不明だったのだ。
ロレンダは父親からの相続財産の中にこの絵が含まれていることを知り、世界を代表するアートコレクターの一人、台湾人の蒋恩堂(通称<ジェット>)にその作品の真偽を確かめるために連絡をした。ジェットは「創大集団」というIT企業を成功させて財を築いた富豪である。ジェットは未発見のジャクソン・ポロックの絵と判断したが、その確認のためにジェットは、ロンドン在住の世界的な鑑定士にしてフリーランスで活躍し神の手を持つ美術品修復家サラ・グッドマン(通称<ネバネス>)にその絵の鑑定を依頼する。一方、サザビーズニューヨークのオークショニア、パトリック・ダンドラン(通称<ネゴ>)とも連絡を取る。この絵はジャクソン・ポロックの真作と鑑定される。ロレンダはこの作品をオークションに出品し、その売上げで「ロレンダ・ボシュロム芸術財団」を設立し、アジアで活動する若手アーティストの支援をすることになる。
オークションに至るまでのプロセス及びネゴが取り仕切っていくオークションの仕組みとそのオークション会場での競り合いの描写が読ませどころとなっていく。
ネゴはロレンダに言う。「1億USドル+1ドル・・・・以上で落札させてみせます。」(p68)と。「ナンバーゼロ」のオークションは1000万ドルからスタートする。
そこに、<アノニム>が絡んでいく。この絡み方がこの小説の一捻りしたおもしろさ、痛快さとなって行く。張英才のストーリーの進行とサザビース香港のオークション開催が、<アノニム>と張英才との接点を生む。
モナコ公国のモンテカルロには、<ゼウス>と通称される男が居館を構えている。正体不明の大富豪であり、己が「ほしい」と思った美術品は問答無用で奪い取り、必ず我がものにするという人物。彼の哲学は、超一流の美術品を所有することである。ゼウスは「ナンバー・ゼロ」を我が物にすることを目指す。居館内の一つの部屋を改装して「ナンバー・ゼロ」を部屋に飾る準備も既にしていた。ゼウスの配下であり、ケイマン島でマネー・ロンダリングにもかかわる通称<ヘロデ>がゼウスの代理人となり、ビッダー「X」としてオークションに参加する。落札できなければ、ヘロデは自分自身の命が危うくなるものとお恐れている。
<アノニム>がサザビーズのオークションにどう絡むのか?
黒幕ゼウスの代理であるビッダー「X」に、正当なオークション取引を経て史上最高値で「ナンバー・ゼロ」を落札させる。落札後、作品は直ちに買い手のもとに搬出される予定になっている。飛行場で即時通関手続きが完了する前、その搬送プロセスの途中でその原作を贋作とすり替える。一方、アノニムの名前で張英才に「ナンバー・ゼロ」の画像を送り、そのコピーを描かせる。英才の描いた絵を真作とすり替える贋作とする。獲得した真作を然るべき場所にて人々が鑑賞できるようにする。
これが<アノニム>にとり、今回のミッションとなる。つまり、ゼウスを手玉に取り、悪銭を社会に役立つ原資にするために一役買うということなのだ。
つまり「ナンバー・ゼロ」がこの小説の裏の主人公になっている。
そこで、謎の窃盗団<アノニム>のメンバーを、本書の目次の次に載るイラスト入り登場人物の紹介を一部利用し、最後にご紹介しておこう。
アノニムのボスは上記のジェットであり、もちろんネバネスとネゴはジェットの信念・信条に共鳴し賛同したメンバーである。さらに、同様に賛同し行動を共にするメンバーは次の人々だ。
エポック ゼキ・ハヤル。イスタンブールでトルコ絨毯店を営む経営者。
別名で美術史家としても活躍。
ミリ 真矢美里。香港の巨大美術館のコンペに競り勝ち、メイン・アーキテクト
として派遣された建築家。
ヤミー ダリダ・フィオレンティーナ。ブルックリンでギャラリーを経営する美女。
オブリージュ ジャック=フランソワ=フロマンタン=エリ=ド・ブルゴー=
ドリュクレー。ラグジャリーブランドのオーナーでありファイン・アート
のコレクター
オーサム ラヤ・シン。天才エンジニアであり、アノニムメンバーでは最年少。
最新のIT技術がフィクション部分も含めストーリーの中で駆使される。また、香港社会のある時期の学生運動の様相も部分的に活写されていく。
本書の表紙に描かれた文字は<アノニム>がステッカーに使うマークだが、著者はネバネスに「美の女神アフロディーテの頭文字ですわね。」(p179)と語らせている。
最後に、このストーリーの中で、印象深い文をいくつか引用しておきたい。
*このおれがいるかぎり ここがせかいのまんなかだ p16
*The world is your oyster. Good luck!
なんだってできるはずだ。幸運を!
*始めるまえからあきらめてしまったら、何も起こらず、何も変わらない。世界を変えることができるかもしれない、って、ひとりひとりが思うことが、ほんとうに世界を変えていく力に変わっていくんだ。 p285-286
*おれたちには何もない、だからこそ、おれたちにはすべてがある。おれたちは可能性のかたまりなんだ。
いまこそ、叫ぼう。叫んでみよう。一緒に進もう。そして生き抜こう。
きっと、おれたちの目の前で、世界へのドアが開くはずだ! p287
ご一読ありがとうございます。
本書に関係する事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
ジャクソン・ポロック :ウィキペディア
【美術解説】ジャクソン・ポロック「アクションペインティング」
:「Artpedia/近現代美術の百科事典」
Jackson Pollock From Wikipedia, the free encyclopedia
ジャクソン・ポロック 基本情報 作品一覧 :「MUSEY」
Sotheby's ホームページ
サザビーズ ジャパン
世界の名作が集まる「サザビーズ」オークションの知られざる裏側:「DIAMONDE online」
世界中の至宝が取引されるサザビーズオークションへ参加する方法 :「ZUU online」
サザビーズ :ウィキペディア
フラ・アンジェリコ :ウィキペディア
作品解説 「受胎告知」フラ・アンジェリコ作 :「西洋絵画美術館」
抽象表現主義 :ウィキペディア
抽象表現主義 :「artscape アートスケープ」
「抽象表現主義」とは?代表的な画家と作品を解説 :「This is Media」
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(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)
こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『風神雷神 Jupiter, Aeolus』上・下 PHP
ジャックソン・ポロックは実在した画家。表紙の背景に使われているのはポロック作「Number 1A」で1948年の作品。ニューヨーク近代美術館所蔵だという。
この小説はフィクションである。「小説 野性時代」の2015年5月号~2016年7月号、2016年9月号~2016年11月号に連載され、2017年6月に単行本として刊行された。
ストーリーの舞台は香港。冒頭は、張英才という17歳の高校三年生の少年が、古ぼけた高層アパートの一室の床いっぱいに新聞紙を広げてそこに己の「作品」を描くというシーンから始まる。彼は難読症(デキスレクシア)という症状を抱えている。脳が文字を判別できないが、言葉として理解はできる。文字が「絵」に見え、その「絵」をつなげイメージにして画像で理解する。文字が連なり「文章」となり意味を理解するということができない。アインシュタイン、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ステーヴン・スピルバーグらもこの症状を抱えていたという。そのことを知り、英才は己を不世出の天才アーティストだと確信している。そんな英才の日常生活と行動をひとつのストーリーとして描き出していく。
一方で、謎のアート窃盗団<アノニム>の直近の活躍事例がトピックとして登場する。<アノニム>は「盗まれた名画を盗み返す」謎の窃盗団である。イタリアのフィレンツェ近郊の修道院所属の小さな美術館「ピッコリ・フィオーレ」の名画、フラ・アンジェリコ作「受胎告知」が盗まれてしまったが、それを<アノニム>がいずこかから盗み返し、この美術館に元通りに戻したのだ。冒頭の本書の表紙中央に書かれたマークのステッカーを名画の裏に貼って。名画は隅々までクリーニングし修復されて、詳細なレポートと真作である鑑定結果を添付すると念を入れて・・・・。まず、このエピソードがアート好きの読者を惹きつけるだろう。
張英才の日常生活ストーリーと並行してもう一つのストーリーが進行する。サザビーズ香港がコンベンション・センターでアートフェアを開催した後、三日間の日程でオークションを開催する。このサザビーズのオークションのプロセスが描き出されていく。
そのオークションに70代のアメリカ人女性、ロレンダ・ボシュロムが所蔵していたジャクソン・ポロックの「ナンバー・ゼロ」を出品した。この作品がサザビーズ香港のメイン・セールの超目玉作品となる。この作品は研究者の間でその存在が囁かれながらどこにあるかが不明だったのだ。
ロレンダは父親からの相続財産の中にこの絵が含まれていることを知り、世界を代表するアートコレクターの一人、台湾人の蒋恩堂(通称<ジェット>)にその作品の真偽を確かめるために連絡をした。ジェットは「創大集団」というIT企業を成功させて財を築いた富豪である。ジェットは未発見のジャクソン・ポロックの絵と判断したが、その確認のためにジェットは、ロンドン在住の世界的な鑑定士にしてフリーランスで活躍し神の手を持つ美術品修復家サラ・グッドマン(通称<ネバネス>)にその絵の鑑定を依頼する。一方、サザビーズニューヨークのオークショニア、パトリック・ダンドラン(通称<ネゴ>)とも連絡を取る。この絵はジャクソン・ポロックの真作と鑑定される。ロレンダはこの作品をオークションに出品し、その売上げで「ロレンダ・ボシュロム芸術財団」を設立し、アジアで活動する若手アーティストの支援をすることになる。
オークションに至るまでのプロセス及びネゴが取り仕切っていくオークションの仕組みとそのオークション会場での競り合いの描写が読ませどころとなっていく。
ネゴはロレンダに言う。「1億USドル+1ドル・・・・以上で落札させてみせます。」(p68)と。「ナンバーゼロ」のオークションは1000万ドルからスタートする。
そこに、<アノニム>が絡んでいく。この絡み方がこの小説の一捻りしたおもしろさ、痛快さとなって行く。張英才のストーリーの進行とサザビース香港のオークション開催が、<アノニム>と張英才との接点を生む。
モナコ公国のモンテカルロには、<ゼウス>と通称される男が居館を構えている。正体不明の大富豪であり、己が「ほしい」と思った美術品は問答無用で奪い取り、必ず我がものにするという人物。彼の哲学は、超一流の美術品を所有することである。ゼウスは「ナンバー・ゼロ」を我が物にすることを目指す。居館内の一つの部屋を改装して「ナンバー・ゼロ」を部屋に飾る準備も既にしていた。ゼウスの配下であり、ケイマン島でマネー・ロンダリングにもかかわる通称<ヘロデ>がゼウスの代理人となり、ビッダー「X」としてオークションに参加する。落札できなければ、ヘロデは自分自身の命が危うくなるものとお恐れている。
<アノニム>がサザビーズのオークションにどう絡むのか?
黒幕ゼウスの代理であるビッダー「X」に、正当なオークション取引を経て史上最高値で「ナンバー・ゼロ」を落札させる。落札後、作品は直ちに買い手のもとに搬出される予定になっている。飛行場で即時通関手続きが完了する前、その搬送プロセスの途中でその原作を贋作とすり替える。一方、アノニムの名前で張英才に「ナンバー・ゼロ」の画像を送り、そのコピーを描かせる。英才の描いた絵を真作とすり替える贋作とする。獲得した真作を然るべき場所にて人々が鑑賞できるようにする。
これが<アノニム>にとり、今回のミッションとなる。つまり、ゼウスを手玉に取り、悪銭を社会に役立つ原資にするために一役買うということなのだ。
つまり「ナンバー・ゼロ」がこの小説の裏の主人公になっている。
そこで、謎の窃盗団<アノニム>のメンバーを、本書の目次の次に載るイラスト入り登場人物の紹介を一部利用し、最後にご紹介しておこう。
アノニムのボスは上記のジェットであり、もちろんネバネスとネゴはジェットの信念・信条に共鳴し賛同したメンバーである。さらに、同様に賛同し行動を共にするメンバーは次の人々だ。
エポック ゼキ・ハヤル。イスタンブールでトルコ絨毯店を営む経営者。
別名で美術史家としても活躍。
ミリ 真矢美里。香港の巨大美術館のコンペに競り勝ち、メイン・アーキテクト
として派遣された建築家。
ヤミー ダリダ・フィオレンティーナ。ブルックリンでギャラリーを経営する美女。
オブリージュ ジャック=フランソワ=フロマンタン=エリ=ド・ブルゴー=
ドリュクレー。ラグジャリーブランドのオーナーでありファイン・アート
のコレクター
オーサム ラヤ・シン。天才エンジニアであり、アノニムメンバーでは最年少。
最新のIT技術がフィクション部分も含めストーリーの中で駆使される。また、香港社会のある時期の学生運動の様相も部分的に活写されていく。
本書の表紙に描かれた文字は<アノニム>がステッカーに使うマークだが、著者はネバネスに「美の女神アフロディーテの頭文字ですわね。」(p179)と語らせている。
最後に、このストーリーの中で、印象深い文をいくつか引用しておきたい。
*このおれがいるかぎり ここがせかいのまんなかだ p16
*The world is your oyster. Good luck!
なんだってできるはずだ。幸運を!
*始めるまえからあきらめてしまったら、何も起こらず、何も変わらない。世界を変えることができるかもしれない、って、ひとりひとりが思うことが、ほんとうに世界を変えていく力に変わっていくんだ。 p285-286
*おれたちには何もない、だからこそ、おれたちにはすべてがある。おれたちは可能性のかたまりなんだ。
いまこそ、叫ぼう。叫んでみよう。一緒に進もう。そして生き抜こう。
きっと、おれたちの目の前で、世界へのドアが開くはずだ! p287
ご一読ありがとうございます。
本書に関係する事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
ジャクソン・ポロック :ウィキペディア
【美術解説】ジャクソン・ポロック「アクションペインティング」
:「Artpedia/近現代美術の百科事典」
Jackson Pollock From Wikipedia, the free encyclopedia
ジャクソン・ポロック 基本情報 作品一覧 :「MUSEY」
Sotheby's ホームページ
サザビーズ ジャパン
世界の名作が集まる「サザビーズ」オークションの知られざる裏側:「DIAMONDE online」
世界中の至宝が取引されるサザビーズオークションへ参加する方法 :「ZUU online」
サザビーズ :ウィキペディア
フラ・アンジェリコ :ウィキペディア
作品解説 「受胎告知」フラ・アンジェリコ作 :「西洋絵画美術館」
抽象表現主義 :ウィキペディア
抽象表現主義 :「artscape アートスケープ」
「抽象表現主義」とは?代表的な画家と作品を解説 :「This is Media」
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『風神雷神 Jupiter, Aeolus』上・下 PHP
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