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この表紙から裏表紙に及ぶ絵は、本書のp160-161に見開きのページに、図77として載っている。『椿説弓張月』という曲亭馬琴作で文化4年(1807)に出版された読本(よみほん)の挿絵である。この絵を描いたのはなんとあの葛飾北斎だという。葛飾北斎が浮世絵を描く以外に、北斎漫画と称されるものを描いていることは知っていたし、見たこともある。しかし、北斎が草双紙と称される黄表紙、合巻(ごうかん)や読本に挿絵を描いていたことを、本書で初めて知った。高校時代に『椿説弓張月』を滝沢馬琴が書いたという知識は学んだ記憶がある。これまた曲亭馬琴とも言うことを本書で知った。曲亭馬琴はペンネームで、滝沢馬琴は本名という関係である。曲亭なんて習った記憶がない。
さらに、その読本の挿絵を北斎が描いたことなど知らされなかった。今手許にある社会人になった以降に改めて入手した平成年代発行の高校生向け学習参考書を開いても、『椿説弓張月』滝沢馬琴作と記されているだけである。
そういう意味で、この本を読み、江戸時代の庶民向け文学と言える黄表紙・合巻・読本という世界の広がりを楽しく知ることができた。本書では、江戸後期に出版された黄表紙・合巻・読本を対象にして、その中に描かれた挿絵に光を当てていく。さらには、本書タイトルに「奇想の」という修飾語を冠するところがおもしろいところである。その言葉にまず惹きつけられ、表紙の絵を見て読み始めた。
なぜ、奇想か? それは、目次構成をご紹介すれば一目瞭然だろう。
第1章 「異界」を描く /第2章 「生首」を描く /第3章 「幽霊」を描く
第4章 「妖怪」を描く /第5章 「自然現象」を描く
第6章 「爆発」と「光」を描く /第7章 デザインとユーモア
「奇想」つまり「奇抜な思いつき」(『日本語大辞典』講談社)をごれでもかこれでもかと盛り込んで、白黒で描き出された挿絵がここに、上記の章立てで合計100図、解説付で紹介されている。奇想は、英語の fantastic idea という語句に相当するようだ。
江戸時代の庶民本、娯楽本に世界に、これだけ豊かな広がりがあったことを改めて認識した次第。こんな分野の一端でも授業にでてくれば、国語の授業ももっと楽しかったのではないかと思う。
本書の表紙に使われた北斎の絵は、第6章に出てくる。著者は北斎が描いた爆発イメージは、松浦史資料博物館所蔵の蘭書『オランダ史』の中に掲載の船が爆発するシーンに由来すると考察している。北斎が奇想の挿絵のための描法やヒントを西洋を含め、様々なところから取り入れているとする考察部分も興味深い。
「はじめに」において、著者は「黄表紙のマンガ的デザイン」について、読者の意識を喚起し、黄表紙本が「大人の文学になっても『絵本』なのが江戸の戯作の特色である」と言う。20~30ページの黄表紙が江戸幕府当局との関係で、長編仇討物へと進み合巻が出版される。それがさらに読本へと進んでも、この「読む」本にも絵が大切な役割を担うという。この絵を描く、挿絵を描くという分野でも、葛飾北斎が抜群の冴えを見せているのは、本書に紹介された挿絵を眺めていけばなるほどと思う。
著者によれば、読本作者の二大スターは、山東京伝と曲亭馬琴。山東京伝は歌川豊国と、曲亭馬琴は葛飾北斎とコンビを組んで、文化年間(1804~1818)に読本の黄金時代を築いたという。これらの出版物は、白黒世界である。白黒の濃淡だけの挿絵で、上記の奇想の挿絵が絵師もそれぞれ工夫をこらし競い合った豊かな世界があったのだ。この白黒世界の想像力が、現在のマンガ・劇画・アニメの先達だと著者は説く。本書の挿絵をつらつらと眺めていくと、ナルホド感が強い。マンガ・劇画・アニメの文化が大きく花開くルーツが江戸時代にあったのだ。それを教えてくれる本でもある。
本文を読まずに、各挿絵の図に加えられた数行以内の説明文だけ読んで、挿絵を眺めていくだけでも十分楽しめる本である。
勿論、豊国と北斎だけでなく、豊国派の絵師、北斎の弟子など、挿絵の分野で当時活躍した絵師たちの奇想の挿絵も数多くとりあげられている。しかしこれらの絵師の名前は、私には初めて目にするものだった。そういう意味で、江戸の絵師たちに親しむことができる本にもなった。
本書で取り上げられた挿絵が載る合巻・読本の書名やその内容は本文に挿絵解説を主体にする形で出てくる。それを捕捉する意味を兼ねて、章末に「作品のあらすじ」が各書についてまとめてある。「あとがき」を読んでわかったのだが、この作品解説は近世文学研究者である学習院大学講師・藤澤茜死がまとめられたようだ。合巻・読本の合計47冊について、そのあらすじが簡潔にわかりやすくまとめられている。「あとがき」を読んで、これもまた納得できた。文学の研究者が協力しているのである。
おもしろい読み物であり、絵を眺めて楽しめる本である。江戸時代の絵の世界の広がりを知る上でも、手軽に読めて有益である。
ご一読ありがとうございます。
本書に関連する事項を少しネット検索してみた。一覧にしておきたい。
曲亭馬琴 :ウィキペディア
曲亭馬琴 → 滝沢馬琴 :「コトバンク」
山東京伝 :ウィキペディア
山東京伝 :「コトバンク」
初代 歌川豊国 :ウィキペディア
合巻 :ウィキペディア
読本 :ウィキペディア
椿説弓張月 :ウィキペディア
椿説弓張月 :「椙山女学園大学デジタルライブラリー」
釈迦御一代図会. 巻之1-6 :「古典籍総合データベース」
善知安方忠義伝. 前,2-3編 / 山東京伝 著 :「古典籍総合データベース」
浅間岳面影草紙. 1-3之巻 / 柳亭種彦 編 :「古典籍総合データベース」
頼豪阿闍梨怪鼠伝 :「国立国会図書館デジタルコレクション」
頼豪阿闍梨怪鼠伝. 巻之1 :「国立国会図書館デジタルコレクション」
無間之鐘娘縁起 6巻 :「国立国会図書館デジタルコレクション」
浮牡丹全伝. 前帙 / 山東京伝 編 :「古典籍総合データベース」
[志道軒往古講釈]. [前],後編 / 山東京伝 作 :「古典籍総合データベース」
霜夜星. 1-5巻 / 種彦 著 :「古典籍総合データベース」
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さらに、その読本の挿絵を北斎が描いたことなど知らされなかった。今手許にある社会人になった以降に改めて入手した平成年代発行の高校生向け学習参考書を開いても、『椿説弓張月』滝沢馬琴作と記されているだけである。
そういう意味で、この本を読み、江戸時代の庶民向け文学と言える黄表紙・合巻・読本という世界の広がりを楽しく知ることができた。本書では、江戸後期に出版された黄表紙・合巻・読本を対象にして、その中に描かれた挿絵に光を当てていく。さらには、本書タイトルに「奇想の」という修飾語を冠するところがおもしろいところである。その言葉にまず惹きつけられ、表紙の絵を見て読み始めた。
なぜ、奇想か? それは、目次構成をご紹介すれば一目瞭然だろう。
第1章 「異界」を描く /第2章 「生首」を描く /第3章 「幽霊」を描く
第4章 「妖怪」を描く /第5章 「自然現象」を描く
第6章 「爆発」と「光」を描く /第7章 デザインとユーモア
「奇想」つまり「奇抜な思いつき」(『日本語大辞典』講談社)をごれでもかこれでもかと盛り込んで、白黒で描き出された挿絵がここに、上記の章立てで合計100図、解説付で紹介されている。奇想は、英語の fantastic idea という語句に相当するようだ。
江戸時代の庶民本、娯楽本に世界に、これだけ豊かな広がりがあったことを改めて認識した次第。こんな分野の一端でも授業にでてくれば、国語の授業ももっと楽しかったのではないかと思う。
本書の表紙に使われた北斎の絵は、第6章に出てくる。著者は北斎が描いた爆発イメージは、松浦史資料博物館所蔵の蘭書『オランダ史』の中に掲載の船が爆発するシーンに由来すると考察している。北斎が奇想の挿絵のための描法やヒントを西洋を含め、様々なところから取り入れているとする考察部分も興味深い。
「はじめに」において、著者は「黄表紙のマンガ的デザイン」について、読者の意識を喚起し、黄表紙本が「大人の文学になっても『絵本』なのが江戸の戯作の特色である」と言う。20~30ページの黄表紙が江戸幕府当局との関係で、長編仇討物へと進み合巻が出版される。それがさらに読本へと進んでも、この「読む」本にも絵が大切な役割を担うという。この絵を描く、挿絵を描くという分野でも、葛飾北斎が抜群の冴えを見せているのは、本書に紹介された挿絵を眺めていけばなるほどと思う。
著者によれば、読本作者の二大スターは、山東京伝と曲亭馬琴。山東京伝は歌川豊国と、曲亭馬琴は葛飾北斎とコンビを組んで、文化年間(1804~1818)に読本の黄金時代を築いたという。これらの出版物は、白黒世界である。白黒の濃淡だけの挿絵で、上記の奇想の挿絵が絵師もそれぞれ工夫をこらし競い合った豊かな世界があったのだ。この白黒世界の想像力が、現在のマンガ・劇画・アニメの先達だと著者は説く。本書の挿絵をつらつらと眺めていくと、ナルホド感が強い。マンガ・劇画・アニメの文化が大きく花開くルーツが江戸時代にあったのだ。それを教えてくれる本でもある。
本文を読まずに、各挿絵の図に加えられた数行以内の説明文だけ読んで、挿絵を眺めていくだけでも十分楽しめる本である。
勿論、豊国と北斎だけでなく、豊国派の絵師、北斎の弟子など、挿絵の分野で当時活躍した絵師たちの奇想の挿絵も数多くとりあげられている。しかしこれらの絵師の名前は、私には初めて目にするものだった。そういう意味で、江戸の絵師たちに親しむことができる本にもなった。
本書で取り上げられた挿絵が載る合巻・読本の書名やその内容は本文に挿絵解説を主体にする形で出てくる。それを捕捉する意味を兼ねて、章末に「作品のあらすじ」が各書についてまとめてある。「あとがき」を読んでわかったのだが、この作品解説は近世文学研究者である学習院大学講師・藤澤茜死がまとめられたようだ。合巻・読本の合計47冊について、そのあらすじが簡潔にわかりやすくまとめられている。「あとがき」を読んで、これもまた納得できた。文学の研究者が協力しているのである。
おもしろい読み物であり、絵を眺めて楽しめる本である。江戸時代の絵の世界の広がりを知る上でも、手軽に読めて有益である。
ご一読ありがとうございます。
本書に関連する事項を少しネット検索してみた。一覧にしておきたい。
曲亭馬琴 :ウィキペディア
曲亭馬琴 → 滝沢馬琴 :「コトバンク」
山東京伝 :ウィキペディア
山東京伝 :「コトバンク」
初代 歌川豊国 :ウィキペディア
合巻 :ウィキペディア
読本 :ウィキペディア
椿説弓張月 :ウィキペディア
椿説弓張月 :「椙山女学園大学デジタルライブラリー」
釈迦御一代図会. 巻之1-6 :「古典籍総合データベース」
善知安方忠義伝. 前,2-3編 / 山東京伝 著 :「古典籍総合データベース」
浅間岳面影草紙. 1-3之巻 / 柳亭種彦 編 :「古典籍総合データベース」
頼豪阿闍梨怪鼠伝 :「国立国会図書館デジタルコレクション」
頼豪阿闍梨怪鼠伝. 巻之1 :「国立国会図書館デジタルコレクション」
無間之鐘娘縁起 6巻 :「国立国会図書館デジタルコレクション」
浮牡丹全伝. 前帙 / 山東京伝 編 :「古典籍総合データベース」
[志道軒往古講釈]. [前],後編 / 山東京伝 作 :「古典籍総合データベース」
霜夜星. 1-5巻 / 種彦 著 :「古典籍総合データベース」
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