<横浜みなとみらい署暴対係>シリーズとしては第5作となる。奥書を見ると、本書は週刊「アサヒ芸能」の2018年1月4・11日号~9月20日号に連載発表された後、2019年2月に単行本として出版された。
今回は、最初からちょっと変わった始まりになっている。暴力団からは「ハマの用心棒」と呼ばれ恐れられているみなとみらい署の暴対係係長・諸橋警部と諸橋の相棒であり係長補佐の城島が、県警本部警務部監察官の笹本警視と常に一緒に行動するという羽目になるストーリーである。諸橋の捜査方針を認めず目の敵にしているキャリアの笹本がなんとかの糞の如く二人の捜査活動に同行する。
なぜ、そんなことになったのか。笹本が諸橋の所にやって来て、県警本部長が会いたいと言っているから一緒に来いと言う。この10月に本部長になった佐藤警視監は諸橋にマルB(暴力団)を何とかしたい。長くて2年の任期の内に結果を出したいと言う。ついては、諸橋のやり方を支持するから、やるからには徹底してやってくれと激励する。そういう行きがかりになったのは、佐藤本部長にマル暴で頼りになるのは誰かと尋ねられた笹本が諸橋と城島の名前を答えたからなのだ。その結果、諸橋と城島は、山手署に設置された捜査本部の殺人事件に本部長特命として加わることになる。被害者はマルBと関わりがあるようなのだ。そこで、諸橋と城島に白羽の矢が立てられたという訳である。
佐藤本部長は諸橋に言う。「知ってる。真面目な性格らしいからね、笹本は・・・・」「警察官だからって、カチカチになるこたあないと、俺は思うよ。臨機応変、柔軟な対応。これからはそういうのが、大切なんじゃないか」と。本書のタイトル「スクエア(SQUARE)」には、真面目なとか、カチカチという意味合いがある。たぶん、諸橋のやり方とは対極になる言葉がタイトルになったのではないかと思う。それは笹本をさしているとも言える。また、捜査本部の従来通りの捜査活動に対する揶揄的意味合いも含まれているかもしれない。諸橋と城島の名前を出した笹本は「ただ、やり過ぎて問題になることもあるし、正式な手続きを無視する傾向もある、と申し添えるのを忘れなかった」と言う。だが「いいよ。やってくれ」と本部長は答え、笹本には「援助しろ」と指示したと言う。その結果、常に笹本が二人と一緒に行動することになる。結果的にこれは笹本にとり、暴対係の関わるナマの現場を実体験する機会になるのだ。
昨日11月11日月曜日、中区山手町の廃屋となっている現場で小学生が遊んでいて遺体を発見し、その知らせが警察に通報された。被害者は中国生まれで最終的な記録では年齢87歳の劉将儀だという。中華街で一財産を築き、山手に土地を取得して屋敷を建てた。そこが遺体発見現場の土地である。4年前に中華街の店はそっくり人手にわたり、劉将儀は3年ほど前から消息を絶っていたという。山里管理官がこの説明を諸橋たちにしている矢先に、遺体発見現場を検証中に別の白骨死体が発見されたと報告が入る。
諸橋たち3人は現場に直行する。白骨死体は最低でも埋められて3年は経っていると鑑識係員が推定していた。
本部長特命として捜査本部に加わった諸橋と城島はマル暴の立場から独自捜査を開始する。二人は捜査本部の本部捜査一課と連絡を密にすることで単独行動を認められる。
横浜中華街の高級店で遅めの昼食をとり、フロアマネジャーの陳文栄に聞き込みをして、劉将儀から店を買ったのが馬健吉だと教えられる。また、発見された遺体の写真を確認してもらうと、劉将儀ではないと言う。馬健吉にも聞き込みに向かうが、彼も又別人だと答える。新たに発見された白骨死体が劉将儀だと仮定すると、この遺体として発見された被害者は何者なのか。一方、遺体はちゃんと登録された運転免許証を持っていたことから、身元が確認されたのだという。城島は、被害者が3年前に劉将儀になりすましたとすれば、何らかの詐欺、土地家屋の売却がそこに絡む可能性を推測する。さらに暴力団が絡んでいる可能性も・・・・・。この殺人事件は複雑な様相を帯び始める。
そこで、当然のことのように、諸橋と城島は情報収集として、常盤町の神風会神野の自宅兼事務所に足を向ける。勿論、笹本は抵抗感を抱きながら同行する。笹本には神野というヤクザを知る、つまり諸橋流に言えば、ヤクザと暴力団の違いを知り始める契機になる。
このストーリーは、土地の売買に関わる詐欺事件の様相が見えて来たことから展開しはじめ、諸橋と城島は暴力団との関係の究明に踏み込んで行く。詐欺事件の人間関係と構造が複雑化し、事件が連環している実態が見え始める。その渦中にみなとみらい署管内の暴力団が絡んでいた。諸橋と城島は違法すれすれのやり方を笹本の面前で繰り返しながら、その複雑な人間関係と構造の糸口を見つけだし、一つ一つ解明していく。要所要所で神野が語る暗示的な情報が有益に役立っていく。
捜査のプロセスで、関西から横浜に進出してきた関西系暴力団の三次団体「羽田野組」組長泉田誠一が関係しているということが見え始めてくる。泉田は組のフロント企業「ハタノ・エージェンシー」社長代行でもある。
暴力団が絡む土地売買の詐欺事件の謎解き・解明がテーマとなった小説である。土地売買取引が結果的に詐欺行為であったとしても、それに関与した弁護士や行政書士が事務処理代行業務として、踏み越えなければ詐欺罪を問われることはないという一線があるという。そのギリギリの境界はどこかも諸橋・城島の聞き込み捜査のプロセスで描かれていく。この点も興味深い。
警察組織という視点に立てば、殺人事件ということで県警本部捜査一課を主体とする捜査本部が立ったのだが、そこに詐欺事件の側面が関係するということで、県警本部捜査二課も本部に加わることになる。さらに、本部長特命で諸橋・城島がいる。捜査の主導権という観点での確執という側面が加わってくる。キャリア対ノンキャリア、警察官としての経験年数、捜査領域の問題、階級意識など様々な要素が心理的にも絡み合っていく様相が描き込まれていて面白い。
最後に面白いのは、佐藤本部長が神風会神野の自宅兼事務所を直接自ら訪れるという行動に出た場面が描かれている。それに対する笹本の行動と態度がおもしろい。そして、本部長が諸橋に語る感想がさらにおもしろみを加える。お楽しみに。
ご一読ありがとうございます。
このブログを書き始めた以降に、徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『機捜235』 光文社
『エムエス 継続捜査ゼミ2』 講談社
『プロフェッション』 講談社
『道標 東京湾臨海署安積班』 角川春樹事務所
=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 === 更新6版 (83冊) 2019.10.18
今回は、最初からちょっと変わった始まりになっている。暴力団からは「ハマの用心棒」と呼ばれ恐れられているみなとみらい署の暴対係係長・諸橋警部と諸橋の相棒であり係長補佐の城島が、県警本部警務部監察官の笹本警視と常に一緒に行動するという羽目になるストーリーである。諸橋の捜査方針を認めず目の敵にしているキャリアの笹本がなんとかの糞の如く二人の捜査活動に同行する。
なぜ、そんなことになったのか。笹本が諸橋の所にやって来て、県警本部長が会いたいと言っているから一緒に来いと言う。この10月に本部長になった佐藤警視監は諸橋にマルB(暴力団)を何とかしたい。長くて2年の任期の内に結果を出したいと言う。ついては、諸橋のやり方を支持するから、やるからには徹底してやってくれと激励する。そういう行きがかりになったのは、佐藤本部長にマル暴で頼りになるのは誰かと尋ねられた笹本が諸橋と城島の名前を答えたからなのだ。その結果、諸橋と城島は、山手署に設置された捜査本部の殺人事件に本部長特命として加わることになる。被害者はマルBと関わりがあるようなのだ。そこで、諸橋と城島に白羽の矢が立てられたという訳である。
佐藤本部長は諸橋に言う。「知ってる。真面目な性格らしいからね、笹本は・・・・」「警察官だからって、カチカチになるこたあないと、俺は思うよ。臨機応変、柔軟な対応。これからはそういうのが、大切なんじゃないか」と。本書のタイトル「スクエア(SQUARE)」には、真面目なとか、カチカチという意味合いがある。たぶん、諸橋のやり方とは対極になる言葉がタイトルになったのではないかと思う。それは笹本をさしているとも言える。また、捜査本部の従来通りの捜査活動に対する揶揄的意味合いも含まれているかもしれない。諸橋と城島の名前を出した笹本は「ただ、やり過ぎて問題になることもあるし、正式な手続きを無視する傾向もある、と申し添えるのを忘れなかった」と言う。だが「いいよ。やってくれ」と本部長は答え、笹本には「援助しろ」と指示したと言う。その結果、常に笹本が二人と一緒に行動することになる。結果的にこれは笹本にとり、暴対係の関わるナマの現場を実体験する機会になるのだ。
昨日11月11日月曜日、中区山手町の廃屋となっている現場で小学生が遊んでいて遺体を発見し、その知らせが警察に通報された。被害者は中国生まれで最終的な記録では年齢87歳の劉将儀だという。中華街で一財産を築き、山手に土地を取得して屋敷を建てた。そこが遺体発見現場の土地である。4年前に中華街の店はそっくり人手にわたり、劉将儀は3年ほど前から消息を絶っていたという。山里管理官がこの説明を諸橋たちにしている矢先に、遺体発見現場を検証中に別の白骨死体が発見されたと報告が入る。
諸橋たち3人は現場に直行する。白骨死体は最低でも埋められて3年は経っていると鑑識係員が推定していた。
本部長特命として捜査本部に加わった諸橋と城島はマル暴の立場から独自捜査を開始する。二人は捜査本部の本部捜査一課と連絡を密にすることで単独行動を認められる。
横浜中華街の高級店で遅めの昼食をとり、フロアマネジャーの陳文栄に聞き込みをして、劉将儀から店を買ったのが馬健吉だと教えられる。また、発見された遺体の写真を確認してもらうと、劉将儀ではないと言う。馬健吉にも聞き込みに向かうが、彼も又別人だと答える。新たに発見された白骨死体が劉将儀だと仮定すると、この遺体として発見された被害者は何者なのか。一方、遺体はちゃんと登録された運転免許証を持っていたことから、身元が確認されたのだという。城島は、被害者が3年前に劉将儀になりすましたとすれば、何らかの詐欺、土地家屋の売却がそこに絡む可能性を推測する。さらに暴力団が絡んでいる可能性も・・・・・。この殺人事件は複雑な様相を帯び始める。
そこで、当然のことのように、諸橋と城島は情報収集として、常盤町の神風会神野の自宅兼事務所に足を向ける。勿論、笹本は抵抗感を抱きながら同行する。笹本には神野というヤクザを知る、つまり諸橋流に言えば、ヤクザと暴力団の違いを知り始める契機になる。
このストーリーは、土地の売買に関わる詐欺事件の様相が見えて来たことから展開しはじめ、諸橋と城島は暴力団との関係の究明に踏み込んで行く。詐欺事件の人間関係と構造が複雑化し、事件が連環している実態が見え始める。その渦中にみなとみらい署管内の暴力団が絡んでいた。諸橋と城島は違法すれすれのやり方を笹本の面前で繰り返しながら、その複雑な人間関係と構造の糸口を見つけだし、一つ一つ解明していく。要所要所で神野が語る暗示的な情報が有益に役立っていく。
捜査のプロセスで、関西から横浜に進出してきた関西系暴力団の三次団体「羽田野組」組長泉田誠一が関係しているということが見え始めてくる。泉田は組のフロント企業「ハタノ・エージェンシー」社長代行でもある。
暴力団が絡む土地売買の詐欺事件の謎解き・解明がテーマとなった小説である。土地売買取引が結果的に詐欺行為であったとしても、それに関与した弁護士や行政書士が事務処理代行業務として、踏み越えなければ詐欺罪を問われることはないという一線があるという。そのギリギリの境界はどこかも諸橋・城島の聞き込み捜査のプロセスで描かれていく。この点も興味深い。
警察組織という視点に立てば、殺人事件ということで県警本部捜査一課を主体とする捜査本部が立ったのだが、そこに詐欺事件の側面が関係するということで、県警本部捜査二課も本部に加わることになる。さらに、本部長特命で諸橋・城島がいる。捜査の主導権という観点での確執という側面が加わってくる。キャリア対ノンキャリア、警察官としての経験年数、捜査領域の問題、階級意識など様々な要素が心理的にも絡み合っていく様相が描き込まれていて面白い。
最後に面白いのは、佐藤本部長が神風会神野の自宅兼事務所を直接自ら訪れるという行動に出た場面が描かれている。それに対する笹本の行動と態度がおもしろい。そして、本部長が諸橋に語る感想がさらにおもしろみを加える。お楽しみに。
ご一読ありがとうございます。
このブログを書き始めた以降に、徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『機捜235』 光文社
『エムエス 継続捜査ゼミ2』 講談社
『プロフェッション』 講談社
『道標 東京湾臨海署安積班』 角川春樹事務所
=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 === 更新6版 (83冊) 2019.10.18
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます