うたたね日記

アニヲタ管理人の日常を囁いております。

カガリBD『温泉旅行』⑥性格の不一致

2018年05月17日 20時38分04秒 | ノベルズ
「ごはん~ごはん~♪」
夕食を前にして、カガリは至極ご機嫌だ。
女性というものは、何より口に入るものがあると機嫌がよくなるらしい。無論、美食ならなおのこと。
別棟にある個室に用意されていた食事は、流石に目を見張った。
「うわ~!すごいな、これ!」
目に飛び込んできた膳を見て、思わずカガリが感嘆の声を上げた。

「こちらは海の幸がメインとなっております。最近は世界的に日本食がブームになっておりますが、味はもちろん、これだけ食べてもカロリーが低くて、女性にも人気が高いのですよ。」
品のいい女将がそう言って、鍋に火をつけてくれる。
「沸騰しましたら、こちらにお野菜とお肉を入れて、軽く火を通していただければ大丈夫です。」
「わーい!では早速いただきま―――」
「それと―――」
箸を付けようとしたカガリの手を止めたのは、女将の続きの説明だった。
「こちらについているのは『生卵』です。」
「『なまだまご』・・・」
箸を持ったままカガリが硬直しながら復唱する。
「こちらをご覧ください。」
と、女将が差し出した手の先には、三和土に降りたところにモクモクと煙が上がるもの。

高さにして1mくらいの岩の隙間から、白い煙だけが立ち込めている。中央にはかごのようなものが置いてある。
「煙突ですか?」
流石にアスランもこれは見たことがない。というより、この煙の出るものと、生卵と一体何の関係が・・・
すると女将ははんなりと笑んだ。
「こちらは温泉の源泉の蒸気なんです。その熱を利用して作るのが『温泉卵』なんです。」
「『おんせんたまご』・・・?」
カガリはまだ硬直したまま、疑問符だけ頭上に浮かべる。
「『温泉卵』は黄身と白身の固まる温度差を利用した、温泉地ならではの調理方法です。普通は茹でますと、白身も黄身も固まりますでしょう。ですが、この蒸気に入れると、白身はとろとろの半熟に。黄身は固まった状態の卵が出来上がるのです。」
「白身がトロトロで、黄身はカチコチ・・・―――!すごい、面白そうだ!うちのコックじゃ、白身は固くて黄身が半熟な茹で卵は作れるけど、その逆ってないぞ!」
カガリの眼が一層キラキラと輝きを増す。それに気をよくして、女将の説明も饒舌だ。
「では、こちらの篭にその生卵を入れまして、それから7~8分置いてください。その間にこちらのお食事を楽しんでいただき、お時間が来ましたら卵を取り上げてください。では。」
簡単な説明とあいさつと共に、女将は退場した。
「不思議な卵だな。普通は白身が固まると思うんだけれど。」
小首をかしげるカガリに、アスランが解説する。
「鶏卵は黄身の固まる温度が70℃。白身が80度ほどだが、大体普通家庭のコンロで温めると、湯温が100℃になってしまうから、外から熱が白身にダイレクトに伝わって先に白身が固まってしまうんだ。」
「ふ~ん・・・」
科学にはあまり興味のないカガリだが、アスランの解説はカガリ仕様にわかりやすい。
これも付き合いの長さ所以だろう。
そして、いざ、カガリが浴衣の袖をまくり上げた。
「よし、アスラン。早速卵を投入だ。」
「そうしたいんだが・・・」
「ん?お前、卵嫌いだっけ?」
「じゃなく・・・部屋に時計を忘れてきた。」
「あ・・・」
アスラン的には二人で時間を気にせず、それこそ時間の「贅沢」をしながら食事をする腹積もりであり、カガリは温泉に入った後、腕時計を付けるのを忘れていた。
だが、そんなことは気にしないのが、カガリの性分だ。
「よし!大体の感覚で行こう。」
「そんなアバウトな・・・」
「いいんだ。アバウトもまた楽しみのうちだ。どんな卵ができるかな?」
そういって生卵を二つ並べてかごに入れる。
その間に、食事とお酒を楽しむ。
「ん~♪ 魚が新鮮で美味しい 小さなお鍋も作る楽しみがあって面白いな。」
一つ一つ感想を語るカガリ。そんな彼女の表情を見ながらワインのグラスを傾ける至福を彼も味わう。
だが
「な、もうそろそろ『おんせんたまご』とやらができたんじゃないか?」
待つ身は長い。多分時間にしたら3分ぐらいと思うが、ゆっくりと楽しむつもりのアスランにとっては、まだ1,2分くらいの感覚だ。
「いや、まだそんなに時間は立っていないと思うが。」
「う~ん・・・まだか。10分とかきりのいい数字だったらわかるんだが、7,8分っていうのがな~」
ソワソワと料理と吹き出し口を交互に見やるカガリ。
そしてしばらくして
「もうそろそろかな?」
「まだまだ。」
二人の会話はまるで何かの禅問答のようだ。半分修練の場と化している。
「もういいよな。」
「いや、まだまだ。」
だが、ついにここにきてカガリの我慢は限界に来た。
「いや、もう私は割ってみる!絶対固まってるから。」
「カガリ、待つのも楽しみのうちなんだろ?もうちょっと待って―――」
とアスランの静止よりも、カガリの野生の反射力の方が高かった。まだ熱いはずの卵を両手の中で転がしながら、一気に小鉢に叩きつける。
「えいっ!」
<グシャ>
「・・・・・・。」(カガリの点々)
「・・・・・・。」(アスランの点々)
アスランの予想よろしく、卵は白く固まりかけていたものの、黄身も白身も半生状態だった。
アスランが思わず苦笑する。
「・・・だから言ったのに。」
「う、うるさいっ!これはこれでいいんだ!でも、アスラン、あの・・・」
「何だ?」
「お前は成功させろよ!私にその『おんせんたまご』を見せてくれ。」
今日一番の真剣な彼女の頼みが『温泉卵』。誕生日のプレゼントには、いささかムードがないが、カガリは興味があることにはどん欲に知りたがる方だ。
そしてアスランは教えるのは上手い。だが何よりこうして自分が教えることで素直に喜んでくれることが何よりの彼の喜びでもある。そういう意味ではカガリは聞き上手で、アスランは話し上手。だがこれが他人の前だと、カガリは自分からよく話し、アスランは滅多に話そうとしない。
二人の間だけに成立する性格の不一致。でもこれが綺麗に凸凹がかみ合う。これこそが「運命の赤い糸」と言えなくはないだろう。
「で、もうそろそろお前の卵、できたんじゃないか?」
「いいや。まだまだ。」
失敗した手前、カガリは強くは言えない。だが終始チラチラと視線を窓の外に向け、それが気持ちを見事に雄弁している。
「じゃ、そろそろ割ってみるか。」
彼女に負けてようやく腰を上げたアスラン。
カガリは既にアスランの小鉢をもって、主人の帰りを待つ子犬のように待機している。
「じゃぁ、割ってみるぞ。」
「うんうん!」
そして小鉢の端で卵を叩いてみれば
<ボコッ>
「・・・・・・。」(アスランの点々)
「・・・・・・。」(カガリの点々)
見事に白身が一滴も落ちない・・・カチカチに固まった「固ゆで卵」の見本のような完成品ができていた。
「あー!だから早くしろって言ったのに~~!」
カガリが頭を抱えて落ち込む。
余程知りたかったのだろう。温泉卵というものを。
「ごめんごめん。見せられなかったお詫びに、俺のデザート、いるか?」
「食べる!」
0.5秒の即答。

「うわ~すっごい濃厚で美味しい~

ラズベリーとブルーベリーとストロベリーのシャーベットを味わうカガリは、先ほどの『温泉卵未遂事件』の悲劇を忘れたかのように、頬を緩ませている。
そして、そんな彼女の笑顔を、彼はまた存分に目の前で独占して味わうのだった。



・・・続く。



***


温泉卵・・・見事に固まっていなかったです(哀)
ちなみに篭の中を終始見守り、殻が破裂して亀裂から白身がちょいと出てきた辺りが食べごろらしいです。
昼だとよく見えるんですが、夜は暗くてよく見えんかった・・・。


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カガリBD『温泉旅行』⑤ヒノキと岩と天使湯と

2018年05月17日 17時31分38秒 | ノベルズ
アスランが予約していたという宿は山の中腹にあった。
「うわ~窓から街と海がいっぺんに見えるぞ!」
カガリが案内された部屋から身を乗り出す。夕暮れに染まる街はぽつぽつと灯りがともり始め、オレンジの海と風景画のようなコントラストが広がっている。
正直国賓として向かう先はスイートルームばかりのカガリにとって、こうした宿屋は窮屈に感じるのでは、という不安があったが、洞窟だろうが戦艦の一室だろうが彼女は難なく過ごせる性格だ。故に早々に楽しみを見つけている。
「夕食も楽しみだけど、早速お風呂かな♪」
「さっきチェックインの時に聞いたら、ここの効能は胃腸虚弱と婦人科系だそうだ。」「・・・。」
むっつりと黙り込んでしまったカガリ。
「どうした?何か問題が―――」
「問題ないのが問題なんだ!私、胃腸も婦人科系も全く問題ないし、これじゃ折角の効果がわからないじゃないか。」
「それなら話が早い。この後しっかり夕食楽しむんだろ?」
「うん(即答)。」
「だったら今からしっかり胃腸の準備しておけばいいだろ?」
「そうか!そう考えれば確かにいいかもしれない。お前も温泉の効能でポジティブになれたじゃないか。」
「それはよかった。」
とカガリに褒められるのは嬉しいが、まだ温泉に入ってはいないんだが。
まぁ、カガリの傍にいることでの効能ということに、アスランの考えは落ち着いた。

「すっごい、岩風呂だ
思わずカガリの声が上がる。

たっぷりの湯が滾々と湧き出てくる温泉。
足を投げ出しても先が壁につかない、大きなお風呂。泳ぎたくなる気持ちもわかる気がする。
「う~~~ん
思いっきり背伸びをして、順に体をほぐしていく。効能を得るまでもなく元気だが、そういえば先ほど久しぶりに山に登ったこともあって、足腰の筋肉が張っている。それを温泉で伸ばすだけでも疲れがどんどん洗い流されていくようだ。
「しかも、誰もいないし、貸し切りみたいだ♪」
丁度ウィークデー、しかもオフシーズンなこともあって、客は多くないらしく、宿の中も殆ど声が聞こえない程静かだ。
また外には公衆浴場もあるためか、あちこちの湯につかりに行くことを楽しみとしている客も多いらしい。
「だったら思いっきり貸し切り状態を楽しまなきゃ!」
とそこへ・・・
「カガリも一人しかいないのか?」
板壁を挟んでアスランの声が届く。どうやら男性も貸し切り状態らしい。
「うん!すごいな。こんなお風呂一人占めなんて、滅多に味わえないぞ。」
アスランもカガリも自宅はいわゆるユニット式の西洋風呂だ。硬質な岩風呂は遠赤外線効果も発揮するらしく、体の芯から温まる。
「それにだな、もう一つ上段にある湯船が凄いいい匂いがするんだ。木のお風呂なんだけど。なんだろこれ?」
壁の向こうから返事があった。
「あぁ、こっちにもある。多分「ヒノキ」だ。」
「『ヒノキ』って?」
「スギ化の植物。香りにはリラクゼーション効果があると聞いたことがある。」
「へぇ~オーブじゃ見たことない木だな。」
カガリが湯船の縁に顔だけ俯せながら、指を走らせる。
これが「ヒノキ」かぁ・・・
「「ヒノキ」は針葉樹だから、基本寒い国にしか自生しない。きっとそこから仕入れてきたんだろうけれど。」
アスランの解説にカガリはにこりと笑う。
「じゃ、今度また旅することがあったら、寒い国に行ってみよう。」
「わざわざ寒い国に、なんでまた?」
「無論、「ヒノキ」を探すためだ!この目で見てみたい。」
「まさかと思うが・・・探し出して、アスハ家の風呂をヒノキに改装する、なんてことは考えていないだろうな。」
「う・・・」
カガリの声が詰まる。
「考えてたのか・・・」
半分呆れつつも、アスランもは苦笑する。
そうか、今度また一緒に旅する予定ができたな。
そう思っていたら、カガリがいい訳のように訴えてきた。
「だ、だってこんなに広くていい匂いのするお風呂って、滅多に味わえないんだし。ここ以外で広いお風呂に入れたのって『天使湯』くらいだぞ。」
アスランにとっては初めて聞く名前だ。『天使湯』?そんな温泉、いつカガリは体験していたんだろう。
「カガリ、その『天使湯』ってオーブにあるのか?」
「う~ん、まぁオーブにあるといえばあるけれど・・・お前は入っていないのか?『アークエンジェル』の中にあっただろ?」
「え!?」
聞いていない・・・というか、戦艦であるAAに温泉!?
「何だアスラン。AAであれだけキラと一緒にいたのに、聞いていなかったのか?」
「あ、あぁ・・・」
あの時アスランはシンに撃墜された後で、全身に傷を負っていた。つまりは入浴できる状態にはなかったのだが。
アスランの戸惑いとは裏腹に、カガリはいい思い出を語りだした。
「ベルリンとかスカンジナビアにAAが行ったときは、本当にあの温泉、助かったぞ。打ち身とか傷にも効能があったし。キラとラクスと一緒に結構入ってたんだ。」
「何だって!?」
瞬間、隣からものすごい水しぶきと慌てふためくアスランの大声に、カガリがたじろぐ。
「キ、キラと一緒って・・・いくら双子でも、その、混浴だったのか!?」
「あ、違うって!混浴じゃない。安心しろ。」
「・・・。」
返事はない。どうやらアスランが落ち着いたみたいだけど。
「でもここみたいに板一枚で仕切られていたから、会話はできたぞ。お湯も繋がっていたし。」
「お湯がつながっていた!?」
またものすごい水しぶきと大声が女湯まで響いた。
「え、えと・・・アスラン・・・?」
音がしない。代わりになんかぶくぶく言っている音が聞こえるけど・・・
(まさか、のぼせたりとかは・・・していないよな?)
「お~い、アスラン。大丈夫か?応答しろ~」
その時、アスランは半分顔を湯に浸らせながら、呪文のように繰り返していた。
(カガリの浸かったお湯にキラも入っていた・・・カガリの浸かった…カガリの…)


・・・つづく。


***


『天使湯』、懐かしいですね。
そういえば、アスラン全身傷だらけだったんだから、天使湯入れば効能あったんじゃなかろうか。
というか、公式の天使湯の効能ってあったんだろうか?
もしかしたら、ただの銭湯だったかもしれませんが、いずれにしろ「広い湯舟は気持ちいいv」



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カガリBD『温泉旅行』④リベンジ「二人だけの戦争」

2018年05月17日 15時57分35秒 | ノベルズ
どこか懐かし気な風景を堪能した後、まだカガリのやりたいことはあるらしい。
「さて、次はとんでもなく「贅沢」なことをするぞ!」
「それはどんな「贅沢」でしょうか?姫」
「下りるまで秘密だ。」
先ほどの逆襲、と言わんばかりにツンと澄まして言い切る彼女。
高台の海風が程よく疲労を回復させ、二人は港まで降りてきた。

「では、次の「贅沢」を発表するぞ。」
カガリがコホンと咳払いをして改まる。
といっても・・・堤防とボートが停泊しているだけのこの場所でのやりたいこととは・・・
(アスハ家だから、ボートくらいは持っているかもしれないな・・・)
アスランはタグボートの操船技術くらいはあるが、こんなクルージングボートは扱ったことはない。概ね操舵方法に変わりはないだろうが。
だがそんなアスランの予想と反対に、カガリは港の道沿いに建つ建物にサッサと入った。
「ここは・・・」
見上げるアスランの目の前には『海釣り』の看板しかない。すると
「お待たせ!1回で3時間までだってさ。」
「3時間・・・って、カガリさん、それは―――」
カガリは手にしたカーボン製の大きな竿を2本振った。
「無論、『海釣り』だ!」

指定された場所でしか釣りはできない、という釣り道具貸し出し店の店主の指示で、ポイントの場所へと向かう。

「う~ん・・・この辺りかなぁ・・・」
カガリが海面を覗きながら、あたりの来そうな場所を検討している。
一方アスランは
「・・・・・・。」
ただ後ろをついてくるアスランに、カガリは振り返っていった。
「なぁ、どの辺がいいと思う?」
「「どの辺」と言われても・・・検索かけて見ない事にはどうにも・・・」
「検索って、情報に頼る前に経験上わかることはないか?お前だって、釣りぐらいしたことあるだろ?」
「・・・・・・・。」
「・・・無いのか?」
「(コクン)。」
「・・・アハハハハ!」
「・・・そんなに可笑しいか?」
仏頂面のアスランを前に、カガリがお腹を抱えて大笑いする。そういえば、あの無人島でも経験がないアスランは、カガリの起こしてくれる天然騒動に初めて心から大笑いしていた。
まるであの時の逆襲のようだ。
カガリが眼尻に浮かんだ笑涙を拭って詫びる。
「ごめんごめん。そうだよな。プラントには海や湖ってないもんな。」
「水は貴重だから。」
宇宙空間に住まうものにとって、水は何よりの貴重品だ。どんな大金持ちでも水だけは無駄に使わない。
アスランはオーブに定住するようになってからも、そういえばあれだけ海が広がっているのに、釣りというものをしたことがない。元々がインドア派だし、時間に余裕がないことも一理だった。
「よし。じゃぁ私が釣りの指導員をするぞ。竿と浮と針と重りと釣り餌が必要なことくらいは分かるか?」
「基本技術くらいなら何とか。」
「じゃぁ、この辺りには岩場が広がっているみたいだから、魚の隠れ家になっているはずだ。ここをポイントにしよう。で―――エサは「これ」だ。」
そう言ってカガリが小さな袋から取り出したもの―――それを見て、アスランの表情がみるみる強張った。
「か、か、か、カガリっ!」
「・・・・どうした?」
「そ、そ、そ、それは一体―――!?」
「え?これか?」
カガリは何気に手に取ってアスランに「それ」を近づける。

その0.5秒後、アスランは5mたっぷり引き下がって、悲鳴に近い声を上げた。
「一体何なんだ!?その奇怪なものは!連邦軍の生物兵器の名残か!?!?」
カガリはポカンと口を開けたまま、奇怪なアスランの行動に見入る。その後再び爆笑した。
「あははは!アスランでもびっくりすることあるんだな。すまんすまん。これは『ゴカイ』だ。」
「「『誤解』?」
「日本語漢字変換するな!『ゴカイ』という生き物で・・・え~と、そうだな。「海にすむミミズ」って思えばいい。釣りの餌に使うんだ。」
不信の視線を送り続けるアスランが、ようやくそろそろと近づいて、「ゴカイ」を見る。見れば見るほど気色の悪さしか感じない。
こんなアスランを初めて見た。いつも何事もスマートにこなしてしまう彼にも、苦手なものがあったなんて。
ううん・・・あるのが普通だ。それが自然な人間だ。ただアスランはいつもそれを我慢しなきゃいけない状況にある人だった。
(なんか・・・こんなアスランを見つけられて・・・嬉しいな。)
袋の中でウネウネと動くゴカイをまじまじと観察するアスラン。それを見守るカガリの眼は温かい。
「初めてじゃ気味悪いだろ?これは私が針につけてやるから。」
そういって一体何時覚えたのか、カガリは手慣れたようにゴカイを針に付ける。
「で、コイツを海に向かって投げて―――よっと!」
<ポチャン>という小さな波紋と共に、浮がプカリと浮かび、餌のゴカイはみるみる沈んでいく。
「これで、浮が沈んだら、魚が食いついているということだ。その時は竿をゆっくり慌てず引き上げるんだぞ。」
「・・・分かった。」
まるで上官から下った命令を神妙に聞いているみたいだ。
そう思ってクスリと笑うと、カガリは自分の竿を手慣れたように海に向かって振った。


・・・

・・・

・・・

波は穏やかで心地いい潮風。
そして、堤防には二人きり。
まったりとした時間だけが、二人の傍にいる。
「・・・カガリ。」
「ん?」
「・・・全然浮が動かないんだが・・・」
「そんなもんだ。」
釣りというのは、精神修練の一種かもしれない。ただ時間がたつのを待つばかり。
そんな時、カガリがふと話し出した。
「アスラン。ありがとうな、すごい贅沢な時間に付き合ってくれて。」
「いや、その・・・「贅沢」がどこにかかるか、まだ俺にはよくわからないんだが・・・」
ただ竿を振って、時々餌の状態を見ては、また海に投げて。そして穏やかな海を眺める。
だがカガリはとても満足そうだ。
「いつも私たちって、時間に追われて忙しいばかりで、いつもいつも「あぁ、時間が足りないっ!」て思っていたんだ。だから、こうして今時間を無駄に使っているって、これ以上の贅沢ってないんじゃないか?」
「あ・・・」

そうか。これがカガリのしたかった一番の「贅沢」。

ゆったりとした中に、ただ身をゆだねて時間が過ぎていくのを待つ。
こうして過ぎる穏やかな時。これが二人にとって「贅沢」以外の何物でもない。
あの無人島でもそうだった。救援を待つ間、二人で意見を戦わせた。
あの時は無駄な時間と思ったけれど、今考えれば、初めてゆっくりとお互いの気持ちを語り合ったのは、一番貴重な時間だったと思う。
(そうか…あの時の居心地の良さに似ているんだ。)
元々おしゃべりな方じゃないアスランが多弁になったのは、あの居心地の良さのせいだろう。
そして今もまた、あの時間とカガリがいてくれる。

感謝した、その時だった。
「アスラン、引いてる!」
「え?」
見れば確かに浮が波間に沈んだり浮いたりを繰り返している。
「慎重に・・・ゆっくり引き上げて・・・」
カガリがぴったりと寄り添ってアシストしてくれる。
(というか・・・体が密着しているんだが・・・)
「アスラン、力みすぎ!」
カガリが叫んだ瞬間、アスランの手元が一気に軽くなって―――針が宙を舞う。その先についていたのは―――


「・・・えと・・・『ホンダワラ』?」
カガリが小首をかしげて疑問形でその生物の正体を明かした。
「これって、なんの生き物でしょうか、カガリ先生。」
「その…いわゆる、海藻だな。茹でれば食えるぞ。無論釣りのオチとしても鉄板のネタだ。」
二人して顔を見合わせて、その後、思いっきり笑った。

・・・

で結局、その後カガリの竿にヒットしたのは、小さな「ボラ」という魚。
「これはリリースしないとダメだな。幼魚は海に返すのがルールだ。」
そうして唯一の獲物が入ったバケツをひっくり返す。魚(+ホンダワラ)は、波間に吸い込まれていった。

「あ~ぁ、3時間頑張って一匹と一束か。」
「でも楽しかったよ。ありがとう、カガリ。いい体験になった。」
「そうか―――あ!」
カガリの足がぴたりと止まる。
「どうした?」
「そうじゃんか!あの時―――お前と初めて無人島で出会ったとき、食料分けてもらったり言い負かされるよりも「釣りで勝負」を挑んでいたら、絶対私、お前に勝てていたのに!」
確かに。ゴカイすら触れないアスランには、あの無人島でのサバイバルが延長していたら、あるいは・・・
「今日はボラを釣った私の勝ちだ!つまり、一勝一敗。これでイーブンだな。」
「まだあの時のこと、根に持っているのか?」
「無論だ!あ、でもさっき山登りで負けたから、1勝2敗か!だったらまた今度、釣りで勝負だ!またイーブンに戻してやるからな!いいな!」
「了解です、姫。」

オノゴロに戻ったら、次の休みには必ず釣りの練習をしておこう。
そう思ったアスランだった。

・・・続く。


***


最初の脚本では、無人島で出会ったとき、ヒルがカガリにくっついてきて、アスランが「連邦軍の生物兵器か!?」ってビビるシーンが用意されていたそうですが、カニに修正されました。
多分ヒルじゃなくゴカイでもアスランはビビったでしょう。

良かったなアスラン。カニで。






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カガリBD『温泉旅行』③高いところに上りたがるのは・・・

2018年05月17日 13時15分42秒 | ノベルズ
2時間たっぷり電車に揺られる体験は二人して生まれて初めてだ。
だが確かに運転しながらの会話は、安全のために運転に集中するためか、身が入らないことが多い。
その点、変わりゆく車窓を、そして表情を見ながらの会話はより一層心に刻まれる。
出足順調。到着の時間はあっという間だった。
「早いな~もう着いちゃったのか。」
この時間が名残惜しいのはカガリも同じ気持ちだと知り、それだけでもどこかこそばゆい嬉しさを感じるアスランだったが―――

10分も経たないうちに流れは変わった。

「アスラン、すごいぞ、海だ!」
駅を降りればそこには一面のマリンブルーの水平線が広がっている。
「でも海はオノゴロでも普通に見れるけれど。」
「だーかーらー!お前はいつも現実直視すぎ。」
そういってまたもアスランの眼前に指を立てるカガリ。今日これで3度目のダメ出しか。
「さっきから言っているだろ?オノゴロじゃ確かに海は広がっているけれど・・・」
「そうだな。こんな眩しい水平線、じっくり見たことがなかったな。」
オーブ軍は無論海に囲まれているが故に、海戦への防衛は第一だ。でもこんなに穏やかな水平線を眺める気分じゃない。それに・・・
「それに・・・なんか、あの時を思い出すな。」
そういうアスランの眼差しはどこか懐かし気に遠くを見つめる。
「何思い出しているんだ?」
カガリが下からのぞき込むと、アスランは苦笑した。
「秘密だ。」
「ずるい。教えろよ!」
「ダメ。」
「ケチ~。う~ん・・・だったら今から勝負だ。」
「『勝負』?」
到着早々勝負を挑まれるとは。だがアスランにお構いなく、カガリは自信たっぷりに言い切った。
「今からあの山に登るぞ。無論自力で。」
そういってカガリがビシッと指さした先は―――標高数百メートルの急斜面にそびえる城。
アスランの表情が険しくなる。
「カガリさん、あの・・・これも君の言う「贅沢」か?」
「無論だ!私は最近執務や会議でディスクワークばかりだから、身体がなまっているんだ。故に今日はガッツリ身体を鍛えるつもりでもいた。調べたら、あそこが一番この辺で高い場所らしいから、てっぺんからこの風景を見てみたいんだ。でも折角だから、お前の「秘密」とやらを賭けて勝負と行こうじゃないか!」
そういいながら既に足首手首を回し、屈伸とアキレス腱の伸展をし、カガリは既に準備万端だ。
だったらやるしかないじゃないか。
「ならば俺だってオーブ軍准将のプライドにかけて、君に負けるつもりはない。」
「お、言ったな。じゃあ行くぞ!」
というが早いかカガリが早速先陣を切った。

(30分後・・・)

「はぁ、はぁ、はぁ~お前、早すぎ。」
最初のスパートはなかなか良かったものの、流石に女性にこの急峻な坂を登るにはキツイ。だが登り切るあたり、流石はカガリだ。
「大丈夫ですか?お姫様。」
ひと汗もかかず、涼しい顔の准将は余裕の笑みで手を差し出す。
カガリはその手に縋るようにしてゴールする。
「やっぱりちゃんと運動は続けないといけないな~」
「でも流石はカガリだ。オーブ軍の軍事教練でもこんな急斜面、この短時間で登り切る奴はそうそういないよ。」
「なんだと!?それは弛み過ぎる!」
褒めたつもりが逆に代表首長の不安を煽ってしまった。慌ててアスランが諫める。
「いや、無論職業軍人というより、事務武官系の人たちだけど。」
「そうすると女性も多いしな。だったらまだまだ私も行けるな!」
「いや、君はもう戦わなくていいから!」
このまま調子に乗せると、また砂漠でレジスタンスのバイトでもしかねない。でもそういう人なのだ。カガリ・ユラ・アスハという人は。
「わぁ・・・なぁ、アスラン、来てみろよ!」
アスランの心配をよそに、即時体力回復させた姫は、彼を手招く。
「凄いな・・・」
そこに広がるのは一面の水平線。

感嘆と同時に蘇ってくるあの日の光景。
「アスラン?」
「いや、初めて地球に降下して、『海』というものを初めて見た時のことを思い出して・・・」
「もしかして、さっき思い出してた「秘密」と関係あるのか?」
「あぁ・・・」
はじめて一人、こんな水平線が広がる孤島に不時着し、
そして―――そこで初めて出会った、金色の少女が見せた「地球の自然」
彼女の姿はそれと溶け合って、酷く生々しく、それでいて・・・美しいと思った。
あの時、カガリの向こうに広がっていたのも、こんな美しい水平線だった。
「なぁ・・・やっぱりその「秘密」教えてくれないか?」
あの時の少女が目の前にいる。ずっと成長しているけれど、それでいて本質は何一つあの日と変わりない彼女がそこに。
良かった。君とここにいることができて。
その感謝を込めて・・・
アスランはたっぷりと微笑んでカガリの耳元に唇を寄せて囁いた。

「秘密だ。」


・・・続く。


***


高いところから見てみた風景が、オノゴロ、というかカグヤっぽかったので、なんか喜んで撮った写真がこれ。



ちなみに「人力で登るんじゃなかった・・・」と非常に後悔しました(疲れた…)



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カガリBD『温泉旅行』②狭くて大きな幸せ

2018年05月17日 10時03分39秒 | ノベルズ
「おはよう、アスラン。晴れてよかったな!」
アスハ邸の玄関前に愛車を横付けすると、エンジンの音をすっかり聞き分けられるようになったカガリが、笑顔満載で飛び出てきた。
「おはよう、カガリ。絶好の旅行日和になってくれて助かったよ。」
「うん。やっぱり私たちの普段の行いがいいからだな!」
「どうかな。まぁ確かに欠勤なしで、助力しているつもりだが。」
そうはにかむアスランに、カガリはアスランの眼前で指を立てて「チッチッチ」と左右に振った。
「お前は自己評価低すぎ。お前がいてくれるおかげで今のオーブがあるんだ。もっと自慢していいんだぞ!」
そういってにっこりと笑うカガリ。
彼女の誕生日のまだ前日だというのに、なんだろう、この幸せ感は・・・
「じゃぁ、そろそろ出発するか―――と、カガリ。君の荷物は?」
見てみればTシャツにショートパンツという軽装は、なんとなく目の保養・・・いや、いかにも一般市民的で目立たなくはあるが、軽装以上に何も手荷物を持っていないカガリ。アスランが周りを見回すと
「あ、もうそれなら車に乗せたぞ。」
そういってカガリは指をさした先には、いつも内閣府からの送迎を行ってくれるドライバーが、恭しく頭を下げていた。
「車って・・・俺の車で行くんじゃ・・・」
当然ながら現地に行くまでも「二人きり」が計画だ。運転手付きになってしまっては、折角の二人旅の楽しみが半減してしまう。
一応「カガリの好きなように」といった手前はあるが、これでは・・・
だがカガリは眉をひそめたアスランにかまうことなく、むしろアスランの車から彼の荷物だけを引っ張り出していった。「お前の車はうちの車庫に止めておけ。今日は私の望む贅沢をさせてくれるんだろ?だったらグズグズしないで、さっさと行くぞ!」
そういってなんとなく腑に落ちないアスランをカガリは車に押し込んだ。
「行ってらっしゃいませ、楽しんでらっしゃい。」
バックミラーには笑顔で手を振り送り出してくれる、マーナやアスハ家のみんなが映っていた。

***

車の中でもカガリは終始ご機嫌だ。こうしてみると、普通の女の子に見える。
いや、彼女の立場が特殊過ぎるだけなのだが、こうして御付き同伴でも満足しているなら仕方がないか。
そうアスランは自分に言い聞かせて、車中でも心の平穏を図ろうとした。
が、行く先も告げずにスタートした車は、思いのほか早く停車した。
「ここは・・・『駅』?」
「見りゃわかるだろ?その通り、『駅』だ。久しぶりだな~ここに来るのも。」
考えてみれば二人とも、駅=電車には馴染みがない。
アスランはプラントではマイカー(※13歳になれば成人なので免許は取得できる)だし、資源が限られている宇宙空間で電力は貴重だから、プラントの中に電車というものがない。
そしてカガリは一国の姫だ。常に防弾ガラスと特殊装甲で作られた車やヘリコプターでに移動が常。
要は二人とも電車初体験だ。
「この前お前が目的地教えてくれた時に、ネットで行き方調べたら、ここから電車で2時間ちょっとって書いてあったから、もうこれで行きたくってさ!」
まるで初めて遠足に行く小学生のテンションだ。
新しいものにワクワクと興味を持つカガリと、どちらかというと「石橋を叩きまくって進む」慎重派のアスランには、持つ印象がかなり違う。
だが、切符の買い方もわからず、駅員に聞きながらあれこれするカガリを見ていると、壁にぶち当たると前に進めなかったアスランを導いてくれたのは、まぎれもない彼女のポジティブで積極的な思考のおかげだと思い知る。
(だったら、君を見習って、少しは俺も前を見なくちゃな)
「行くぞ、アスラン。6番線だって。」
そういってはしゃぐカガリの背を追えば、車内は小さなBOX席。

「うわ・・・こんな狭いのか。」
足を投げ出すことはまずできない。でもカガリは満足そうで、「お前はこっちな」とサッサとアスランの座る場所まで指定した。
無論、自分の目の前だが。
網棚に荷物を載せようとすると、カガリが「あ、待って」とそこから何か包を出した。
「これ、マーナがお弁当作ってくれたんだ!終点までに一緒に食べような。」
「わざわざ作ってくれたのか。買うことだってできたのに。」
恐縮するアスランの目の前で、カガリはまた指を立てて左右に振る。
「こうして作ってくれて、「行ってらっしゃい」って送り出してくれる人がいるって、すごく「贅沢」だろ?だからこの贅沢をしっかり味わおう!」
「これもカガリのいう「贅沢」なのか。」
「あぁ。とっても「贅沢」だ。」
電車が動き始める。暫くして都会の街並みが住宅地となり、やがてのんびりと緑が一面に広がり始めたころ、カガリは楽しみにしていたお弁当の包を開けた。
中にはサンドイッチが詰め込まれている。カガリは大口を開けて、早速齧り付いていた。
(「行ってらっしゃい」と送り出してくれる人、か・・・)
考えてみれば、両親とも仕事で物心ついたときには一人でいることが殆どだった。「行ってらっしゃい」はむしろアスランが言うセリフ。手作りのものを持たせてくれる人も皆無だったことを思い出すと、こうして今、最愛の人と、自分を取り巻いている人たちの暖かさが伝わってくる。
「あ、ほら、アスラン、口にお弁当つけてるぞ。」
「あ・・・すまない。」
唇の端についていたパンの欠片をカガリが摘まんで、ぽいと自分の口に放り込む。
「か、カガリ///その・・・」
「だって勿体ないだろう?」
あっさりと言ってしまうカガリは、ペットボトルのお茶を飲み下す。
「ものすごい「贅沢」だな。」
「?パンの欠片が?」
「うん、だってオーブの女性に圧倒的人気のザラ准将を目の前に独占出来て、しかもこうして一緒にご飯食べて、ついでにつけたお弁当だって食べられちゃうんだ。こんなシーン、ファンの女の子が見たら、卒倒するぞ、きっと。」

あぁ・・・そうか。

カガリが車ではなく電車にしたかった理由はこれだったんだ。
車では確かに横顔しか見られない。
食事もこうしてのんびりと話しながら、相手の顔を見ながら摂ることなんてできなかっただろう。
流れゆく車窓と幸せそうにデザートの果物をほおばるカガリ。
「俺も・・・すごい「贅沢」させてもらって、ありがとう。」
「ん?私何もしていないぞ?」
「いや、今してくれてる。」
「は?」
「どうぞ、姫様。この苺は美味しいでしょうか?」
「あぁ、最高だ!」
代表首長の幸せな素顔を独占出来て、最高の「贅沢」です。


・・・続く。


***


普通電車のBOXシートは狭かったです。(以上)



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