それは何でもない、久しぶりの休日だった―――
「あれだけの激戦だったのに、もうここまで復興できたんですね~」
「お姉ちゃん、ほら、あれ見てみて!すっごく可愛いのがあるよ♪」
「ちょっと待ってよ、メイリン。も~折角貴重な”ザラ准将のお時間”をいただいたんだから、少しはゆっくりしなさいよ。」
そう言ってブティックに向かって走り出したツインテールを、慌てて追いかける姉、ルナマリア。
つい先ほどまで自分の両脇を固めにかかっていた姉妹の背中を見送りながら、俺は軽くため息をついた。
何故こんなことになったのかといえば、昨夜のこと―――
「アスラ・・・いえ、ザラ准将も今お帰りですか?」
軍令本部から帰宅しようとした俺の背を止めたのは、オーブに出向中のルナマリア。
「あぁ。久しぶりに夜空を見上げないで帰れそうだ」
そう言って苦笑する。いつもなら外に出ればもう星々が瞬くような夜空が広がっていたが、珍しく定時に上がれて、それだけでもホッとする。
ゆっくりと食事、そして入浴しながら、目を閉じれば瞼の裏には満面の笑顔を向けてくれる金眼の彼女。想像するだけでも心落ち着く。
だが、
「ザラ准将も明日は非番と聞きましたが・・・」
妄想という名の劇場を映し出してくれていた瞼が、その声で開かせられた。眼前には赤毛の少女が空色の瞳で見上げてくる。
「あぁ、無理矢理取らされたよ。」
軽く苦笑して答える。
これでカガリも休暇だったら・・・出不精な自分が外に出る理由があるとしたら、それは彼女のことだけだ。快活な彼女と一緒なら、どんなに億劫だったことも不思議と心躍る。それだけに、彼女が隣にいない休日は味気ないものだ。なのでカガリと休日を合わせられるように、なるべく有休を控えていたのだが、そうしていたら人事部に出頭させられ挙句怒られた。
(―――「上官である貴方が休暇を取らないと、皆遠慮して取らないんですよ・・・」)
軍であろうと非常時以外はやはり労基に準じなければならないらしい。
仕方なく明日休日を取ったところだった。カガリが休みでないのなら、一日自室で機械いじりでもするつもりだった。すると、
「明日はご予定は何かあるんですか?」
ルナマリアが屈託なく聞いてくるので、正直に「いや、何も・・・」と答えたのが悪かった。
「じゃあ、明日一日、お付き合いいただけませんか?」
瞳を輝かせ、無論俺が断れないのを確信しているかのように、笑みが溢れている。
「付き合うって・・・シンはどうしたんだ?一緒に休暇取れるんじゃないのか?」
一応防御線を張り、ルナマリアの彼氏であるシンの名前を出してみた。
これなら少しはこちらの胸中も察してくれるだろう、と思ったのが甘かった。
「駄目ですよ。私たち出向組は有給は交代制なんです。それに以前シンに「街を案内して欲しい」って言ってみたんですけど、やっぱりまだ、気持ちが追い付かないみたいで・・・」
これも計算の上か、はたまた本当に思い悩んでいるのか。
ただ、シンの気持ちはよくわかる。まだオーブに来て日が浅い。ついこの前まで銃口を向け合った者同士だ。自分は既に過去の因縁は水に流しているが、彼自身はまだ楽しむような胸中にはなれないのだろう。
「なので、私まだオーブの街をよく見たことないので・・・案内していただけませんか?」
小首をかしげて「ね?」と言われてしまうと、俺の性格上、首を横には振れない。
「まぁ、午後から少しの間だったら・・・」
「決まりですね☆」
ルナマリアが両手をパチン☆と併せた。
そして迎えた翌日。指定の噴水前に約束の時間きっかり10分前について見ると、そこには
「あ、来た来た!アスランさぁーん!」
「何でメイリンまで!?」
思わぬ同行者の増員に翡翠が見開く。ルナマリアはどうにも済まなさそうに
「すいません・・・私が明日、准将に街を案内してもらう、って言ったら「だったら私も!オーブ案内してもらったことないもん!」って聞かなくって・・・」
「その・・・ご迷惑でしたか?」
下から見上げるように、姉妹二人揃って哀願されると、もう俺に拒否権はない。
「・・・わかった。どのあたりに行きたいんだ?」
聴こえぬほどの小さなため息とともに降参すれば、
「ありがとうございます!じゃぁ、先ずはお買い物したいので、繁華街に行きましょう♪」
「あ、こっちです!行きたいお店、チェックしてありますんで。」
既に計画済みだったのだろう。案内を頼むどころか迷うことなく彼女たちはひらりと踵を返した。
(むしろ案内されているのは俺の方じゃ・・・)
こうしてホーク姉妹に引っ張られ、街を歩きだした。
女の子との買い物は苦手だ。
あっちがいい、いやこっちのほうが可愛い、と連れまわされ、挙句結局買わないという効率の悪さには正直、全てをショートカットで済ます傾向のある俺には苦痛だった。
目的物を変えればあとはおしまい。早々にして帰路に就く。
いや、女の子、と一括りにはできないな。
これがカガリだったら―――
(―――「先ずこれを買って、その後ここの店に行って、終わったら食事して帰ろう!」)
いたってシンプルだ。
女性らしいファッションや装飾品への興味がないせいか、いたって簡単に終わらせてしまう効率の良さ。
こういう意味でも、やはり波長が合って、緊張や気ぜわしさを感じず、カガリとはずっと一緒に居られる。
そんなことを考えていた時だった。
「あ~、この指輪、可愛い~♥」
スカートを路面にすらないよう、さっとまとめて座り込むメイリン。
見れば手作りアクセサリーを並べている露店だった。
「うん、意外と凝っている作りよね。」
ショートパンツのルナマリアは、裾を気にすることもなく、隣に座り込む。
それを見て、俺はふと思い出して露店に近づき座り込む。
「あれ?アスランさんもこういうアクセサリー、好きなんですか?」
ルナが不思議そうに問いかけてきた。こういうものに一切興味がないことは、ミネルバ時代に気づいていたのだろう。
「いや、以前俺がカガリに送ったのも、こんなだったな、と思って。」
「へぇ~」
意外そうに俺を見返すルナマリア。するとメイリンが気づいた。
「あ、あのカガリ様がしていらした、赤い石の指輪ですか?」
彼女はそう言えば見る機会はあったはず。AAに俺と共に満身創痍で保護されたとき、カガリはまだあの指輪を大事に付けていてくれていた。
「あぁ。彼女が俺にハウメアの護り石をくれたから、同じ赤がいいな、と思って。」
ユウナのことは大戦が終わって、オーブでカガリのSPの任についた頃に聞いた。そしてカガリがあの男に心を許していないことも知ったが、それでも不安が募って、プラントに戻る前に、せめて気持ちを形にして繋ぎ止めたかったんだ。
(この指には、奴からのリングは通させない、と)
あの頃が随分遠く感じる。我ながらなんて子供だったんだろう。その背一杯があの指輪だったんだから。
どこかむず痒い思い出に浸っていると、そう言えば急に静けさを感じた。
ホーク姉妹が黙ったまま、「じぃ~~~」と訝し気に俺を見上げている。
「あの、代表に贈った指輪って、やっぱり「恋人」として贈られたんですか?」
口火を切ったのはメイリンだった。
今更だが確かにあの時は、俺たちの絆は永遠に紡がれると思っていたんだ。
「そうだな。彼女が受け取ってくれるかは賭けみたいなところもあったけど。」
照れくさくて、いい言葉が浮かばない。
だが、照れる俺とは正反対に、ホーク姉妹(事にメイリン)は不機嫌を露にした。
「恋人に贈ったって、まさか・・・ここにあるような3000円くらい、のものじゃないですよね?」
ルナマリアが口角を微妙に引き攣らせつつ、信じられないと言わんばかりの目線を向けてくる。
照れくささの温かさが急冷蔵される様に、心にヒヤッとしたものが走った。
「そうだが・・・何か問題でもあったか?」
「大ありですよ!」
メイリンが肩を怒らせながら急に立ち上がって、しゃがみ込んでいた俺を見下ろした。襲い掛かる圧がものすごい。
「仮にも恋人に贈るなら、最低でも6桁はないと!」
「!?そ、そうなのか!?」
装飾品に興味がないため、そんなこと全く知らないままだった。
更にルナマリアが俺に追い打ちをかけるように
「だって、あのアスハ代表ですよ?国の、ううん、今は地球上のTOPと言っても過言じゃない方ですよ!?総資産は流石に分かりませんが、あのプラントにも聞きしに勝るアスハ家の姫君ですもん!受け取った指輪が高級品かおもちゃ程度の価値か、その位見抜いてますよ!」
「・・・」
言葉が見つからない。
今まであった足元の地面が崩れ落ちるような感覚だ。今まであった自身や常識というものが覆されると、こんな感覚に陥るのか。
絶句したままの俺は相当青い顔をしていたのだろう。黙って立ち上がったまま動けない俺に、ルナマリアが心配そうに見あげながら
「早くちゃんとしたの渡したほうがいいですよ?」
さらにメイリンも
「そうそう。好きな人にはこれだけの価値を捧げてもいい!って思えるのが指輪の値段ですよ?女の子だったら皆知っていることですよ!」
「「ねー!」」
流石は姉妹。息ピッタリだ。
そんなことも今は突っ込めないほど、俺は落胆していた。
カガリは実際どう思っていたのだろう。
おもちゃみたいな値段の指輪と知りながら、それでもああして付けてくれたのは、本当に気に入ったからなのか。それとも、俺の無事を願って、あえて安物でも我慢して付けてくれていたのだろうか。
いすれにしてもオーブ代表が、とんだおもちゃを身につけていたと知れば、周辺各国の代表から侮蔑の視線を受けていたに違いない。
なのに、俺は、自分の身勝手な思いを押し付けて・・・
(カガリに、謝らなければ・・・)
その日の夜、そのまま俺はアスハ邸に向かった。
丁度カガリも一日のスケジュールをこなし、帰宅できたらしい。
「いきなり夜に訪ねてくるなんて、珍しいな。まぁ座れよ。」
リビングのソファーを勧められ、俺は所在無げにちょこんと座る。その様子に訝しんだのか、カガリが口を開いた。
「何だ?いきなり深刻そうな顔をして。」
メイドが紅茶を注ぎ、俺たちの前に置いて去るまで暫くの間、部屋は不気味なほど静かだった。
カガリが茶器を取り上げたところで、俺は膝の上の両手を握りしめ、意を決した。
「その…以前君にあげた、あの指輪。流石にもう捨てたよな?」
いきなりで理解できなかったのか、しばしカガリはキョトンとする。そして
「は?なんでだよ。捨てる訳ないだろう!今も大事にリングピローに入れてしまってある。」
僅かに怒りを含んだ責めるような口調。俺も我慢できず本音を晒した。
「だって、君だって気づいていたんだだろう。…こんな安物って…」
「なんだ。そんなことで悩んでいたのか?」
呆れたように肩で一呼吸するカガリ。
でも、俺は君の名誉を傷つけたんだぞ!?あんなものでユウナに勝とうとしていた、恋愛の「れ」の字も知らない幼さい思慮しか持っていなかったんだぞ?そんな俺に、君は呆れこそすれ、大事に取っておくなんて!
「だって、あんなおもちゃみたいなもの―――」
言いかけた俺に、カガリはいささか乱暴に<ガチャン!>と茶器を音立ててローテーブルに叩きつけながら叫んだ。
「おもちゃなんかじゃない!」
「え?でも…」
「確かに大昔、結婚指輪というものは、女性が生きる術がない時代に、夫から自分にもしものことがあれば、これを換金して生活費に充てろ、っていう意味があったそうだが、今はそんなものじゃないだろう!?」
金眼が必死に訴えてくる。
「それに例えどんなものでも、お前が私のことを想ってくれた証だろう?それが安かろうと何だろうと、私にとっては何物にも代えられない大事な指輪だ。100億積まれたって誰にもやるもんか!」
真剣に怒るその金眼に潤んだ光が宿っている。
彼女は嘘はつけない。
そして物の価値に拘らないことくらい、十二分に知っていたはずなのに・・・信じなかった俺は本当に馬鹿だ・・・
カガリ、俺は本当に…君に…
その後―――
「カガリに会えて、よかったぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~(ノД`)・゜・。」
<・・・僕に言わないで、本人に直接言ったら?アスラン>
自室のモニターの向こうで、俺の告白に、呆れるようにキラが呟いていた。
・・・Fin.
***
久し振りにチャラ書きSSです。
昨日Twitterの方に少しUPした少し長めのストーリーにしてみました。
先日発売になりました種運命のコンプリBOX。あれのおまけに資料集とか色々付いていたんですが、その中の福田監督のインタビュー記事で「アスランがカガリに贈った指輪は3000円程度の物」というキッパリ値段指定(笑)の発言がありまして。ちゃんと石田さんにもそのことを伝え、いわゆる認識のギャップとかを持たせたかったらしいことが書かれておりました。
3000円か…確か昔どこかで「アスランの給料3か月分」とか聞いた気がしたんですが、どんだけ低賃金で働いていたんだ、アスラン(ー△ー;) まさか生活費や家賃(アスハ家)を抜いたお小遣いが3か月分、とかじゃないよな(苦笑)
多分ね、本当に慌てて買ったんだと思いますよ。
カガリの指のサイズをいつ知ったのかも分かりませんが、ぴったりサイズのオーダーメイドを頼む暇なくって、色々駆けずり回って見つけたものだとすると…なんかかわゆく感じます♥
姫はね、価値とかブランドとか気にしない人なので、きっとこのくらいの事言ってくれるんじゃないかなと思い、ちょこっと書いてみた感じです。
今度はちゃんとプラチナのを贈ってくれよ^^;