ちわきの俳句の部屋

メカ音痴おばさんの一念発起のブログです。
人生の後半を俳句にどっぷりと浸かって、…今がある。

〝石州街道を行く〟①井上公園の巻

2019年09月18日 | 俳句

 今日は暑かった! 朝から雲一つない快晴で、これはまさに〝吟行日和〟ですね~と、喜んだのはいいのですが、外を歩くと日差しが強いのなんのって…真夏に匹敵、いやそれ以上かも知れません。だって秋の日差しの方が紫外線が強いとか…。オオ、コワッ!

 朝9時に出発して、参加者8人、いざ山口市方面へ。今回は観光地巡りではなく、余り知られていない隠れた穴場です。題して明治維新策源地〝石州街道を行く〟ですよ。

 さて、〝石州街道〟とは? 朝日新聞社の「コトバンク」によれば、〝…北端に羅漢山(1109m)がそびえ,町域のほとんどが山林である。江戸時代には岩国城下から玖珂郡北部を通り,石見(いわみ)国を抜けて萩城下に至る石州街道が通じており,街道沿いの渋前(しぶくま)には享保期(1716‐36)ころまで市が開かれていた。山林が多いため農家の経営規模は小さく,米作を中心に畜産,シイタケ栽培が行われ,特産に岸根(がんね)栗,茶がある。…〟と。要するに「石見国」(今の島根県の西半部にあたる旧国名)を抜けて萩へ行く道なんですが、パンフには〝志士たちが新たな時代に向かって駆け抜けた、石州街道〟と謳ってあります。ちょっと説明を見てみましょうか。

 風雲急を告げる幕末、文久3年(1863)4月、藩主・毛利敬親は、湯田温泉への日帰り湯治という名目で萩を発ち、中河原の山口御茶屋に入り、そこに政事堂を置きました。以来、山口の町は藩政の中心地となり、同年6月には高杉晋作が奇兵隊創設案を建言。翌元治元年(1864)6月には留学先のイギリスから急遽帰国した井上馨が開国論を唱えるなど、歴史の上で重要な舞台となりました。また、その年9月に開かれた御前会議では、幕府に謝罪しようとする保守派に対し、井上馨が藩論を武備恭順に統一させることを強く主張しますが、その帰宅途中、袖解橋にて圓龍寺を屯所としていた、保守派の壮士数名によって襲撃され重傷を負ったのでした。そして翌日、改革派のリーダー・周布政之助が自刃。改革派は失脚し、保守派が藩政の実権を握ることになりました。こうした中、12月には改革派の挽回を図ろうとする晋作が長府功山寺で決起。奇兵隊をはじめとする諸隊もそれに呼応。翌年、山口には続々と有志が集結し、長寿寺において井上馨を総督とする鴻城軍が結成されました。こうして晋作や馨を中心とする改革派は兵を進め、保守派の萩政府軍を退け政権を奪取。維新という新たな時代へ向け、その一歩を踏み出したのでした。(NPO法人防長史楽会より)

 その明治維新策源地を巡る山口コースとして、次の順路が紹介されていました。 

 ①山口御茶屋跡→②長寿寺→③井上馨遭難の地(袖解橋)→④龍泉寺→⑤西郷・木戸・大久保会見所(松田屋ホテル内)→⑥瓦屋跡→⑦井上公園→⑧周布政之助の碑→⑨周布政之助の墓

 この〝石州街道を行く〟モデルコースを歩いて巡ろうとすれば、所要時間約1時間15分・約3,9㎞となっていますが、私たちは車2台で、逆に⑦→⑥→⑤→④→③→②→①と巡りました。やがて12時も過ぎましたので、昼食場所へと向い、そこでもちろん句会もしましたよ。

 今日は、その〝井上公園〟について紹介しましょう。

 この公園は、井上馨の生家跡に造られた公園で、園内には馨の銅像や七卿の碑の他、足湯や遊具などもあり、市民の憩いの場となっています。また、七卿のひとり三条実美が起居した河遠亭(かえんてい)の間取りを再現した施設も公開されています。

 では、写真で紹介しましょう。説明の字が小さすぎて読めません? ゴメンナサイ! 興味が湧いて詳しくお知りになりたい方はネットで検索して下さい。中原中也の生家跡が「中原中也記念館」になっていて、この井上公園のすぐ近くにあります。なお河遠亭は水曜日は閉所日で、内部が見れませんでした。ザンネン!

1、井上馨候生誕地跡の碑 2、井上馨候の銅像 3・4、井上馨候の碑 5、河遠亭跡の碑 6、河遠亭の説明 7、河遠亭 8、河遠亭跡の碑 9、瓢箪池 10、瓢箪池の説明 11、三条実美候歌碑〈君がためおもい来にけり旅衣 なれし二木の蔭は忘れず〉 12、三条実美候歌碑の説明 13・14、大樹の松(三条実実がが懐かしんで和歌を詠んだ二木の一つ) 15、三条実実公お手植松 16、所郁太郎顕彰碑(井上馨遭難の折に、刀傷を数十針も縫う大手術をして瀕死の井上を救ったが、27歳で病没) 17、龍尾の手水鉢(古くから井上家にあったもので、三条実実や維新の志士たちが使った) 18、龍尾の手水鉢の説明 19、足湯 20、湯田温泉のシンボル狐像 21、湯田温泉〝白狐の伝説〟 22、山頭火句碑〈ほろほろ酔うて木の葉ふる〉 23、山頭火句碑の説明 24、中原中也詩碑(詩集『山羊の歌』の「帰郷」の一節) 25、中原中也詩碑の説明 26、中原中也誕生の地の碑 27、 中原中也記念館 ……以上写真の説明でした。

 

 

コメント (2)
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