捕ったえさを誰に与えるのか、まだ相手が決まらないとえさをくわえてうろうろします。
「御釈迦様は地獄の容子を御覧になりながら、このカン陀多には蜘蛛を助けた事があるのを御思い出しになりました。そうしてそれだけの善い事をした報いには、出来るなら、この男を地獄から救い出してやろうと御考えになりました。幸い、側を見ますと、翡翠のような色をした蓮の葉の上に、極楽の蜘蛛が一匹、美しい銀色の糸をかけて居ります。御釈迦様はその蜘蛛の糸をそっと御手に御取りになって、玉のような白蓮の間から、遥か下にある地獄の底へ、まっすぐにそれを御下ろしなさいました。」この文は文豪芥川龍之介の蜘蛛の糸の一説である。
実は蜘蛛の糸が量産に乗り出すとの記事が日経新聞の朝刊に掲載された。まるでお伽の世界が現実に起きたようで、心を躍らせる技術屋冥利に尽きる話である。新素材繊維として、また、自動車部品や医療分野などへの用途開拓が期待されている。早速インターネットで記事を検索し、目的の記事にヒットすると、テレビで放映されたVTRが併せて紹介されていた。映像を見る限りにおいては、弾力性を持つナイロン繊維のようで、光沢もあり、ブルーの婦人服に仕立てられていた。強度や組成についての詳細情報までは提供が無く、知り得なかったが、おそらく炭素繊維に匹敵するぐらいの特性を持っているのであろう。プラスチックでないため、地中に廃棄されて腐敗し、土に帰ることは、循環社会では基本的な大切な要素の一つであろう。
蜘蛛の糸の遺伝子を合成し、微生物発酵させるようで、微生物からでるタンパク質を原料としているようだ。量産化体制にはいるということは、少なくとも実験段階はクリアしたと思える。山形県の慶応大学先端生命科学研究所の学生だった方が起こしたベンチャー企業で生まれた製品である。今後の展開を期待したい。
製品化に至る過程では多くの難問を解決し、繰り返す実験結果の分析や分析結果に基づく新たな仮説を立て、それへの挑戦など、大変な努力と情熱が傾注されたことであろう。まずは次世代バイオ素材としての工業化成功には大いにエールを送りたい。(次回へ続きます)