>「自分たちの意志が国政に反映されている」と感じる30%と「何を訴えても国政には反映されない」と感じる70%に有権者を二分すれば、30%が選挙では勝ち続ける。>そういう仕掛けです。
恣意と恣意の戦いですね。
>──それにより安倍政権は歴代最長の政体になりましたが、いまの政権や自民党の状況は、これまでの日本の政治のなかでどのように位置づけられるでしょう?
> 末期です。 >安倍政権が終わった時に同時に自民党という政党も終るでしょう。
政党が終わっても日本人の政治音痴は治らないでしようね。
>自民党がかつてのような国民政党としてもう一度党勢を回復するということはないと思います。> 70%が反対する政策であっても、30%が支持すれば実施できるという成功体験に自民党は慣れ過ぎました。
民主政治の誤用ですね。
>国民を分断して敵味方に分けて、味方を優遇して敵を冷遇するというネポティズム政治しか彼らは知らない。
勝てば官軍ですね。力は正義である。Might is right.
>立場の違う人たちと対話して、譲るところは譲って、「落としどころ」を探るというような高度な交渉技術を持っている政治家はもう自民党内にはいません。
そうですね。日本人は、対話・議論が下手ですからね。
>かといって野党政治家にそれだけの力量があるかと言えば、これも心もとない。
日本人には世界観がない。野党政治家であってもその事実は同じことです。
>でも、ポスト安倍期に必要なのは、60年安保闘争で岸信介が国民を二分してしまった後に登場してきた池田勇人が「寛容と忍耐」を掲げましたけれど、あれと同じような「国民の再統合」だと思います。
しかし、なあなあ主義は良くないですね。
>----------------------------- >(②に続く)
>354479 「打って一丸」の危うさ(内田樹の研究室)② >孫市 ( 43 会社員 ) 20/03/13 PM00 【印刷用へ】
>「内田樹の研究室」より転載します >リンク
>----------------------------- >(①の続き)
>──そのような状況が変わる可能性はあると思いますか?
> 分断された国民の再統合が果たさなければ日本に未来はないですから。
状況の分析が必要ですね。解決法がなければ再統合は果たせないでしょう。
>でも、「打って一丸となる」ということを勘違いしないで欲しいんです。
そうですね。なあなあ主義では困りますね。なあなあ主義とは、 真の意味での検討や意見の交換などをせず、お互いに「なあ、いいだろう」ぐらいの話し合いで全てを済ませることです。
>高度経済成長期もバブルの時もそうでしたが、どちらの時期も、日本人は金儲けに夢中でしたが、国民的な分断はなかった。 >僕のような反時代的な、生産性も社会的有用性のまるでない人間のことも構わず放っておいてくれた。 >「なんで金儲けをしないんだ。バカじゃない」と冷笑はされましたけれど、していることを「やめろ」と言われることはなかった。 >みんな自分の仕事に忙し過ぎて、隣の人がやっていることに口を出す暇がない。 >それが僕の考えるとりあえず現実的な国民再統合のイメージです。
あくまでも状況的な内容に左右されていますね。それでは、国のかじ取りは危ういものになりますね。
> 今日本は分断されていますけれど、それは隣の人間のやっていることをうるさく詮索して査定して、気に入らないと「非国民」とか「反日」とかレッテル貼りをするバカが湧いて出ているからです。 >「日本人は一つにまとまるべきだ」と言い立てながら、国民的分断を進めている。
昔も ‘一億一心’ を唱えながら、非国民を作っていましたね。
>そのせいで日本はここまで国力を失った。
そうですね。没個性の成れの果てでしょうね。
> 「自分がほんとうにやりたいことに専念する」というのが一番生産性を高めるふるまいであることはどなたでも同意して頂けると思いますけれど、ただし「専念する」には「他人のことに構ってる暇がないほど」という条件がつくんです。
個人主義の原則ではないのですね。あくまでもご都合主義によるものですね。
> 隣の人間が何しようとどうだっていいんです。>自分が何をするかだけが問題なんだから。
恣意の行為に基づいていますね。
>幕末のころには「志士」というのが大挙して登場しましたけれど、あの人たちは「オレが頑張らないとこの国はダメになる」と思っていた。>個人の努力が国の運命を左右する、と。
そうですね。
.