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日本人の知的能力を増進するための提案をするブログです。

石野シャハラン氏  

2024-10-24 22:01:27 | 文化

>ニューズウィーク日本版   >日本は働き手の「やる気」で世界最低...石破首相、「無気力ジャパン」をどうしますか?   >外国人リレーコラム Tokyo Eye 石野シャハラン (異文化コミュニケーションアドバイザー) によるストーリー・   >21時間・   

><石破首相は「幸せな日本を取り戻す」と言うけれど...頑張って働くことに価値を感じない若者たちが増えているなか、それは可能なのか?>   

10月、日本は新たな首相を迎えた。   

9月の自民党の総裁選では、決選投票に残った2人の候補者に5分間ずつのスピーチの時間が設けられたが、そのスピーチで石破茂氏は60年前の故郷の夏祭りのことを話し「今ほど豊かではなかったかもしれないけれど、大勢の人が幸せそうでした。   

>もう一度そういう日本を取り戻したいと思っています」と訴えかけた。   

>私はこの言葉が非常に気になった。   

60年前とは1964年、高度経済成長期ど真ん中で東京オリンピック開催の年だ。   

>戦後復興を果たし、これから日本が豊かになっていく時代で、現在よりは貧しかったが、人々は夢と希望に満ちあふれていたことだろう。   

>私にはドイツに何人か親戚や友人がいるが、彼らから「最近のドイツの若者は働かない」とよく聞く。   

SNSの影響で、インスタグラムやTikTokで簡単に大金を稼ぎたいと考えて、地道な仕事や体を動かす仕事が若者から敬遠されているという。   

>ドイツは税金が高い代わりに社会保障が充実していることが知られているが、失業者に対する行政からの生活支援が厚く、一定水準の生活ができるため、働かない若者が増えている。   

>労働して納税している層はこれに腹を立てていて、政府は就労サポートを増やして生活支援をカットする案を検討しているのだそうだ。   

>振り返って日本だが、若者の労働意欲は総じて低いと私は感じる。   

>人手不足で売り手市場のせいもあるのだろうが、若者を採用してもすぐ退職してしまうし、そもそも頑張って働こう、仕事を学ぼうという意欲が1日目から感じられない。   

>私の周りにはベンチャー企業の社長がたくさんいるが、皆同じことを言う。   

>まだ安定しない、仕事が多い、でも頑張って会社を成功させれば社員にも大きなリターンがある、そんなベンチャー企業に志望してくる若者でさえ、ワークライフバランスが一番大事であり、長時間勤務や多岐にわたる業務を任されるのを嫌う。   

>いやいや、体力があってまだ子どももいない、楽しんでいくらでも働ける、必死に働いた分だけ知識やスキルを吸収できるのが若者である。   

>私は何も長時間勤務を強いるブラック企業で我慢して仕事をし続けろ、と言っているわけではない。   

>自分が夢や情熱を傾けられる仕事を持ち、懸命に働いて成功をつかもう、という熱意のある若者が減ってきているような気がする。   

>転職のハードルが以前より下がっているのは良いことだが、現在の職場で何も習得せず転職を繰り返して自分の価値を下げていくケースもよく見かける。   

>国際比較で見ると、若者に限らず、日本の働き手のやる気は低いという調査結果もあるそうだ。   

>オランダのランスタッド社の2021年の調査によると、日本で自分のキャリア選択に満足していると回答したのは67%で、34の国と地域の中で最下位だった。   

>今年公表のアメリカのギャラップ社の調査では、仕事への熱意などを示す従業員のエンゲージメント率は日本ではわずか6%で、90カ国の中で最低水準だった。   

>長い経済低迷の30年。   

>働いても給料は上がらず、暮らしが今より良くなる気もせず、頑張って働くなんて損をするだけでばかばかしい、と日本の働き手の多くが持つ当然の考えを、新首相には理解してもらいたい。   

>経済が右肩上がりだった60年前とは世界経済も産業構成も人口構成も、何もかもが違っているのだ。   

 

そうですね。あの頃は、貧乏から這い上がる為に、皆がただがむしゃらに働いたのですね。怪我の功名ですね。   

 

>働かない若者を抱えるドイツと同じ先進国で、経済が成熟し、高齢化が進む日本で「大勢の人が幸せそうな」社会をどう取り戻すのか。   

 

日本人には夢と希望が必要ですね。未来の無い若者は残酷です。しかし日本語文法には時制 (tense) というものがない。だから、未来の国の有様を述べることができない。      

日本人には世界観がない。あるべき姿の世界の内容が脳裏に無い。だから来るべきわが国のありさまを語る政治家がいない。   

日本人には意思がない。優柔不断・意志薄弱に見える。意思の無い人間には責任もない。無為無策でいる。とかくこの世は無責任。   

‘誰も責任を取りたがらず、誰も自分に責任があると言わなかった。・・・・・ 一般国民が軍部や文民官僚の責任と同等の責任を負っていると心から考えている人はほとんどいなかった。’ (ジョン・ダワー 増補版 敗北を抱きしめて )  

 

>石破新首相は真面目な有言実行の人だから、私はとても期待している。   

 

そうですね。新首相にはわが国の到達すべき内容を明らかにすべきですね。   

 

>石野シャハラン   

SHAHRAN ISHINO   

1980年イラン・テヘラン生まれ。   

2002年に留学のため来日。   

2015年日本国籍取得。   

>異文化コミュニケーションアドバイザー。   

YouTube:「イラン出身シャハランの『言いたい放題』」   

 

我々日本人は日本語と英語の両言語を良く学び、思考における時制の大切さを十分に理解する必要がありますね。英文法にある時制 (tense) を使った考え方を会得すれば、我々は自己の意思 (will) を明らかにすることも可能になるし、自分自身の世界観 (world view) を持つことも出来ます。さすれば我々は国際社会において相手の理解も得られ、未来社会の建設に協力することも可能になります。かくして、我々日本人は、人類の進歩に一層の貢献が可能になるでしょう。世界の指導者になれるかもしれませんね。 

 

『有能な人材が世界から日本に集まり、ここで世界に向けてサクセスストーリーが生まれるという国家を目指すべきです。 このための具体的な政策課題として (1)英語を第2公用語にする (2)定住外国人に地方参政権を与える (3)インターネットの接続料はじめ知的生産活動の基本コストを諸外国並みにする (4)日本の制度やシステムの中で国際基準と合致しないものを一括して見直す―の4点を提案したいと思います。』 (茂木敏充外務大臣)   

 

 我が国の ‘漢字かな’ は世界中何処の国に行っても通用しない。特にローマ字 (alphabet) の代わりに仮名を使用することには害毒がある。仮名漢字表記による学習で自分は世界に通じていると思い込む。だが、これは事実ではない。勝手な解釈により世界に関する独りよがりの解釈は避けられない。私は宿泊先のアメリカ人の名前は知っている。しかし、その綴り方は分からない。つづり字を考えることのない日本人の記憶方法だからである。このような文盲に近い体験の仕方では外国人との文通もできない。地図を見て探すことも難しい。かな書き英語が我が国民の国際化を果てしなく遠ざけているということができる。  

 

国語の勉強は読み書きの練習である。ところが、日本語の仮名漢字表記は難しい。特に漢字の字形と音訓の習得に月日を費やし、目的の勉学の成果が遅れている。私の知人に '〇〇健' という名前の人がいる。彼は周りの人から 'タケちゃん' とか、'ケンちゃん' とか呼ばれている。'一体どちらが本当なのか' と私が尋ねると、彼は 'どちらでも良いのですよ' と答える。'でも、戸籍ではどうなっているのか' と尋ねると、'戸籍にはフリガナがありませんから、どう読んでも良いのですよ' という答えであった。これを '日本人の自由' というのであろうか。'あるべき姿' の追及がない。とりわけ漢字圏以外の国から来た外国人には日本語の漢字は難しい。日本語をローマ字表記にすれば彼らもたちどころに日本語を読めるようになる。能率の良い言語の習得には音読が欠かせない。読み書きが自由になると一人前の大人として活躍できる。筆記試験でも真の実力が発揮できる。外国人の能力に関してより公平な評価をする社会が我が国内に実現する。ぜひローマ字表記を法制化してもらいたい。ローマ字表記を仮名漢字表記と対等な地位にしてもらいたい。日本語をローマ字表記と仮名漢字表記の二刀流表記の国にすると良い。         

 '為せば成る 為さねば成らぬ 何事も 成らぬは人の 為さぬなりけり'  上杉鷹山 (うえすぎ ようざん)      

 

 

 

 

 

 

 


合格力  

2024-10-24 16:50:36 | 文化

>ダイヤモンド・オンライン   >学校と塾、どちらを信じるべき? →「合格力」で考えたら1択だった!    >濱井正吾の意見・   >1日・   

>「学校」と「塾・予備校」の教え方が違う場合、どちらを信用すればいいのでしょうか?    

>計9年間の浪人を経て早稲田大学に合格した経験を持つ筆者・濱井正吾(通称:9浪はまい)が、知人の実体験も踏まえて解説します。   

>(教育ジャーナリスト 濱井正吾)   

> 私はかつて、家族の事情などで集中して勉強するのが難しい環境にいました。   

>そこから仮面浪人を経験したり、社会人生活と並行して受験勉強を重ねたりする中で、難関大学合格への熱意が高まりました。   

>そして9浪を経て、念願叶って早稲田大学に合格しました。   

> 浪人を重ねる過程で、私はさまざまな勉強法や予備校を経験し、さまざまな受験生に会ってきました。   

>事務や応対の仕事をしながら、受験生や受験生の親御さんとコミュニケーションをとっていた時期もあります。   

>その中で、私が気になっていたのが、学校の先生の言うことと、塾・予備校講師が言うことが時に食い違うことです。   

 

現実 (事実) の内容はひとつですね。両者が正しい事はありませんね。  

非現実 (考え・哲学) の内容には正解が無数ですね。矛盾を含んでいない文は全て正しい考えを示していますね。      

 

> 学校と塾・予備校で推奨する勉強法や勉強スタンスが違うと、どちらを信用していいかはわかりません。   

 

正しい方を信用するのが学問の道ですね。   

 

>私の通った予備校でも、地元の高校に通う生徒が、学校の先生から「私の授業さえ聞いていれば受かるから予備校に行くのをやめろ」と言われていたそうです。   

> 彼は予備校に通い続けましたが、学校と予備校の指導のどちらを信用すればいいかが判断できず、受験に集中できなくなり、志望大学には合格できませんでした。   

> そこで今回は、そのような板挟みにあう事例に遭遇した場合、どのようにすればいいのかを伝えたいと思います。   

>教師と予備校講師の決定的な違い   

> 結論から言えば、予備校の講師の言うことを信じる方が無難です。   

 

世俗的ですね。処世術の道ですね。   

 

> なぜなら、教師は授業や授業の準備、採点、指導案の作成といった教科指導に加えて、人格面や生活面の指導、さらには部活動の顧問もしなければならないからです。   

> 完全なオーバーワークであるため、多くの場合、一人一人の志望校について、詳しく準備している時間はありません。   

> もちろん、学校教師にも受験指導が得意な人は大勢いますし、志望校に関してのノウハウを持っている人もいます。   

> しかしやはり、「生徒の成績を伸ばす」「生徒を志望校に合格させる」という点への専門性が長けているのは、毎年たくさんの生徒を送り出し、豊富なデータをじっくり時間をかけて分析し、提供できる塾・予備校の講師なのではないかと思います。   

> 予備校の費用は、何も講師に指導してもらうだけではなく、そのノウハウや合格実績という面も含まれているわけです。   

>「受験の裏技」嫌う先生も   

> また、学校の先生の課す定期試験では、たとえ正解であっても、学校で教えていないテクニックを使用した場合、正解とみなさない場合もあります。   

> たとえば、私の地元の予備校には京都大学志望の生徒が通っていました。   

>彼はセンター試験で9割近くを獲得するほどの成績でしたが、通学圏に京都大学の合格者を出すような進学校がなかったため、家から通える偏差値60程度の高校に通っていました。   

> 高校での成績が1番に近かった彼は、学校の授業の内容が簡単で進度が遅いことに悩んでいましたが、試験での採点についても不満があったようです。   

> たとえば、彼は塾・予備校で数学の講師が教えた、「回答時間を削減できる、覚えておくと受験で役立つ解法」をマスターしていました。   

> 数学が大得意だった彼は、学校の定期試験でもその”裏技”を用いて回答したのですが、答えまですべて完璧に合っていたにかかわらず、△をつけられて減点されたそうです。   

> その理由は、「学校の教科書に載っていない解法を使い回答したから」というものでしたが、その説明に納得がいかなかった生徒は「先生がこの解法を分かってないから、合っているかどうか判断できなかっただけだろ」と怒っていました。   

 

曲学阿世ですね。(曲学阿世: 真理に背いた学問で時勢におもねること

 

> あくまで「成績を伸ばす」「受験で合格する」ことを目標に設定した場合ですが、どちらを信用するかどうかで悩んだら、塾・予備校の方を信用するのが無難でしょう。   

 

それは処世術 (損得勘定) ですね。学問 (非現実) ではありませんね。      

 

>信用できる学校の先生の教えとは?   

> しかし、もちろん例外も考えられます。   

>塾・予備校の講師にも過去の自分の仕事にあぐらをかいた適当な指導をしている人はいますし、学校の先生でも受験についてのアドバイスを信用できる人は大勢います。   

> 受験関係で学校の先生の教えを信用していいのは、受験生の志望校を、先生が出ていた場合です。   

> たしかにその先生はもう大学に合格してからだいぶ時間が経っていますし、最新の出身大学の受験動向までは情報が追いつけていないかもしれません。   

> しかし、年代は変わって出題方法が変わっていても、大学が求めているエッセンスは変わりません。   

> どのように対策をしたのか、どうやって勉強をしたのかといった「先生の合格体験記」を聞きとることで、自分の志望校の対策に活かすことはできます。   

>何より先生の大学時代の体験を知ることは、自分が実際に志望校に合格した後の大きなモチベーションになります。   

> 実際に中国地方から早稲田大学に合格した私の知人は、学生時代の恩師が早稲田であったため、学校時代の話をたくさん聞いたことによって早稲田に入りたくなったそうです。   

> 学校の教員は、自分たちとは異質の存在であると捉えてしまいがちですが、先生の受験時代を聞くことで、大人にも自分たちと同じような時代があったのだと感じていただければ、大きな受験のモチベーションになるのではないでしょうか。   

 

英米の高等教育は子供が大人になる為の教育である。子供は現実 (事実) に関する知識のみを持っているが、大人には非現実 (考え・哲学) に関する知識もある。それを若者に持たせるのが彼らの高等教育である。

日本語には非現実を内容とする構文がない。それは日本語文法には時制 (tense) というものが無いからである。日本人には非現実に関する知識がないのでわが国では英米の高等教育がなりたたない。だから、現実ばかりの日本人は子供らしくみえる。   

非現実の内容を現実の内容に転換する方法を見つけることができたら、それは人間固有の創造力を発揮したことになる。日本人はその創造力に欠けている。    

 

我々日本人は日本語と英語の両言語を良く学び、思考における時制の大切さを十分に理解する必要がありますね。英文法にある時制 (tense) を使った考え方を会得すれば、我々は自己の意思 (will) を明らかにすることも可能になるし、自分自身の世界観 (world view) を持つことも出来ます。さすれば我々は国際社会において相手の理解も得られ、未来社会の建設に協力することも可能になります。かくして、我々日本人は、人類の進歩に一層の貢献が可能になるでしょう。世界の指導者になれるかもしれませんね。