テスト勉強を頑張っている息子においしいハンバーグのお店へ行ってみようと誘った。
息子は漢字の問題集をカバンに入れてまでしてついて来た。
お店は行ったのが遅い時間であんまり人がいなかった。
でもドアを開けるとにこやかな店員さんが出てきて、本当にニッコリと案内してくれた。
その満面の笑みが最近一番印象に残りそうなくらいの人だった。
メニューを開いているとき、コップでお水を持って来てくれた。
するとその店員さんの手が滑って、そのコップがダイナミックにひっくり返った。
私の服はびっしょりで、思いのほか激しく濡れてしまった。
店員さんは本当に何度も謝りながら拭くものを取りに行き、その間に私は空っぽになったコップへ散らばった氷を全部入れたりしていた。
するとタオルをたくさん持って来て、「洋服を拭いてください。すみません。本当にすみません。」と言った。
その間も椅子や床を謝りながら彼女は必死で拭いていた。
私は「大丈夫。本当に大丈夫。水なんだから。乾くんだから。気にしないでください。」と言い続けた。
何事もなかったように息子へ好きなものを選びなさいと言っていると、必死で床を拭いている彼女の後にものすごい形相の男性店員が立っていた。
すぐに上司だろうと思った。
思わず彼女に「もう大分綺麗になったね。服も拭いたから全然大丈夫だよ」と大きな声で言ってしまった。
彼女が立ち去ったあと、その男性がやって来て新しいタオルを置いていき「この店の店長です。ご迷惑をおかけして本当に申し訳ありません。」と言った。
「本当に大丈夫。ただの水なんですからそんなに気にしないで。ワザとじゃないんですし。」と言うと腰低く何度も頭を下げて行った。
息子が「あの人凄い顔してたね」と言った。
私は「だからよ。あ、この女の人怒られる!ってとっさに思ったよ。なんか許してやれ光線を出してしまった」というと、息子も同じことを考えていた。
自分のメニューを開くとページがびっしょり濡れていた。
「あ、こんなところにまで水がきてたか・・・」と言ってペーパーで拭いていると、息子が「お母さん、このメニュー表は石油の紙じゃないんだね」と言った。
「うん。見た感じ石油生まれの紙のように見えるけど、普通にパルプからできた紙だね」と言った。
こぼれたコップの水でこんな会話をする私達親子は特殊だ。
その後、料理を持ってくるときも、空いた皿をさげるときも、彼女はやってこなかった。
きっと店長さんがなにか言ったのかもしれない。
お会計の時も姿が見えなかった。
帰るように言われたのだろうか。
店長さんが最後にまた謝りに来た。
「本当に大丈夫。濡れてもまた来ますよ。さっきの人に気にしないでと言ってください」
そういうと店長さんは最初にお迎えしてくれた彼女と同じくらいにニッコリとしてくれた。