ケベックリタイヤ日記

ケベックでリタイア暮らし。ながらえば憂しとみた世も今は忘れた。毎日悦びの種をみつけてぽりぽりかじりたい。

2019-03-01 19:38:14 | 俳句
 鶯の身をさかさまに初音かな (其角)

 今年のケベックの冬は厳しい。スーパーや倉庫の屋根が雪の重みで落ちたり、アイスバーンになった道路で玉突き衝突事故があったり、大変ねーとつぶやいていたら私の部屋が雨漏り、パソコンを半地下に移動したら起動せずと、よそ様に起こることは他人事でないですね。雨漏りは応急処置ですまし春になったら修理します。おかげで断捨離が進み部屋がすっきりしました。

 10冊あるかないかの俳句関係の本を読んでいたら、こんな文章に出会いました。

「 江戸俳諧には、少なくとも、あまりに表面的な意味と風景しか写されない多くの表層的な現代俳句とは異なる、奥行きのある句、二重三重の句、そして野暮ではない滑稽とエロスの味というものがある。時にはデカダンスの味もする。この世紀末、上質のデカダンスのどこにも見当たらぬ寂しい時代にあって、其角のデカダンスの何と上等なことであろうか。」

                 飯島耕一 虚栗の時代 芭蕉と其角と西鶴と 49P

飯島氏によると俳句人口は500万人と言われるそうでアマチュア歌人が90パーセント、本物としていいのは30人ぐらいであり、その自分で本物と思っている俳人の月並みぶりが著しいと手厳しいです。

俳句は、俳句そのものの鑑賞に加えて一流の読み手による解釈の深さを味わう楽しみがあります。凡人にそうそう簡単にわかろうはずがなく、何度も何度も読み返しながら謎解きのようにわかってくる楽しみがあります。単純に其角に魅かれていたのですが、永井荷風も其角を評価しているんですね。又、吉田健一が飯島耕一の親友であった安東次男の芭蕉解釈を絶賛していると知りました。

3月の切り抜きコピー絵画を何にしようかと数冊しかない画集をめくりながら田中一村の白梅高麗鶯図と紅梅丹頂図にしました。十年ぶりぐらいに開いた画集、この画家の絵は画集を広げるたびみずみずしい驚きがあります。夫に画集をバラバラにしてもったいなくないかいと言われますが、毎日眺めてこその楽しみにかえられません。さて、冒頭にあげた其角の句、ほのかなエロスありますね。



そうそう3月は埼玉アリーナで羽生選手が参加します。彼が悔いのないスケートができますようお祈りしてます。

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