この句は大学生俳人 小林凛さん小学3年生の時の句です。いじめと俳句で検索して真っ先に出会った俳人です。小学生の時 壮絶ないじめに遭いそこから詠まれた句は俳句界で激賞されたそうです。先週のNHK俳句でも俳句により救われたという今は社会人になった高校生の談話がありました。人はパンのみにて生きるにあらず 心の食べ物がいかに大切か 忙しい日々でも時間を見つけてほんの10分でも芸術に触れる大切さを感じます。疲労で何も手につかない日でも俳句の本を開げ一句でも読むようにしてます 感じようと感じまいと そうしてるとある日感動する一句に出会ったりします。自分でも知らないうちに俳句の魅力がすこーしづつ分かってきてるのが嬉しい。
さて 職場で なんででこうなったのみたいな事の顛末はさておき モラハラを訴えた前後に考えたことなどつらつら書きます。
ー 政治とは何か: ずいぶん昔に読んだアンナハレントの言葉で今もはっきりと思い出せるフレーズが浮かびました。 二人の人間がいればすでに政治であると。政治なんて興味無いわとか 関わりたくないわとか一蹴しようが 実は日々の生活そのものが政治であると思いました。例えば 我儘し放題独裁者の如く職場で猛威を振るったお局様NO1の追放 ( 歴史が教える軍事独裁政権の成れの果てそのもの)。夫婦の間でさえ政治 例えば キッチン改造で意見が対立した夫との交渉( 年なんだからこのまま現状維持で良いとする保守派である夫の考えと 老いればこそ気分刷新と老後の台所仕事が快適であるよう改造すべしとする革新派である私との対立)。 毎日の様々な出来事、人間関係そのものが国内外政治問題にオーヴァーラップするではないか。交渉 駆け引き 策略 譲歩 和解 友好 同盟 エトセトラ。ある本で政治の大決断が首相クラスのお茶のみで面白半分に簡単に決まることがあるという箇所を読み驚愕した記憶があります。思えば政治しかり文化しかり 人間がしてること 政治家のみならずあまりお偉方を偉いと見上げることなかれと今回いわゆるお偉方達とお話しして思いました。 また、意図せずに事件にあれよあれよというまに巻き込まれることがあるんだということ実感しました。私のように無知とナイーヴゆえひと騒動起こすことがあると。
ー 裸の王様は危険: こちらのニュースで今回の日本開催オリンピックへの皮肉をメデイアで耳にすることしばしば。 日本が素晴らしい国とアピールしたかっただろうがお粗末さが目立つばかりと。日本は斜陽しつつある国力に目を向けずいつまでも過去の栄光にしがみついてるように見えなくもない。人としても国としても あんたが一番 日本は世界一とおべんちゃら言われるよりは他人や外からの意見や批評に耳を傾ける謙虚さが大切と思い知らされます。お局さんが周りに少しでも目を配っていたらこうにはならなかっただろうと思います。彼女に あなたと働くと全てがめんどくさく大事件になってしまう(小さなミスを大袈裟にするから)というと 彼女答えました (他の人は誰もそう思ってないし私と働くのが楽しいし私は人気者よ)と。実は大間違い 全員が彼女の追放を願っていたのです。でも陰で散々お局さんを罵倒しながらいざ目の前にするとにこやかに振る舞う役者揃いにはおったまげー。意外なことに二人のコックさんは今思えば彼女と口きかなかった。それが抵抗表示だったのかも。そしてこの二人のコックさんがとりわけ私の訴訟を逃げることなく応援してくれました。
ー 多勢イコール優勢ならず: たった一人の独裁者になぜ人数にすれば多勢が従うのか 辞職するまであるいは殺されるまでの無抵抗の心理は何か 人間の団結力を計算するに1+1+1=3ではない。この問いの答えを探すに2つの記事が目に止まり切り取っておきました。一つは OMERTA沈黙の掟 とでも意訳しておこうか
モラハラにあった介護福祉の女性が身体にまで及んだ虐め( 背中をどつかれ 痛みのためお医者様の診断を受け休養を言い渡される)に耐えられずに組合 ボス デイレクターに訴えたが何一つ反応がないばかりか解雇された。こういった虐めの結末パターンが日常茶飯事になってるとラジオでも流されていた。これらのSOSに応えるにある組合長は( 残念なことに彼女のような不幸なケースはあることですが上手く職場に適応してる人もいるのです)。まあ いじめられたら ああやんなっちゃったと辞職するもんね。裁判沙汰など迷惑な話でお金も時間もかかるからボスもデイレクターも組合も上の方は関わり合いたくないのが本音で従業員同士の内輪揉めととらえ真剣に訴えても耳を貸すつもりが無いどころか迷惑でしかないと分かった。この記事でもいくら訴えても上の方は動かなかったと書いてある。そのうちに諦めムードが蔓延しブラックが日常と化す。人はいつしかブラックにも慣れる資質があると思う。どこにも行けずここしか無いとなったらブラックも受け入れ朱に交われば赤くなるを通り越してドス黒くなったりもする。こういった環境でストレス解消にいじめは助長し団結など生まれるずはない。
ー 二つ目はBRITISH MEDICAL JOURNALに掲載された南オーストラリア大学の研究結果。ブラックな職場でのデプレッションは通常より300パーセント増加してるとの報告です。世界では300万人がデプレッションとのこと。この記事で目を引いたのは:
( 職場の雰囲気が悪化すればするほどお互いが疑心暗鬼に陥る Plus le climat de travail se détruit, plus les gens se méfient les uns des autres )という箇所です。多分ブラックな職場で人は生き残るための人間の表裏を見せられ誰も信じられなくなるのかもしれません。最後の晩餐でのユダの裏切り、または革命運動のみならず農民運動ですら仲間や隣人を裏切る心理が人間にはあるということを歴史は語っています。家族を盾に あるいは買収金を積まれたり 脅かされたり 私とて断じて友を裏切らないと言えようか。これで思い出したのは関ヶ原の戦いに駆り出された雑兵達の現実 豊臣 徳川両軍の旗を持ち 情勢次第でかわりばんこに旗を上げたという。彼らにとって忠誠も武士魂もへのかっぱ なんとしてでも生きのびてやるが本音。今 若い学生数人と働いてるがすでに職場の力関係を見極め誰につくかしっかり観察している。私につかないのだけは100パーセント確実。メリットゼロだもんね。
上手く伝えられたかどうか怪しいけれどこの頃思うことを書き連ねました。 世の中とはなんぞやと聞かれたら
娑婆ダバダバダー娑婆ダバダバダーとなぜか男と女の映画のメロデイーの替え歌が浮かびました。
そうなんです 世の中とは娑婆なり 娑婆とは かくなりやと思ったんです。
購読雑誌や注文しておいたCDや本が次々と届いてるけどほったらかし。明日からは娑婆で3日間連チャンの仕事 これはこれで楽しからずや。
さて 職場で なんででこうなったのみたいな事の顛末はさておき モラハラを訴えた前後に考えたことなどつらつら書きます。
ー 政治とは何か: ずいぶん昔に読んだアンナハレントの言葉で今もはっきりと思い出せるフレーズが浮かびました。 二人の人間がいればすでに政治であると。政治なんて興味無いわとか 関わりたくないわとか一蹴しようが 実は日々の生活そのものが政治であると思いました。例えば 我儘し放題独裁者の如く職場で猛威を振るったお局様NO1の追放 ( 歴史が教える軍事独裁政権の成れの果てそのもの)。夫婦の間でさえ政治 例えば キッチン改造で意見が対立した夫との交渉( 年なんだからこのまま現状維持で良いとする保守派である夫の考えと 老いればこそ気分刷新と老後の台所仕事が快適であるよう改造すべしとする革新派である私との対立)。 毎日の様々な出来事、人間関係そのものが国内外政治問題にオーヴァーラップするではないか。交渉 駆け引き 策略 譲歩 和解 友好 同盟 エトセトラ。ある本で政治の大決断が首相クラスのお茶のみで面白半分に簡単に決まることがあるという箇所を読み驚愕した記憶があります。思えば政治しかり文化しかり 人間がしてること 政治家のみならずあまりお偉方を偉いと見上げることなかれと今回いわゆるお偉方達とお話しして思いました。 また、意図せずに事件にあれよあれよというまに巻き込まれることがあるんだということ実感しました。私のように無知とナイーヴゆえひと騒動起こすことがあると。
ー 裸の王様は危険: こちらのニュースで今回の日本開催オリンピックへの皮肉をメデイアで耳にすることしばしば。 日本が素晴らしい国とアピールしたかっただろうがお粗末さが目立つばかりと。日本は斜陽しつつある国力に目を向けずいつまでも過去の栄光にしがみついてるように見えなくもない。人としても国としても あんたが一番 日本は世界一とおべんちゃら言われるよりは他人や外からの意見や批評に耳を傾ける謙虚さが大切と思い知らされます。お局さんが周りに少しでも目を配っていたらこうにはならなかっただろうと思います。彼女に あなたと働くと全てがめんどくさく大事件になってしまう(小さなミスを大袈裟にするから)というと 彼女答えました (他の人は誰もそう思ってないし私と働くのが楽しいし私は人気者よ)と。実は大間違い 全員が彼女の追放を願っていたのです。でも陰で散々お局さんを罵倒しながらいざ目の前にするとにこやかに振る舞う役者揃いにはおったまげー。意外なことに二人のコックさんは今思えば彼女と口きかなかった。それが抵抗表示だったのかも。そしてこの二人のコックさんがとりわけ私の訴訟を逃げることなく応援してくれました。
ー 多勢イコール優勢ならず: たった一人の独裁者になぜ人数にすれば多勢が従うのか 辞職するまであるいは殺されるまでの無抵抗の心理は何か 人間の団結力を計算するに1+1+1=3ではない。この問いの答えを探すに2つの記事が目に止まり切り取っておきました。一つは OMERTA沈黙の掟 とでも意訳しておこうか
モラハラにあった介護福祉の女性が身体にまで及んだ虐め( 背中をどつかれ 痛みのためお医者様の診断を受け休養を言い渡される)に耐えられずに組合 ボス デイレクターに訴えたが何一つ反応がないばかりか解雇された。こういった虐めの結末パターンが日常茶飯事になってるとラジオでも流されていた。これらのSOSに応えるにある組合長は( 残念なことに彼女のような不幸なケースはあることですが上手く職場に適応してる人もいるのです)。まあ いじめられたら ああやんなっちゃったと辞職するもんね。裁判沙汰など迷惑な話でお金も時間もかかるからボスもデイレクターも組合も上の方は関わり合いたくないのが本音で従業員同士の内輪揉めととらえ真剣に訴えても耳を貸すつもりが無いどころか迷惑でしかないと分かった。この記事でもいくら訴えても上の方は動かなかったと書いてある。そのうちに諦めムードが蔓延しブラックが日常と化す。人はいつしかブラックにも慣れる資質があると思う。どこにも行けずここしか無いとなったらブラックも受け入れ朱に交われば赤くなるを通り越してドス黒くなったりもする。こういった環境でストレス解消にいじめは助長し団結など生まれるずはない。
ー 二つ目はBRITISH MEDICAL JOURNALに掲載された南オーストラリア大学の研究結果。ブラックな職場でのデプレッションは通常より300パーセント増加してるとの報告です。世界では300万人がデプレッションとのこと。この記事で目を引いたのは:
( 職場の雰囲気が悪化すればするほどお互いが疑心暗鬼に陥る Plus le climat de travail se détruit, plus les gens se méfient les uns des autres )という箇所です。多分ブラックな職場で人は生き残るための人間の表裏を見せられ誰も信じられなくなるのかもしれません。最後の晩餐でのユダの裏切り、または革命運動のみならず農民運動ですら仲間や隣人を裏切る心理が人間にはあるということを歴史は語っています。家族を盾に あるいは買収金を積まれたり 脅かされたり 私とて断じて友を裏切らないと言えようか。これで思い出したのは関ヶ原の戦いに駆り出された雑兵達の現実 豊臣 徳川両軍の旗を持ち 情勢次第でかわりばんこに旗を上げたという。彼らにとって忠誠も武士魂もへのかっぱ なんとしてでも生きのびてやるが本音。今 若い学生数人と働いてるがすでに職場の力関係を見極め誰につくかしっかり観察している。私につかないのだけは100パーセント確実。メリットゼロだもんね。
上手く伝えられたかどうか怪しいけれどこの頃思うことを書き連ねました。 世の中とはなんぞやと聞かれたら
娑婆ダバダバダー娑婆ダバダバダーとなぜか男と女の映画のメロデイーの替え歌が浮かびました。
そうなんです 世の中とは娑婆なり 娑婆とは かくなりやと思ったんです。
購読雑誌や注文しておいたCDや本が次々と届いてるけどほったらかし。明日からは娑婆で3日間連チャンの仕事 これはこれで楽しからずや。
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