ただの慣れで感覚が鈍磨したのか、麻痺してしまったのか、それとも単に若さが失われてしまっ
たのか、いずれにしても自分はもう随分長く流れ歩いてきたと感じる。
そんなことをぼんやりと考えながら、手際良く料理を進める鉄さんの、後姿を見ていた。
この人には一人暮らしの年配男に漂う、弛緩した放縦を感じない。
いったいこの人物は、こんな秘境のような場所で、何年一人暮らしをしているのだろう。
高志は今頃になって初めて、自分に食と寝る場所を与えてくれた男に、興味が湧いてきた。
まったく見ず知らずの男を、あっさりと他ならぬ自分の住まいに同居させるというのは、考えて
みれば普通の感覚ではないような気がする。
ラジオの漫才の笑い声が、いつの間にか耳から遠ざかっていた。
「さてと、できたぞ。後は煮えるのを待つだけだ」
鉄さんは眼鏡型薪ストーブの大の輪の方に大ぶりの鉄鍋を載せ、小さな輪の方にはアルマイトの
中鍋を載せた。
「こいつは鱈のあら汁、こっちは鰈(かれい)の煮付だ。飯はなし、代わりにこの麦粉の団子をあら汁に
入れる。つまり鱈の団子汁だ。きらいか」
鉄さんはニコリともせずに尋ねる。
「旨そうですね。団子汁は大好きです」
「それは良かった。これで一人暮らしは結構忙しいので、夜はこんなものが多い。飯は冷えてい
るので、おじやとか雑炊になる。鍋の中にあり合わせの野菜類を何でも入れて、汁気もあるから、
これだけで済む。重宝しているよ。これからはもっぱらこんなものが続くから、覚悟しておいてく
れ。作り方も覚えてな」
まかせておいて下さい。教えてもらったら、ちゃんとやれます。私も一人で色々やってきている
ので、大概のことは大丈夫です」
「そいつは頼もしい」
鉄さんは話しながら、卓袱台の上に食器などを整えた。
ひと当たり準備が整うと、最後に焼酎の一升瓶と、厚手のコップを二つどんと置いて言った。
「いけるんだろう」
「嫌いじゃありません。強くはないですが」
「こいつを湯で割ってやる。本当は燗酒の方が好きだが、そんな贅沢はできない。それに面倒く
さい。これが一番だ」
「僕も良くやります」
鉄さんはすかさずコップに焼酎をつぎ、鉄瓶の湯を注いだ。
「酎(ちゅう)もお湯も自分の好みでやってくれ」
そう言ってから高志のコップを待ってから、「じゃあ」と言って目線に上げてからグイッと一口
開けた。
この時になって高志はまだ、きちんと挨拶をしていなかったことに気付いた。
注いだコップはそのままに、高志は居住まいを正して丁寧に頭を下げて言った。
「お世話になります。よろしくお願い致します」
他にも感謝の気持ちなどを陳べたかったが何だか鉄さんの雰囲気がそれを制した。
それでもう一度丁寧に頭を下げた。
「さて喉をしめした後は団子の出番だな」
たのか、いずれにしても自分はもう随分長く流れ歩いてきたと感じる。
そんなことをぼんやりと考えながら、手際良く料理を進める鉄さんの、後姿を見ていた。
この人には一人暮らしの年配男に漂う、弛緩した放縦を感じない。
いったいこの人物は、こんな秘境のような場所で、何年一人暮らしをしているのだろう。
高志は今頃になって初めて、自分に食と寝る場所を与えてくれた男に、興味が湧いてきた。
まったく見ず知らずの男を、あっさりと他ならぬ自分の住まいに同居させるというのは、考えて
みれば普通の感覚ではないような気がする。
ラジオの漫才の笑い声が、いつの間にか耳から遠ざかっていた。
「さてと、できたぞ。後は煮えるのを待つだけだ」
鉄さんは眼鏡型薪ストーブの大の輪の方に大ぶりの鉄鍋を載せ、小さな輪の方にはアルマイトの
中鍋を載せた。
「こいつは鱈のあら汁、こっちは鰈(かれい)の煮付だ。飯はなし、代わりにこの麦粉の団子をあら汁に
入れる。つまり鱈の団子汁だ。きらいか」
鉄さんはニコリともせずに尋ねる。
「旨そうですね。団子汁は大好きです」
「それは良かった。これで一人暮らしは結構忙しいので、夜はこんなものが多い。飯は冷えてい
るので、おじやとか雑炊になる。鍋の中にあり合わせの野菜類を何でも入れて、汁気もあるから、
これだけで済む。重宝しているよ。これからはもっぱらこんなものが続くから、覚悟しておいてく
れ。作り方も覚えてな」
まかせておいて下さい。教えてもらったら、ちゃんとやれます。私も一人で色々やってきている
ので、大概のことは大丈夫です」
「そいつは頼もしい」
鉄さんは話しながら、卓袱台の上に食器などを整えた。
ひと当たり準備が整うと、最後に焼酎の一升瓶と、厚手のコップを二つどんと置いて言った。
「いけるんだろう」
「嫌いじゃありません。強くはないですが」
「こいつを湯で割ってやる。本当は燗酒の方が好きだが、そんな贅沢はできない。それに面倒く
さい。これが一番だ」
「僕も良くやります」
鉄さんはすかさずコップに焼酎をつぎ、鉄瓶の湯を注いだ。
「酎(ちゅう)もお湯も自分の好みでやってくれ」
そう言ってから高志のコップを待ってから、「じゃあ」と言って目線に上げてからグイッと一口
開けた。
この時になって高志はまだ、きちんと挨拶をしていなかったことに気付いた。
注いだコップはそのままに、高志は居住まいを正して丁寧に頭を下げて言った。
「お世話になります。よろしくお願い致します」
他にも感謝の気持ちなどを陳べたかったが何だか鉄さんの雰囲気がそれを制した。
それでもう一度丁寧に頭を下げた。
「さて喉をしめした後は団子の出番だな」