とうとう猛は声を荒げた。
千恵は首をすくめ、そろりと引き戸を引いた。
慌ただしい娘が出て行くと、今度こそ2人切りになった茶の間に、朝の静けさが戻ってきた。
猛は千恵の言葉で、改めて一昨日の若者との出会いのことを思い出していた。
確かに彼は馬鹿には見えなかった。しかし、言われてみればやはりどこか変であり、変な出会い
には違いなかった。
猛は改めてあの男が何を考えて、吹雪の峠を歩き続けようとしていたのかに、思いを巡らせ始め
た。
そんな彼のぼんやりとした顔を、ちらりと窺い見ながらトキが、空の湯呑に新しく茶を注いで言
った。
「今日は腰の具合はどうですか」
「今日はいいよ。そうだ、清子に聞いて見るか」
「何をですか」
トキはたちまち不安な表情で、夫を見た。猛は応えずに卓袱台の脇の、電話に手を伸ばした。
清子は直ぐに出た。
「手の欲しいやつはいないか」
「お父さんがやるの。腰の具合は大丈夫なの」
「問題ない。船でもいいし、土建でもいい。その他雑の手間でもいい、あったら声をかけてくれ。
貧乏性だから、こうしてぶらぶらしているのは落ち着かないし、体もなまる。手間賃の多寡(たか)には拘
らない。日取り日数もフリーだ」
千恵は首をすくめ、そろりと引き戸を引いた。
慌ただしい娘が出て行くと、今度こそ2人切りになった茶の間に、朝の静けさが戻ってきた。
猛は千恵の言葉で、改めて一昨日の若者との出会いのことを思い出していた。
確かに彼は馬鹿には見えなかった。しかし、言われてみればやはりどこか変であり、変な出会い
には違いなかった。
猛は改めてあの男が何を考えて、吹雪の峠を歩き続けようとしていたのかに、思いを巡らせ始め
た。
そんな彼のぼんやりとした顔を、ちらりと窺い見ながらトキが、空の湯呑に新しく茶を注いで言
った。
「今日は腰の具合はどうですか」
「今日はいいよ。そうだ、清子に聞いて見るか」
「何をですか」
トキはたちまち不安な表情で、夫を見た。猛は応えずに卓袱台の脇の、電話に手を伸ばした。
清子は直ぐに出た。
「手の欲しいやつはいないか」
「お父さんがやるの。腰の具合は大丈夫なの」
「問題ない。船でもいいし、土建でもいい。その他雑の手間でもいい、あったら声をかけてくれ。
貧乏性だから、こうしてぶらぶらしているのは落ち着かないし、体もなまる。手間賃の多寡(たか)には拘
らない。日取り日数もフリーだ」