酔っ払い親爺、奮戦の巻(SSKシリーズその5)
埼玉県私塾協同組合というところが出している「SSKレポート」という広報誌があります。私はあるご縁から、この雑誌に十年以上にわたって短いエッセイを寄稿してきました。このうち、2009年8月以前のものは、『子供問題』『大人問題』という二冊の本(いずれもポット出版)にだいたい収められています。それ以降のものは単行本未収録で、あまり人目に触れる機会もありませんので、折に触れてこのブログに転載することにしました。発表時期に関係なく、ランダムに載せていきます。
【2011年8月発表】
年を取ってずうずうしくなってきたせいか、最近、見知らぬ人にちょっかいを出すのが好きになってきた。たださみしいだけなのかもしれないが。
過日、適度な混み具合の電車の中で、私の席から少し離れたあたりに立っていたほろ酔い親爺が、彼の目の前に座っている若い女性の携帯メール操作に文句を言い始めた。怒鳴りつけるような相当激しい調子である。
「車内での携帯はやめろ! 何でダメだか知ってっか。心臓のペースメーカーをつけている人に迷惑を及ぼすんだ。やめろといったらやめろ!」
女性は無視して続けている。親爺もいつまでも文句をやめない。むろん、このしつこい因縁のほうが迷惑である。
私の前には3人の娘さんが、これも携帯をしきりと動かしていたが、くだんの様子を見てくすくすと笑い始めいつまでも笑い続けている。怒鳴られている女性は、さすがに顔を青ざめさせて、
「何で他の人には言わないんですか」
と抵抗の気配を示し始めた。例の無意味な車内放送の受け売りに対して、まさか「あんな放送、気にすることないじゃないですか」と対抗するところまでは行かないと見える。そりゃ、普通そうですよね。
私はといえば、このちぐはぐな光景がいつまでも終らないので、何となくほおっておけなくなってしまった。正義感などというものではない。むしろ「座」が白けたときなどに何とか収拾したくなる、いても立ってもいられないようなあの気分。
たまたまそのとき、私の隣の席が空いたので、
「オッサン、ここに座りなよ」
と声をかけたら、素直に従いながら、今度は当然のことながら矛先をこちらに向けてきた。私も負けずに
「あんた、心臓ペースメーカーつけてる人なんて見たことあるの」と返すと、
「あるとも」
「どこで?」
「オレがつけてるんだ」
「じゃあ見せてみな」
と言おうと思ったが、そのときふと自分の携帯がオフになっていたことに気づき、必要を感じたのでわざわざ取出して、オンになる操作をした。古くて安いので少し時間がかかる。
すかさず親爺が
「ほら、お前もやってる!」
私はとぼけて
「いま電源を切る操作をしてるんだよ」
それから私は、ここ数年、車内の携帯による交信はほとんどすべてメールになったため迷惑などは実質上壊滅し、車内放送が「心臓ペースメーカー」なる苦しまぎれの理由を案出した次第と、万一迷惑を被る人がいるなら、本人がその場で言うべきだという考えを開陳しようとしたが、そこは酔っ払い親爺、早くも話題を変えて
「だいたい、あの菅(直人)て野郎は何なんだ、日本はおしまいだぜ」。
「それは賛成」。
これにて一件落着ということになった。その間中、私の前の三人の娘さんたちは携帯片手にくすくすくすくすとやっていた。
さて笑われていたのはだれか。親爺だけではなく、もちろん私もこの日常の中の「コント」の滑稽な出演者なのだった。そんなことは初めからわかっているので後味は悪くない。
でもちょっと言いたい。世の高齢者大衆諸君、せっかく世をすねて酔っ払うなら公式論なんか振りかざさず、「オレはIT文化についていけねえ。おもしろくねえ世の中になったぜ」と素直に表白してはどうか。
埼玉県私塾協同組合というところが出している「SSKレポート」という広報誌があります。私はあるご縁から、この雑誌に十年以上にわたって短いエッセイを寄稿してきました。このうち、2009年8月以前のものは、『子供問題』『大人問題』という二冊の本(いずれもポット出版)にだいたい収められています。それ以降のものは単行本未収録で、あまり人目に触れる機会もありませんので、折に触れてこのブログに転載することにしました。発表時期に関係なく、ランダムに載せていきます。
【2011年8月発表】
年を取ってずうずうしくなってきたせいか、最近、見知らぬ人にちょっかいを出すのが好きになってきた。たださみしいだけなのかもしれないが。
過日、適度な混み具合の電車の中で、私の席から少し離れたあたりに立っていたほろ酔い親爺が、彼の目の前に座っている若い女性の携帯メール操作に文句を言い始めた。怒鳴りつけるような相当激しい調子である。
「車内での携帯はやめろ! 何でダメだか知ってっか。心臓のペースメーカーをつけている人に迷惑を及ぼすんだ。やめろといったらやめろ!」
女性は無視して続けている。親爺もいつまでも文句をやめない。むろん、このしつこい因縁のほうが迷惑である。
私の前には3人の娘さんが、これも携帯をしきりと動かしていたが、くだんの様子を見てくすくすと笑い始めいつまでも笑い続けている。怒鳴られている女性は、さすがに顔を青ざめさせて、
「何で他の人には言わないんですか」
と抵抗の気配を示し始めた。例の無意味な車内放送の受け売りに対して、まさか「あんな放送、気にすることないじゃないですか」と対抗するところまでは行かないと見える。そりゃ、普通そうですよね。
私はといえば、このちぐはぐな光景がいつまでも終らないので、何となくほおっておけなくなってしまった。正義感などというものではない。むしろ「座」が白けたときなどに何とか収拾したくなる、いても立ってもいられないようなあの気分。
たまたまそのとき、私の隣の席が空いたので、
「オッサン、ここに座りなよ」
と声をかけたら、素直に従いながら、今度は当然のことながら矛先をこちらに向けてきた。私も負けずに
「あんた、心臓ペースメーカーつけてる人なんて見たことあるの」と返すと、
「あるとも」
「どこで?」
「オレがつけてるんだ」
「じゃあ見せてみな」
と言おうと思ったが、そのときふと自分の携帯がオフになっていたことに気づき、必要を感じたのでわざわざ取出して、オンになる操作をした。古くて安いので少し時間がかかる。
すかさず親爺が
「ほら、お前もやってる!」
私はとぼけて
「いま電源を切る操作をしてるんだよ」
それから私は、ここ数年、車内の携帯による交信はほとんどすべてメールになったため迷惑などは実質上壊滅し、車内放送が「心臓ペースメーカー」なる苦しまぎれの理由を案出した次第と、万一迷惑を被る人がいるなら、本人がその場で言うべきだという考えを開陳しようとしたが、そこは酔っ払い親爺、早くも話題を変えて
「だいたい、あの菅(直人)て野郎は何なんだ、日本はおしまいだぜ」。
「それは賛成」。
これにて一件落着ということになった。その間中、私の前の三人の娘さんたちは携帯片手にくすくすくすくすとやっていた。
さて笑われていたのはだれか。親爺だけではなく、もちろん私もこの日常の中の「コント」の滑稽な出演者なのだった。そんなことは初めからわかっているので後味は悪くない。
でもちょっと言いたい。世の高齢者大衆諸君、せっかく世をすねて酔っ払うなら公式論なんか振りかざさず、「オレはIT文化についていけねえ。おもしろくねえ世の中になったぜ」と素直に表白してはどうか。