これからジャズを聴く人のためのジャズ・ツアー・ガイド(7)
前回まで、ビル・エヴァンスとバド・パウエルについて書いてきましたが、この二人はちょっと突出していて、ハード(高踏的)だったかもしれません。もう少し肩ひじ張らずに好きになれる、それでいてそれぞれとても個性的なピアニストたちを紹介しましょう。四人採りあげようと思っているのですが、今回はそのうちの二人。
まずはソニー・クラーク。
彼の名は、アルトサックスのジャッキー・マクリーンとのアルバム「クール・ストラッティン」で最もよく知られています。しかもハイヒールで道を歩く女性の足が大写しにされたジャケットデザインでも有名になりました。大方の男性はこれを見て、この女性は誰だろう、どんな顔をしていたんだろう、などと、いろいろ想像力をたくましくさせてきました。
もちろんこのアルバムにはいくつもの名曲が収められていますが、ジャッキーの活躍が前面に出ているので、ここでは、ソニーのピアノのほうに焦点を当てたいと思います。
この人も早く死んでしまいましたが、短い期間に、黒人のソウルフルなジャズピアノを思い切り楽しませてくれたプレイヤーです。
この人の演奏の特徴は、メロディーラインを奏でる右手のタッチが非常に強いことで、それが私たちの心をブルース魂そのもののなかにぐっと惹きこんでいきます。一つ一つの音がたいへん明快であり、それゆえリズムの進行にほんのわずか遅れがちのようにも聞こえますが、それがまた、ジャズという音楽の「けだるい大人っぽさ」とでもいうような雰囲気をうま~く醸し出しています。シンプルであることの良さがいかんなく発揮されているといえるでしょう。この時期の並み居るピアニストたちを代表する一人と呼んでいいかもしれません。
それでは、タイム版のアルバム「ソニー・クラーク・トリオ」から、彼のオリジナル曲「ニカ」。このニカというのは、チャーリー・パーカーやセロニアス・モンクの後援者だった有名な夫人の名前だそうです。パーソネルは、ジョージ・デュビビエ(b)、マックス・ローチ(ds)。
Sonny Clark Trio Nica
次に、レッド・ガーランド。
この人は、マイルス・デイヴィス・クインテットのピアニストのなかで最も活躍した人で、そこでの演奏はまさに名人の一言に尽きますが、これについては、マイルスを紹介するときの楽しみとして取っておきましょう。ここでは、トリオでの演奏から二曲選んでみます。
この人の演奏は、両手いっぱいを使ったきれいなハーモニーの部分と、左手の単純なブロックコードに支えられて右手を高音域で存分に遊ばせる部分とを交代させていくところに特徴があります。
こう言っただけでは、彼の魅力を言い尽くしたことにはとてもなりませんが、とにかくこの奏法によって、何とも言えない洗練されたオシャレな雰囲気が演出されます。
私はこれまで、いろいろなピアニストを聴いてきました。みんなそれぞれ魅力的で、甲乙をつけることはできません。そもそも甲乙をつけるというということにあまり意味を感じないのです。
しかし年をとったせいか、いまでは個人的な好みとして言わせていただくなら、レッドのオシャレな演奏が一番好きです。彼のピアノは、モダンジャズ界のなかで、趣味のよさという方向を突き詰めていったひとつの頂点でしょう。まじめに音を追いかけるのもよし、グラスを傾けながら、背後に流れるきれいな音の連なりに何気なく身をゆだねるのもよし、とにかくこれが嫌いだという人はまずいないだろうと確信できます。若い女性にもきっと受けると思いますよ。
それでは一曲目。「ブライト・アンド・ブリーズィ」から、ジャズ・スタンダードとして多くのプレイヤーが演奏している名曲「オン・グリーン・ドルフィン・ストリート」。パーソネルは、サム・ジョーンズ(b)、チャーリー・パーシップ(ds)。サムの円熟味のあるベースソロ、チャーリーの緻密なドラミングも聴きどころです。
Red Garland Trio, "On Green Dolphin Street"
二曲目。「グルーヴィ」から、スローバラード「ゴウン・アゲイン」。パーソネルは、ポール・チェンバース(b)、アート・テイラー(ds)。
Red Garland Trio - Gone Again.wmv
帰らぬ時を静かに回顧する。後悔のような生々しい感情は露出せず、それは表皮のずっと奥に埋められている。とにかく自分はこんな人生を過ごしてきた。いまはその起伏の記憶をなだめながら、ゆっくりと余韻を楽しむことにしよう……。
もしあなたが、寝る前にこれを聴いているのでしたら、私からひとこと、「おやすみなさい」と申し添えたいと思います。
前回まで、ビル・エヴァンスとバド・パウエルについて書いてきましたが、この二人はちょっと突出していて、ハード(高踏的)だったかもしれません。もう少し肩ひじ張らずに好きになれる、それでいてそれぞれとても個性的なピアニストたちを紹介しましょう。四人採りあげようと思っているのですが、今回はそのうちの二人。
まずはソニー・クラーク。
彼の名は、アルトサックスのジャッキー・マクリーンとのアルバム「クール・ストラッティン」で最もよく知られています。しかもハイヒールで道を歩く女性の足が大写しにされたジャケットデザインでも有名になりました。大方の男性はこれを見て、この女性は誰だろう、どんな顔をしていたんだろう、などと、いろいろ想像力をたくましくさせてきました。
もちろんこのアルバムにはいくつもの名曲が収められていますが、ジャッキーの活躍が前面に出ているので、ここでは、ソニーのピアノのほうに焦点を当てたいと思います。
この人も早く死んでしまいましたが、短い期間に、黒人のソウルフルなジャズピアノを思い切り楽しませてくれたプレイヤーです。
この人の演奏の特徴は、メロディーラインを奏でる右手のタッチが非常に強いことで、それが私たちの心をブルース魂そのもののなかにぐっと惹きこんでいきます。一つ一つの音がたいへん明快であり、それゆえリズムの進行にほんのわずか遅れがちのようにも聞こえますが、それがまた、ジャズという音楽の「けだるい大人っぽさ」とでもいうような雰囲気をうま~く醸し出しています。シンプルであることの良さがいかんなく発揮されているといえるでしょう。この時期の並み居るピアニストたちを代表する一人と呼んでいいかもしれません。
それでは、タイム版のアルバム「ソニー・クラーク・トリオ」から、彼のオリジナル曲「ニカ」。このニカというのは、チャーリー・パーカーやセロニアス・モンクの後援者だった有名な夫人の名前だそうです。パーソネルは、ジョージ・デュビビエ(b)、マックス・ローチ(ds)。
Sonny Clark Trio Nica
次に、レッド・ガーランド。
この人は、マイルス・デイヴィス・クインテットのピアニストのなかで最も活躍した人で、そこでの演奏はまさに名人の一言に尽きますが、これについては、マイルスを紹介するときの楽しみとして取っておきましょう。ここでは、トリオでの演奏から二曲選んでみます。
この人の演奏は、両手いっぱいを使ったきれいなハーモニーの部分と、左手の単純なブロックコードに支えられて右手を高音域で存分に遊ばせる部分とを交代させていくところに特徴があります。
こう言っただけでは、彼の魅力を言い尽くしたことにはとてもなりませんが、とにかくこの奏法によって、何とも言えない洗練されたオシャレな雰囲気が演出されます。
私はこれまで、いろいろなピアニストを聴いてきました。みんなそれぞれ魅力的で、甲乙をつけることはできません。そもそも甲乙をつけるというということにあまり意味を感じないのです。
しかし年をとったせいか、いまでは個人的な好みとして言わせていただくなら、レッドのオシャレな演奏が一番好きです。彼のピアノは、モダンジャズ界のなかで、趣味のよさという方向を突き詰めていったひとつの頂点でしょう。まじめに音を追いかけるのもよし、グラスを傾けながら、背後に流れるきれいな音の連なりに何気なく身をゆだねるのもよし、とにかくこれが嫌いだという人はまずいないだろうと確信できます。若い女性にもきっと受けると思いますよ。
それでは一曲目。「ブライト・アンド・ブリーズィ」から、ジャズ・スタンダードとして多くのプレイヤーが演奏している名曲「オン・グリーン・ドルフィン・ストリート」。パーソネルは、サム・ジョーンズ(b)、チャーリー・パーシップ(ds)。サムの円熟味のあるベースソロ、チャーリーの緻密なドラミングも聴きどころです。
Red Garland Trio, "On Green Dolphin Street"
二曲目。「グルーヴィ」から、スローバラード「ゴウン・アゲイン」。パーソネルは、ポール・チェンバース(b)、アート・テイラー(ds)。
Red Garland Trio - Gone Again.wmv
帰らぬ時を静かに回顧する。後悔のような生々しい感情は露出せず、それは表皮のずっと奥に埋められている。とにかく自分はこんな人生を過ごしてきた。いまはその起伏の記憶をなだめながら、ゆっくりと余韻を楽しむことにしよう……。
もしあなたが、寝る前にこれを聴いているのでしたら、私からひとこと、「おやすみなさい」と申し添えたいと思います。
語彙が貧弱なのでうまく表現できませんが、とてもなめらかな感触の音で、ピアノという楽器がこういう音を出すものなのだと、初めて知った気がします。
愚弟は大学生時代から多少ジャズに親しんでいたので、私もエヴァンスのピアノなど耳にしていたはずなのですが、当時はまったく関心が持てませんでした。
今、レッドのピアノが心に響くようになったのは、もともと低い精神年齢が、やっと実年齢相応になってきたせいかと思います(笑)。
共感していただいて、とてもうれしく思います。
たぶん、レッドのあの右手のタッチは、相当の抑制を効かせているところが秘密なのでしょうね。軽くなめらかで、それでいて、通俗に流れない高貴な、成熟した雰囲気を醸し出している。
いやいや、言葉を出すのが野暮に思えてきて仕方がありません。
またよろしく。