9月21日、日銀は政策決定会合で、「金融緩和強化のための新しい枠組み」と称して、量的・質的金融緩和導入以降の経済動向と政策効果についての「総括的な検証」を行い、その見解を発表しました。
その要旨を見ますと(産経新聞2016年9月22日付)、例によって、事実と異なることが平然と書かれていたり、物価上昇が目標どおりにいかなかったことを「外的な要因」のせいにしています。
たとえば――
まず、「大規模な金融緩和の結果、物価の持続的な下落という意味でのデフレはなくなった」と書かれています。「物価の持続的な下落という意味での」と但し書きをつけているところがいかにも苦しいですが、事実は、4~6月の消費者物価指数はすでに発表されているとおり、0.5%下がっています。2%目標には程遠いのに、これを「デフレはなくなった」とは何事でしょうか。
次にこの目標達成ができなかった原因を、原油価格の下落、消費増税後の需要の弱さ、新興国経済の減速といった「外的な要因」に帰しています。しかし、日銀は、そうした金融政策以外の要因とかかわりなく、リフレ派理論に従って、金融緩和だけで目標を達成できるとコミットメント(責任履行を伴う約束)したのですから、こういう言い訳は通用しないはずです。さまざまな外的要因をいつでも考慮のうちに入れておかなければ、そもそも目標設定の意味がありません。
さらに、マネタリーベース(法定準備預金+現金通貨)の拡大が「予想物価上昇率の押し上げに寄与した」と書かれていますが、「予想」(=期待)と付け加えているところがミソで(誰が予想しているのか?)、現実の物価上昇率とのかかわりについては何も言及されていません。手の込んだ言い逃れです。当局が勝手に2%と予想すれば、それで「寄与」したことになるというわけです。予想して量的緩和を行い、その予想が全然当たらなくても、予想自体はもとのままなのだからその予想に「寄与」したのだ、というめちゃくちゃな論理です!
最後に、マイナス金利の導入が長期金利の低下までもたらしたので、国債の買い入れとマイナス金利との組み合わせが有効であることが明らかとなったと書かれています。マイナス金利の導入は、市中銀行の経営を圧迫するという大きな副作用をもたらしていますが、それについては何も触れられていません。おまけに、長期金利まで低下したからといって、融資は一向に促進されず、投資も消費もほとんど伸びず、実体経済には何の有効な結果ももたらしていません。
要するに今回の「総括的な検証」なるものは、全編、この間の日銀の政策が(2013年当初を除き)効果がなかった事実をあったかのようにごまかして正当化するための「検証」だったということになります。
経済評論家の島倉原(はじめ)氏は、日銀が「これまでのコミットメントに加え、安定的に2%を『超える(オーバーシュート)』ことを現行のマネタリーベース拡大政策の新たなターゲットとする」と述べているのに対して、次のように書かれています。まったくこの通りというほかはありません。
しかしながら、もともと効果が乏しいと自らが認めている(この認識自体は正しい!)中央銀行の目標設定を、言葉遊びのレベルで「2%を実現する」から「2%を超える」に強めたところで、どれほどの上乗せ効果が見込めるというのでしょうか。
こうした政策を「新しい枠組み」として掲げていることが、むしろ現行の金融政策の迷走ぶりを示していると言えるでしょう。(「金融政策の迷走」三橋経済新聞9月22日付)
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もっとも島倉氏も私も、黒田バズーカが無意味だったと言っているのではありません。それはそれで一時的に円安、株高を導き輸出産業はいっとき息を吹き返しました。しかし3年にわたる「大胆な金融緩和」は、デフレ脱却にとって一番必要な内需の拡大にはまったく結びつきませんでした。これは金融政策だけではデフレ脱却には限界があるということを図らずも証明しているわけです。日銀としては、デフレ脱却のための政府の無策ぶりを公然と批判するわけにもいかず、苦し紛れの弁解に終始したということなのでしょう。
このブログでも繰り返してきましたが、消費や投資が冷え込んでいるときに政府は消費増税という最愚策を断行して、日本経済にさらに致命的な打撃を与えました。また内需拡大のためには緊縮財政路線を即刻改めて、本来アベノミクス第二の矢であった「積極的な財政出動」を継続し続けなければならなかったのに、それも1年だけしかやりませんでした(ようやくその方向に舵を切ろうとはしていますが、財務省のプライマリーバランス回復論がいまだに大きく壁として立ちはだかっています)。
さて9月21日の18時、NHKラジオ夕方ニュースでこの日銀の「新しい枠組み」問題を取り上げていました。ここに解説者の一人として登場した第一生命チーフエコノミストの熊野英生氏は、この件に関して、日銀の政策には限界があるので政府の財政運営に期待するという趣旨のことを語っていました。ここまでは一応同意できます。もっともこれは今回の日銀のペーパーにもすでに書かれていることですが。
熊野氏はもともと日銀出身のエコノミストなので、日銀の政策に異を唱えないのはわからないではありません。問題なのは、彼が、この「新しい枠組み」によってデフレ脱却が可能なのかという最も聴取者の関心を呼ぶ疑問に対して、政府の財政運営への期待に言及しながら、脱却を困難にしてしまった2014年の消費増税の失敗や、いまようやくシフトしつつある積極的な財政出動政策についてまったく触れようとしなかったことです。
熊野氏が、期待されるべき政府の財政運営として言及したのは、規制緩和による成長戦略(つまりアベノミクス第三の矢)であって、これは小泉改革以来の構造改革路線なので、百害あって一利なしです(拙著『デタラメが世界を動かしている』第三章参照)。
熊野氏ばかりではありません。同席していたNHK解説委員の関口博之氏の解説や、アナウンサーのかなりしつこい質問の中にも、消費増税の「しょ」の字も財政出動の「ざ」の字も出てきませんでした。
今日の番組のテーマは日銀の「新しい枠組み」と「総括的な検証」についてなので、それはまた別問題だ、という弁解があるかもしれません。しかし、すでに番組中で政府の財政運営について触れているのですから、デフレ脱却を遅れさせた過去の致命的な失敗事例に一言も触れないというのはおかしいですし、これから進むべき積極的な財政政策の前に財務省の緊縮財政路線が大きな壁として立ちはだかっている事情について何も語らないというのもはなはだ客観性に欠ける。マクロ経済問題を語るには、常に総合的な視野を手放さないようにしなければなりません。
私の印象を付け加えるなら、ここにはそこに話をもっていかないような何らかの圧力がはたらいているか、そうでなければ、NHK番組構成陣の狭量な頭がそこまで及ばないかのどちらかとしか考えられません。一般の聴取者にとってただでさえ難しい経済問題です。公共放送NHKがこういう偏頗なレポートを続けているようでは、デフレ脱却へ向かっての国民の気運は、いつまでたっても高まらないでしょう。
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