倫理の起源60
さて『永遠の0』に話を戻そう。
すでに述べたように、この作品が提供している最も重要な思想的意味は、宮部久蔵という主人公の造型のうちに、大東亜戦争時における「お国のため」イデオロギーと、戦後における「平和主義」イデオロギーとの矛盾を止揚・克服しているところにある。
とかく、特攻隊などをテーマとした作品・言論は、前途ある若者たちが「お国のために」死を引き受けていくその悲運に対する哀切な共感を核にしたものか、そうでなければ、ただ「間違った戦争」という戦後イデオロギーによる言いくくりで、ここにある大切な思想的問題に頬かむりを決め込んだものが大半である。両者は共にセンチメントを根拠にしているので、永遠に交わることがない。
この稿を起こしている間に、私は原作・映画両作品に関するいくつかの感想、批評に触れたが、右翼的だ、左翼的だなどの政治的批判は問題外としても、残念ながら、この作品が戦中イデオロギーと戦後イデオロギーとの不幸な対立を克服するメッセージを発しているのだという最も重要な指摘に出会うことがなかった。
宮部久蔵は戦争という状況の中にいるかぎりは勝たなければ意味がないという信念の持ち主である。だから不合理な作戦には上官に逆らってでも異を唱える。何のために? 「お国のために」というスローガンは、それだけでは、崇高に見えるぶんだけ超越度が高すぎる。しかし、「身近な愛する者たちのために」ならば時代を超えて、だれでもそのロジックに納得するだろう。そうしてこの場合重要なのは、何々のために「死ぬ」ではなく、何々のために「勝って生還する」という構えである。「お国のために」は、背後にこうした精神の裏付けがあってこそ意味をもつのだ。
先に引いた与謝野晶子の『君死にたまふことなかれ』は、身近な愛する者に向かって、生きて還ってきてくれることを切に願う歌であり、それが「大みこゝろ」に必ずかなうはずだと訴えている「女歌」だった。宮部の言動は、男の側からそれに一心に応えようとした「男歌」だったのである。
その心はまた、『伊勢物語』に収められている、業平が歌ったとされる次の歌ごころにまっすぐ通じている。
「名にし負はば、いざ言問はん都鳥、わが思ふ人は、ありやなしやと」
この歌は、遠く都を離れた一行が心細い東路にあって、すみだ河の舟の上からカモメを見つけ、それが「都鳥」という名だと聞いて、たちまち京都に残してきた愛しい人のことを思い出し、彼女たちが息災でいるかどうかを切なく思いやった歌である。船上の男たちはこれを聴き「舟こぞりて泣きにけり」と皆大泣きした。「川を渡る」には、そもそも異界に旅立つという象徴的な意味合いが込められており、それは死を覚悟で戦場に赴くときの心情に見事に重なるだろう。
『伊勢物語』では、東下りの動機について、「その男、身をえうなきものに思ひなして、京にはあらじ。あづまの方にすむべき国もとめにとてゆきけり」とだけ説明されているが、『伊勢物語』の説話は、歌にさまざまな伝承を後から付け加えたものだから、この動機を歌が本来示している情調に結びつけて解釈する必要はない。歌の主が本当に「身をえうなきものと思ひなし」たのかどうかはわからないし、「すむべき」を、この一行のみが自発的に「すむ」ことを目指したと考えなくともよい。要は、はからずも流離の身となった男がはるか遠国から恋する女のことに思いを馳せるという一般的なシチュエーションが歌心の核心であることが読み取れればよい。だからこの歌は、都の官吏が上からの指令によって(たとえば土地開拓や遠征の意図をもって)そこに派遣されざるを得なかった時に歌われたと考えてもよいし、急な左遷を強いられたと解釈することも可能である。さらに政争に敗れて追放の身になったのかもしれない。いずれにしてもこの歌は、戦場に赴くときの兵士たちの切ない心ときわめてよく通じ合うのである。
宮部が、部下に家族の写真を見せて、辛い戦いにくじけそうになった時にこれを見ると勇気が湧いてくると答えたのも、彼がエロス的な絆を最も重んじている証拠である。束の間の休暇からの隊への帰還に当たって、背後からつと寄り添う妻に「私は必ず帰ってきます。手をなくしても足をなくしても……死んでも帰ってきます。」と彼は答える。このシーンがかぎりなく涙を誘うのも、守るべき価値がなんであるかについての彼の明晰な意識が読者・観客の胸に素直に伝わればこそである。この瞬間、その精神は、超越的・抽象的な「お国」の理念を突き抜けているのだ。
しかしひとりのうつしみは、現実には国家的共同性(公)とエロス的共同性(私)の両方を背負わざるを得ない。そればかりではない。敗色濃厚な戦局のさなかにあって、宮部は、学徒特攻要員の育成という、前途ある有能な人材を次々に死地に追いやる職業的役割を果たさなければならなかった。ここで彼の苦悩はいよいよ深まる。教官としての職業倫理と、身近なものを救わなければならぬという個体生命倫理とがまず葛藤する。
さらに教えた者たちのなかには、自分の命を捨て身で救ってくれた生徒(大石)もいる。その間に介在するのは、単に抽象的な個体生命倫理ではなく、かけがえのない友情というもう一つの具体的な人倫性であった。この人倫性もまた、職業倫理との間に葛藤を生み出さざるを得ず、こうしてこの段階で、宮部久蔵という一つの身体は、公共性と個体生命と友情という三重の人倫性を一気に背負うのである。それらのどれか一つを「選択」して貫くということが到底かなわない状況の下で。
やがて宮部と大石を含む特攻隊要員はいのちの離陸地点である鹿屋基地に配属される。当座、宮部は特攻機の目的を遂げさせるために、飛行中に特攻機を敵機の攻撃から守る直掩機に搭乗する。しかし特攻機は、装備を格段に向上させた敵艦の迎撃に遭って、目的を達する前に次々に海中に墜落してゆく。宮部は自分の無力を日々痛感して、その形相は別人のように変わり果てている。ぎらついた目と無精ひげとひとり部屋の片隅に頑なにうずくまる姿。この鬼気迫る形相は、映画作品ではじつによく描かれている。
こうして、迫りくる戦況の切迫情態と、すぐ目の前で日々命を落としてゆく若き「戦友たち」に何ら援助の手を差し伸べられない激しい無力感とによって、妻子の下に必ず生還するという彼の最大の価値感情は、無残にも押しつぶされてゆくのである。死んでゆく戦友たちをさしおいて自分の日ごろの信念を貫くことはもはや不可能だ――作品に直接描かれてはいないが、おそらくこの絶望が、彼をして特攻隊員への志願をぎりぎりのところで決断させたのである。しかし彼は信念を曲げたのではない。恩人であり戦友である大石隊員の命を救う試みと、妻子を助けてほしいというメモ書きによる大石への委託。これこそは、その信念を生かす道を最後まで捨てなかった証拠である。
こう考えてくると、絶望的な思いを抱えながら遂に特攻隊志願の道を選んだ時点における宮部の身体は、単に国家的共同性(「お国のため」)とエロス的共同性(愛しい妻子のため)とのねじれに引き裂かれていただけではないことがわかる。彼は、若き同志たちを目の前で次々に失ってゆく残酷な光景、それでも(それだからこそ)自分の磨きぬいた技量を使い尽くして敵を倒さねばならぬという職業的使命、これらにもまた引き裂かれているのだ。言い換えると、公共性、個体生命、友情、職業、エロスと、それぞれ一筋に貫くことのかなわない五つの領域における人倫の命令が互いにもつれ合いながら、宮部の身体にいっせいに襲いかかっているのだ。
それにもかかわらず、宮部はこの四分五裂した自らの身体から、命の瀬戸際で自らの信念(魂)を救い出す方法をかろうじて見つけ出した。身は公共性と職業が要求する人倫性のほうへ、そして魂は、友情とエロスが要求する人倫性のほうへ分割して奉納したのである。だから、彼の魂は、戦友・大石と妻・松乃の下へと帰ってきた。そうしておそらくは孫たちの下へも。
「身を殺して魂を殺し得ぬ者どもを懼るな。身と魂とをゲヘナにて殺し得る者を懼れよ」(マタイ伝10章28節)という厳粛な言葉を思い浮かべるのは私だけだろうか。魂は殺されなかったのであり、それは、近代国家という公共体の下にではなく、友情とエロスという実存のふるさとのほうに帰還したのだ。
ここで、映画作品での一連の印象的な展開について触れておきたい。宮部の命を救った大石が入院しているとき、宮部が見舞いに訪れ、妻が念入りに修理してくれた外套を大石にプレゼントする。大石は戦後もずっとその外套を着ている。新しい品を買う余裕がなかったのも理由かもしれないが、これはあの宮部さんの形見であるという気持ちが強かったのだろう。彼がようやく松乃の家を探し当てて戸口に立った時、松乃は男の影が差すのを見て警戒し、思わず箒に手を伸ばす。じつはこの箒に手を伸ばす場面は、宮部が不意の休暇で帰宅した時にも出てくる。両者は意識的にダブらせてあるのだ。そうして次の瞬間、戸が開くと、松乃はそこに宮部の姿を見る。だって自分が精魂込めて修理したあの外套を着ているではないか。すぐカットが変わり、立っているのは見知らぬ男・大石である。
外套を小道具に使ったこの展開は見事であり、まさに宮部の魂が帰ってきたことが暗示されているのである(なお同じ展開は、作品構成上の制約はあるものの、原作でも伏線として記されている)。
さて『永遠の0』に話を戻そう。
すでに述べたように、この作品が提供している最も重要な思想的意味は、宮部久蔵という主人公の造型のうちに、大東亜戦争時における「お国のため」イデオロギーと、戦後における「平和主義」イデオロギーとの矛盾を止揚・克服しているところにある。
とかく、特攻隊などをテーマとした作品・言論は、前途ある若者たちが「お国のために」死を引き受けていくその悲運に対する哀切な共感を核にしたものか、そうでなければ、ただ「間違った戦争」という戦後イデオロギーによる言いくくりで、ここにある大切な思想的問題に頬かむりを決め込んだものが大半である。両者は共にセンチメントを根拠にしているので、永遠に交わることがない。
この稿を起こしている間に、私は原作・映画両作品に関するいくつかの感想、批評に触れたが、右翼的だ、左翼的だなどの政治的批判は問題外としても、残念ながら、この作品が戦中イデオロギーと戦後イデオロギーとの不幸な対立を克服するメッセージを発しているのだという最も重要な指摘に出会うことがなかった。
宮部久蔵は戦争という状況の中にいるかぎりは勝たなければ意味がないという信念の持ち主である。だから不合理な作戦には上官に逆らってでも異を唱える。何のために? 「お国のために」というスローガンは、それだけでは、崇高に見えるぶんだけ超越度が高すぎる。しかし、「身近な愛する者たちのために」ならば時代を超えて、だれでもそのロジックに納得するだろう。そうしてこの場合重要なのは、何々のために「死ぬ」ではなく、何々のために「勝って生還する」という構えである。「お国のために」は、背後にこうした精神の裏付けがあってこそ意味をもつのだ。
先に引いた与謝野晶子の『君死にたまふことなかれ』は、身近な愛する者に向かって、生きて還ってきてくれることを切に願う歌であり、それが「大みこゝろ」に必ずかなうはずだと訴えている「女歌」だった。宮部の言動は、男の側からそれに一心に応えようとした「男歌」だったのである。
その心はまた、『伊勢物語』に収められている、業平が歌ったとされる次の歌ごころにまっすぐ通じている。
「名にし負はば、いざ言問はん都鳥、わが思ふ人は、ありやなしやと」
この歌は、遠く都を離れた一行が心細い東路にあって、すみだ河の舟の上からカモメを見つけ、それが「都鳥」という名だと聞いて、たちまち京都に残してきた愛しい人のことを思い出し、彼女たちが息災でいるかどうかを切なく思いやった歌である。船上の男たちはこれを聴き「舟こぞりて泣きにけり」と皆大泣きした。「川を渡る」には、そもそも異界に旅立つという象徴的な意味合いが込められており、それは死を覚悟で戦場に赴くときの心情に見事に重なるだろう。
『伊勢物語』では、東下りの動機について、「その男、身をえうなきものに思ひなして、京にはあらじ。あづまの方にすむべき国もとめにとてゆきけり」とだけ説明されているが、『伊勢物語』の説話は、歌にさまざまな伝承を後から付け加えたものだから、この動機を歌が本来示している情調に結びつけて解釈する必要はない。歌の主が本当に「身をえうなきものと思ひなし」たのかどうかはわからないし、「すむべき」を、この一行のみが自発的に「すむ」ことを目指したと考えなくともよい。要は、はからずも流離の身となった男がはるか遠国から恋する女のことに思いを馳せるという一般的なシチュエーションが歌心の核心であることが読み取れればよい。だからこの歌は、都の官吏が上からの指令によって(たとえば土地開拓や遠征の意図をもって)そこに派遣されざるを得なかった時に歌われたと考えてもよいし、急な左遷を強いられたと解釈することも可能である。さらに政争に敗れて追放の身になったのかもしれない。いずれにしてもこの歌は、戦場に赴くときの兵士たちの切ない心ときわめてよく通じ合うのである。
宮部が、部下に家族の写真を見せて、辛い戦いにくじけそうになった時にこれを見ると勇気が湧いてくると答えたのも、彼がエロス的な絆を最も重んじている証拠である。束の間の休暇からの隊への帰還に当たって、背後からつと寄り添う妻に「私は必ず帰ってきます。手をなくしても足をなくしても……死んでも帰ってきます。」と彼は答える。このシーンがかぎりなく涙を誘うのも、守るべき価値がなんであるかについての彼の明晰な意識が読者・観客の胸に素直に伝わればこそである。この瞬間、その精神は、超越的・抽象的な「お国」の理念を突き抜けているのだ。
しかしひとりのうつしみは、現実には国家的共同性(公)とエロス的共同性(私)の両方を背負わざるを得ない。そればかりではない。敗色濃厚な戦局のさなかにあって、宮部は、学徒特攻要員の育成という、前途ある有能な人材を次々に死地に追いやる職業的役割を果たさなければならなかった。ここで彼の苦悩はいよいよ深まる。教官としての職業倫理と、身近なものを救わなければならぬという個体生命倫理とがまず葛藤する。
さらに教えた者たちのなかには、自分の命を捨て身で救ってくれた生徒(大石)もいる。その間に介在するのは、単に抽象的な個体生命倫理ではなく、かけがえのない友情というもう一つの具体的な人倫性であった。この人倫性もまた、職業倫理との間に葛藤を生み出さざるを得ず、こうしてこの段階で、宮部久蔵という一つの身体は、公共性と個体生命と友情という三重の人倫性を一気に背負うのである。それらのどれか一つを「選択」して貫くということが到底かなわない状況の下で。
やがて宮部と大石を含む特攻隊要員はいのちの離陸地点である鹿屋基地に配属される。当座、宮部は特攻機の目的を遂げさせるために、飛行中に特攻機を敵機の攻撃から守る直掩機に搭乗する。しかし特攻機は、装備を格段に向上させた敵艦の迎撃に遭って、目的を達する前に次々に海中に墜落してゆく。宮部は自分の無力を日々痛感して、その形相は別人のように変わり果てている。ぎらついた目と無精ひげとひとり部屋の片隅に頑なにうずくまる姿。この鬼気迫る形相は、映画作品ではじつによく描かれている。
こうして、迫りくる戦況の切迫情態と、すぐ目の前で日々命を落としてゆく若き「戦友たち」に何ら援助の手を差し伸べられない激しい無力感とによって、妻子の下に必ず生還するという彼の最大の価値感情は、無残にも押しつぶされてゆくのである。死んでゆく戦友たちをさしおいて自分の日ごろの信念を貫くことはもはや不可能だ――作品に直接描かれてはいないが、おそらくこの絶望が、彼をして特攻隊員への志願をぎりぎりのところで決断させたのである。しかし彼は信念を曲げたのではない。恩人であり戦友である大石隊員の命を救う試みと、妻子を助けてほしいというメモ書きによる大石への委託。これこそは、その信念を生かす道を最後まで捨てなかった証拠である。
こう考えてくると、絶望的な思いを抱えながら遂に特攻隊志願の道を選んだ時点における宮部の身体は、単に国家的共同性(「お国のため」)とエロス的共同性(愛しい妻子のため)とのねじれに引き裂かれていただけではないことがわかる。彼は、若き同志たちを目の前で次々に失ってゆく残酷な光景、それでも(それだからこそ)自分の磨きぬいた技量を使い尽くして敵を倒さねばならぬという職業的使命、これらにもまた引き裂かれているのだ。言い換えると、公共性、個体生命、友情、職業、エロスと、それぞれ一筋に貫くことのかなわない五つの領域における人倫の命令が互いにもつれ合いながら、宮部の身体にいっせいに襲いかかっているのだ。
それにもかかわらず、宮部はこの四分五裂した自らの身体から、命の瀬戸際で自らの信念(魂)を救い出す方法をかろうじて見つけ出した。身は公共性と職業が要求する人倫性のほうへ、そして魂は、友情とエロスが要求する人倫性のほうへ分割して奉納したのである。だから、彼の魂は、戦友・大石と妻・松乃の下へと帰ってきた。そうしておそらくは孫たちの下へも。
「身を殺して魂を殺し得ぬ者どもを懼るな。身と魂とをゲヘナにて殺し得る者を懼れよ」(マタイ伝10章28節)という厳粛な言葉を思い浮かべるのは私だけだろうか。魂は殺されなかったのであり、それは、近代国家という公共体の下にではなく、友情とエロスという実存のふるさとのほうに帰還したのだ。
ここで、映画作品での一連の印象的な展開について触れておきたい。宮部の命を救った大石が入院しているとき、宮部が見舞いに訪れ、妻が念入りに修理してくれた外套を大石にプレゼントする。大石は戦後もずっとその外套を着ている。新しい品を買う余裕がなかったのも理由かもしれないが、これはあの宮部さんの形見であるという気持ちが強かったのだろう。彼がようやく松乃の家を探し当てて戸口に立った時、松乃は男の影が差すのを見て警戒し、思わず箒に手を伸ばす。じつはこの箒に手を伸ばす場面は、宮部が不意の休暇で帰宅した時にも出てくる。両者は意識的にダブらせてあるのだ。そうして次の瞬間、戸が開くと、松乃はそこに宮部の姿を見る。だって自分が精魂込めて修理したあの外套を着ているではないか。すぐカットが変わり、立っているのは見知らぬ男・大石である。
外套を小道具に使ったこの展開は見事であり、まさに宮部の魂が帰ってきたことが暗示されているのである(なお同じ展開は、作品構成上の制約はあるものの、原作でも伏線として記されている)。
御論はいつも拝読させていただいておりますが、今回は、読書会で、「永遠の0」について貴兄とも話し合ったことがある者として、多少の異論、まではいかない、違和感を、御論への疑問という形で述べたいと思います。それは大きく分けて二つあります。
(1)特攻などという非合理的にして人命軽視(というより人命蔑視)である作戦を考え出した軍上層部への百田尚樹氏及び貴兄の批判には大いに同意します。そして、こう批判すると、「日本のために命を捧げた純粋な若者の心情を少しも汲まず、まるで無駄死にだったかのように言うのは許せない」という反発に現在でも時折出会いますが(かなり以前、ごいっしょに出会ったことがあるのをご記憶ですか?)、これは危険であることも。だって、逆から見ると、「特攻隊員達の死を嘉するとしたら、あの作戦に多少とも意義を認めなければならない」と言われていることになりますから。
それはわが国の今後のために是非よしていただきたい。特攻は「統率の外道(外道の作戦)」だと、その発案者だということになっている大西瀧治郎中将も言ったとか聞いています。その通り、敗北よりずっと悪い悪あがきです。
そのことを、戦後的人命第一主義ではなく、よりクールな、「戦争に勝つための方策」の面からも明らかにしたのが「永遠の0」の優れたところです。それというのも、こちらの兵はなるべく生かし、敵方をなるべく多く殺すように考えるのが、軍事作戦の要諦の一つではないですか? それなら、「絶対に戦争から生きて帰る」→「そのために、戦闘では、こっちを殺しにやってくる敵を、すみやかに、確実に殺す」という決意は、軍人のものとして、少しもおかしくも、邪道でもないことになります。ただ、美しくはない。そこに罠がある。戦場で「見事に、立派に死ぬ」ことの美学が、「戦争は勝つためにやる」という大前提を忘れさせてしまうところが。
つまり、以前貴兄がおっしゃったように、美学で戦争を語ることははなはだ危険なのです。戦争のような、最も危険な事業こそ、最も合理的にやらねばならない。
と、言うと、「いや、しかしなあ……」とすぐに思えてくるのが私のくせでして。だって人間が完全に合理的にふるまえるものなら、もともと戦争なんて起きない道理ですから。これは以前にも申しました。
アメリカだって、第二次世界大戦時には、特攻ほどではないにしろ、ずいぶん無茶な作戦を実施したことは「永遠の0」にも記されていたと思います。それから、大東亜戦争は「勝つ見込みはほとんどなかった」という意味でもともと無茶な戦争だと言うなら、日露戦争だって似たようなもんです。ロシアに勝てるなんて、政府や軍の上層部はほとんど思っていなかった。明治天皇も伊藤博文も反対した。でも、やって、勝った、厳しく見ても、負けはしなかった。日露戦争時に比べて大東亜戦争時の軍部はすっと独善的で傲慢で、緊張感を欠いていた、とは言えるかも知れません。それにしても、あくまで慎重に第一、と考えていたとしたら、大国とは戦争は出来ない。すると、近代日本はどうなったことやら。よりよくなったろうとは簡単には思えません。
個々の兵士に目を向けても、美学は全くなしで戦う、というわけにはなかなかいきませんでしょう。「戦場で華々しく散るのは名誉」と百パーセント信じ込んでた人はきっと稀でしょうが、だからと言ってこのような煽り文句の景気づけが百パーセントないとしたら、たとえ志願制の軍でも、ちゃんと戦えるものかどうか。クールに、「戦争は、要するに、勝てばいいんだ」というのもカッコいいとは思いますが、それだけですむかどうか? すまないとしたら、美学をどう使って、どう制御するのか? これは『軟弱者の戦争論』を書いた頃から頭を離れない疑問です。
(2)「この作品が提供している最も重要な思想的意味は、宮部久蔵という主人公の造型のうちに、大東亜戦争時における「お国のため」イデオロギーと、戦後における「平和主義」イデオロギーとの矛盾を止揚・克服しているところにある」というのはいかがなものでしょうか。
私も、小説にも映画にも感動した一人ですが、その感動とは、「とてもよくできたフィクションだなあ」というものでして。かつての凡庸な文学青年として、今はいよいよ凡庸な文学老年として、フィクションを軽蔑するわけはありません。しかし、そこには自ずと、限界がある。貴兄がその程度のことをわきまえておられないとは思いませんが、老婆心ながら、ちょっと危ういかなあ、と感じられました。
順に申しましょう。上のような信念を抱いていた宮部久蔵が、なぜ特攻などという十死零生の作戦に志願して参加したのか。小説でも映画でも直接の説明はありませんが、たぶん、ご推察の通りでしょう。自分が援護に付いた若い兵士たちが、ほとんどなすところなく斃れていく、自分にもそれをどうすることもできない、その体験を何度も重ねて、焦燥感と絶望感にかられて、ついに、自分だけ生き残るわけにはいかない心境まで追い詰められたのでしょう。この時点では宮部は、「必ず帰る」という妻との約束を破るのもやむなし、と感じたことになる。
さてしかし同じ出撃隊に、かつて自分を救うべく敵機に無茶な攻撃を仕掛けて重傷を負った大石がいた。それで、彼の身代わりとして死ぬことにした。この結末のために、御論もそうであるように、あったはずの先の彼の決意「妻子の元へは帰らない」は読者や観客の脳裏からほとんど消えてしまう。なかなかズルイやり方だなあ、とは思いませんか? いやもちろん、ストーリーテラーとしての力量を褒めるために言っているのですよ。
それからの結末の付け方。①大石の乗った機が宮部の見込み通りちゃんと故障した。②大石が技術的に非常に難しい孤島への不時着に成功した。このどちらかが欠けたら、彼が宮部の妻・松乃の面倒をみることも出来なかった。③もう一人、最初は宮部に反発していたが、やがて彼の技倆と人柄に魅了されることになった景浦。彼が松乃を囲ったヤクザを殺さなければ、彼女は淪落の境涯を送らねばならなかった。実に危ういところで松乃は、ということはつまり彼女の娘も孫たちも、救われている。
そしてそれはすべて、元は宮部が死んで遺した多くの種が実を結んだものだった。つまり彼は結果として、「たとえ死んでも、家族の元へ帰る」約束を果たしたことになる。実に都合のいい、お話みたいなお話だ。まあ、お話だからですけど。そして、すべての大前提に、宮部の崇高な自己犠牲があるので、それへの共感と畏敬の涙のおかげで、ほとんど誰も、都合が良すぎる不自然さにツッコミを入れる気がしなくなる。
これもよくできている話に違いないんですが、また、自己犠牲の物語がいかに美しいか、人の心をどれほど動かすことができるか、ということの実例でもあります。前述の、特攻隊美学の厄介さも、つまりはここにあるわけです。
と、どうしても皮肉なような言い方になりますが、私は全く、このストーリーテリングに感心しているのです。ご指摘のように、小道具としての外套の使い方など、全く舌を巻くぐらいの見事さだ。【因みに、最近ネットでは『殉愛』問題もあって百田氏の評判が悪く、「永遠の0」の面白いところは坂井三郎「大空のサムライ」やら浅田次郎「壬生義士伝」のパクリだ、というような言説が盛んですが、少なくとも最後のこの部分は、両著には影も形も無い、全くのオリジナルです。】
それはそれとして、この物語を「思想的」にまとめると、こういうふうになりはしませんか。
「公(国家)への誠忠と私(家族)への思いを、奇跡的に合体させることができた場合の話」。
「奇跡」は言い過ぎであるとしても、「特例」であることは確かでしょう。現実はなかなか、こううまくはいかない、という意味で。まあ土台、宮部久蔵のようなスーパーヒーローが現実にいるとは思えないので、こんなことを言うのも野暮ではあるのですが、そこは敢えて無視して、上の三条件のうちどれか一つでも欠けたら、宮部の超人的な意思力と行動力をもってしても、彼の家族は救われなかったことになる。そして現実とは、だいたいにおいて、そうしたものでしょう。だからこそ、人々に夢を与えるフィクションの需要が出てくるわけですが。しかし、それは畢竟夢でしかない。
すると、我々平凡で非力な者が宿命とか国家というような巨大なものに抵抗するとは、所詮夢物語でしかないのか。いや、そんなことはない、と信じます、いや、信じたいです。人間の努力が、現実に家族を救うというような実は結ばないとしても、そこに込められた思いは、必ず何ものかであろう、と。それをできるだけ闡明していくことが、いつも変らぬ文学的また思想的課題であろうと思っているのですが、如何ですか?
長々と弁じて、しかも最後は何やらエラソーになってしまってすみません。
いずれ愚考には違いありませんが、貴兄が今後思考を多面的に進めるにあたり、多少の参考になれば幸いです。
少々他のことにかまけていて、お返事が遅くなり申し訳ありません。
由紀さんらしい繊細な突込み(?)ですね。たいへん参考になりました。こちらも気をつけてお答えしたいと思います(笑)。
(1)について。
この問題は、戦争において合理性か美学のどちらを選ぶべきかといった二者択一で議論する問題ではありませんね。貴兄もそのことはじゅうぶん理解された上でのご発言と受け取れます。
美学がまったくない所で闘えるか、闘えないだろうという貴兄の指摘に賛成します。ただそれが生きるのは、むしろ現場における兵士たちの士気にかかわる部分で重要性を持つのだろうと思います。「いのちを捨てる覚悟で闘う」という思いが個々の兵士のうちに多少ともなければ、たぶん負けるでしょうね。傭兵がそのいい例です。
私自身もこのシリーズのどこかで、士気の重要性を指摘した覚えがあります。ただ、その士気にしても、宮部久蔵的な戦闘の合理性を重んじる態度とけっして矛盾しないと思うのです。敵を絶対に倒すという志を持続するためにこそ、士気を高める必要があり、そのために集団心理としての美学(勇敢さの美徳、ヒロイズム、その他何でもいいですが)があれば、大いに役立つはずです。
ひるがえって、有効な戦略を立てる参謀などの軍上層部にも、美学はもちろん必要とされますが、どちらかといえば、成果を上げ、部下をいたずらに死なせないための合理性が重要視されるべきではないか、と。
あの戦争に対する日本人の幾多の反省や意味づけのなかには、この両者(兵士の感情と作戦本部の理性)を混同するきらいがあったと思います。宮部という一身体のキャラが体現しているこの両側面が、組織全体のなかの役割分担としてうまく機能し、かつ融合していれば……と思わずにはいられません。
(2)について
貴兄の疑問を私なりに整理すると、次のようになります。
≪この物語が現実にはありえないような「奇跡」的な話である。だからこそ人々はそれに感動する。しかし、その夢物語に対する感動から、「戦中的なイデオロギーと戦後的なイデオロギーとの妥協不可能な対立の止揚・克服」という思想的意味を抽出するのは、いささか安易に過ぎるのではないか。≫
なかなか鋭い批判だと認めます。しかし、他の鑑賞者はいざ知らず、少なくとも貴兄と私との間では、あの作品のどこに感動しているかについて、相当の共通点が認められることは確かですね。
もしそうだとすると、その共通点を出発点としながら、話をさらに進めて、思想的な共通了解に達することは可能ではないでしょうか。というのも、この共通の感動のうちには、感動する私たち自身の側に、戦後の歴史を生きてきたというもう一つの共通点があり、それが感動の理由の一部を形成しているからです。
そうして、さらにその共通点のうちには、戦後社会のこの体たらくはもうちょっと何とかならないのかという思いが多少とも含まれていると思うのです。だから、宮部のようなありえないスーパーヒーローの出現に、「こんな人がいてくれたらなあ、こんな生き方ができたらなあ」という願望を抱くわけです。その願望は、思想的な希望にかろうじてつながる、と考えるのは、文学(映画)批評としては、やはり邪道ということになるのでしょうか。
ほどなく、ポータルサイト「ASREAD」に、加藤典洋氏を批判した拙稿が掲載されるはずです。よろしければそれも合わせてお読みいただき、そのうえでまたお話ししましょう。
読み通すには一頑張りが必要かも。
読めば日本史の盲点に気付くでしょう。
ネット小説も面白いです。