カワセミ側溝から

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

軽んじられる女の性の深刻さ   性からよむ江戸時代

2021-09-01 | 読書

性からよむ江戸時代/澤山美果子著(岩波新書)

 副題に「生活の現場から」とある。江戸時代に残された記録、事に個人の日記などを中心に、そこに記された性の記録を読み解き江戸の人々の暮らしぶりを性を通して考える内容になっている。
 まず最初に紹介される小林一茶の性の記録が凄まじい。小林一茶は俳句で著名な人であるが、たくさんの句作があるのはもちろんだが、生活の細かいことを日記として書き残した。特に妻菊との性交の時期と回数を克明に記録した。もともと信濃の出身であるが、15の時に江戸に奉公に出され、そこで俳諧を覚え、その後いわば俳句の先生となりそれで生計を立てられるようになる。さまざまな事情で故郷に土地を手に入れ、帰ることができるようになって、52歳になってはじめて、娘くらい年の離れた28歳の菊を嫁にもらうことになる。
 それで喜んで性交ばかりやっていたのか、というとそればかりではなく、もちろん家督を継がせるために子供を欲しがったのが第一ではないか、とも考えられる。もっとも無理に性交を強要したような向きもあるし、売春婦(夜鷹などか)を買って、性病を妻にうつしたりもしている。当時の倫理観なので簡単には言えないが、まあちょっととんでもない人である。子供は四人生まれるには生まれるが、すべて死産や幼くして失っている。結局妻の菊も、産後の肥立ちが悪かったのか、37歳で死んでしまう。一茶からうつされた梅毒が原因ではないか、ともいわれている。最初のころは一日に5回など複数回が多く、月経を挟んで性交が可能になると、コンスタンスに回数を重ねていく、という感じである。人のセックスの回数を見たからと言って不謹慎なのかもしれないが、やはりこういう著名人が克明にこのような記録を残してくれたからこそわかることであって(見栄を張って嘘を書いてない限り)、本当に貴重な資料だと思われる。
 もちろんこれは一茶の性生活ばかりを紹介してあるわけではない。江戸時代の遊女の境遇や、出自などの記録から、どのような人から、女の人たちが、いわば売られてきたのか、ということも分かる(ほとんどは貧しい家の娘や妻である)。幕府や藩の管理下に置いて遊郭はあったわけだが、実際には様々な場所で春を売る女はたくさんいた。夜鷹のように一人で夜に立つような場合もあるが、それなりに組織立って数人で置屋のような商売をしているところは、ごまんとあったようだ。そうすると遊郭の側からは、商売の邪魔者として不満が出る。なのでそういうところを摘発して、遊郭の遊女に移し替えて商売をさせるのである。勝手に売春するのは許さないが、幕府の管轄で年貢のようなものをしっかり納めさせる、ということをしていたのである。ひどいものである。またそういう境遇に陥った女は、望まぬ妊娠をすると必死に流産しようとするが、しかし結局それなりに子供は生まれる。そうするとても育てることなんてできないので捨て子になって、それが女の子なら里子としてよそで育てられて、器量がよかったりするとまた遊郭に売られたりする。ひどい親は、子供のころには育てるのが大変なのですぐに里子に出し、年頃になるともらい受けに行ってそのまま遊郭に売ってしまう。里親の中にはそれを食い止めようと親に返さない努力をするが、法的に親の権限が強いらしく、結局親に取られて売られる娘がいたようだ。日本残酷物語である。今の法律もそんなものが残っているので、すぐに改正して親元を離れた子供の親権は、元の親に属さないようにすべきであろう(特に売られるからということではないが、里親こそ本当の親だろう)。
 江戸時代の性の考え方は、家というものを中心に人間の生活が成り立ち、そのうえでしあわせがあるのだという倫理観があり、それは武士を中心としたものというよりも、民衆や農民に至るまで、たいへんに重要なことと考えられるようになっていた。そのために女というのは子供を産む性として、そうして分け隔てが難しい男の性の処理の対象としての生き方以外にはなかった、といっていいものだった。もちろん自由恋愛をして勝手に結婚を考えずに性交を交わす者たちもたくさんいたようで、そういうものを戒めて、正当な倫理としての婚姻を含め、家制度を構築していったことが見て取れる。そうしてそういう考え方は、明治の時代になっても多かれ少なかれ受け継がれていくのである。
 ものの本には江戸時代は現代と比べても性的におおらかな時代である、とされるものは多い。そういう面も絶対にないとは言えないが、階級もあり生きていくのにより困難な時代であることは間違いなく、そうして女の性というものは、非常に軽んじられていたことは間違いなかろう。ほんのちょっと前の時代に生まれた女という姓は、そう簡単に自分の自由なしあわせを手に入れることは困難だった。そうしてそれはごく当たり前のことだった。
 残酷な事実かもしれないが、読み解く面白さということでは、いい本ではなかろうか。
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