もういちど村上春樹にご用心/内田樹著(文春文庫)
村上春樹に関する論考集。村上春樹が素晴らしいという思いを、さまざまな角度で論じられている。元は著者のブログで書いたものを下敷きにしているようだ。著者の内田先生は、村上春樹が日本の主論壇で正当な評価がされていない感じに不満があるようだが(実際村上を無視するものを含め、明らかに嫌っている日本の古くからの批評家はそれなりにいる。もちろん嫉妬している人も含めてかもしれないが。批評家のすべてがそうとは言えないまでも、作家になれない批評家というのは、それなりに存在する。村上はそのような批評家を過去に何度もあざ笑っている。要するに村上自身も不満があるということなのだろう)、村上春樹は確固たる世界的な評価の高い世界文学者である。そうして実際にその文学性は、驚くほどに世界水準で抜きんでている。いったいそれは何故なのか。それは、読むもの一人一人に対して、実は私のために書いている物語なのではないかと思わせるものを、村上が書ける作家だからなのである。そうして日常のことを書きながら、異界の世界へ出入りして、そうでありながらそれなりに訳が分からない。
村上春樹のそのような描写の解釈であるとか、テーマ性であるとか、音楽であるとか、料理であるとか、アイロン掛けであるとか、父性の不在や、邪悪な不条理性なども論じてある。なるほどね。それらは僕らを虜にして離さない、村上春樹の魔術のそれぞれである。なんだか最近は、ノーベル文学賞を受賞するほぼ確実性について盛り上がっている感もあるけれど、それもどうだかよく分からない感じになっている。昨年久しぶりに長編小説が発表され、もちろん小説としてはベストセラーになったものの、これまでの村上作品のように爆発的には売れなかったようにも感じられた。村上春樹は国民的な作家であるだけでなく、繰り返すが全世界的な作家であり人気があるが、普通の男にはできないことをさらりとやり遂げて、しかしながらそれを何とも思っていない風を装っており、嫉妬される。そういうことを繰り返して、毀誉褒貶が絶えることが無いのである。
僕もご多聞に漏れず中学生からの読者で、おそらくコアな村上ファンだ。何度もファンレターのようなものを書き、それらに媒体を通してお返事も頂いたこともある。当時は感激し、それらは家宝にしている(たぶんあると思うが)。村上春樹についてわからないことがあったら、ご用心を読んで、さらに混迷を深めてほしい。