ついこの前のTVのじゅん散歩という番組で谷根千の散策を数回に分けて放映していたが、その少し前に女房が日暮里繊維街に行くというのでおつきあい、半日ほど日暮里駅周辺に出没して歩き回ってきました。実はもう50年ほど前の学生時代の4年間をこのあたりで暮らしたので、かなり土地勘はあるつもりだったが、新しい店などができてきていて個々を見たらかなり変わったような、特に千駄木の高台方面はマンションが建ち並び昔の面影はなくなっていますね。しかし谷中銀座からよみせ通りや細い路地などには、そのころからの店もソコソコにあって、人は次世代交代しているだろうが、街そのもの風情は下町らしく変わらないようでした。でも駅反対側の東日暮里方面は全く変わったみたい。
まずは日暮里駅そのものが変わっていてまごつきましたよ、駅の前で線路を渡る道路も山手線外側は全く付け替えられて新交通路線もできている、変化の象徴的にスカイツリーが冒頭写真のように見えるんです、そして高層マンションも、昔は小さな駅の東側は高いものがなく殺風景な街で行こうとも思わなかったから繊維店があるということは知らなかった、繊維街として一般に有名になったのはいつごろからなんでしょう、こちらの街の様子は様変わりしたような。
日暮里駅、この左手に見える道の先がまったく違った方向に造り替えられていた
繊維街方面の案内図
両側ビルに囲まれた繊維街通りの入口
繊維街といってもズラリと連なってではないからやはり地味な感じの商店街です、でも女房はどこよりも種類が豊富で安いと申しておりました
僕は布地などには興味がないからと、ほかに何かないかと繊維街の最奥まで初めて 歩いてみたが、駅からは離れた方に行くにしたがっていくつか地元密着といった感じの店構えの和洋中いろいろな食事処をみつけ、女房の買い物が終わったというTELに、奥まで歩いてきてもらって落ち合って、そのうちのどれかで昼を食べようと。それで入ったのが、下町の小さなレストランと三河名物みそとんかつの看板を掲げる三好弥という店に。
三好弥
メニュー看板
メニューは組合せランチがいくつか、メニュー看板には書かれていないよりリッチらしいQランチを食べている人が多かったが、僕は揚げ物何種類もはクドイからと、みそとんかつのかつ丼なるものがどんなものかと注文、女房はよせばいいのにBランチを。みそとんかつかつ丼は卵とじで普通のカツ丼みたいであったが、やはり味噌味があるもののタレと勝ちあうほどには強くなく悪くはありません、ただし丼が洋風を意識してかやや深めの皿なので箸ではご飯がバラけて食べにくい。女房はやはりご飯は半分以上残すことに、年寄りには盛合わせは多過ぎですよ。なお言わしてもらえば三河名物なら味噌汁は赤だしがいいと思うのだが、なぜか普通の味噌汁で三河が泣いてしまう、それもややショッパメで味噌はもう少し控えめにしましょうよ。
みそかつ丼
Bランチ
駅まで戻ってきて今度は山手線の内側に、こちらの夕やけだんだんまでとその先の谷中銀座、よみせ通り周辺の光景は昔とあまり変わっていませんが、店はかなり変わっているのと、観光客らしい人たちで賑わい外人も多いのには驚いた、下町としては知られてはいたが昔はそれほどでもなかったが。駅には大きな谷根千MAPもあって、人気の街となればここに進出してくる店も多くなるわけですね。でもいくつかは昔からの見覚えのある店があるのはうれしいです、昼をよく食べていた店では一軒だけ蕎麦屋だった店が昔のままで店名もそのままに残っていました、でも昼はやっていないようで飲み屋になったんでしょうか、もしその当時の親父さんから受け継いだのならその頃小学校前の子供だったのが今の店主かも。
谷中銀座では昔は安いことで有名だったはずだが、今ではかなり値の張る食材やスイーツの店がありますね、でも下町なら特に惣菜類は安くないといけません、当然に今晩のものには我々は安いものをいくつか。番外では東南アジアなどの工芸品を並べる店ができていて、店主と少数民族の衣装や曼荼羅などの蘊蓄を話していたら、ちょうど2Fで中国東南部の少数民族の織や刺繍の展示をやっているというので、やはりこういう展示では高いので買わないけれど、女房は面白い指輪があると、刺繍の端切を加工したものとかでこういうものには目が利くんです、まぁ小間物なら買ってもいいでしょう。
谷根千側の案内図
駅にあった谷根千MAP
夕やけだんだん
谷中銀座
竹工芸の翠屋は左手路地の奥にあったのが表通りに進出しています、こちらは日本伝統工芸展でも何度か入賞された方の店
肉のすずきはTVでおなじみ、でもメンチは買わずにシュウマイを
この総菜屋さんは安いです
その晩のおまずの一部に
よみせ通リにthe ETHNOETH GALLARYという東南アジア工芸品がメインの店が
アイデアものの指輪ですね
細い路地のすずらん通りに昔から残る蕎麦屋だった店が、亡くなった志ん生が一人で食べていたことも
女房は日暮里繊維街にはこれからも買いに来るというので、その際は僕も付き合ってまた懐かしい街を巡ってみようかと、その時はいくつかコースを変えてもっと足を延ばしてみたいもの、今回は1日で18000歩弱をカウントしていましたよ。