仁、そして、皆へ

そこから 聞こえる声
そして 今

当日

2008年03月31日 17時30分16秒 | Weblog
 闇のない夜がやってきた。夕暮れの薄暗さよりも明るい夜。既にその明るさに慣れていると会場の中は目が慣れるまでは焦点が合いにくく、一人で歩くのが不安になるくらいの光量に設定されていた。解散してから何時間たっていたのだろう。すべてが連続しているような感触。時間は全ての人に平等に流れているはずだが、時間はすべての人に固有の流れ方をする。待ちきれない人が開場の3時間前くらいから「ベース」の周りをうろついていた。
 8時半、仁とマサミをのせたマサルの車がケーキ工場の脇にある地下に通じるドアの前に止まった。気の早い連中、開場前のそこにたむろしていた人たちがベンベーの周りに詰め掛けた。会場内から数人の人間が飛び出し人垣を掻き分け、ドアまでの道筋ができた。マサミが反対側のドアから降り、歩道側に回って仁の座っているほうのドアを開けた。仁はゆっくりと車を降りた。この日の仁は革のベストに革パンツ、ボディストッキングといういでたちだった。サングラスを掛け、半開きの目は誰からも見えなかった。仁の前を体の線がはっきりわかるニット系のワンピースを着たマサミが道案内をするかのように歩いた。仁はそれに従った。何人かが仁に触ろうとした。そこにスタッフとして選ばれた常連がガードした。特別な人のように、特別な存在として仁はそこにいる人々に映った。

「神聖な儀式」に向けてⅨ

2008年03月28日 16時17分08秒 | Weblog
そんなヒトミだから、悟のことも受け入れてしまったのだろう。ヒトミは眠りに付くのが怖かった。また、妄想がとんでもない夢を引き出すのではないかと不安になった。しかし疲労はそれを許さなかった。やっと目覚ましをセットしてヒトミは泥のような眠りに付いた。
 マサルの車はマサミの部屋に直行した。仁は車の中で既にグーグーいびきをかいていた。渋谷と恵比寿の間にある小さなマンションの1階にマサミの部屋はあった。車が部屋の前に着くと仁は夢遊病者のように立ち上がって、スーとマサミの部屋のほうに歩き出した。ヒロムが仁に頼むぞと声を掛けると、仁は振り向きニッと笑って部屋の中に消えていった。リハーサルの時も本気の呼吸を見せない仁に対してヒロムは一瞬不安を感じた。が、マサルのLHに行こうと言う提案にあっさり乗り、一瞬の不安は忘れ去られた。ヒロムとマサルは気があった。生活観が似ているのか、二人は時々、同じ時間を過ごした。食べれることは重要なことだ。どんな状況下でもどんなに疲労が蓄積していても食べれるものが最後には戦える。ヒロムはその体からは想像できないほど、いつも食欲が旺盛だった。LHでもポテトは必ず追加した。二人はイベント前とは思えないようなくだらない話に終始した。車の話や高校時代の話、けして、今夜のそれについては話題にしなかった。ひとしきり食べて飲んだ後、マサルはヒロムを送った。緊張は誰の胸にも拡がっていた。




「神聖な儀式」に向けてⅧ

2008年03月26日 13時03分40秒 | Weblog
ヒトミは今まで感じたことない体の一部分に集中した欲情にとらわれていた。股間が段々熱くなり、その欲情はヒトミの魂までも取り込んでいくようだった。それと同時にヒトミは体の筋肉の付き方が変わっていくような異変を感じた。するとみるみるヒトミの体は、悟の体へと変容していった。悟になったヒトミは母の後ろに回り、丸い尻を鷲掴みにすると一気に挿入した。奇獣と化したヒトミは激しく尻を突き上げた。その腰の動きは徐々に早くなり、それに合わせて、母は呻くように、最初はウッ、ウッ、と短く、激しさが増すにつれてアーッ、アーッ、と長く声を上げた。腰の動きに合わせ、母の頭は大きく上下した。そして母は大きくのけぞり、首を後ろに回した。その顔の表情が病弱な母の顔に一瞬戻った。そして、また、とろける様な表情になった。母の表情を見たヒトミはこのままでは母が壊れてしまうと思いその行為を止めようとするのだが、奇獣と化した体はヒトミの力ではどうする事もできなかった。さらに感じたことない快感が股間のほうから体全体に拡がった。頭からつま先までその快感が体のすべての部分を支配しようとした時、快感が熱に変わった。母の尻を鷲掴みにしている右手の中指と人差し指に熱となって集中し始めた。熱い、熱い、あーちちち、ヒトミの指から焦げたような臭いがした。火をつけたままの煙草がヒトミの指を焦がしていた。ヒトミは飛び起き、煙草をはらい退けた。どのくらい眠っていたのだろうか。あたりには通勤、通学のひとごみができ始めていた。ヒトミは人ごみを掻き分け、改札を飛び抜け、アパートに走った。
 部屋に着くとヒトミはすべての衣服を脱ぎ捨てその場に倒れ込んだ。畳の上に敷いた綿のカーペットに乳首がすれた。先ほどの感覚が股間の辺りに甦った。そして、その余韻に誘われるように母のことを思い出した。母は下の双子の弟を出産してから極端に体が弱くなった。3日くらい頑張ると次の日は目覚められないほどくたびれてしまうのだ。祖母はそんな母に対して口では無理をしなくていいといいながら、ヒトミの父には役立たずの嫁だと愚痴るのだった。ヒトミはそんな母を助けようと幼いながらも必死で家事を手伝った。だが事あるごとにお姉さんなんだから、我慢しなさい。手伝いなさい。勉強しなさい。そしてまた、お姉さんなんだからと続くとさすがに疲れた。いやになった。そんな環境から逃げるためにヒトミは東京の専門学校に進んだ。




「神聖な儀式」に向けてⅦ

2008年03月25日 15時19分37秒 | Weblog
 その日から三日間、ヒトミは帰省するとチーフに言って休暇を取っていた。ふーっと息をついて、ジーンズのポケットからハイライトを出した。出勤の人ごみができるにはまだ早い時間だった。口にくわえてライターを探していると後ろから肩を叩かれた。振り向くと悟がいた。ギョッと叫んで飛び上がり、後ずさった。悟は久しぶりと言い、成績が悪いのが親に知れて仕送りが減らされた。フルーツの問屋でバイトをしている。朝が早いので大変だ。今度暇があったら飲みいこうと言うと品川方面の電車に飛び乗り行ってしまった。何もなかったように、親しい友達のように、彼は自分のことだけ話して行ってしまった。ヒトミはもう一度、ベンチに座りなおし、煙草に火をつけた。疲れていた。眠気がまたヒトミを襲った。
 今度は全裸の母がヒトミの部屋にいた。母は四つん這いになり、顔をしたから上に持ち上げて、艶っぽい視線でヒトミを見た。病弱だった母の肢体はその時は、自分のそれよりも溌剌としていて艶かしさが漂っていた。

「神聖な儀式」に向けてⅥ

2008年03月24日 12時18分59秒 | Weblog
部屋に帰ると落ち着いた。だが、その日は妄想が頭の中をめぐり、立ち上がることができなかった。
 同郷であることから簡単に部屋に上げたのが始まりだった。GM大に通う悟とは権之助坂の中腹にある小さなスナック、昼間は喫茶で夜は飲み屋のような洋風の店にS館の住人と飲みに行ったときに偶然出会った。悟は目蒲線の大岡山に住んでいた。同郷であることから話が弾み、終電がなくなったことからヒトミの部屋に泊めた。悟はその時は飲み浅かったのか、何もしないで朝を迎えた。
 ところが、ヒトミの部屋は悟には便利な場所にあった。音楽系のサークルに所属する悟は権之助坂でよく飲んでいた。そのせいか、終電がなくなるとヒトミの部屋のドアを叩くのだった。ヒトミのアパートは玄関が一つでそこで靴の脱ぎ、廊下に面したドアから各部屋に入る形になっていて、悟は深夜にもかかわらず酔った勢いで部屋のドアを叩いた。ヒトミはそのたびに背筋が寒くなる思いをした。悟は泥酔状態で、ヒトミは仕方なく悟を部屋にいれた。さらに悟は、はっはっはっと笑いながら2度目か3度目にはヒトミのパジャマを引きちぎり、押し倒していた。たちの悪いことに悟は次の朝目覚めると前夜のことはまったくと言っていいくらい覚えていなかった。悟は非常に恐縮して帰っていった。ヒトミはそのアパートの構造上、声も出せずにただ、されるがままになっていた。そんなことが1年くらい続いてさすがに、ヒトミも耐え切れず、隣室の望月さんと渡辺さんも同席して、悟を呼び、二度と来ないように説得した。悟はやはり非常に恐縮して納得し、帰っていった。それ以来、悟は来ないのだが・・・・
 その日、目黒駅のホームのベンチに座ったままヒトミは悟が部屋にいるのではないか、いや、アパートの前で待ち伏せしているのではないか、ありえない想像が頭をめぐった。

 

「神聖な儀式」に向けてⅤ

2008年03月21日 16時02分13秒 | Weblog
ヒデオさん、人間て臭いんですよ。知ってますか。祖父が死んだときって夏だったんですよ。そしたら、すぐ臭い出しちゃって、オヤジが慌ててドライアイス買いに行って死体の下に敷いたんですよ。魚の腐った臭いより強烈で、臭い出すのも早いんですよ。オヤジもその時、おかしくなってて、母親がオヤジの頬っぺたをひっぱたいてその後、キスしてたんですよ。僕はまだ小さくて、なんかすべてのことが夢の中みたいでした。
 ヒデオはどう答えていいかわからなかった。話を続けようとする演劇部の手を包み込むようにやさしく握った。演劇部は我に返ってように目をパチパチさせて、
 アッすみません。僕、何話してるんだろう。
 ヒデオはヒロムは凄いよとだけ告げ、演劇部の肩を抱いて励ますように背中を叩いた。そして、演劇部の耳元に口をつけて、お前も凄いよと囁いた。ヒデオは不思議だった。誰も歳のことは話さないがたぶん演劇部のほうが年上のはずだった。それでも、ヒデオやヒロムを「さん」付けで呼ぶ。そして、聞きもしないのに自分の過去を暴露する。だから・・・・その後ヒデオの頭の中になにも浮かんでこなかった。ヒデオも疲労の極限にあり、アキコの横で眠りたかった。それでもヒデオは演劇部のうれしそうな顔を確認してからそこに残った一人ひとりを回り、肩を,体を、たたき、擦り、気を入れ、その存在を確認した。そして、最後にアキコの隣へ行き、仮眠を取った。
 ヒトミは目黒駅のベンチで座り込んでいた。駅を出てすぐのところがヒトミのアパートなのに、ヒトミは立ち上がれなかった。築何年になるのだろう。テレビの撮影でも時折使われることがあるそのアパートをヒトミは好きだった。

 


「神聖な儀式」に向けてⅣ

2008年03月19日 16時17分13秒 | Weblog
 ヒデオは6・7人の常任、常連と会場に残った。もちろん、演劇部も残った。アキコはもう少ししたら真柴さんに電話するから寝かせてと言い、会場の入り口にあるベンチで横になった。ヒトミは一度部屋に戻ると言って外に出た。ヒロムと仁、マサミはマサルの車でマサミの部屋に行き、そこで待機することになった。布だらけの会場の隅でヒデオが走らせた常連が買ってきた缶コーヒーを飲みながら、演劇部がヒデオに話しかけた。
 ヒデオさんもう少しで始まりますね。なんか興奮しますよ。僕が参加できるなんて。でも、演劇部の公演のときとはまるで違いますけど・・・・演劇部でも僕、ずっと裏方だったんですよ。ほんとは役者やりたかったけど、見ての通り背は低いし、不細工でしょ、先輩が止めとけっていって、ははッ。何言ってんだろ。すみません。学校でやるのは寺山修二やつかこうへいの原作があるやつで今度の見たいのは・・・ヒロムさん凄いですね。全部考えたんでしょ。もちろん、芝居じゃないけど。こんな形で参加できるなんて思いませんでした。
 何度かヒロムさんから聞いたけど、ほら、構成表にもヒロムさんが語る部分で載っていたでしょ。「生への衝動」、僕、小さい時に祖父が死んで、それから暫く熱病みたいになったことがあるんですよ。同じなんですよ。死の恐怖がまとわり付いて鬱病みたいになっちゃたんですよ。ヒロムさんは虚無って言ってたけど僕にはその意味がはっきりした形じゃないけどわかるような気がするんですよ。うちの祖父は家長制度の生き残りみたいなところがあって、なんでも自分で決めていたし、祖父の言うことは絶対で、誰も逆らえなかった。気に入らないと子供でも大人でも誰彼かまわずキセルで殴るんですよ。ぼくも何回も殴られて、世の中には逆らえない人がいるんだなーてッ。そんな祖父が死んでしまうんですよ。その日以来いなくなってしまうんですよ。
 田舎のほうはまだ土葬で、棺おけに土をかけました。球根や種を植えるように土をかけるんですよ。動かない祖父見て、僕は何を思ったと思います?今なら勝てるって、ははッ。でもねえ、死体は石見みたいなんですよ。今まで動いていたのに、話していたのに、殴っていたのに、全然動かんないんですよ。自分もそうなるんだって思ったら、怖くて怖くて、死はどんな強いものでも動かなくしてしまうんだって。何でだ。何故死ぬんだって。それから、おかしくなっちゃったんですよ。ははッ。貧乏だったから、おかしな息子にかまう暇は親にはなくて・・・・
 でもうれしかったなー。ヒロムさんの話を聞いた時、これなんだって、僕、怖いのを忘れるためになんでも一生懸命やりましたよ。でもなんかうまくいかなかったなー。ここぞって時にどうせ死んじゃうんだって頭の中で響いてきて、なんかやる気がなくなっちゃうんですよ。


「神聖な儀式」に向けてⅢ

2008年03月18日 15時31分56秒 | Weblog
 仁の衣装はただの布だった。センターに穴が開いていて頭を通すとやはりVの字にカットされていた。仁はフフッと笑うだけで何もいわなかった。マサミ自身は皆と同じ衣装を身に着けていた。生地の感じが仁のほうが幾分厚く感じられた。演劇部は最終のリハーサルをしたいといった。ヒデオは何度も同じことをやることによって「儀式」自体の意味やその瞬間の興奮が薄れてしまうのではないかといった。ヒロムは初めて外に向けて行動を取るのだから、完成に近い形でやろう、リハーサルは明日と同じ形でやってみよう、その一言で全員が配置に付き最終リハーサルが行われた。ヒロムは裏方に回る人間に演劇部が用意した耳栓を渡した。仁の「呼吸」の際に皆が同調してしまうことが進行に問題があると考えたのだ。ヒデオは幾分納得できないようだった。この行動が何のために何故行われようとしているのか、この時始めて疑問を持ったのかもしれない。しかし、それを考えている暇はなかった。仁の到着からすでに「神聖な儀式」に向けてのリハーサルは始まっていた。
 この時のリハーサルが何も問題がなく終わったかと言うとそうでもない。ヒロムはタイミングの悪さに何度も進行を止めた。演劇部もこのころになるとはっきりものを言うようになっていて明日始まったら何が起こるかわからない途中で止めるのは止めようと言い、またはじめからやり直した。しかし、ヒロムはどうしてもとめるのだ。ヒデオもヒロムに完璧はないと告げ、4回目くらいで初めて最後までたどり着いた。最初から問題なくいったのはマサミの「音」だったような気がする。入りは重低音のみを使い、ゆったりとしたテンポで始まり、「許し」と同時に流れが変わり、ヒロムの講和のときにはけして話し手を邪魔することなくそのことばを強調するように、共鳴感を誘うように「音」が語りかけるように、・・・・皆はその「音」によって緊張感の中にも安らぎを、溶け込むような幸福感を感じていた。
 また、夜は開けた。次の夜に向けて皆が家路に着いた。

「神聖な儀式」に向けてⅡ

2008年03月17日 17時35分06秒 | Weblog
 前日、マサミが衣装を持ってきた。仁にどんな格好をさせるか。ヒロムは仁の肉体の美しさが解るような形を望んだ。しかし、背中の絵が解るのはどうか。何度もマサミに注文をつけていたが、マサミはフンフンと肯くだけだった。ところがマサミは六人組と常連の約20人分の衣装をもって来た。白い薄での布で首元にVの字が入ったTシャツのような上着とステテコのようなズボン、着てみると濃い色の肌着は完全に透けて見えた。照明が背後から当たると体の線が完全に透ける、ヒロムは納得したのかどうか。皆で着てみるとユニフォームはそれだけで力を発揮しだすものだ。統一感が生まれ、一体感がさらに増すのだった。

「神聖な儀式」に向けて

2008年03月17日 16時19分30秒 | Weblog
 時間は簡単に過ぎていく。ヒロムの構成には音がなかった。だが、その構成表には仁の到着から、会員の誘導、「許し」のサイズ、明かりの変化もろもろ、事細かく記載されていた。中には、ヒロムの言葉の詳細まで書かれていて、ヒデオは常任や常連に見せてもいいものか、一瞬考えた。それでも、ヒロムの意思がその中からうかがい知れることはマイナスではないと判断してその日のリハーサルは始まった。始めてみると意外と人が必要なことがわかった。演劇部は突然うなりだした。ヒロムに直接はいいにくいのか、ヒデオに耳打ちした。確かに、ヒロムの構成を支えるためには裏に回る人間の数が必要だった。人割りから始めないとできない。演劇部は唸った。3日前の夜はすぐに開け皆は解散した。
 当然、不眠不休の状態で僕らは準備に専念した。何人かは脱落もし、また、別の誰かが召集された。2日前、常連の一人の形のいい胸のナオンが倒れた。アキコがすかさず駆け寄り、栄養材を注射した。暫く休むとナオンは復活していた。12時過ぎに仁がきた。マサミも来た。ヒデオはその日から親方に仕事を割ってもらい休みを取っていた。人割りもできていたので、各自が部署に付きリハーサルが始まった。ヒデオは音のことをヒロムに話した。布で覆われていたピアノの鍵盤の部分は、マサミのために開かれていた。ヒロムは音にはあまり興味がないようだった。ヒデオの導きでマサミはピアノの前に行き、鍵盤に触れた。ヒロムは体でリズムを取っているようだった。しかし、その動きはぎこちなく、ヒデオはヒロムが音について何も言わない理由を理解した。演劇部とヒデオとマサルと常連の一人がヒロムの構成にあわせた音の雰囲気をマサミに伝えた。マサミは頭を抱えた。マサミには曲名とか、作曲家名はあまりピンと来ないようだった。部分部分に分け進行の段取りを追いながら、演劇部が中心となってリハーサルを始めた。マサミには進行に合わせて、感じるままに奏でて欲しいと演劇部はいった。ヒデオは不思議に感じていた。必要な人間が必要な場所に集まる、この偶然は必然なのではないか。言葉で考えたわけではないがそう感じていた。流れの中で仁の登場の場面になった。仁は恥ずかしそうにしていた。そんな仁を見るのも皆初めてだった。だが、仁がヒロムの指示に従ってステージ中央に座り、ヒロムが「集中」と合図を出すと、会場の空気は一気に変わり、仁の呼吸に合わせて立っている者も座っているものも「同調」に入ってしまうのだった。ヒデオは「同調」に向かう自分を止めることはできなかった。演劇部も同様だった。「呼吸」の静まるのを待って、ヒロムが演劇部を呼んで耳打ちした。ただ、この瞬間、ヒデオの不安はなくなった。仁ならできる、そう確信した。マサミのピアノを考えると中央舞台に誰を立たせるかが問題になった。けれど、初めての「神聖な儀式」にはマサミ以外は考えられなかった。呼吸までの時間を「音」を中心にして「呼吸」からは仁に任せようということになった。