仁の前にヒロムが立った。仁の目が一瞬、カッと開いた。ヒロムは恐怖を感じた。
次の瞬間、仁の目はいつもの半開きに戻った。
マサミの音が変わった。キースジャレットの旋律に溶け込み、仁を支えるように戦っていたマサミの旋律も徐々に増す音量の中で存在感を失い、密かに消えていった。その音が消えるのと同時に、仁は腕を天かざしながら、倒れ込んだ。仁の後ろにいた常任がハッとしながら、仁を支えた。
「仁、仁。」
ヒロムは呼びかけた。仁は目を瞑り、反応しなかった。ヒロムはとっさに、会員にこの状況を悟られないようにしなければと思い振り向いた。
愕然とした。
そこでヒロムが見たものは、仁と同じような格好で倒れ込んでいる会員の姿だった。同調はすでに完成していたのだ。仁の力を思い知らされたような気持ちになった。が、気を取り直し、常任に指示を出し、仁を事務所に運ばせた。時間差でヒトミも事務所に入っていた。技術者に事情を聞き、袖に待機していた。
「ヒトミ、マサミを頼む。」
「ウン。解った。」
ヒトミは暗幕の裏を通り、反対側から、ピアノのそばに出た。マサミもピアノから離れ、フロアーに倒れ込んでいた。ヒトミは話しかけることもなく、マサミをかかえ、また、暗幕の裏を通って事務所に戻った。
仁が立っていた。
事務所に入り、会場から、仁の姿が見えなくなった瞬間に仁はポーンと跳ね起き、ヒロムの前に向き直った。仁を支えていた常任は、驚き、ヒロムの周りに集まった。仁は、ニッと笑いながら、掌を開き、ヒロムのほうに手を出した。
(金か。)
ヒロムは金銭を管理している経営学部のほうに行き、仁に見えないように三本指を立てた。訳がわからず、経営学部は金庫に走り、三万円を持ってきた。ヒロムはそれを見て、経営学部の袖を引っ張った。
「バカ、その十倍だ。」
経営学部は、また走った。ヒロムは金を取ると、仁の掌の上にのせた。仁はカッと目を見開き、金を確認すると、ズボンのポケットに突っ込んだ。そして、ヒトミに支えられているマサミを、右手だけでかかえ、事務所を出て行った。
ヒロムは屈辱感にも似た不快感にとらわれた。
ドアを閉め、階段を上り始めた仁とマサミをヒトミが追いかけた。階段の中ほどでマサミが仁から離れ、立とうとしていた。
「マサミ。」
マサミが振り向いた。仁はヒトミを一瞥するとそのまま、「ベース」を出て行った。
「ヒーちゃん。」
ヒトミはマサミの腕を取った。
「お店変えたんだって。」
「うん。」
「どこで働いてるの。」
「うん。」
マサミの目から涙がこぼれた。
「うんじゃ、解らないわ。」
「ゴメンね。ゴメンね。今度、連絡するから、仁ちゃんが行っちゃうから。」
ヒトミの腕を振りほどくようにしながら、マサミは仁を追いかけた。階段を上りきるまえに、一度振り向いたマサミの目の涙は暗闇の中の星の瞬きのようにきらめいた。
次の瞬間、仁の目はいつもの半開きに戻った。
マサミの音が変わった。キースジャレットの旋律に溶け込み、仁を支えるように戦っていたマサミの旋律も徐々に増す音量の中で存在感を失い、密かに消えていった。その音が消えるのと同時に、仁は腕を天かざしながら、倒れ込んだ。仁の後ろにいた常任がハッとしながら、仁を支えた。
「仁、仁。」
ヒロムは呼びかけた。仁は目を瞑り、反応しなかった。ヒロムはとっさに、会員にこの状況を悟られないようにしなければと思い振り向いた。
愕然とした。
そこでヒロムが見たものは、仁と同じような格好で倒れ込んでいる会員の姿だった。同調はすでに完成していたのだ。仁の力を思い知らされたような気持ちになった。が、気を取り直し、常任に指示を出し、仁を事務所に運ばせた。時間差でヒトミも事務所に入っていた。技術者に事情を聞き、袖に待機していた。
「ヒトミ、マサミを頼む。」
「ウン。解った。」
ヒトミは暗幕の裏を通り、反対側から、ピアノのそばに出た。マサミもピアノから離れ、フロアーに倒れ込んでいた。ヒトミは話しかけることもなく、マサミをかかえ、また、暗幕の裏を通って事務所に戻った。
仁が立っていた。
事務所に入り、会場から、仁の姿が見えなくなった瞬間に仁はポーンと跳ね起き、ヒロムの前に向き直った。仁を支えていた常任は、驚き、ヒロムの周りに集まった。仁は、ニッと笑いながら、掌を開き、ヒロムのほうに手を出した。
(金か。)
ヒロムは金銭を管理している経営学部のほうに行き、仁に見えないように三本指を立てた。訳がわからず、経営学部は金庫に走り、三万円を持ってきた。ヒロムはそれを見て、経営学部の袖を引っ張った。
「バカ、その十倍だ。」
経営学部は、また走った。ヒロムは金を取ると、仁の掌の上にのせた。仁はカッと目を見開き、金を確認すると、ズボンのポケットに突っ込んだ。そして、ヒトミに支えられているマサミを、右手だけでかかえ、事務所を出て行った。
ヒロムは屈辱感にも似た不快感にとらわれた。
ドアを閉め、階段を上り始めた仁とマサミをヒトミが追いかけた。階段の中ほどでマサミが仁から離れ、立とうとしていた。
「マサミ。」
マサミが振り向いた。仁はヒトミを一瞥するとそのまま、「ベース」を出て行った。
「ヒーちゃん。」
ヒトミはマサミの腕を取った。
「お店変えたんだって。」
「うん。」
「どこで働いてるの。」
「うん。」
マサミの目から涙がこぼれた。
「うんじゃ、解らないわ。」
「ゴメンね。ゴメンね。今度、連絡するから、仁ちゃんが行っちゃうから。」
ヒトミの腕を振りほどくようにしながら、マサミは仁を追いかけた。階段を上りきるまえに、一度振り向いたマサミの目の涙は暗闇の中の星の瞬きのようにきらめいた。