仁、そして、皆へ

そこから 聞こえる声
そして 今

それがライブというものさⅦ

2009年07月31日 17時53分20秒 | Weblog
「あれー、ビーエスエイトさんって、一番目じゃないの。」
「そうですけど・・・。」
マーとマサルが声のするミキサーの卓のほうにいった。
「始めまして、マーです。」
「マサルです。」
「あ、平井です。」
「よろしくお願いします。一番なんですけど、何か・・・・。」
「逆リハだから、リハは一番最後だけど。」
「はあ、でも昭雄さんに十三時に入れって言われたんですけど。」
「うー、初めてなんだね。」
「はい。」
「他のバンドのリハを見ろってことかなあ。」
平井さんは独り言のように言った。
「まあ、いいや、適当に座っていてよ。」
「楽器はどうしたら・・。」
「ああ、早紀と・・・・スタッフがそのうち来るから、きいてよ。」
「はあい。」
平井さんは目を合わせることもなく、自分のセッティングをしながら、面倒くさそうに答えた。ハウスはステージから一段低くなったところに立ち見のフロアーがあり、その周りをステージと同じ高さのテーブル席が囲んでいた。ステージとテーブル席の一番端は一メートルほど離れていて、その前に大きなスピーカーがデンとセットされていた。鉄ドアから入って、立見席で文字通り立っていた皆のほうにマーとマサルは戻り、テーブル席の奥のほうに陣取って座った。
 しばらくするともう一人男の人が来た。全員でたって挨拶した。
「おはようございまーす。」
「お、お、おはようございます。」
「ビーエスエイトです。」
「あ、あ、照明の吉川です。」
そういうと、そのまま平井さんのほうに小走りで行ってしまった。皆は座った。
 平井さんがミキシングルームから出てきた。
「エーと、バンマスの方はどなたですか。」
「はい。」
マーが立った。
「進行表とかありますか。」
「えっ。」
「曲順とか、の・・・。」
「あ、すみません。そういうのはないです。」
「じゃあ、セティング表は。」
「それもないです。」
「ふう。」
平井さんは溜息をついた。
「じゃあ、これに大体でいいですから、立ち位置を記入してください。」
ステージの見取り図を渡された。まあ、そんなことは決まっていなかった。アンプの位置に合わせて、皆の位置を決めた。が、ヒデオとアキコの位置が困った。二人のヴォイスの前にするか、後ろにするか、で困った。そこで立ち見のフロアーとステージの間に立つということにした。マーはセティング表を平井さんに渡しに行った。照明の吉川さんもそのセッティング表を見た。
「これどういうこと。」
やはり、ヒデオとアキコの立ち位置を聞かれた。
「ダンサーなんで、動くんですよ。」
「ダンサーがいるの。」
「はい、よろしくお願いします。」
「照明で追っかけるのはできないですよ。」
吉川さんが突然、口を挟んだ。
「いいです。いいです。・・・」
「まあ、リハ聞いた感じでってことかな。」
「ハイ、お願いします。」

それがライブというものさⅥ

2009年07月30日 11時55分21秒 | Weblog
 ヒデオの車に機材を積んだ。機材といっても、ギターとベース、キーボードだけだった。アンプ類は店のを借りることにした。ベンベーとハイエースに分譲してハウスに向かった。
 四バンドのライブで十八時スタートだった。入りの時間は十三時と言われていた。十二時くらいに駅前について車を駐車場に入れた。喫茶店のような洋食店に入り、昼食をとった。マサルは軽くビールを飲んだ。ヒデオも飲んだ。
 約束の十三時にハウスの前に行ってみるとドアには鍵がかかっていた。楽器を壁に立て掛け、歩道に集結すると、道行く人の邪魔になりそうだったので、一列に腰を下ろした。他のバンドのメンツも来なかった。早紀も美幸もいなかった。八人が歩道の端に並んでいるのは可笑しな風景だった。坊主頭の体格のいい男がジロッという感じで見た。
「ここ座ってたらだめだよ。オマワリうるさいから。」
皆はいっせいに立った。
「開演まで時間あるけど、ここには座らないでね。」
客と間違えられた。
「ビーエスエイトですけど。」
マーがいくぶんすごんで言った。
「えっ。」
「今日、お世話になるビーエスエイトです。」
「あッ、お待たせ。時間正確だね。はははは。」
そういうとハウスの鍵を開け、そそくさと地下に消えた。
「楽器見えなかったのかしら・・・」
マサミがボソッと言った。皆で後を追うように、地下に降りた。鉄ドアを開け、マーに習って、いっせいに挨拶をした。
「オハヨーゴザイマス。」
当然、先ほどの彼しかいないのだが。

それがライブというものさⅤ

2009年07月29日 17時11分59秒 | Weblog
本番の三日まえに昭雄さんから電話があった。
「はい、解りました。よろしくお願いします。」
マーは、半分、威嚇するような口調で電話を切った。
「バンドが一つ、逃げたって。今頃言うなよ。サイズを伸ばせるかって。」
「それは、問題ないんじゃない。」
「そうだけど。ノルマのことも忘れていてさあ。四十って言うんだぜ。最初と話が違うといったら、いや、出演バンドが減ったから頼むって、あと付けの理由にきまってるじゃんか。」
「それで、出番は。」
「はあ、ノッケだってさ。」
「えっ。」
「ああ、一番最初だよ。」
「そうかあ。」
「どうも、アイツ、言ってることが調子イイんだよ。金のことばっか言うし・・・。」
「マー、いいじゃんか。マーは経験者だからいろいろあるだろうけど、僕らは初めてだから、ライブハウスでできるだけですごいと思うよ。」
「それはそうなんだけど・・・・。」
 マーの音は気持ちがイイ、マサルはそう思った。ハルがマサルの音に感じるようにマサルはマーの音がマーそのものであるかのように思えた。その日のリハもマーは何も言わずロールから入った。みなが一瞬、ドキッとしたが、マサルのフレーズがマーを包み込んだ。ナイフのようなマーのドラムが激しさはそのままで、怒りから魂の熱に変わっていった。同調が始まり、アンサンブルにふくらみ、ダンサーの肉体を動かした。マーは目覚まし時計をセットし忘れた。それでもその日は良かった。皆の魂が激しいエネルギーとなって、さらにはエクスタシーとなって、ルームを満たした。ぼろぼろになっているヒデオとアキコのボディストッキングははち切れ、マーのスティックは折れ、ヒカルの弦も切れた。ヴォイスが仁のテーマを歌いだし、演奏がピークを向かえ、マーのさらに激しいロールが空気を切り裂いて、エンディングを迎えた。打ち合わせなどなかった。皆が感じていた。マーのロールが最後の盛り上がりを向かえ、ピタっという感じで止まることを皆は感じていた。完全に同調した。
 時の流れを斬るように演奏は終わった。
 細かいことはもういいか。マーは思った。

それがライブというものさⅣ

2009年07月28日 14時43分56秒 | Weblog
「私たちの衣装はどうするの。」
ハルが突然言い出した。確かに何も考えていなかった。
「普通で・・・・。」
マサルが言った。
「えー。マーちゃん、鎖はつけないの。」
「考えてなかったな。」
「ヒデオとアキコだけがセクシーなんて・・・・。」
マサミがボソッと言った。
「全員でやるか。」
「ほんとですか。」
「うー、ボディストッキングに バスローブってのは・・・・。」
「いいかも。」
 次の日、やはり、マサルとマーが五反田に走った。バスローブはマサルの部屋にあったのだが、さすがに森口さんのことも考えると、八着を持ち出すわけにはいかなかった。五反田でボディストッキングを買い、渋谷に出た。パルコでバスローブを買い、ついでに、チケットを置いた部室に顔を出した。二十枚ほど置いておいたが、三枚くらいしか残っていなかった。
「ただのチケットだとこないかもな。」
マーがボソッと言った。マサルは十枚ほど補充して、車に戻った。
マサルはふと、ヒロムのことを思い出した。チケットを送ろうかと思ったが、直ぐに、その考えを消した。
 その夜はリハーサルにはならなかった。衣装合わせとブラックペインティングで皆は夢中になった。肉体労働をしているヒデオとヒカルは美しかった。マサルとマーは痩せていてなんとなくひ弱な感じがした。それでもボディストッキングを装着するとそれなりに見えるのが不思議だった。
 ミサキは恥ずかしかった。だが、その雰囲気は恥ずかしいとは言わせない、勢いがあった。基本的にハルとマサミがかなり興奮していたのだが。ミサキの豊かなバストに、太目のハケで横に走る一直線のラインを描いたり、マサミの乳輪を丸く強調し、アンダーバストに疎って半円を描いたり、マーの股間からワイの字を描いたり、忙しかった。
 マサミは手に墨をつけ、ハルの足に手形をつけた。手形は足先から極部を目指し、最後は股の後ろから、極部をつかむ形で完結した。反撃が始まり、刷毛を持ったり、手につけたり、足で攻撃したりと、最後には全員の身体が黒く塗りつぶされた。笑いが止まらなかった。最後に皆は交代で風呂に入り、寝た。
 ライブまで一週間になっていた。

 八十枚のチケットのうち、四十枚は手元になかった。駅での配布や、ライブハウス前での配布。それなりに枚数はハケた。衣装を着けたリハーサルが始まり、もちろん、ストッキングはデンセンした。新しいのを買い、本番用にストックした。高揚感が皆をとらえ、リハーサルそのものはテーマらしきものを教えてくれることもあった。
 時間はアッという間に過ぎ、当日が来るのだった。

それがライブというものさⅢ

2009年07月27日 16時59分28秒 | Weblog
 マーが吹っ切れると後は簡単だった。集中を切らさないように演奏を続けることがリハーサルの中心になった。それでもスタートには時間がかかった。集中していてもその場の気分で音を出すことはなく、お互いを意識しながら、最初の一音を選んだ。一音、誰から始めるということは決めなかった。その日、一番、感じている誰かが、一音を発した。時に、スタートまで、十分もかかることもあった。でも、マーは何も言わなかった。それはビーエスエイトに必要な時間なのだと思うようになった。
 ただ、時間に制限があるライブ、エンディングについてはマーの提案が受け入れられた。マーはドラムスの横にヒデオに台を作ってもらい目覚まし時計を置いた。そこにマイクをセットし、始まってから大体、三十分でなるようにした。目覚まし時計の音がなると、ヴォイスが仁のテーマを歌い始め、楽器の人間から一人づつ、音から離れた。ヒデオとアキコはその音にハッという感じで反応し、動きを止めた。そのままのポーズで、音がヴォイスだけになるのを待った。ハルとミサキが最後にマイクを離れ、ヒデオとアキコをストップモーションから開放した。
 一日、一度のリハーサルが限界だった。激しい集中の後、倒れこむように各自、眠りについた。

 問題があった。ヒデオとアキコが全裸なることだった。アキコは全裸になることでリープできた。トランスに入れた。ヒデオも全裸になることで跳べた。だが、ライブで全裸はどうか、ということになった。
 そんな中、ハルがマーの荷物の中から、エロ本を見つけてきた。「ベース」にきてから一度もあけていない荷物の中にあった。その通販の広告の中からボディーストッキングを見つけた。販売元は五反田にあった。
 次の日、マーとマサルが五反田に出かけた。男性用と女性用を一枚ずつ、買ってきた。その夜、早速、ヒデオとアキコが試着した。それは全裸よりもエロチックな感じがした。極部が際立った。そこで墨で極部を塗りつぶした。もちろんアキコの乳首も塗った。なぜだろう。普通の時なら、かなり抵抗がありそうなことなのに、ライブを前にすると羞恥心が消えていた。
 まあ、この時は、ヒデオもアキコも一人で着ることはできず、皆で英語の説明書を見ながら、やっとのことで装着したのだが。
 アキコの体型は完全に変わっていた。引き締まり、筋肉質になっていた。ボディーストッキングに締め付けられても、というよりも、それを跳ね返すように体のラインが際立った。
 そのスタイルでリハーサルを始めた。なぜか、いつもより、エロチックな演奏になった。

それがライブというものさⅡ

2009年07月23日 17時50分21秒 | Weblog
マーは苛立ち、ルームをでた。マサルが追いかけた。独り言のようにマーが言った。
「同じ演奏が・・・・同じ演奏ができなかったら、客には伝わらない。」
「マー。」
「曲の雰囲気が違っただけで、客は理解できなくなるんだ。」
マサルはそれ以上何も言わなかった。

 次の日、マーはルームに入らなかった。マーが入らないことで皆が楽器の前で止まってしまった。時間が過ぎた。ハルは涙をこぼした。こぼしながら、マイクを取った。
     ジンジンジン、オーイェ-。 
     ジンジンジン、ウーウァオ-。 
「ベース」が完成したとき、仁と清美さんの幻影を見たとき、自然と始まったヴォイスが泣き声の中から、しぼりだされた。ハルは自分の言葉がこの違和感を作ってしまったと思った。だから、悲しかった。仁に捧げる歌を、魂の支えとしての仁を自分の言葉で感じたかった。
 その気持ちが皆に伝わった。気持ちがつながれば、後は簡単だった。ハルと同調する音が始まった。ミサキのヴォイスがハルのヴォイスと絡んだ。二人の絡みにベースが答えた。ベースが決まれば、全てが決まった。マーは二重ガラスから振動として伝わる音を感じていた。
  これでいいのか。
ライブを愛していたマーはライブを恐れていた。
ニュアンス変えない。ビートをかえない。テンポを保て。
同じ演奏ができなければ客は覚えてくれない。
一曲、一ノリ、一メッセージ。
客は自分らの曲を知らない。だから、二度目も同じインパクトを、あるいはそれ以上のインパクトを与えなければ、ついてこない。
マーはライブが決まってから、かつて、タイバンで一緒になった集客力もあり、知名度も拡がりつつあったサーサスのヴォーカルの幸弘の言葉が頭でなっていた。そのときは別に関係ないと思っていたのだが・・・・・
喉に引っ掛かった棘のようにマーを苛立たせた。それだけ、マーは今度のライブを重要だと考えていたのだろう。
 が、ハルを支えようとする音の渦をガラス越しにマーは感じた。
   そうだ。いいんだ。
マーはまだ、全裸になれないヒデオとアキコを見た。マーはルームのドアを開けた。

それがライブというものさ

2009年07月22日 17時21分32秒 | Weblog
 ノルマに付いての話し合いがもたれた。マサルは自分がなんとかすると言った。対外的に素性が知れてしまうと問題が起きそうなアキコ、ヒデオ、ヒカルはチッケトを販売ができないだろう、ということになった。それでも、ヒデオは、大丈夫そうなのも、現場にいるからといって全部で八十枚あるチケットの中から十枚を受け取った。
 よくよくチケットを見ると出演バンドの欄に「ルシファーズアイ」「ガンクス」の二つのバンド名は載っていたが、後は他三バンドとだけしか印刷されていなかった。
「そんなもんか。」
マーが言った。
 マーは前のバンドの客に連絡を取ろうとしたが、情宣を担当していた星野君をはじめ、誰にも連絡が取れない事実があった。頼りになるのはハルのノートにある打ち上げ参加メンバーの住所だけだった。ミサキは自分も何とかしたいと思うのだが、あの団体以外に知り合いなどいなかった。マサルは名前だけ登録している大学の軽音の部室に、ご自由にどうぞ、と案内をかいて、チケットをぶら下げることにした。
 考えてみると「ベース」での偶発的な出会いによってしか、関係性を保持できなかった人々だった。このような販売という行為を得意とするはずがなかった。農作業の間にミサキとハルとマーが市川の駅前や本八幡の駅前に出向き、手渡しをやってみた。百人に差し出して一人、受け取ってくれればよかった。それでも、そんな行為自体が、ライブをやるという自覚につながった。

 リハーサルが始まった。
 土日のみのリハーサルでは間に合わない、とマーが言い出し、平日の夜もリハーサルに当てた。マサルは、軽音楽部の合宿あるので留守にすると森口さんに伝え、「ベース」に入った。
 とは言うものの、このライブの演奏を、どう始めるのか、どう終わるのか、それすら解らなかった。
 初日は、誰も音を出すことができずに終わった。楽器の前で、普通に始めればいいのに、おかしな緊張が走り、誰も楽器に触れることができなかった。楽器が鳴らなければ、ヴォイスもダンスも始まらなかった。汗がにじむだけだった。
 次の日、マーが提案した。マーが編集したテープの内容を再現してみようと言い出した。それも、難しかった。自分が何をやったか、どう反応したかは、そのときだけのもので再現することはできなかった。テープを回しても、やはり、聞くことはできても、音にすると陳腐に聞こえた。

純ケツを捧げよとは言わないがⅥ

2009年07月21日 14時44分19秒 | Weblog
 窓の外の景色が変わり始めた頃マーがぽつんと言った。
「マサル、今はそう呼べるけど・・・。」
「何でしょうか。」
「何も考えないほうだけど・・・・。」
「解っているよ。」
「何か・・・・・。」
「はは、マー、どうしたんだよ。」
「ハルとマサルとなったときが初めてだったんだ。男とそうなるの。」
「おいおい、急にどうした。」
「金子さんとの感じが全然、ちがってて。」
「世界も、空気も、かな。」
「何か・・・・。」
「何か解らないけど、そうなっていた。そうだろ。何ならその辺で休憩でもして、確かめて見るかい。」
「何、バカのこといってんだよ。」
「はは、僕らがああなれたのは、男でも女でもなかったからさ。」
「うん。」
「僕らは存在そのものとして交わった。いま、そこに、いや、ここにいることを知る。いや、確かめるために。」
「マサル。」
「マーは肉体を手段として使ったみたいで、心が痛いんだろ。」
「え。」
「仁さんといると、肉体の奥が見えるだ。」
「なに。」
「魂の部分で共有していることを感じるんだ。肉体はその共有を知るための媒体さ。」
「マサルさん。」
「マーが、感じていること。それなら、もうしなければいい。それか、手段として使うことを自覚して、征服すればいい。」
「難しすぎます。」
「アン。」
「どうしたの。」
「マー、二人きりで確かめてもいいよ。」
「ええ。」
「はは、嘘。もう「ベース」に着くよ。」
「なんだよー。」
「今、そんなふうならなくても、音で交わっている感じするじゃん。」
「そうか。わたらないけど、ちょっと元気出てきた。」
「オーケー。」
車は「ベース」の近くの江戸川沿いを走っていた。マーはハンドルを握るマサルの手の甲に口づけた。
「マサル、アリガト。」
マサルの優しく、全てを受け入れるような微笑がマーの視線に入ってきた。マーは嬉しかった。

純ケツを捧げよとは言わないがⅤ

2009年07月17日 13時22分18秒 | Weblog
 階段を上がり、歩道に出たところで二人は後ろからいきなり、体当たりをくらった。バランスを崩し、倒れそうになった。持ち直して、振り向くと美幸がいた。
「忘れ物だよ。」
大き目の封筒を突き出した。
「何。」
「チケットだよ。もうそんなにないから今日から売らないとハケないよ。」
マーは右手で受け取り、左手の人差し指を美幸の乳房の輪郭に沿ってスーっと走らせた。
「アン。」
美幸は両手でバストを覆い、腰を引いた。
「何すんのよ。」
「タイバンよろしくな。」
「もう。」
また、プイッという感じで振り向くと店のほうに走った。
「チケットありがとねー。」
マサルが叫んだ。美幸は、振り向くといたずらっぽい目でマサルを見て、投げキッスをした。マサルも送り返した。
「何だよ。アイツ。」
マーがいった。
 少し離れた場所にベンベーを止めていた。歩きながらマサルがいった。
「ライブできるのか。」
「ああ。」
「金子さんって何者なんだ。」
「俺もよく、知らない。でも・・・金子さんの関係でいろんな人の名前を聞いたことがあるよ。」
「ふうん。」
会話は終わった。マサルはそれ以上聞かなかった。車の中でマーは独り言のように話し出した。
「あの店も同じかな。」
「何が。」
「ライブハウスさ。」
「わかんないよ。」
「ハルは前のバンドの時みたいな。ライブを期待してるのかな。」
「なんだよー。」
「店が客を持ってるわじゃないんだよ。」
「悪い、完全にそっち方面は素人だから、わかるように話してくれよ。」
「ライブハウスはバンドのノルマで儲かってんだよ。だから、客を集めるのも、宣伝も、自分らでやるんだよ。」
「そんなもんか。」
「だから、バンドなんてどんなのでもいいんだよ。金さえ払ってくれれば。」
「マー、あの子達のこといっているのか。」
「いや、そうじゃないけど。」
「聞いてみなけりゃわからない。あいつらの音だって。」
マーは黙った。
「僕は嬉しいよ。人前で演奏するなんてことなかったから。」
「えッほんとか。」
「ああ。いつも一人だった。」
「信じられない。でも・・・。」
「でもなんだよ。」
「自分らで客呼べなかったら、たぶん、客はいないと思う。」
「ふうん。」
沈黙。マーが音のテープをカーステレオに入れた。
「マー、おまえ、すごいぜ。」
「何が。」
「このテープさ。聞いてて、ほんとに自分らが演奏してるのかって、思うよ。」
「演奏してるんだよ。」
「今回、ライブのことで頑張ったから、何か、物足りないのかも知れ泣けど、いいじゃん、やってみようよ。」
「それはいいんだけど・・・・・ちょっと昔のバンドのことを思い出して・・・。」
「なに・・・・。まあ、いいよ。経験者には経験者の思うところがあるんだろうけど、今回は、ここから始めようぜ。」
「ああ。」

純ケツを捧げよとは言わないがⅣ

2009年07月15日 16時32分58秒 | Weblog
 階段を降りた。鉄ドアを開けると金子さんの店とは違って、ハデだった。広かった。トイレの奥に事務所があった。都心に比べると全体にスペースのとり方に余裕があった。入り口からいかにもパンクといった格好の女子が案内してくれた。
「シャッチョー、お客さんだよ。」
「オオ、オオ。」
事務机の向こうから声がした。ムクッと顔がでてきた。鬚もじゃの顔にレイバン系のサングラスを掛けた大男だった。頭だけが出ていた。
「美幸チャン、ドア開ける前にノックしてよ。」
「金子さんの紹介で・・・・。」
「アー、マー君だったっけ。ちょっと、ドアの外で待ってくれるかな。」
ドアの外で待っていると乳房が覗きそうなギザギザに引き裂かれたティーシャツにジーンズを切ったホットパンツ、鼻と頬にピアスを刺した女子がマーたちを押しのけるようにして飛び出してきた。細身だがバストはティーシャツを大きく押し上げ、尻のラインはほっとパンツからくっきりとのぞいていた。エロチックな体型の子だった。続いてドアが開き大男が言った。
「お待ちどうさま。どうぞ。」
事務机の向こうにはソファーがあった。案内され、座った。甘い臭いがしていた。
「マーです。それとギターのマサルです。」
「昭雄です。テープもってきたんでしょ。」
「ハイ。」
受け取ると壁際にセットされているコンポーネントステレオのデッキに入れた。音が始まった。
「金子さんの紹介だから、心配してないけど。うちは新人バンドは日曜の夜か、月曜に出てもらうことになっているんだよ。」
音を聞いているのかいないのか、解らなかった。
「ノルマもそんなにはけないんだろ。」
「はあ。」
「一番近いところで来月の頭の日、月は空きがあるからその辺でどう。」
「えっ、出れるんで、いや、出していただけるんですか。」
「金子さんの新しいボーイフレンドを断るわけにいかないでしょ。」
「そ、それは・・・・。」
「金子さん、いい子がいるんだって、べた褒めしてたよ。」
「そうなんですか。」
「ああ、ウチはね、新人バンドは完全ノルマ制なんだ。千五百円のチケットで四十枚ね。それ以上は全部バックだから・・・・、金子さんの紹介だし、三十でいいよ。面子多いんでしょ。割ったらバック出るよ。」
「はい・・・・。」
「チケット売るときにワンドリンク分別にかかるって言っておいてよ。最低で四百円。いい。」
「はい。」
「で、どうする。日曜か、月曜か。」
「今日決めるんですか。」
「なに、言ってるんだよ。直ぐに埋まっちゃうよ。いいの。」
マーはマサルの顔を見た。声を出さずにマサルの口がニ、チと動いた。
「じゃあ、日曜日。」
「うーと、二日の日曜、出番は最初か、ラストになるけどいいね。それと機材持込もできるけど、ドラムはウチの使ってよ。あ、機材表あるから、有料だけど、楽器だけ持ってくればできるからいいでしょ。」
ノックの音がした。さっきの女子がコーヒーを持ってきた。
「飲んで。」
「いただきます。」
「早紀、スケジュール表に入れといて、二日の日曜、ビーエスエイトね。」
返事もなく女子は白板に青いペンで記入した。刺すような視線をマサルは感じた。女子はドアの前で振り向いた。昭雄さんに見えないようにしながら、マサルを見た。女子は舌を唇にそって一周させた。マサルはじっと女子を見つめた。欲しそうな目で睨みつけるとフンという感じで振り向き、ドアをバタンと閉めた。
「ありがとうございます。でもなんで・・・・。」
「金子さんから情報は入ってるから。」
昭雄さんは立ちあがるとデッキからテープを取り出し、マーのほうに差し出した。
「もう、いいんですか。」
「レベルは解ったから、いいよ。」
「そうですか・・・・。よろしくお願いします。」
マーは立ち上がって、頭を下げた。マサルも慌てて立ち上がり、頭を下げた。
「あ、言い忘れたけど、持ち時間はセッティング込みで四十分ね。そのサイズでリハしといて。」
「解りました。失礼しま・・・」
「コーヒー、飲んでいってよ。ウチの意外と旨いよ。ドリップだから。」
「はい、いただきます。」
「その日は早紀と美幸もタイバンだからよろしく。」
昭雄さんは店の自慢をした。ウチからメジャーデビューさせたいんだ、とも言っていた。飲み終わると二人はもう一度、頭を下げて、事務所を出た。
鉄ドアの前の受付カウンターに早紀と美幸がいた。挑発的な目で二人を見た。マーがジーと早紀を見ながら近づいた。美幸の握りこぶしがマーの腹に入った。
「何すんだよ。」
「タイバンよろしくね。」
反撃をしようとするマーをマサルが抑えた。
「ああ、よろしくな。」
そういうと店を出た。