仁、そして、皆へ

そこから 聞こえる声
そして 今

夢の続き

2008年02月29日 16時23分07秒 | Weblog
恐怖感がヒデオを寡黙にしたのか。ヒデオの言葉から想像すると父親は母親にも暴力をふるっていたようだ。母親の働いていた居酒屋は主人が料理を作り、客に手渡すようなカウンターとテーブルが3個の小さな店だった。接客はヒデオの母一人で、はじめのころ、常連客に冗談交じりにケツを触わられたりすると虫唾が走り、つい客を睨みつけてしまった。主人はそんなヒデオの母をきつく叱責した。クビにならないためにヒデオの母は自尊心の傷つくのを封印した。2,3ヶ月するとそんな客の手を笑顔で叩いて冗談を言えるほどになっていた。そして、客の誘いで店が終わってから飲みにいくことが徐々に増えてきた。

人の生る木Ⅴ

2008年02月28日 13時20分54秒 | Weblog
汗臭さと石鹸の臭いが遠慮しあいながら混在する部屋。暫くそこにいると自分の消毒薬の臭いが際立ってくる。アキコが服を一枚一枚脱ぎ、その部屋のしきたりのように一枚一枚きれいにたたんでベッドの脇に置いくとヒデオの部屋の臭いがアキコの素肌を包み込んでくれるように思われた。アキコはヒデオの微かなぬくもりが残るベッドにもぐりこみ、静かに眠る。何度となく繰り返したことなのだが、そのたびに高揚する気持ち。人を受け入れようとしない部屋に無理やり押し込んだような興奮。アキコは泥のような眠りに付く前に、そんな感覚にとらわれる自分が不思議だった。
 その日、アキコがうなされて目を覚ました。アキコは、それがアキコ自身がうなされているのではなく、夢の中のヒデオがうなされているのに同調して、いや、アキコは夢の中ではヒデオになっていた。涙が流れないように歯を食い縛っていてもどうしようもなく流れる涙が自分のシャツに染み込んでくる。鼻水を手の甲でぬぐって、もう一度、そのときの父親の顔を睨み返そうとするが、恐怖がそれを許さない。ヒデオは死んだ猫を蹴り飛ばし、部屋を出て行く父親を霞んだ視界の中で追いかけるのがやっとだった。それは事実か、それとも、アキコの想像か、アキコはこの部屋ではじめてヒデオと愛し合ったときのことを思い出した。
 セクスの後、ハイミナールとストレートジンでが頭が軽くなっていたのかもしれない。ヒデオはヒロムが凄いと言い。ヒロムと自分が同じ行動の輪の中にいることが不思議でしょうがないとも言った。ヒデオは年少のころ、今で言う幼児虐待にあっていた。そのころの両親は学生結婚をしたのはいいが、父親は就職に失敗し、母親が居酒屋で働いて生計を立てていた。両親とヒデオと雑種の猫がヒデオの家族だった。部屋は五反田の目黒川沿い1階で6畳の居間と4畳の台所、風呂はなくドアの横にドアがあり2軒が一つのトイレを使う構造になっていた。
 臭かったなー。あの部屋は臭かったよ。俺の父親はね、猫を蹴るんだよ。すぐに蹴るんだよ。酔ってね。邪魔なんだよって言って猫を蹴るんだよ。猫は飛んでね。小さな玄関のドアにぶつかるんだよ。ドーンて。猫がぐったりすると今度は俺を殴るんだよ。俺はね、痛いって言わないんだよ。逃げもしないんだよ。だから、また殴るんだよ。俺もぐったりしたフリをすると、つまんねーなーって言って、金を探して出て行くんだよ。



人の生る木Ⅳ

2008年02月27日 17時10分52秒 | Weblog
アキコが夜勤明けにヒデオの部屋にいくのは、病院が近いこともあって習慣化していた。ヒデオの部屋にはその性格からか、すべてが整然と配置されていた。整いすぎて、冷たい、人の手が触れることを拒むような部屋。それでも、アキコはその部屋に来るのが好きだった。ヒデオは朝が早い。アキコは郵便受けの蓋に張り付いた合鍵を使ってヒデオの部屋に入る。ヒデオの臭いがする部屋、

人の生る木Ⅲ

2008年02月25日 16時33分35秒 | Weblog
だからさー、橋本さんは言うんだよ。人間が一番劣った生き物なんだ。考えても見ろよ。普通の動物は1年もしないうちにひとり立ちするだろ。でも人間は今のヒーちゃんみたいに18年も教育を、もっとか、教えられないと生きていけない。それは劣っていると言えないかい。動物は環境の中に一体化して生きれるけど、人間は生きるための環境を作らないと生きていけない。これは地球的に見たらおかしな存在なんだよ。環境を破壊する生き物、地球を一つ生命体と考えたら人間はそこに巣食うガン細胞みたいなものさ・・・・
僕には、橋本さんの言うことが全部真実だとは思わなかったけど、とても悲しい気分になった。悲しい気分は僕を虚無に引きずり込んで言ったんだよ。橋本さんに殴りかかったことあったよ。ヒデちゃん、僕は橋本さんの孤独感に耐えられなかったんだよ。
ヒデオはヒロムの泣きが入ったところで眠るパターンを知っていた。なぜだろう、そんな時、ヒロムが非常に愛おしく思えた。ヒロムはそのころ、桜上水のマンションに住んでいたし、ヒデオは自分とはずいぶん違うなー、と思ってもいた。ヒデオは高校を中退して、組に入った。親方が厳しい人で、それゆえ、二十歳を過ぎるころにはハイエースのバンを買って、請ができるようになった。ただ、親方に付いたころ、ヒデオがコンクリートを下水に流し、側溝の蓋にこびりついたセメントをたわしで落としているすぐ脇でタチションをされたときは、初老の親方を殺そうと思うこともあった。現場の足場から、突き落とされ腿に鉄筋が刺さったこともあった。でも耐えた、何故耐えるのか、解らないままただ、耐えた。土曜の夜、親方が飲みに連れて行ってくれた渋谷のバー、親方の女が経営する雑居ビルの一部屋、フラフラして親方にもう帰れって言われてヒデオは渋谷をさまよった。そこで「ベース」へたどり着いた。あまりに違うヒロム。生まれた場所でこんなにも、違う生き方になってしまうのか。何のことはない。ヒロム的に言えば死は平等に全ての人に訪れるのだ。かわいいヒロム。
この場所にいること自体が俺には奇跡かもしれない。
ヒデオはヒロムをベッドに運び、ヒロムの部屋を出るのがいつものことだった。


人の生る木Ⅱ

2008年02月22日 17時57分29秒 | Weblog
ヒデオはヒロムの話を熱心に聴いた。酔いがまわって話がルーティンになっても我慢強く聞いた。そのころヒロムはT大の法科に在籍していたし、そののまま順調に卒業していれば彼の父親が望んでいたようにキャリア組になっていただろう。ところがヒロムは教養課の2年目から「組織」の中心になり、大学の出席率もかなり悪くなった。ヒロム自身、学業自体に意味を見出せなかった。大学合格で、親に対する夢の代償は払ったつもりになっていた。仁に対する思いなのか、ヒロムの言う魂のウネリの実感なのか、ヒデオはヒロムが好きだった。自分とはまるで違う境遇でありながら、この集団にいるときは何の隔てもなく接してくれることがうれしかった。ヒロムがT大生であることを知ってさらにその気持ちが強くなった。

人の生る木

2008年02月21日 17時54分43秒 | Weblog
ヒデオがヒロムの飲みが入ったときの事を思い出しながら話したことがあった。ヒロムの父親は地方都市の銀行の支店長をしていて、かなり教育熱心だったようだ。小学校のときから家庭教師が付いていて、高校のときに付いた家庭教師の橋本さんにかなり影響を受けたようだ。話の端々に橋本さんの名前が出てきた。彼はT大にいけるくらいの能力を持ちながら、地方都市を離れることを親が許さず、仕方なく地方の国立大に行くしかなかった人らしい。今ならそんなことはないのかも知れないが、昔は家を継ぐことが一番大事な長男の役目のように思われていた。だから、橋本さんもそうせざるを得なかった。橋本さんとヒロムの口から始まるとかなり興奮して話が止まらなくなるとも言っていた。
 なー、意味はないんだよ。人間なんて何の意味もないんだよ。死んでしまうんだよ。人間は皆死んでしまうんだよ。橋本さんは何でも許されるって言うんだよ。なぜなら、死んでしまうのは皆いっしょだって言うんだよ。ゴミになるんだよ。ものになるんだよ。土葬ができればまだいいけど、火葬しかできなくなっただろう。土に還るのが一部分しかなくなってしまったんだよ。魂は迷いだして空中を彷徨うしかないんだよ。虚無は足元からやってくる。この虚無を超えるのは一ついかないんだよ。生への衝動、生への衝動がなければ、生きていけないんだよ。それが、罪になっても、人間の間で罪といわれても、衝動が支配する世界は永遠に繋がっているんだよ。橋本さんはいつも準備しているって言ってた。自分の中で始まる衝動を魂が感じるのを。集中、激しい集中をして魂のウネリを感じ取れるんだって。俺はね、同じ魂のウネリを仁に感じたんだよ。仁はすごいよ。

金の生る木Ⅴ

2008年02月20日 13時12分37秒 | Weblog
人が金を払うのはそれなりの対価を受けるからだ。ものを買うのも、サービスを買うのも、すべては自分が満足するためだ。欲求を満たすために、自分の中で足りないところを埋めるために金を払う。何が足りないかというと、ただ生きることだけを考えれば食い物以外に足りないものはない。食えれば死なない。だが、人はそれだけでは生きられない。何が欲しいかというと、自分がそこにあることの証明だろう。何でもいい、自分が存在することに意義があるという事実を得たいのだ。真に必要な人間の数は、たいしたことない。選ばれたこと、自分がこの世に必要な人間であることを教えてくれる存在を人は望んでいる。だから、今、存在していることの虚偽を、架空性を教えれば、現実の存在として自分があることを発見するだけで満足が得れるはずだ。たとえば盲目の人間を考えてみて欲しい。彼らは、現実の世界を見ることができなくてもその想像力でイメージを創りだし、彼ら自身の世界を一人ひとりが持っている。彼らは触れることによって世界を知り、世界を造る。接触は、唯一、存在を実感するための感性なのだ。健常者もその人間が持てる世界はその人だけのもので、けして、他の人と同じものではない。また、感覚が確かなだけに騙されることも多々ある。闇の中で、激しい騒音が響いている環境を想像して欲しい。そんな場面では、接触、まさに触れること以外に存在を確かめる方法はないのだ。
 ・・・・ヒロムの言葉は難しい。ヒロムの攻撃的な性格は、どこから来るのだろう。ヒデオがヒロムと話すことが多かった。ヒデオは、ヒロムの

金の生る木Ⅳ

2008年02月18日 11時51分42秒 | Weblog
その寄付は予想外に集まった。ヒロムはその効果を非常に喜んだ。六人組はこのころから執行部としての地位を確立していった。金の力が動き出す、そんな感じかな。はじめは金のないもの同士が微々たる金を出しあって「場所」にたどり着いた。それが「場所」を準備して待つ側になった。誰のためにそうしたのだろう。個人が個人であることを望み、個人でいることを再確認するために僕らは「ベース」にきた。「ベース」は僕らを受け入れ、僕らを認めた。そこからはぼくらが彼らを認め、それに意義を与えていくことになるのだ。
 仁は仕事をしなくなった。マサミの部屋に住み着き、マサミが仁の世話をした。ヒロムは難しい本を読みあさった。宗教的なものから哲学に至るまでなんか良くわからないがヒロムなりにいろんな解釈をしてあたかも新発見のように僕らに語った。仁はニッカポッカを脱いだ。マサミが仁の服を決めた。仁は何も言わず与えられた服を着た。ヒデオはホールの装飾をはじめ、アキコとヒトミは金の計算をした。ヒロムは儀式の構成を創り、仁の立つ場所や仁の登場の仕方、照明の色、当て方、演劇の舞台でも作るようにその会を演出した。

金の生る木Ⅲ

2008年02月15日 14時41分32秒 | Weblog
青山の「ベース」を最初に借りるときのほうが金策は大変だったような気がする。誰が代表になり、保証人を誰にするのかとか、保証金はとか、ヒロムの計画は意外と幼稚で、そんなときにヒデオやヒトミが知恵を出して実現の可能性を図っていたようだ。金のほうはマサルが何とかするといって突然100万くらい持ってきた。どうしてそんなことができたのか、なにか犯罪にでも絡んでいるのではないかと、皆が考えをめぐらしたが、マサルの金銭感覚はいつも皆とずれていて、BOSSジャンが欲しいとケース買いができてしまったり、普通では考えられなかった。それで皆もあまり考えずありがたいといってあっさり受け取った。それでも足りなくて、皆に寄付をお願いした。金の関係ができていくことで僕らは大人のならなくてはいけなかったのだろうか

金の生る木Ⅱ

2008年02月13日 15時24分52秒 | Weblog
何が目的なのか、確かなことは何もなかったような気がする。でも、僕らは「集団」を作り、「組織」となり、「行動」を開始していた。組織が動くためには金がいる。金の生る木が必要になってきた。行動の神秘性が人気を呼んだのか、それとも満たされない人々が多かったのか、ヒロムの説教がすばらしかったのか、人が人を呼びそのころで会員は200人くらいになっていたと思う。なぜだろう、宗教団体のように教理経典があるわけでもなく、預言者の存在があったわけでもない。皆はただそこに来ることが目的のように集まりはじめたのだ。その人間たちに満足与えるために僕らは場所を用意し、「行為」を演出した。運営費を得るために僕らは会費を取った。はじめはたいした金額ではなかったように思うが活動費を差し引くと余剰金が残るようになった。