仁、そして、皆へ

そこから 聞こえる声
そして 今

さて、その家のドアを開けるのはⅢ

2009年05月29日 17時27分01秒 | Weblog
 マサルは音の中にいた。ハルトカゲの接近に気付かなかった。素足の指がリズムを取っていた。マサルの足に何かが触れた。
・うん、・
そんなに気にしなかった。マサルの足を何かがなめた。というか、ハルトカゲがなめた。びっくりした。音は止まった。
「イター。」
ハルトカゲが噛んだ。
「何すんだよ。」
ハルトカゲがハルに戻った。
「あれ。」
「あれじゃないよ。」
「マサル。弾いて」
ハルのマサルを見上げる視線が潤んでいた。ハルはマサルの足に絡まってきた。
「噛まない。」
「うん。」
マサルは上体を起して足に絡まるハルの胸の感触を感じた。
・何だろう。・
その感覚が音を変えた。音に合わせるようにハルの手が動いた。ギターののっていない左足の腿の上に掌がのった。音に反応するように腿の上でダンスした。マサルは感じるままに音を続けた。ハルの指がトカゲの舌のように微妙な動きを始めた。ツンツンという感じでジーンズの上からマサル自身にも触れだした。イメージが音になって、音がハルの掌と指になってマサルにかえってくるような感じだった。
 マサル自身が反応し始めた。ハルの手がマサル自身を捕らえた。それでもマサルは音を止めなかった。ハルはジッパーを降ろし、自身を露わにした。

さて、その家のドアを開けるのはⅡ

2009年05月28日 17時50分43秒 | Weblog
 楽器は不思議だ。演奏する人のその瞬間の感性が音に出る。マサルは何を弾くという意図があったわけではなかった。フレットを押さえる指の走るままに音を追いかけた。
 ハルはマサルの周りに音の創り出す世界を見た。見たことのない生き物がマサルに取り付き、天女が一緒に演奏をしていた。音の創るイメージが、その周りの存在物を微妙に変化させた。さらに空気は、虹色のグラデーションとなり、暗黒と清涼が入り混じり、安堵と不安が足元に忍び寄った。対立するものが交互に現れ、溶け合うように見えては分離した。ハルはその世界に引き込まれていきそうになった。床に手をつけ、這うように、まるでトカゲか何かになったようにしてマサルに近づいた。

さて、その家のドアを開けるのは

2009年05月26日 16時32分01秒 | Weblog
 火曜日の夜、ヒデオとヒカルが仕事着のままで顔を出した。現場が無事終了し、明日、下見にいけることを告げた。ヒデオの車にヒカルとミサキ、アキコが乗り、残りの五人はマサルの車で行こうとヒデオが提案した。アキコは休みを取っていた。マサルがいくぶん困ったように言った。
「ヒデオさんの車にもう一人乗れませんか。」
「乗れるけど。」
「もう一人いるんですよ。僕のほうで、」
「誰、」
「誰って言うか・・・・」
ヒデオは何かを察した。
「いいよ。仁とマサミはこっちの車で行こう。」
翌日の十時に時間を決め、二人は帰った。
 マサルは清美さんに電話した。寮の電話なのでハルに頼んで清美さんを呼び出してもらった。ハルは少し不思議だった。清美さんのことは聞いていたが、なぜ、今日電話をするのかが解らなかった。
「うん、九時半くらいに来てよ。ね。待ってる。うん、うん、合わせたいんだ。ね。うん。じゃあ。九時半にね。」
電話を切ると後ろにハルの顔があった。
「わー、びっくりした。」
「何よ。」
「ハルこそなんだよ。」
「清美さん明日来るの。」
「うん。」
「どうして。」
「約束してたから。」
「何の。」
「会おうって。」
「どうして明日なの。」
「何だよ。」
「何か。へんなんだもの。」
「一度、皆に合わせたかったんだ。」
「ふーん。」
「それだけだよ。」
 仁は寝ていた。マサミとマーが買い出しに行っていた。リビングにはいるマサルをハルは追いかけた。
 ハルは自分が不思議だった。嫉妬をする必要はなかった。ただ、何か、清美さんとマサルの間にハルには近づけない何かがあるように感じて悔しかった。
 マサルはギターを持っていた。音量を抑えながらのディストーションの効かせた音。マサルの音をハルは入り口に座り込んで聞いた。

夜の海の星の下でⅢ

2009年05月25日 16時33分38秒 | Weblog
 五人は砂の上に寝た。空を見上げ、ゆっくりと呼吸をした。波の音が呼吸と同化した。仁が身体を起こし、呼吸に集中した。皆もそれに習った。波の周波数が身体にしみこみ、体液の流れさえ同化していくようだった。水も空気も全てが闇の中に溶け込み、世界の鼓動が身体の中で再生されていった。
「ハー。」
仁の長い吐息がその空気の中を走った。目を閉じていることさえ忘れていた。世界と共にあり、そして、意志を持ち、微かな奇跡の中で生きている自分を感じた。その奇跡がなければ、直ぐに壊れてしまう自分であることも。
 仁はもう一度頭を砂につけて、寝た。
 何も言わない仁。
寝息を立て始める前にマサルが身体を起こした。
「さあ、帰ろう。」
軽く砂を払って、五人は車に戻った。
 帰りの車の中は静かだった。運転するマサルを除いて、皆が寝た。レザーシートと背中の間の砂の感触を不快には感じなかった。マサルは信号と信号の間を猛スピードで走った。緊張感を持ちながら、睡魔と闘った。来た道を戻るつまらなさを感じて、マサルは一国に出た。環八で折れ、用賀で二四六に入り、山手通りから戻るコースで下北に着いた。
 紫色の空が白に変わっていた。

夜の海の星の下でⅡ

2009年05月22日 17時39分27秒 | Weblog
 車は湘南道路に無造作に止められた。夕暮れなどすでに終わっていた。夜半に近い時間になっていた。道路のまばらな街灯が砂浜を照らしていた。その明りの先はすでに、夜の闇に溶け込んでいた。ハルは車から飛び出した。追いかけるようにマーが飛び出した。
「ついたよ。」
マサルが言うとマサミが目を覚ました。
「どこ。」
「海。」
「凄い。」
仁の手を取ってマサミは叫んだ。
「仁ちゃん、海だよ。海。」
仁は眠そうに答えた。
「ああ。」
マサミに手を引っ張られるようにして仁も砂浜に降りた。
 マサルは車を止めれそうなところを探した。防波堤の横の歩道の切れ間に車を止めなおした。車から降りて防波堤に登った。マサルは砂浜で子供のように遊ぶ四人を見た。街灯の明りが長い影を作っていた。影は波の音と共にその先の闇に吸い込まれていきそうだった。不安の気配がマサルに忍び寄った。それを振り払うようにマサルは大声で叫びながら砂浜に飛び降りた。ひとしきり汗を掻き、皆は砂浜に腰を下ろした。
 マサルは仁の顔を見た。闇に支配された砂浜でその表情を見て取ることはできなかった。全てを飲み込む闇。その闇と同じように、思考も、感情も、感覚も、直感さえも飲み込んでしまう仁の力。先ほど感じて不安の種が仁から来ていることにマサルは気付いた。波の音が心地良かった。ハルがマサルの顔をのぞきこんでいった。
「何考えてるの。」
「何も。」
「何か、感じるよ。」
「何を。」
「うーん。」
会話は終わった。見上げると東京では見ることのできない数の星が頭の上にあった。
「きれいだね。」
「うん。」

夜の海の星の下で

2009年05月21日 16時33分30秒 | Weblog
 車は走った。夜の臭いがしはじめた茶沢通りを抜け、国道二四六をくだり、大和市から藤沢街道に折れて七里ガ浜に向かった。大和市を通過しても、海の臭いなどしなかった。
「どこに行くの。ねえ。マサル、どこの海に行くの。」
ハルは不平とも、お願いとも取れる声で繰り返した。助手席にはマーがのっていた。マーはカセットケースから何本ものテープを取り出し、お目当ての一本を探した。
「ハハーン。」
マーはカーステレオにプリンスを差し込んだ。マサミと仁は後部座席でぴったりくっ付いて寝ていた。藤沢のガードをくぐったあたりから、海の微かな臭いがした。
「何か、感じるね。」
ハルが嬉しそうに言った。

もう一つの「ベース」根拠地に向かってⅢ

2009年05月20日 17時18分30秒 | Weblog
 仁の身体には申し訳なさそうにバスローブがのっていた。仁の両手の指が動いた。バスローブの襟を持ち、ゆっくりと持ち上げた。皆はその動きに驚きながら、注目した。バスローブはゆっくりと仁の顔を隠した。すると、仁自身がバスローブの裾から、顔を覗かせた。皆はクスクス笑った。
「仁ちゃん、起きてるんでしょう。」
マサミがはそう言うと仁のバスローブを引き剥がした。右手で顔を隠し、左手で仁自身を隠した仁の身体がまるまった。皆は大声で笑った。仁はゆっくりと身体を起こし、皆を見た。皆が持っていた仁のイメージとは違う仁がいた。顔を隠していた右手が降りるといたずらっ子のような可愛い仁の笑顔があった。
「仁、さっきの話聞いていた。」
肯いた。
「仁も来てくれるよね。新しい「ベース」に。」
仁はニッと笑った。そんな会話の間にマサミはバスローブを仁に着させた。
「ヒデオさん、いつ、見に行きますか。」
「火曜日くらいに今の現場が終わるから、水曜日あたりに。」
「解りました。」
仁とマサミをマサルは見た。
「あ、そうだ。二人も「ベース」が決まるまでうちに来ませんか。」
「うーん。どうしようか、仁ちゃん。」
仁はまた、ニッと笑った。
「いいよ。ねえ、お部屋もう、かえしちゃっていいの。」
「かえすって。」
「だから、お部屋、もう出てきていいの。」
「いいよ。」
マサミの真似をしてマサルが答えた。マサミはうれしそうに笑った。
 現場の状況もあるので、火曜日の夜にマサルの部屋に集合することにしてその日は解散した。といっても、仁とマサミは残った。マサルはベンベーを取りにいった。五人はベンベーに乗り込むと湘南に向かった。ハルが海が見たいと言い出したのがキッカケだった。

もう一つの「ベース」根拠地に向かってⅡ

2009年05月18日 17時55分07秒 | Weblog
 それは家の見取り図だった。ヒデオとアキコは船橋から市川に周り、本八幡に戻り、再び、市川に向かった。江戸川沿いのかつて農家だったらしい一戸建てを見つけた。船橋、本八幡の物件に比べると土地も広く、建坪、床面積ともの広かった。
すでに時間もなく、手付金だけ置いて、不動産屋を出た。まあ、詳しいことは聞かなかったが、実際に現地にいくことになったとき、何か、とてつもないとこが起こったのだろう場所であることを発見することになった。それでもそのときは条件のよさに興奮気味で見取り図を開いていたのだが。一階には土間があり土間の奥に台所があった。マサルの部屋も広いがそれはそれ、農家の広さは凄かった。見取り図を見ながら、興奮気味に話すアキコをヒデオが諭すようにしながら「ベース」の構想を話した。
 自分らは個々の必然性によってかつての「ベース」にたどり着いた。だから、新しい「ベース」もいつもそこを必要とする人間のためにオープンにしておきたい。そのスペースが一階で取れる。さらに二階は今、ここにいる人間が暮らすことができる広さが充分ある。そして、家賃が安い。改造をしてもかまわない。建て替え以外なら何をしてもいいという条件。
「ここから、新しい「ベース」根拠地を始めないか。」
ヒデオの言葉には力があった。誰も何も言わなかった。笑顔でヒデオの手を握った。ハルがポツンといった。
「演奏はできるの。」
「それはまだ現地にいってないんで解らないんだ。」
「えー、まだ見てないの。」
「でも地図を見ると、一番近い住宅まで五百メートルはあるから・・・」
「お金いるんでしょ。」
「うん。まあ、とにかく安いから、オレとアキコでなんとかなりそうなんだ。」
「いいですよ。僕、お金は何とかしますから。今度のお休みの日に見に行きましょう。」
「仁、起きないかな。」
皆が仁を見た。

もう一つの「ベース」根拠地に向かって

2009年05月14日 13時38分25秒 | Weblog
 それから、性的展開はなかった。演奏者は楽器から手を離し、赤い唇の仁の言葉を、いや、言葉に同化した。赤い唇の仁を囲み、円を作るように座り、意味も解らない言葉を唱和した。彼らはもう現実の世界にはいなかった。赤い唇の仁の造る世界にのめり込んでいた。思考も、感情も、感覚も、直感も、その快楽とも、恐怖とも、いや、畏怖すべき不思議な世界の中では意味を成さなかった。赤い唇の仁の舞が静かに終局を向かえ、センターに座り込んだ。と思うまもなく、大の字になって眠りについてしまった。周りを囲む円の皆もそのまま、後ろに倒れ込み、手を触れ合って眠った。

 もう直ぐ、日がかげるだろう時刻にマサルの部屋の呼び鈴がなった。マサルは玄関まで行って自分が全裸であることに気付いた。魚眼レンズの向こうにはヒデオをアキコがいた。
「ちょっと待って。」
マサルは皆を起こし、バスローブを羽織らせた。急いで、玄関に戻り、ドアを開けた。
「お帰り。」
ヒデオとアキコは部屋の中から交じり合う男と女の体臭を感じた。
「何してたんだよ。」
「セッション。」
リビングに入ると赤い唇の仁が全裸でセンターに寝ていた。その周りに同じバスローブの集団が膝を抱えて、座っていた。それは普通に見るとヘンな風景だった。
「はは、何してるのかな。健康優良不良少年、少女諸君は。」
アキコの声に、というより言葉に、皆がいっせいに笑った。
「仁は」
「仁ちゃんなら、大丈夫。きっと直ぐに起きるわ。」
「ねえ、ほんとに何してたの。」
アキコが聞いた。
「解らないけど、気持ちよかった。」
「また、一緒になっていたの。」
「うん、でも、セクスはしてないよ。」
「違う国に行ってたみたい。」
「もう、うらやましい。」
アキコの言葉に皆がまた笑った。アキコは皆を静止させ、バッグから見取り図のコピーを取り出した。

その唇に赤いルージュをⅢ

2009年05月13日 17時43分41秒 | Weblog
仁は勃起していた。
「仁ちゃん、起きてる。仁ちゃん、起きてる。」
マサミのリフレインに演奏がヨレヨレっとした。皆は噴き出した。
「仁ちゃん、たってる。仁ちゃん、たってる。」
演奏は止まらなかったが、皆が笑った。すると仁の肩が床を叩いた。仁の身体は体重がないかのようにフーと起き上がり、そのままスッと立った。目を開け、ニッと笑った。
「仁ちゃん。」
そういうとマサミは仁に抱きついた。仁はマサミのバスローブの帯をほどき、床に落とすと、グッと抱きしめ、口づけをした。長いキッスの唇が離れるとマサミの声がはじけた。
「仁ちゃん、お帰り、早かったね。」
仁の目がその言葉にとろけるように優しく細く微笑んだ。ミサキやハル、マーは当然だが、マサルも、ヒカルも仁のそんな表情を見たことがなかった。当然、彼らの音も仁の表情と同化していった。仁はもう一度、マサミを抱くと肩を持って、回転させた。マサミは仁の意図を感じていた。ポンと肩を押すとマサミはキーボードに向かった。
 マサミが演奏に戻ると仁は両手を天に向けて大きく開いた。ハルも、ミサキもバスローブの帯をほどき、するっと脱ぎ捨てた。そして、マサル、ヒカル、マーの順にバスローブを剥ぎ取った。それはハルが帯びをほどき、ミサキがバスローブを持ち、演奏の途切れる時間を最小限抑えるように行われた。
 全裸の集団が優しい音の中で漂うように、流れるように動き出した。
 仁の手がスーと流れると風が起きた。仁が回ると空気が回った。仁の動きは優しく、激しく、空間そのものを変容させた。
 仁の赤い唇が動いた。
マサミとハルのヴォイスが仁の赤い唇に同化した。

リヴェリ、ホエ、キンゴ、クラリュイネ、スマシュ、ラベ、キュエンゴ
リヴェリ、ホエ、キンゴ、クラリュイネ、スマシュ、ラベ、キュエンゴ
リヴェリ、ホエ、リヴェリ、ホエ、リヴェリ、ホエ、リヴェリ、ホエ、
リヴェリ、ホエ、キンゴ、クラリュイネ、スマシュ、ラベ、キュエンゴ

ハイダ、リヴェリオ、ハイダ、キュリンガ
ホセ、フウオー
ホセ、フウオー

二人のリフレインの中で仁は舞った。