仁、そして、皆へ

そこから 聞こえる声
そして 今

もうそこにはもどれない7

2011年10月24日 16時40分42秒 | Weblog
ヒカルとミサキは、最後の配達に、マサルをはじめ担当している者らが軽トラを出発させるまで、「ベース」にとどまった。
仁もヒデオも、諏訪からの人間は今日一日こちらに残り、今後のことをなんとなくだが決めようということだった。
マーもキーちゃんもマリコも、ミサキに聞きたいことが山ほどあった。
ミサキもヒカルも皆と話したいことが山ほどあった。
時間が許す限り、皆は新しい「ベース」について話をした。
ヒカルは、不動産屋が行ったことを気にかけていた。
「グリーンベース」のブランド名をいかすのなら、会社組織にするのは強みになると進言した。
ミサキも同様なことを考えていた。
無農薬で化学肥料を一切使わない野菜、「グリーンベース」を自分の店で販売できないかと考えている。
取引を円滑に行うためには、会社組織にしてもらったほうが、自社の幹部やお偉方を説得しやすいとも言った。
「会社かー。」
「その手の知識がないものね。」
「そんなには難しくないと思うよ。大学で勉強してみて、会社のほうが何かと便利なところもあるよ。」
「そうなんだ。」
「諏訪での活動が軌道に乗ったら、そのへんも考えようか。」
「そうじゃなくて、今だから会社にしたほうがいいと思うんだよ。」
「どうして。」
「車の購入にしても、経費になるし。・・・・」
「無理はしなくていいと思うわ。でも、考えてみてね。電話でも、手紙でも、何でもわからない時は連絡して、小西さんや叔父や、プロに聞くから。」
そんな話をしているうちに時間が過ぎ、二人は市川の駅に向かった。
マーは大地の力についてミサキに手紙を書くといった。
アキコもマサミもリツコもキヨミも、ミサキとヒカルの今回の「ベース」への復活を非常に喜んだ。
今まで遠慮がちだった二人への連絡が、今度は安心してできると喜んだ。
ヒデオの車に乗り込む二人に皆が手を振った。見えなくなるまで手を振った。
二人はマサルにも会いたかった。時間が許さなかった。

もうそこにはもどれない6

2011年10月20日 17時35分13秒 | Weblog
ヒロムはどこにいったのだろう。

「流魂」の動きは不思議に思えた。
ヒロムついても、ヒトミしてみても、探そうとさえしなかった。
むしろ、それでよかったのか。
手を下すこともなく目の前から消えてくれたのだから。
ツカサは、ふと、そう思った。
ヒロムが、すでに、「流魂」を離れているということを確信する自分がいた。
それは、ヒトミも同じだった。
そして、生きてることも。
なぜと自問すると答えは返ってこないのだが。

ハルとマーはどうするか、決めていなかった。
下北の時のようにマサルと住んでもよかった。

それはそうと、諏訪から高井戸までどうやって物を運ぶのか。
じいさんの知り合いのトラックか、ヒデオの車か。

まあいい。今日の配達が終わってからだ。

リツコは諏訪に行きたかった。

朝の匂いがする前の時間帯。
リツコがミサキに声をかけた。
「ヒカル、どう。」
「うん、忙しいからいいのかも。」
「そう。」
「でも、時々、遠くを見ているわ。私の知らない遠くを。」
「諏訪には行けないの。」
「うん。もう少し無理かな。弟が大学を出ればね。いけるかもしれないけど。」
「そう。」
「でもね。何か協力したいのよ。」

もうそこにはもどれない5

2011年10月19日 16時52分01秒 | Weblog
新しい仁の緩やかな動きは、まるで、「ベース」を対流する空気そのものだった。
皆が揺れ、皆が感じた。
新しい仁は年齢とは思われない優雅さで第一の円から、三つの同心円の間を揺れ動いた。

方向は確かにそっちのほうなのだと誰もが感じた。

緩やかな動きが緩やかな眠りを誘い、皆は意識と無意識の間を漂った。

一人足りないね

うん

スペイン坂の「ベース」を知っている者らは同じ思いを共有した。

ヒロム

やがて、周辺参加のものたちが席を立ち、市川の「ベース」に残る者らは寝袋や毛布にもぐりこんだ。

夜は川音のシンフォニーと虫の羽音とともに皆をその深部に導いた。

もうそこにはもどれない4

2011年10月18日 17時01分51秒 | Weblog
そういえば、アキコが会計らしきことをやっていたが、そんなに細かくはやっていなかった。
いくらいるといわれれば、銀行からおろしてきた。
そのころ、マサルたちは集金した金を普段必要だなと思う金は「ベース」のかごに入れ、残りをアキコの管理する口座に入れた。
軽トラも近くの農家が使わなくなったものを申し訳程度の金で借りていた。
必要経費を考え、利益を生むというような団体ではなかった。

「収入といわれてもねえ。」
「なんとかなっているんじゃない。みんな生きているし。」
「で、でもですよ。これだけの規模でやっているんだから、そのうちに税務署が・・・・・もうここにはいなくなるんでしたっけ。」
「ここを離れるということは、軽トラとか、返さないとね。」
「配達、どうしようか。」
「そのまま、しばらく借りれるか。僕らの方で聞いてみますよ。」
周辺参加で、その辺のことをすすめてくれていたアカギさんが言ってくれた。
アカギさんは、今回、「市川ボトム」の中心になってくれるといってくれた人だった。
「なんとも、無計画な・・・。」
不動産屋さんはあきれていた。
それでもそれでよかった。

仁が立った。
場所を決めて座った。
アキコが、ヒデオが、マサミが、マサルが移動し始めた。ヒカル、ミサキ、ヒトミ、ツカサ、マー、ハル、リツコ、マリコ、サンちゃん、キーちゃん
そして、そこに集う全ての人が、移動し始めた。
ただ一人、不動産屋さんだけがうろたえた。
「少し、趣向が変わるから。今日はありがとう。」
アキコが声をかけた。
ほっとしたように不動産屋さんは外に出た。
不動産屋さんは、歩き初めて、ふっと足を止めた。
振り返ろうか、好奇心が身体を動かそうとしていた。

いや、もうこの人たちとは関係がなくなるんだ

ふっとそんな考えが浮かび、家路を急いだ。

仁とキヨミ、新しい仁を中心に三重の同心円が出来た。
仁の呼吸が始まり、皆が同調した。
キヨミに抱かれていた新しい仁がその手を離らた。
仁とキヨミは中心を離れ、一番近い円に同化した。
呼吸とハンドクラップがリズムをつくり、新しい仁が中央で踊った。
静かな、静かな高揚が皆を包んだ。

もうそこにはもどれない3

2011年10月14日 17時13分37秒 | Weblog
皆が来た。諏訪からも来た。不動産屋も来た。


最初は、増築した部分や農耕地も全て更地に戻す予定だった。
そんな時、不動産屋がやってきた。
「あちらの事情で立退きさせられるんだから、そのままでいいよ。それに公共事業なんだから、県がみんな持つし、大家さんも痛くないと思うよ。」

それはありがたいようで淋しかった。
工事が始まるまで、市谷の「ベース」はそのまま存在する。
ルームの機材は、諏訪に運んだ。
大きな食卓も、使えそうな家具も、「ベース」としての機能を維持していたものは全てなくなった。
がらんとした空間がそこにあった。
諏訪で調理を済ませた食材をがらんとしたその場所にヒデオとツカサがコンパネで簡単なテーブルを作って並べた。
人のことも、高井戸のことも、諏訪のことも話さなかった。
乾杯もしなかった。
静かに時間が過ぎた。
誰に話すというわけでもなく不動産屋が話し出した。
「本当はさあ、こんなに早く立退かなくてもだじょうぶなんだよね。県のやることってさあ、計画が出来てから始まるまですごく時間がかかるんだよね。」
ビールを飲み干して
「でもすごいよね。もう、次の場所見つけたんでしょ。」
「すごくなんかないわよ。」
アキコが声を出した。
「最初にね、「ベース」を移すときも、ほんとは考えたのよ。諏訪にね。でも、こんな形になるなんて思わなかったもの。」
「そうね。ミサキがいなかったら、こんなふうにはならなかったと思うな。」
「そんな、私は何も・・・」
「でもよかったね。ヒカルも来れたし、忙しいんでしょ、今。」
「うん。」
「それはそうとどれくらいの収入があるんですか。」
「えっ。収入って・・・。」
「だから、販売ですよ。販売、農産物の販売をやってるんでしょ。」

もうそこにはもどれない2

2011年10月11日 14時08分28秒 | Weblog
スグリさんのバンドは見たことがなかった。
ビーエスエイトは基本的にライブの時しか、小屋に行かなかった。
マーとハルはスグリさんのバンドの音を知らないことに非常に恐縮した。
スグリさんはそんなことは気にしない人だった。
契約の話をしても、めんどくさそうに聞いていた。
マーもハルも今回の立ち退きのことで契約のことを少し勉強していた。
「きれいにしてくれればいいんだけど。」
「えっ。」
スグリさんによるとこの家は父親がそのうち建替えるつもりらしいが何時になるか分からない、今の荒れた状態を自分で何とかする気はない。
きれいにしてくれるならそれでいい、ということだった。
そんな感じで高井戸の「グリーンベース」はスタートした。

マサルはどっちに拠点を置くか悩んでいた。
諏訪の「ベース」も気になった。が、販売の中心は、やはり、マサルだった。
だが、住むところがなかった。
それは市川にいるメンバーのほとんどがそうだった。
今までに市川の「ベース」に転がり込んできた人間をどうするか、
宿なしをどうするか、諏訪の「ベース」への移住の計画が持ち上がった。
が、諏訪への移住は、都内から市川に移るようなわけには行かなかった。
当然、費用も掛かった。
諏訪に移ることを理由に「ベース」を離れる者もいた。
きつい縛りの団体ではなかった。
ライブの関係や女の関係や転がり込むところのあるメンバーはとりあえず何とかしよう自分で、ということになった。
市川の「ベース」の近くから参加していたメンバーは、親との話し合いができ、了承を得たものだけが諏訪の「ベース」に行くことになった。
他のメンバーは、高井戸まで通うことの出来そうなメンバーは高井戸へ参加し、できないものは「市川ボトム」という名のもとに市川近郊で「グリーンベース」ひろげようということになった。
簡単に言うと集会を持ち、購入者をひろげ、高井戸に配送を依頼するということだった。
こんないい加減なことでいいのか、といわれそうだったが、お客さんにはしばらくお休みしますとご挨拶に回り、再開時に電話連絡するということで何とかなった。


 高井戸にはヒデオと仁がじいさんの知り合いにトラックを借りて、ユンボを持ってきた。
整地をして、砂利を敷いて、工場の中を改造して、近くの土建屋と交渉して産廃の手配をして、それは手際がよかった。
三日目には綺麗になっていた。
「すごーい。ほんとにここがお家なの。」
スグリさんが一番驚いて、感動していた。
一階の改造の際、ヒデオも仁もびっくりするほどいい加減な工事箇所を発見し、補強した。
が、やはり、化粧を担当する大工ではないので、青山の「ベース」の楽屋の雰囲気がよみがえった。
ずいぶん広かった。
工事の最後のころ、マサルが悩んでいることをなんとなくヒデオがスグリに話した。
「じゃあ、隣に住んじゃえば。」
「隣って。」
「ほら上見てよ。上はさあ、前は貸してたのよ。今は、こんなおんぼろだから、誰も借りてくれないのよ。」
「そうなのか。」
「家賃はさあ、父親に、うーん。私に払ってよ。」
「そんなんでいいわけ。」
「そのうち、取り壊しだから、それまでね。」
「聞いてるけど、いつごろなのかな。」
「たぶん、遠い将来だと思うわ。」
確かに、二階は二世帯が住めるようになっていた。
が、二階のスグリの隣の部屋もすごかった。
入り口の部屋は台所になっていたが、スグリのバンドの機材で埋まっていた。
そこをかき分けていくと、次の部屋があった。スグリの衣装が散乱していた。
さらにその奥は、前の住人がおいていった茶箪笥が一つ、ぽつんとあるだけで何もなかった。

ここに住めというのか・・・・・
家賃も取るのか・・・・・

二階に上がったヒデオは一瞬、目眩がした。
一階の改造が終わった段階で間仕切りをして、二階のスグリの荷物を一階に移し、
裏口を作り、そこから、スグリのバンドの車の駐車場にすぐに運べるようにした。
工事は一週間ぐらいの予定だったが、少し延びた。

その間、ヒデオと仁は市川の「ベース」から高井戸まで通ったのだ。
マサルは頭が下がった。

そして、最後の日が来た。