仁、そして、皆へ

そこから 聞こえる声
そして 今

ありがとうございました。

2012年07月26日 16時15分51秒 | Weblog
記憶が悲しいほど静かに消えていきます。

「仁に捧げる」は今日で終わりにします。

長い間ありがとうございました。

実際に仁のモデルなった人間は、今、行方が分かりません。

ただ、その人間の魂が僕らには、今、そこにはいませんが聞こえる声を信じている僕らには支えとなっているのは確かです。

必ず来る時のことを思うと彼に再会できることが救いになります。

暗闇の中で、じっと我慢して、やっと、光を見たときには、次の暗闇が忍び寄ってきています。

メールアドレスを公開いたしますので、何かありましたら送信ください。

ワードを使って、縦書きの全文を現在準備しております。

興味がありましたら、その旨もご連絡ください。

本当に長い間、お付き合いいただきありがとうございました。

心より感謝いたします。

尚、本文の題名は

「今はもう聞こえない声を探して」

となります。

「仁に捧げる」のブログについては新しい展開を考えております。

また、お付き合いいただければ幸いです。


 lbnet17@mail.goo.ne.jp


ここに戻れば

2012年07月23日 11時51分56秒 | Weblog
ここへ戻れば。

「誰もがそう呼べる場所にしたいの。」

茅野の駅まで迎えに来たミサキが言った。
ミサキは名古屋で免許を取った。
ヒカルはあの事故のせいか、模擬試験は満点を取るのだが、本試験で三回失敗して免許を取るのをあきらめた。
まあ、どちらか一人が運転できればよかった。
軽のワンボックスタイプ、山道は悲鳴をあげた。
スピードもでなかった。
ミサキには気にならないようだった。

「仁も大きくなったねえ。ていうか、私たちが歳をとったのかな。」
「そうかなあ。」
「いつだっけ、最後にあったの。」
「マサルのパーティーの時かな。」
「ヒロム、アキコからメールがきたとき嬉しかった。」
「ウアマク、ハナセナウ、ケロ、フサギラッタ。」
「うまく話せないけど、不思議だったって。」
「何が。」
「ミナグ、ホクワ、ウケユラテクレラコラギ。」
「みんなが僕を受け入れてくれたことがだって。」
「すごいのね。仁はヒロムの言うことが全部わかるの。」
「うん。」
「でも、私も不思議だった。仁が力を使えば、ヒロムはすぐに回復すると思ったわ。」
「仁はもう力を使わないよ。」
「なぜ。」
「あの時、すごく使って、それから、元に戻るまで大変だった。」
「そう。」

「ヒカルも、仁とヒロムが来るのを楽しみにしてるわ。仁は恩人だもの。」
「そうなんだよ。僕もね。記憶の断片しかないんだよ。自分が何をしたか。」
「そうなの。」
「うん。」

「これからどうするの。」
「ヒデオの会社で働くか。それもあって、一度、「ベース」に来たかったんだ。」

あれはいつだったか。

2012年07月19日 10時50分32秒 | Weblog
三年くらいはそのままでした。

ミサキの弟が大学を出て、会社を継ぐ段取りができたところで、ミサキとヒカルは「ベース」に戻りました。

といっても、「ベース」にはもう二人しかいないのですが。

あの事件自体が地域、周辺集落では不問にということになり、事件に関わった土地を二人は簡単に手に入れることができた。
二人は機械化を図り、近代的な農機具を使った生産に切り替えた。
無農薬、有機栽培の手法は変えずに、というよりも、さらに進化させた形で継続させた。
販売先については、世田谷の市場は突然の音信不通が長すぎたせいか、かなり縮小した。
千葉については、会員制の販売網を築いたが実際販売する農作物が足りなくなり、解体した。
おりしも、インターネットが普及し始めており、彼らはインターネットを使っての販売に乗り出した。
そして、「グリーンベース」のブランドは復活した。

ヒロムの住民票は世田谷に残っていた。
そこで、保険証を入手し、都立松沢病院で診察を受けた。
ヒロムの状態は、心因性の運動機能障害と診断された。

「簡単に言うと金縛りみたいなもんですよ。」

筋ジストロフィーのような病気ではないことが分かった。

口から・・・

何かを食べるという行為から、徐々にリハビリを進めるように指導され、アキコとリツコはその計画を立てた。
流動食から徐々に固形物に変えていった。
アキコが食べ物を口の中で噛み砕き、口移しでヒロムに食べさせた。
リツコはヒロムの身体を支え、あごの下に手を当て、ヒロムの口を動かした。
忍耐のいる仕事だった。
それでも、食らうことができるようになれば、人は生きれると信じてリハビリを続けた。
ヒロムは徐々に回復し、杖を突けば歩けるほどになった。

その夏。

新しい仁とヒロムは「ベース」に向かった。

もう、五年になりますね。

2012年07月11日 14時04分26秒 | Weblog
そうですか。

今から三十年も前のことですから、記憶が確かか、どうか、心配でした。

仁は、どうしていますか。

仁はヒデオと組をつくって、現場です。

ヒデオの組は会社になって、あの時ついてきた人たちも皆、そこで働いています。

アキコもキヨミもいっしょだったんでしょう。

はい、家族ですよ。皆が家族のように大きな家に住んでいます。

マサルは。

そうそう、スグリのところにしばらくみんなで世話になっていたじゃないですか。

そうでしたね。

それから、あの辺の連中でバンドを組んで、頑張ってました。

ジミーさんが突然、亡くなられて店を継ぐような感じで、マサルが今はマスターです。

ジミーさんの頃の雰囲気はもう全然ありませんけどね。

「ベース」は・・・




今はもう聞こえない声を探して3

2012年07月10日 11時30分44秒 | Weblog
拡声器を使うまでもなかった。
空き家となっている家屋。
強制執行でもない限り、立ち入ることはなかった。
人の住まない家の朽ち果てている状況を確認すればよかった。
そうした家々の一番奥、捜査隊はオージの家にたどり着いた。

人の気配。
そう昨日までそこに人が住んでいただろうところの家が持つ息遣い。
増築された倉庫。
車寄せ、駐車場。庭。
手入れが行き届いた農機具。

が、そこにある車やユンボのタイヤはすべてパンクしていた。いや、させられていた。

玄関の硝子戸は半分ほど空いていた。
「誰か、いるのか。」
土間の奥の台所のほうから物音がした。
一人では大きすぎる窯からオージが直接、ご飯を口の運んでいた。
「なんだいね。だれだいね。」
「警察だ。」
「そうかい、そうかい、警察かい。たすけにきてくれただかい。けどせえ、おせえじ、もう、おそいだいね。おらほのしょうはみんなでてったでね。」
オージの目には涙が浮かんでいた。

警察は老人以外誰もないことを確認し、保護という形で諏訪署に連行した。

オージからの事情聴取

昔ながらの方言のため、書記官が内容を標準語に近い形で書き直した。
「夜にせえ、あいつらがきたみたいずらい。」
・夜、部外者がやってきた。
「そしたらせえ、こどもしゅうがめえさめてね。」
・子供(複数か、あるいは、単独)が目を覚ました。
「えらいこえだすだいね。」
・奇声をあげた。
「そうしゃーせえ、みんなしょうがおきてきただいね。・・・・
・そうすると全員が起きてきた。外からは赤い光が雨戸の隙間から閃光のように差し込んだ。
皆が土間に向かい、外に出ようとすると、すでに、仁が土間に下りていた。
キッと見開いた目で、皆を見た。
その意味を皆が感じた。
仁は一人で外に出た。

ゴーという音、炎、閃光、屋家に近づく熱の塊。
パン、パンという音。
それから、皆が聞いたのは音ではない音。
嵐の中の空気の動き。
渦巻く念の流れ。

そして、すべての音が消えた。

仁は硝子戸を開けて土間に戻った。

仁の服はボロボロだった。
顔は煤けていた。
髪の毛や洋服から焦げた臭いがしていた。
汗、血、火薬、埃、すべての臭いを皆が共有した。

「それからせえ、みんなしょうが、みんなしょうが・・・・。」
・それから、皆が、皆が・・・・。

オージはこの後、ひどくせき込んで聴取ができない状態になった。
当番の医師が診察したところ、オージは見た目よりかなり衰弱していた。
三日後、オージは警察から搬送された諏訪中央病院で息を引き取った。
アキコの父親がオージの遺体を引き取り、葬儀が行われた。

警察は某団体の内ゲバということでこの事件を処理した。

・被疑者、死去のため立件不可

しばらくして、名古屋の不動産会社が地権者と交渉し、「ベース」として使用された土地、焼けただれた土地、もちろん、オージの家も、土地も、そのすべてを買い取った。


それから・・・・・


「ヒカル、明日、トウモロコシ取ろうか。」
「いいね、もういけると思うよ。ミサキ。」
「予約の方がいるから・・・。」
「ああ、後で調べておくよ。」

今はもう聞こえない声を探して2

2012年07月04日 11時06分33秒 | Weblog
一峰巡査の体力はそう長続きしなかった。
再び、巡査に近づく取りつかれた人々。
巡査にはもう、投げ飛ばす力は残っていなかった。
一人目を抑えた。
その時、無線の呼び出し音が鳴った。
その後ろから二人目が押してきた。
巡査は無線をとることができなかった。
満員電車の閉まり始めたドアめがけ突進してくるように残りの取りつかれた人々が前進してきた。
その重圧に耐えきれずに巡査は、一瞬、力をゆるめて体をかわそうとした。
が、六人の体重がかかった状態から逃げ切ることはできなかった。

その淵から七人の身体が転落し、湖面に吸い込まれた。

諏訪署はどう対処していいか、困っていた。
簡単に処理するには事故扱いが無難だった。
一峰巡査の殉職もあった。
集団自殺ということになれば事件としての可能性もあり、某集落での取り調べを開始することにした。
警備課、刑事課、交通課、地域課からそれぞれ、二人づつ、パトカー二台に分乗して某集落を目指した。
実際はその事件、あるいは、事故がその団体と関係があるのか、不明瞭だった。
ただ、得体のしれない人々が歩いてきた道は一本道で、彼らが某集落から歩いてきたのは間違いがなかった。

警察は某集落に着いて唖然とした。
近隣集落の住人から聴取した内容とまるで違う光景がそこにあった。

農地が蘇っていた。
道と家屋以外のすべての土地が区画整理され、美しいほどの農作物が整然と成長を遂げていた。
それは日本の原風景とは違うものだった。
意図があり、その土地自体が何かを表現するかのようにも思われた。
かつての様相とはまるで違う世界があった。

近隣住民はその光景が浄化された新天地のようだとも、付け加えた。
が、住人にとって、不可思議な儀式、全裸のダンスのほうが問題だった。
圧倒される雰囲気。
それは住民の魂の部分を揺さぶった。
それが恐怖に変わり、住民は警察に捜査を願い出た。

その場所が・・・・・・

車から降りた署員が目の当たりにしたのは近隣住民の見た浄化された世界とはまるで違う地獄絵だった。

道と家屋以外のすべての土地が焼け野原になっていた。

兵器として火を噴く物。
単純に焼き畑でもしようかといって、藁をまき、火をつけたものとは意味が違っていた。
「焼きただれた」という表現がふさわしかった。

その道の先の車寄せに一台のワゴン車が止まっていた。
その中には小銃をはじめ、小火器、弾薬の入ったケース、手榴弾まであった。
焼きただれた農耕地の中にやはり、軍用とも思える火炎放射器が転がっていた。

人気は感じなかったが、班長は、事態を重く見て、その日の調査を中止した。

諏訪署では、会議が持たれた。
「諏訪湖集団自殺事件」と名を打ち、捜査チームを編成した。
三十人態勢のチーム。決して大事にはしたくない過疎地の事件。
一般報道は行われなかった。

が、狙撃隊を含むそのチームは最初の捜査から、三日と置かずに現場に向かった。

今はもう聞こえない声を探して

2012年07月02日 16時15分51秒 | Weblog
某月某日 長野県諏訪市の山間部にある集落で某団体に対して警察の捜査が行われた。

その地域は過疎化が進んでいて、その集落には某団体以外の住人はいなかった。
たまたま、某集落を訪れた近隣の集落(十数キロメートルは離れているのだろうところ)の住民が得体のしれない集団行動を目撃した。
全裸の集団が、全裸の少年を中心に奇声をあげ、うごめいているというもだった。
もう、ほとんど訪れる人などいないのだが、その集落には、奥社、その地域の神社のかつては中心的な存在であり、地域信仰の拠点であった場所に至る参道があった。
そこでの異常とも、卑猥ともいえる集団行動について近隣住民から捜査の依頼があったのだ。

警察は、事件性がないため捜査に踏み切ることを躊躇していた。

それは彼らが仕掛けたことだったのか。

近隣集落の駐在所に住民から通報があった。
それは、五、六人の男女が乱れた姿で、うわ言のようなことを言って歩いているというものだった。

一峰巡査は、現場に自転車で向かった。
確かに肌けた格好で、男子が二人、女子が四人、魂を抜かれたような状態で歩いていた。
近づくと、衣服は着ているのだが、ところどころが切り裂かれたように破れ、肌が露出していた。
職務質問を試みようと静止したが、彼らにはその声が届かなかったようだった。
一峰巡査は仕方なく彼らに同行し、無線で諏訪署の協力を要請した。

集落をつなぐ道。

やや広いその道を彼らは逃げる、いや、離れる、いや、追われる、いや、とにかく、諏訪湖、町場のほうに向かって歩いた。
「立ち止まりなさい。」
「君たちはどこから来たんですか。」
「何をしているんですか。」
「ちょっとお。警察だ。」
「警察だよ。」
「いうことを聞きなさい。」
巡査は自転車に飛び乗り、彼らの前に出た。
「止まれと言っているんだ。」
が、彼らは自転車も巡査も目に入らないかのようにその行進を止めなかった。
一番前を歩いていた乳首が見えそうな女性の顔が巡査に当たりそうになった。
巡査はあわてて、道をあけた。
ふう、とため息をつき、また、自転車を押しながら、彼らと共に歩いた。

協力要請はしたものの、到着まで時間がかかるのはわかっていた。

この速度で行くと・・・・

巡査は最悪の事態が起こらないことを祈った。

県道から国道につながる道。
その前に、脇道があり、そこをまっすぐ行くと諏訪湖畔に出た。
そこは高台になっていて、五年に一人の割合で飛び込みがあった。

一峰巡査は焦った。

諏訪署に無線で連絡をし、協力の人間がいつ来れるのか、確かめた。
「先ほど、署を出たと思います。」
「確認、とれますか。」
「警ら三号のほうから、巡査に無線を入れるように伝えます。」
「了解しました。」

一峰巡査の想像は現実になってきた。

そうだよ。次の、次だよ。そこをまがられたら・・・・・。

こないぞ。連絡、こないじゃないか。
どうすんだよ。一人でなんとかしろっていうのか。
いやだよ。気持ち悪いよ。
早く、早く、頼むよ。

「君たち、止まりなさい。」
振り向きもしなかった。
「止まれと言っているんだ。」

そして、彼らは高台に出た。
一峰巡査は、自転車を投げ捨て、彼らの前に出た。
「さあ、これが最後だ。止まらないと実力行使に出るぞ。」
ロープなど張ってなかった。
その淵から一歩踏み出せば、スーと湖面に吸い込まれた。
巡査は、その淵の前に立ち、先頭の人間から、柔道の技で押し倒した。
彼らは六人いた。
一人を倒すとすぐ後ろにまた一人、倒すとまた一人。
三人目を倒すころには、最初の人間が起き上がった。
「ここは危険だ。ここから離れなさい。」