仁、そして、皆へ

そこから 聞こえる声
そして 今

壁の向こうの溜息の意味2

2010年04月30日 18時53分10秒 | Weblog
 ある程度の会話ができるようにはなっていたが、今後のことについて意見を聞くのは難しかった。
 ミサキの叔父と母は話し合った。何日も何日も、いく晩も話し合った。ミサキの父親の容態から考えて、二人で決めるしかなかった。
 熱に浮かされていたとしても、やがて覚める時が来る。その時に結論を出そう。
それはミサキの母親と父親の共通の認識だった。が、その時は状況が違っていた。父親の判断で、結論を出せない状況になっていた。妹は、まだ、高校に入ったばかりだった。弟もいた。が、弟は幼稚園だった。叔父は会社が倒産してから、父親に拾われ、現在は専務にまでなっていた。律儀な叔父に自分が社長になるという選択枝はなかった。
 二人の話を聞き、こちらの意図も伝えよう。
ヒカルに対しては、二人とも好印象を持っていた。
 もし、可能であれば、こちらの近くの大学に編入してもらい、会社のことを覚えてもらいながら、勉強してもらえたら、一番いい。
N商科大であれば、叔父の知人が副学長をしているので、編入に問題はない。
父親が何時どうなるかなど、医者にもわからないのだから。

 二人の話し合いは大筋、そんなところだった。二人を待つ、叔父と母親は緊張していた。

「どうしようか。」
「何を。」
「ヒカルの洋服を・・・、」
ヒカルは、マサルの背広を借りていた。靴もマサルのだった。
「え、いいよ。」
「そう、でもいいじゃない。うちのお店によって行きましょうよ。」
「ええー。」
ヒカルは照れていた。恥ずかしかった。今の収入で背広が買えないわけではなかった。いくらかの貯金もあった。が、「ベース」の生活に背広は必要なかった。ミサキとしてきた質素な生活を大事にしたい気持ちもあった。
 大通りのはずれに近づいた。ジャフを待つ、滝沢がいた。
「滝沢、ジャフがきたら、先に帰って、ちょっと、寄り道していくから。」
「はい。」

壁の向こうの溜息の意味

2010年04月26日 17時28分11秒 | Weblog
 老朽化の進んだ名古屋駅のバスターミナルでヒカルは待った。ミサキは黒い髪をなびかせて、走ってきた。ヒカルの顔を見ると緊張していた表情が一気に崩れ、笑顔になった。ミサキはヒカルの胸に飛び込んだ。
「ごめんなさい。車が故障してしまって、途中から走ったの。」
「あわてなくてもいいのに。」
「だって、すぐにでも会いたかったもの。」
「そうだね。」
口づけそうになって、二人はあたりを見回した。ヒカルに飛び込んだ瞬間から、あたりの人の視線が集中していた。目と目が後でという風に動いた。
「どうしよう。タクシーで・・・。」
「故障した車もあるんでしょ。歩こうよ。」
「え、いいの。」
「名古屋の街も見たいし。」
「はい。」
 ミサキは右手を出した。ヒカルはその手を取った。ミサキはコントロールできるようになっていた。性的な刺激につながる右手をそれを意識的にセーブすることができるようになっていた。が、その時は気持ちが昂ぶっていた。ヒカルの左手から電流が身体全体に流れた。
「うわ。」
「あっ。ごめんなさい。」
ヒカルは腕をくの字に曲げた。その腕にミサキの腕が絡まった。

歩道橋の下の密会12

2010年04月22日 17時22分33秒 | Weblog
 ヒロムは激しい頭痛と吐き気に襲われながら目覚めた。身体がだるく、眩暈がした。奈美江はいなかった。視界がはっきりするまで時間がかかった。裸の下腹部に湿った感触が残っていた。やっとの思い出で起き上がると、足元に紙袋が置かれていた。紙袋の上にはピンクのバラのすかしの入った便箋があった。便箋の上には万年筆で書かれたメモが残されたいた。

 宰、申し訳ございません。時間がなくなってしまいました。
 わたくしは先に出ますが、御代は精算してございます。
 また、些少ではございますが資金もご準備いたしました。
 何かございましたら、下記の電話番号までご連絡ください。
 いえ、また、わたくしのほうからお伺いいたします。
 御身体にはくれぐれもご自愛のほど、お祈りいたします。

紙袋を覗きこむと、百円玉の五十枚の束が二本、十円玉の束が一本、入っていた。もちろん、着替える前のヒロムの衣類もあった。ヒロムは紙袋を持って、テルホを出た。



歩道橋の下の密会11

2010年04月21日 15時52分00秒 | Weblog
 ヒロムの頭の後ろ側を何かが引っ張った。髪を引っ張られたわけではなかった。脳幹を中心に掃除機で吸い込まれるような感覚だった。その中心が左右に振れ、それに同調するように頭が揺れた。
 耳がヘンだった。
水の中にいるように音が聞こえにくくなっていた。ボワン、ボワンとして何かフィルターを通した音のような、真空状態をイメージさせるような。頭から全身に膜が張られていくような感覚にとらわれた。
 心臓の音が聞こえた。
耳から聞こえた。手を胸に当てるとほんのわずかに遅れて、反響しているようだった。手を離すと、耳からはっきりと自分の心臓の音がきこえるのだ。
 何だ。これは・・・・
 かつて、一度だけ、飲み込んだ「命の水」とは違っていた。ゆっくりと変化するのではなく突然、変化が訪れた。自我、あるいは、意識、意識はあった。が、全身にあたらしい血が流れた。それはヒロムの通常の感覚を奪い取り、別次元の感性のセンサーを身体中に巻きつけられたようだった。
 心臓の音が落ち着くと、目の前に跪いている奈美江が顔を上げた。奈美江の顔は大きな魚眼レンズを通してみるように目の部分が極端に大きく見えた。顔を動かすだびに鼻、唇、顎と大きく見える部分が移動した。
「宰。」
奈美江が叫んだ。ヒロムは頭を中心にグルングルンという感じで円運動をはじめていた。
 奈美江の声は象アザラシの雄叫びようにヒロムの耳を直撃した。ヒロムはその音に吹き飛ばされ、倒れこんだ。
「宰。」
奈美江の声は・・・・。
 ザザ、ジジ、ザ、ジジイー
それは音の攻撃だった。その攻撃から逃れようとヒロムは耳を押さえた。
 奈美江は倒れこみながら、耳を押さえ、おかしな円運動を繰り返しているヒロムに駆け寄った。薄い部屋着の裾がはだけ、ヒロム自身が露わになった。奈美江は恐る恐る、耳を押さえるヒロムの手に触れた。
 ヒロムの身体は全身が性感帯になっていた。奈美江の指が触れると、かつて、ミサキの右手が触れたときのような電気が身体中を駆け巡った。それはミサキの時の十倍以上の電流だった。ヒロム自身はムクムクムクと勃起して、ヒクヒク動いた。奈美江はヒロム自身に触れようとした。が、ためらった。
 ヒロムの手を取り、床に置き、身体を伸ばし、寝かせた。そして、部屋着の紐をほどき、部屋着をヒロムの身体から、引き抜いた。
 奈美江の手が触れるたびにヒロムは電流を感じ、部屋着を剥がされる時には、皮を一枚剥がされ、皮膚の下のに肉までがさらけ出されているような、とても恥ずかしいような、それでいて、開放されているような気分になった。
 
 まさしく、「命の水」の影響下におちた。

 奈美江も「命の水」を飲んだはずだった。が、その動きはきわめて、普通だった。先走ったヒロムのせいで跳ぶことができなかったのか。それとも。ヒロムとは違うものを飲んでのか。その意図は・・・・・。

 奈美江はヒロムに重なった。ヒロムの目は半開きの状態で瞳が右に左に動いていた。奈美江はヒロムの顔を抑え、キッスした。唇を舐め、舌を入れた。

 柔らかく巨大なマシュマロのようなものがヒロムの身体を押さえつけるように感じた。そのマシュマロから大蛇が現れ、ヒロムの口の中に入ってきた。ヒロムの口は大蛇の侵入で裂け、顔も裂け、頭も裂けた。すると目の前のマシュマロが大きなイカに変身した。イカの足がヒロムの身体に絡まり、ねっとりとした液体が身体中を包んだ。スーと言う感じで、離れれたかと思うと、イカの足が牙に変わり、イカの身体は大きな口になった。牙のはえた大きな口は、さらに大きく開き、ヒロムを頭から飲み込んだ。
 頭から飲み込まれる自分をヒロムは見ていた。

 奈美江は舌を使い、指を使い、ヒロムを愛した。胸から腹へ、腹から・・・・。奈美江は一度、ヒロムの身体から、離れた。指を使い奈美江自身を愛撫し、自分の準備を整えた。目の前にはいくぶん小さめのヒロム自身が勃起し、波打っていた。そして、もう一度、ヒロムに折り重なると、右手でヒロム自身を捕らえ、身体を起こし、奈美江自身に導いた。

 大きな口に飲みれたヒロムは嵐の海の中にいた。荒れ狂う海の中は意外と温かかった。右へ左へ、上へ下へ、ヒロムの身体はその海流に翻弄された。耳の内側から、再び心臓の音が聞こえた。激しく脈打つ鼓動は、ヒロムを飲み込み、鼓動自体がヒロムになった。それは大地の振動となり、やがて、マグマとなって、噴火した。
 
 それと同時に、ヒロムの意識は跳んだ。闇がヒロムをとらえた。

 激しく腰を使い、自ら、胸を愛撫し、高鳴る高揚の中で、奈美江はヒロムの分身を受け止めた。ヒロム自身は意図することなくそれ自身がピクピク震え、最後の一滴まで吐き出した。しばらくは硬直を続け、緩やかに萎えていった。奈美江はヒロムの分身をこぼさないように、キュッと締め、ヒロム自身から腰を浮かせた。そして、大き目のベッドから羽根布団を引き摺り下ろし、ヒロムにかけた。



歩道橋の下の密会10

2010年04月20日 16時37分40秒 | Weblog
「ふう。」
ヒロムの溜息で奈美江の言葉が途切れた。
「まだ続くの。」
「はい。」
「そう。」
「いいですか。」
「どうぞ。」
「はい、受水者は聖白衣を着ています。薄い綿の袷です。上官は受水者の後ろに回り、聖白衣に聖剣を入れます。裾を持ち、聖白衣を一文字に切り裂くのです。露わになった背中から、「営み」をはじめます。立会人は受水者の聖白衣を取り除きます。」
「イトナミ。」
「はい、「営み」は導き手の上官から始めます。」
「それも決まっているの。」
「はい。テキストとして、上位に上がると常任の方から手渡されます。」
「すごいね。」
「はい、・・・・・。」
「どうしたの。」
「宰はご存じないのですか。」
「だから、執行部が決めたんだよ。もう僕は、隔離状態で、フラフラしていたからね。細部について報告なんかなかったよ。」
「そうなんですか。」
「立会人って何をするの。」
「立会人は「命の水」の行為がつつがなくおこなわれたことを見届けるのです。時にはカメラを使い、時には録音もします。受水者が乱れるような時は上官とともに、正しい方向に導きます。」
「そこまでするのか。そうなると、「流魂」からはぬけれなくなるね。」
「ぬける・・・・・。」
「あいつら、やっぱり、頭がいいね。弱みをしっかり握っているんだ。」
「あの・・・。」
「なに。」
「神聖な行為の証であって、弱みとは・・・・。」
「ごめん、ごめん、奈美江さんは「流魂」の上官だったね。」
「宰。」
「もう、講義はいいよ。君が導き手になって始めようよ。」
「宰。わたくしが宰の導き手になることなど・・・。」
「だから、今日は・・・・。まっ、いいか。じゃあ、僕が君に飲ませた上げるよ。」
「は、はい。で、でも、立会人が・・・。」
「だれにも、ぼくのことを言ってないんでしょ。君にも何か、思惑が・・・。いや、これが偶然の意図かもしれないよ。」
「そんな・・・。」
「ね、いいだろ。」
「はい。」
奈美江は緊張した。
「ねえ、脱ごうか。服を脱ぎなよ。」
「は、はい。」
「僕が脱がしてあげえるよ。」
ヒロムは奈美江の手を取った。真直ぐに立たせると部屋着の紐をほどいた。肩からはずした。露わになった奈美江の肌から甘い臭いの蒸気が立ち上った。
「どうするの。」
奈美江は跪き、受水者のポーズをとった。ヒロムは小瓶を一つ取り、奈美江の口に「命の水」を流し込んだ。そして、もう一つの瓶を取り、自分の口にも流し込んだ。奈美江はそれに気付いたのか、気付かないのか・・・・・。
 考えてみれば、準備が良すぎた。二本の瓶が用意されていた。一本でも良かった。クスリの作用が始まる前にヒロムは、奈美江の本心がどこにあるのか、いくぶん、疑った。が、そんなことを考える暇もなく、もう、それは始まっていた。


歩道橋の下の密会9

2010年04月19日 17時42分50秒 | Weblog
奈美江は「命の水」の作法を説明した。
「上官と立会人と受水者の三人が基本的な形です。「命の水」の基本は自己を否定し、世界を否定し、本来、個人が持つ魂のうねりを感じるために行われます。在宅から、「命の水」に触れることもできますが、基本的には自活状態であることが条件です。人間が元来孤独であることを知った上で、魂の誘いの元に新生することが個人の生きる意味であり、存在の原点だからです。理解がそこまで進んでいなければ、「命の水」にたどり着くことはできないのです。受水者は上官の前に跪き、背を伸ばし、頭を、やや後ろにそらし、口を開け、舌を下唇の上に置き顎の下に両手を添えます。上官はこれと同じ小瓶から舌の上にゆっくりと流し込むのです。そして・・・・。」
「もういいよ。」
「あの・・・。」
「飲めばいいんでしょ。」
「そうですが・・・。」
「まあいいや、続けて。」
「最後の一滴が受水者の口に届くと、受水者は口を閉じ合掌します。上官は、「姫の聖傷の禊」に進むのです。」



歩道橋の下の密会8

2010年04月16日 17時22分27秒 | Weblog
ほんとに僕の話を理解したとしたら・・・・・
僕がそうだったように・・・・
全てがいやになるはずなのに・・・・・・
僕は絶望で身動きできなくなってしまったのに・・・・・・
僕はやっと、理解した・・・・

ヒーちゃん、死体を見たことあるかい。
死体を見るとさあ、これが人間なのかって思うんだよ。
何の反応もしない。
目も、耳も・・・、鼻も・・・、触れたら冷たいんだ。
臭いんだ。
みんなこうなるんだって・・・・・。
なぜだろう。
こうなるのになぜ生まれてくるんだろう。
見えなくても、聞こえなくても、臭いを嗅げたら・・・・、触れることができたら・・・・・
夢を見ているときはさあ、ほんとうは聞こえてなくても、見えていなくても、触れていなくても、感じていられるだろ。
でもこれも、脳が作り出すことなんだ。
死んでしまったら、脳には血がいかなくなって、そんな夢も見れなくなるんだよ。
それは、無だろ。完全な無だ。
その無がある限り、僕らは何でも許されるんだよ。
だって、何をやろうとやるまいと、みんな、無になっちゃうからさあ
はは、ヒーちゃんには難しかったかな。

何で橋本さんの声が聞こえるんだろう。
何にも考えていなかったのに・・・・・・。
あの時、橋本さんと喧嘩して、オヤジが狂ったように怒っていた・・・。

「宰、宰。」
奈美江の声が聞こえた。
「どうしたのですか。」
ヒロムは奈美江の言葉を待っている間に、意識が別の場所に跳んでいた。
「あっ、何だっけ。」
「いえ・・・・。」
「あそうだ。何か話しがあったんだよな。」
「はい。」
一度、うつむき、顔をあげ、ヒロムを見つめた。何かを決意したような顔だった。
「宰、わたくしは、宰を見つけたことを執行部に報告していません。」
「そう。」
「宰、わたくしは名古屋に部下を四人連れてまいりました。その部下にも宰のことを告げていません。何かが、そうさせないのです。宰の教えの偶然が今、わたくしを導いてくれているものと思います。わたくしは・・・・・・。」
「都合のいいものだね。信じることって・・・。」
「えっ。」
「なんでもない。続けて・・。」
「名古屋での展開を、指導と勧誘を、宰にみていただきたく。」
「そんなのどうでもいいよ。」
「なん・・・。」
「今の僕は宰、じゃないよ。」
「なんてことを・・・。わたくしは、「死の部屋」も性感師もいない状態で、「命の水」だけしかない状態で、どう導けばいいのか・・・・。」
「導くんじゃなくて、騙すんだろ。」
「なんてことを・・・。」
「僕ね。「命の水」って、一度しか試したことないんだよ。これは使えるって思って・・・・・。薬学部は改良したんだろうなあ。持ってるの。」
「はい。」
「どんな感じなの。」
「この水こそが、一瞬が永遠とつながることの・・・・。」
「試そうよ。」
「えっ。」
「だから、一度しかないから、今のがどんな感じかわからないんだ。」
ヒロムの目が、宰の目に変わった。奈美江はその視線に逆らうことはできなかった。紙袋の中のポーチから小さな瓶を二つ持ってきた。
「どういうふうにするの。」
「宰。」
「僕は知らないんだよ。みんな、執行部が決めたことだからさ。」
奈美江の頭の中は混乱の渦の中だった。だが、目の前に宰がいること、宰の願いであること、その意志に逆らうことはできなかった。

歩道橋の下の密会7

2010年04月15日 17時25分35秒 | Weblog
 奈美江は髪を洗わなかった。後ろで一つに束ねて、髪留めで押さえた。高揚していたのか、汗ばんでいた。バスルームの扉を開けて、大きなベッドのある部屋に戻ったときには、薄い部屋着が身体に張り付いた。

動き出した脳は笑った。

身体の線がきれいだなあ。
執行部の引き上げる女はいい女が多いなあ。
いや、ヒトミと同じで身体も作られたのかなあ。
まあ、講演を聴いてもそうだけど、なんか持ってる奴を選ぶよな。
だから、こんな時・・・・・

ヒロムの視線は、奈美江の身体を舐めていた。
「宰。」
「何。」
「そんなにじっと見ないでください。」
「はは、あんまり綺麗だから見とれてた。」
奈美江はヒロムのに近づき、跪いて一礼した。
「こちらに座ってもよろしいでしょうか。」
「どうぞ。」
何かを言い出したいような気配がした。
「ねえ、ビール飲みなよ。」
「はい。」
奈美江はビールとグラスを持ってきた。
「乾杯しよう。」
グラスが鳴った。
「どう、したいの。寝たいの。」
「そんな。」
唐突なヒロムの発言に顔が赤らんだ。
「わたくしは・・・・。宰、宰のお話が・・・・。いえ。お話を・・・・。」
「何だか、解らないよ。」
「すみません。緊張してしまって・・・・。」
ヒロムは面白かった。
「僕をどうしたいの。」
モジモジしていた。講演の時の奈美江からは想像できない雰囲気だった。
「僕を宰だと思わなければいいんじゃない。たまたま気に入って拾った浮浪者だと思えば。」
「そんなことできません。」
ヒロムはビールを飲み干した。
奈美江はすうと立って、冷蔵庫からビールを持ってきた。

そんなもんか、そんなものなのか。

ヒロムは待った。

歩道橋の下の密会6

2010年04月14日 17時49分30秒 | Weblog
「僕の声が聞こえないみたいだったから。」
両腕をクロスして、けして大きくないが形のいい胸を隠しながら奈美江はヒロムを見た。ヒロムの視線は奈美江をとらえていた。
「すみません。頭も流しましょう。」
「もういいよ。」
「そんなことおっしゃらないで。」
「ここを出たら、また、元に戻るから。」
奈美江の手が止まった。
「お願いです。宰を、わたくしの手で・・・・。」
その手に持っていた石鹸だらけのスポンジを前で合唱するように奈美江は拝んだ。
「いいよ。」
ヒロムは脱力した。奈美江のするがままに任せた。奈美江にお風呂関係の店で働いた経験があったわけではなかった。でも、その手は、指先は、とても優しくヒロムに触れた。単純に、感覚的に気持ちが良かった。極部も含めて、ヒロムの身体の全ての部分が洗い終わると、最後にバスタブの湯を抜き、優しいシャワーで全身を流した。あの異臭は消え、石鹸の香りがヒロムを包んでいた。
「宰、あちらでお休みください。わたくしも汗を流しますので。」
そういうと、また、手を差し伸べた。宰であった自分を思い出したのか、手をのせ、奈美江の導きに従った。バスタオルで身体を拭かれ、部屋着を着せられた。
 大きなベッドの脇にソファーがあった。
「こちらで。」
ヒロムが座ると、奈美江は冷蔵庫から、ビールを持ってきて、グラスに注いだ。
「しばらくお待ちください。」
そういって、バスルームに消えた。ヒロムはビールを飲んだ。美味しかった。瓶の底のカビのにおいもしなかった。身体の中をアルコールが駆け巡る感じだった。煙草が吸いたかった。奈美江の紙袋の中の荷物を物色した。あった。新品のラークがあった。ライターも転がっていた。ソファーに戻り、煙草に火をつけた。今度はニコチンが身体の中を駆け巡った。河原と路上の生活で徐々に蝕まれた身体にいきのいい刺激が飛び込んできた。すでに思考することもなくなった脳にも刺激は飛び込んだ。



歩道橋の下の密会5

2010年04月13日 17時50分43秒 | Weblog
 真新しいズックの靴を履き、奈美江と腕を組んだ。
「これのほうが見つかりませんから。」
誰に見つかるというのか、ヒロムには理解できなかった。奈美江は繁華街のはずれのテルホに向かった。ヒロムの身体から、やはり、臭いがしていた。部屋の案内のボードから一番広い部屋を選んで奈美江がボタンを押すと、ボードの下の取り出し口から鍵が出てきた。このシステムなら、くさいヒロムでもテルホに入れた。奈美江は嬉しそうに微笑んで振り返ると、また、腕を組んだ。それから、部屋に入ると風呂に湯を張り、ヒロムの服を脱がした。

 ヒロムが姿を消してから、もうどれくらいになるのだろう。名古屋支部の事務所で見たときのヒロムとは別人だった。プクプクとした身体から油が削ぎ落とされていた。けして筋肉質ではないけれど、痩せ型ではないけれど、一回りくらい身体が小さくなったような感じがした。そして、その生活を物語るように服の外に出ている部分、手首から先、首から上とそうでない部分の色が違っていた。
 やはり、あの臭いはした。
奈美江はその臭いをこらえながら、ヒロムの服を脱がし、自分も全裸になった。恭しく頭を下げ、右手を差し出した。ヒロムが手を添えると、バスルームに向かった。ヒロムは、何の違和感も感じなった。
 新居に移り住んでから、若い新生がヒロムの身体を洗った。ヒロムはヒトミが身体を洗うようになってから、それ自体になれていた。

 奈美江は、まず、シャワーの温度を確認して、丁寧に、ヒロムの身体にあてがい、石鹸を泡立てて、優しく洗った。白い石鹸の泡が黒くにごるほど、ヒロムは汚れていた。粉末の石鹸をバスタブにいれ、泡立て、ヒロムを沈めた。そのお湯も直ぐに濁った。

 奈美江はなんども、何度も、石鹸を泡立てた。何度も、何度も、洗った。

ヒロムはその行為の中で新居の生活と今の生活を比べることができた。奈美江は自分の手でヒロムをきれいにできることが嬉しかった。

「ねえ、ねえ。」
集中している奈美江にはヒロムの声が聞こえなかった。ヒロムは奈美江の腕の間に腕を伸ばし、乳首つまんだ。
「ウワウオー。」
突然の刺激に奈美江は声をあげ、仰け反った。
「何をなさるんですか。」