仁、そして、皆へ

そこから 聞こえる声
そして 今

指紋の感性2

2012年03月29日 14時34分33秒 | Weblog
「でもさあ、けっこう金かかるんじゃないの。」
「世田谷関係はね。僕とマーが、マーが諏訪から来たときに回るから、そんなでも。」
「前は市川からでしょう。何台で来てたの、」
「うーん。でも、市川も回っていたから、軽トラは全部で四台あったかな。」
「その分、二人じゃ大変じゃない。」
「あっ、スグリさん、それ、ロンです。」
「えー。」
「そんなカスッ手で・・・。」
「いや、メンタンピン、ドラいち、マンガンじゃん。」
「えー。」
「マサル、上手くなったよね。」
「そうなの。」

「バンドも金かかるよね。」
「ジローさんは何やってるんですか。」
「自称はカメラマン。」
「すごいですね。」
「すごくないよ。専門学校は出たけどさあ、仕事なんか、ないよ。」
「でも、スグリの専属カメラマン。」
「ノーギャラ。スグリの写真とかさあ、作品もって、出版社とか回ってんだけどね。お声がかからなくて。」
「大変ですね。」
「バンドも大変なんだよ。」
「あっ、ポンです。」
「えー、ドラだよー。スグリ、責任払いな。」
「なにいってんのよ。まだ、上がってないじゃない。」
「ジローちゃん、それ返して。よし、テンパイ。リーチ」
「トコさん、それロンです。」
「なにー、スグリいい。」
「私のせいじゃないもん。」
「トイトイ、ドラ三、マンガンだ。」

「トコさんは何やってるんですか。」
「僕は、カタギだよ。」
「カタギって。」
「写真屋さん。」
「何言ってんだよ。現像屋だろ。」
「トコちゃんはすごいのよ。航空写真の現像とか、映画のフィルムの現像とかさ、やってる会社なんだって。」
「へー、すごいですね。」
「まあね、僕は最近、ビデオ編集のほうだけどね。」
「すごいんだ。この機材が、何億らしいよ。」
「そう、そう、この前ね、わたしたちのプロモーションビデオ作ってもらったのよ。」
「プロモーションビデオー。」
「いやね。あいてる時間に編集しただけなんだけど。」
「違うのよ。ライブのたびに、たっかーいカメラ借りてきてくれてさあ。撮影もしてくれたのよ。」
「撮影もできるんですか。」
「撮影は素人だけどね。」
「でも音源作らないと、悪いじゃない。そっちがさあ、お金かかかちゃって。」
「へへー、スグリ、ロン。」
「なによー、もう。」

「音源って。」
「インディーズの音源作ってるスタジオ借りてさあ、クリック聞いてやる録音なんてさあ、やったことなかったから。ドラムスがテンパッちゃってね。時間はかかるは、ミックスまでさあ、やるつもりが、ぜんぜん、終わらないの。」
「クリックって何ですか。」
「クリック入れとくと動機ができるんだって。」
「わからん。」
「まっ、いいか。ビデオ見る。」
「是非是非。」
「三曲なんだけど、いろんなパターン作ってくれたのよ。」

指紋の感性

2012年03月28日 11時53分02秒 | Weblog
「こんばんわー」
「マサル、ジローさんにトコちゃん。」
「あっ、知ってますよ。この前のライブのあとも来てたでしょ。」
「あっ、そうか。」
「もう、準備できているじゃないですか。」
「さて、はじめますか。」
「マサル、これマサルのね。」
「ありがたい。空腹状態にはたまりません。」

「ところで、誰。」
「誰って。」
「今日連れてきた人よ。」
「わかんない。」
「わからないって。」
「拾っちゃたんですよ。市川に行く前に。」
「拾ったあ。」
「大丈夫なの。」
「まあ、寝てるし、問題ないでしょ。」
「君たちはもう。あっ、それポン。」

「ところで、どうなの。儲かってんの。」
「儲かるって。」
「仕事よ。仕事。」
「仕事って。」
「変でしょ。」
「変だね。」
「宅配やってんじゃン。」
「はい。」
「収益は上がっているかって聞いているんですよ。それ、チー。」

「マサルは、月、いくらもらってんの。」
「いくらって、決まってないです。」
「売上とかどうなってんのよ。」
「一様、集金は月末一括で、それはアキコ、アキコさんの口座に入れちゃいます。」
「手持ちは、どうすんの。」
「活動費は、なくなったら、諏訪から来るときに持ってきてくれますよ。ロンです。」
「えー、もう、あがったの。しかも、ダマテンで。」

「会社にすればいいのに。」
「またですか。」
「またって。」
「前もね、昔の仲間に言われたんですよ。会社にしないかって。それで今日、市川の奴 も言ってた。」
「よーし、今度こそ、リーチ。そんで。」
「そんで、市川の奴の言うことがなんか、むかついて。」

綺麗な顔8

2012年03月28日 10時55分38秒 | Weblog
マサルは着替えを持って一階に降りた。
スグリさんの家は二階を賃貸用にしていたが風呂はなかった。
一階を改造する際に住居部で唯一、風呂だけが手付かずで残された。
銭湯も歩いて五分ほどのところにあったが、スグリさんが使用を許した。
と言っても、マサルが使うことで清潔感が保たれたのだが。

マサルはシャワーをざっと浴びて部屋に戻った。
ベッドに横たわる男の顔は綺麗だった。
その中央のティー字部分、目も位置、鼻のスジ、口もと、以前に見たことがあるような気がした。
スグリさんの声がした。
「マサルーまだあ」
マサルはチェアーの上に洗濯物を投げ、部屋を出た。

綺麗な顔7

2012年03月22日 17時13分25秒 | Weblog
スグリさんは男っぽかった。
スグリさんのバンドはジミーさんの店でもエロい感じで人気があった。
ビーエスエイトもエロい感じを目当てにくるファンが多かった。
ただ、ビーエスの緊迫感についてこれない客もいて、満員になるのことはあまりなかった。
スグリさんのほうはというと、いたって軽快なロッケンロールだった。
ライブの日には打ち上げ後もスグリさんの部屋でたくさんの人が雑魚寝した。
スグリさんは酒も好きだが、賭け事も好きだった。
彼氏と住んでいるのに彼氏以外の男どもを連れ込んで、朝までマージャン牌の音を響かせた。
彼氏は「マージャンはわからん」と言って、どこかに消えた。
マサルもマージャンに誘われた。
マサルは何もわからなかったが、スグリさんの手厚い指導で参加することが可能になった。

その日も環八から少し入ったまだ整備されていない首都高下の脇にあるラーメン屋からチャーシュウと餃子を調達して、スグリさんの部屋で始まった。

男は車から降りても、何も話さなかった。
「こっちで寝てなよ。」
言われるままに男はマサルのベッドにもぐりこんだ。

綺麗な顔6

2012年03月21日 16時51分01秒 | Weblog
静かな時間が過ぎた。
男は助手席の窓に頭をつけて身動き一つしなかった。

なんだよ。笹川の奴。何考えてんだよ。
ヒカルやミサキがいってたのも同じことなのか。
違う。
会社って。
アカギさん何も言わなかったのかなあ。
待てよ。ここのところ、連絡してくるのは笹川だけだったなあ。
何で気付かなかったんだろ。
高井戸に戻ったら、アカギさんに電話しよう。

信号待ちで男を見た。
夕暮れの太陽の色が男の顔をセピア色に染めた。
綺麗な顔だった。
男は寝ていた。
誰かがいるのに、独りでいられる感覚。
マサルは好きだった。
車で出かけて、同乗者がすべて寝ていても気にならなかった。
沈黙ではない静寂。
車の騒音が作る静寂。
高井戸に着くまでマサルは男を起こさなかった。

スグリさんが珍しく帰っていた。
男を起こして、たずねた。
「どうする。家までつれてきちゃったけど。」
男は頭を垂れたまま何も言わなかった。
「もし、今日、いくところがなかったら、家に泊まってもいいよ。」
その風貌からか、臭いからか、そんな言葉が出た。
「マサルー。」
二階の窓からスグリさんの声がした。
「今日さあ、夜、どうしてる。」
「どうって、何もないよ。」
「じゃあ、さあ、こっちこない。」
「お客さんいるけど、一緒でいい。」
「いいよ。」
「片付けすんだら、いくよ。」
「いいねえ。」

綺麗な顔5

2012年03月12日 17時15分35秒 | Weblog
普段、マサルの語気が荒くなることはほとんどなかった。
だから笹川の提案が彼の触手に触れたことは間違いない。
「ベース}のあった場所から少し離れた国道沿いのファミレスに二人はいた。
テーブルをドンと叩いてレシートをひったくるようにして、マサルは席を立った。

「なあ。どうする。さっきのところまで戻ろうか。」
声のトーンに自分で驚いた。普段と違っていた。
言い直した。
「ゴメン。どうしようか。」
男は首を振った。

マサルも男も目を合わせなかった。

「まあ、いいや。」

マサルは高井戸に向かった。
「ベース」の基本的な姿勢、くるものは拒まず去るものは追わず、それはマサルの感覚にあっていた。
ただ、今回の笹川の提案は吐き気のするような気持ち悪さがあった。
隣に男がいるのはわかっているが、頭の中は、笹川の提案がぐるぐる回っていた。

綺麗な顔4

2012年03月06日 16時52分01秒 | Weblog
ボトムの笹川の話は単純に言うと「会社が作りたい。」というものだった。
高井戸からの供給について異論ないが、近郊の農家と契約を結び、無農薬野菜を作ってもらう。
それを販売したい。
野菜という商品は鮮度が非常に重要な要素であるから、産地は近いほうが良い。
会員制にしてその販路をひろげたい。
会員から一定の会費を取り、定期的に野菜を届ける。
その会員が新しい会員を紹介したら、会費を値引きする。
詳細は、独りの新会員の紹介につき、会費の五パーセントを値引きする。
二十人の新会員を紹介すると本人の会費が無料になるというものだった。
それ以上の会員を紹介した場合は一人につき会費の五パーセント分の報奨金、いや、野菜が増量される。

笹川はうれしそうに説明した。
さらに、笹川は続けた。

栽培方法についてはミサキさんのマニュアルを買い取りたい。

「ミサキのノートは誰のものでもないだろ。買い取るって何だよ。」
マサルは話を聞いているうちに胸が苦しくなるような感覚にとらわれた。
「いやー。ですから、できるかどうかはわからないんですがその独特な生産方法自体を特許として申請できないかと。」
「トッキョー。」
マサルはテーブルを叩いた。
「何いったんだよ。もういい。いいか、ミサキのノートは誰のものでもないからな。」
笹川をにらんでいた。
「それ以外のことは勝手にしろよ。」
「えっ、よいのですか。」
「オイ、お前の言っていることは・・・・・。」
マサルは言いよどんだ。
売り言葉に買い言葉のような会話で認めてよいのか。
「待て、ヒデオたちに相談する。」
「あっ、そうですよね。それをお願いしたかったんですよ。グリーンベース全体で取り組んでも面白いと思いますよ。」
「そういうことじゃない。」
マサルは、また、テーブルを叩き、立ち上がった。
「いいか、ヒデオたちの返事があるまで動くなよ。」