仁、そして、皆へ

そこから 聞こえる声
そして 今

その暗闇の臭いと住人

2009年12月22日 13時49分23秒 | Weblog
その暗闇にブラックライトが灯っていた。いかにもアンダーな雰囲気が漂っていた。リハーサルが始まったのが午後六時だった。リハーサルといっても、本八幡のハウスとはぜんぜん違っていた。音響設備もヴォーカルとドラムスを拾うだけで、楽器はアンプの生音だった。「ベース」のルームの機材のほうが数段上の感じがした。バンドは三つで、持ち時間も定かではなかった。
「ジミーに声をかけてよ。そんなに気取ったところじゃないから、リハのつもりで出てくれればいいよ」
平井さんの紹介で、というと、スキンヘッドのおデブさんが出てきた。暗闇のようなその店でサングラスを掛けていた。怖そうだった。
「アー平井さんから聞いてるよー。かなり面白いことしてくれるんだって。」
ボーイソプラノだった。皆は噴出しそうになった。サングラスを外すとまん丸な輪郭に小さな目の子豚さんのような顔が出てきた。また、噴出しそうになった。マーが握手して、打ち合わせをした。
 フードアンドドリンクのカウンターがあって、その横にもう一つ遮音用の厚い扉があった。そこをあけると同じように暗闇に近い空間があり、そこが会場だった。本八幡のハウスの立ち見席くらいの大きさで部屋の四隅にアンプがセットされていた。真中にマイクスタンドが並んでいた。やはり、ビーエススエイトが一番早く来たらしく、バンドらしい人影はなかった。
「楽屋はないから、着替えはトイレでね。」
ジミーさんが言った。
「機材はどうしましょか。」
「セットできるのは壁際にセットしておいていいよ。」
「アーそうだ、モニターは真中しかないから、聞こえるところでやってよ。」
「ハイ。」
「音出ししてみる。」
そういうと、入り口の扉の脇に言って、調光のつまみを回した。少し明るくなった。マーとマサルがセッティングを相談し始めた。残りの皆で機材を取りに行った。
 キーボードをどうするか、二台あるギターアンプのうちの一台を使うことにした。というのもそこのミキサーではヴォーカルマイクとドラムスを拾うと空きがなかった。
「何か、あやしいね。」
ハルが嬉しそうに言った。
「ハル、何か期待してるのか。」
「そうじゃないけど。」
 不思議な場所だった。京王線の幡ヶ谷の駅を降りて、商店街を抜けたあたりの路地を入ったところに入り口があった。マンションの一階に花屋があって、その脇のドアがそのスペースに通じていた。タテ看があって、汚い、ヘタウマというより汚い字で出演バンドが並んでいた。知らない人が見たら、それ自体がオブジェに見えて、けしてライブをやるような店があるとは思わなかっただろう。
 駐車場は少し離れたところにあった。機材と衣装を運びながら、マサミが唸った。
「平井さんって・・・・・。」
「どうしたのよ。」
「機材が重いから、着いてから話す。」
ヒカルがマサミのキーボードを持った。
「ゴメン、別に自分の楽器を持つことなかったね。」
ヒデオは皆の衣装とマサルのエフェクターケースを持っていた。ハルがマサルのギター、ミサキがマーのスネアとスチックケース、ペダルケース。アキコは皆の荷物を持っていた。交換する形でヒカルのベースをマサミが持ったのだが、肩には掛けれるのだが、重さはキーボードと変わらなかった。
 マサルとマーが走ってきた。
「ゴメン、ゴメン。」
「打ち合わせはいいの。」
「何か打ち合わせって感じじゃないんだ。」
「何よ、それ。」
「勝手にやってね、感じでさ。」
そういうと脹れっ面のマサミのベースをマサルが取り上げ、ミサキの一式をマーが引き取った。ハルが膨れた。
「ハル、持とうか。」
「いいわよ、だいじょうぶ。」
笑いながら、マサルがベースと反対の肩にギターを担いだ。手ぶらになったハルとミサキ、マサミはヒデオとアキコの荷物を手伝った。
「仁に見せたかったな。」
「今回は難しいよ。」
「そうだね。でも住所は教えたんでしょ。」
「いちようね。」

その場所が「ベース」ということ11

2009年12月17日 14時36分19秒 | Weblog
マサミが叫んだ。
「仁、仁。」
ヒデオの横に座っていた仁が椅子からずり落ちた。仁は寝息をたてていた。
「やっぱり、仁ちゃんって可愛い。」
マサミが嬉しそうに笑った。男たちが仁を担ぎ、二階の開いているスペースに布団を敷いて寝かせた。

戻るとマサミがキヨミの隣に座っていた。
「ねえ、どんな感じなの。」
「どんなって・・・・。」
「私が聞いたら、へんか。」
「そんなことはないです。でも、まだ、病院には行ってないんです。というか・・・」
「そうなの。」
マサルが言い出した。
「何か、ヘンだね。マーちゃんもそうだと思うけど、何か嬉しいね。」
「そうなのよ。自分でもね。怒ったりとか、くやしーとか、乱れそうだったのに、キーちゃんの話、聞いてたら、そんな感じじゃなくなっちゃった。」
「そうだな、何か、あったかい感じがするな。」
「仁ちゃんって、誰か一人のための人って感じじゃないもの。」
「仁と、仁さんと。」
「いいよ。マー、仁はそんなのどうでもいいと思うよ。」
「仁といると、誰が誰って感じがしなくなるんだよ。全部が一緒になっちゃうみたいでさ。セクスって感じは・・・・。」
「だから怖い時もあるけど・・。でもね。だいじょうぶなような気がする。」
「はは、でもいいじゃん。仁もキヨミさんも帰ってきたんだから。」
「そんなふうに言っていただけるなんて・・・。」
「病院、うちに来る。」
「アキコさん・・・・。私・・・・。」
「どうしたの。」
「病院には行かないつもりです。」
「どうするの。」
「この子は、たぶんいると思うんですけど、この子は、仁を引き継ぐ人になるのだと思うんです。ですから、自然のままで・・・。この子の運命に従いたいのです。」
「すごいね。キーちゃん、保険ないとか。」
「いえ、森口さんに聞けば、保険はあると思います。」
「私も、私もじゃないか。保険とかどうなってるか解らなくて、困ったことがあるからさ。」
「そんなのじゃ、ないみたいよ。」
「それで、ここに来たのだと思います。仁がここに導いたのだと。」
「ますます、嬉しいじゃないか。仁はいないけど、カンパイし直すか。」
「賛成。」
ユニゾンの皆の声が響いた。
飲みが始まって、しばらくするとキヨミの目から涙がこぼれていた。
「どうしたの。」
「イエ、嬉しいんです。こんなとんでもない話をちゃんと聞いてくれて・・・しかも、こころよく受け入れてくれるなんて・・・・。」
「キーちゃん自分で言ったじゃん。仁が導いてくれたって、僕らもきっと仁に導かれえて「ベース」にきたんだよ。同じなんだよ。」
「でも、あなたの身体に何かあったら、ルールを破るかもよ。妊娠ってそんなに簡単じゃないときもあるから。」

その場所が「ベース」ということ10

2009年12月04日 16時59分24秒 | Weblog
「仁は、あ、ゴメン、仁さんはヤマノモノなの。」
ハルが聞いた。
「仁は純血に近いのだと思います。」
「純血って。」
「私たちはその血を、本来の力を絶やさぬために、戸籍のない人を作ったと聞きました。たぶん、それが仁だと思います。」
「仁は他の血の混入が少ない人だと思います。ですから、仁には知恵の遅れがあるのだと・・・。」
「どういうこと。」
「仁はたぶん、その判断も、思考も小学校五年生くらいだと、そこから先には進んでないと思うんです。その力と感性は、ヤマノモノに間違いありません。」
「何かわかんなくなってきた。」
マーが唸った。
「そうですね。おかしな話をしていますよね。」
「違うよ。キヨミさん。僕らは仁のことを感覚で知っていて、言葉で理解していないんだ。仁はすごいと思うし、あれ、ゴメン、僕も仁って言ってるね。」
「いいんだよ。仁は仁なんだから。」
マサルを元気付けるようにヒデオが言った。
「そうね。ヒデオ、私たちがここを選んだのは、もしかしたら・・。」
「そうなんだ。はは、仁、くすぐったいよ。」
仁がヒデオの脇をくすぐっていた。
「話に疲れちゃったのかな。」
「キヨミさん、仁と二人でいるときに今みたいな話をしたの。」
「キヨミさんってえ。年上ですけど、キーちゃんでいいですか。」
「え。」
「ハル、なんでもいいようなかんじになってるよ。もう。」