仁、そして、皆へ

そこから 聞こえる声
そして 今

その部屋のドアⅢ

2008年04月30日 14時51分36秒 | Weblog
ヒカルが部屋に戻ったのは夜の12時を回っていた。ヒカルはグラスに氷をいれ、ウォッカを注いだ。ヒカルの部屋は当時なら標準といえる6畳一間に簡素な台所、トイレが付いた物件だった。ただ、入り口は各部屋ごと独立していて幾分良いほうだった。が、その個別のドアが災いした。それは1時を回ったくらいだった。ノックの音がした。酔いの回り始めたヒカルでもドキッとした。その時間にヒカルを尋ねる人は、軽音の先輩くらいだ。学院に近いことから、終電を逃した先輩がごくまれにではあるが宿として乱入した。ヒカルはそんな時、不快感を隠さなかった。それを知ってか、そのころはご無沙汰だった。
「誰、」
ヒカルは怪訝そうな声で尋ねた。
「今日はありがとうございました。美咲と申します。」
女の声がした。えっ、ヒカルの頭の中で声の記憶が駆け巡った。聞いたことはあるが確かな存在としての記憶はない。ドアを開けた。女が立っていた。足の先から頭の上までジーと見回した。記憶の糸がつながった。それはマサルと学園を出るとき突然駆け寄って手かざしをした女だった。 

その部屋のドアⅡ

2008年04月28日 15時16分38秒 | Weblog
 ヒロムはマサルから渡されたチラシを熱心に見た。そして暫くして行けるかとマサルとヒカルに尋ねた。マサルとヒカルは正門を出た時と同じ顔で見つめ合い吹き出した。
ーー集会に出てどんな感じか見てくればいいんだろ。
ーーしっかりと観察して報告するよ。
ヒロムは簡単なことではない、と言いかけて止めた。先入観があれば身構えてしまう。真実は遠い。
 ヒカルは大学の近くの安アパートに住んでいた。

その部屋のドア

2008年04月25日 14時33分44秒 | Weblog
 そのころのTG会の根拠地は部室が最も大きかったAG大にあった。空手部や柔道部といった格闘系の人間もそのサークルに所属し、勧誘の際はボディーガードのように付き添っていた。マサルとヒカルはMG大の部室に連れ込まれ、入部届けに記入を求められた。二人とも正直に現住所を記載し、父母の名前や職業まで書き込んでしまった。強面の男たちが威嚇するかように周りを取り囲んでいれば誰でも従わざるを得ない状況がそこにはあった。ただし、二人の前で指示をするのは体の線がはっきり解るニットのワンピースを着た大学生には見えない色気のある女性だった。終始笑顔で彼らに書き方を説明した。さらに二人の両脇には二人の女性が記載状況を確かめるかのように胸の柔らかさを感じるくらい接近し、彼らの手元を見ていた。最後に一枚のパンフレットを手渡され、狭い部室を後にした。
 彼らが大学の中庭にさしかかると両脇にいた二人の女性のうちの一人の女性が追いかけてきて手をかざしながら、
 --自由への旅が始まりました。ぜひこの集会にお越しください。あなた方の孤独と束縛は必ず取り除かれます。家族と呼べることを信じて、おやすみなさい。--
 呆気に取られている二人を残してそれだけ言うと女性は立ち去った。二人は思わず顔を見合わせた。こみ上げるものをこらえながら、正門を出ると大爆笑に陥った。二人はパンフレットの内容も確かめることなく「ベース」向かった。

影を感じてⅤ

2008年04月24日 16時30分54秒 | Weblog
 TG会はC国に根拠地を置き、1人のメシアを中心に教団を展開していた。基本的な教理はK教を基にしているが、その内容は、もともと一つだった血の系統が混血の始まりによって汚れ、世界が間違った方向に進んでしまったというもので、この世界を正しい方向に戻せるのはメシアしかいないとし、メシアの意思に従い男女が結ばれ、血の浄化を進めることが唯一の救済につながると言うものだった。ヒロムが興味を持ったのはその教理ではなく勧誘方法だった。マサルとヒカルを囮にしてその実態を知ろうとした。教団は大学の中に研究会の形でサークルを作り、それを拠点として他校の信者も交えて勧誘活動を展開していた。悩める若者を装い、マサルとヒカルはそのサークルの勧誘に乗った。

影を感じてⅣ

2008年04月23日 15時54分16秒 | Weblog
 第一回「神聖な儀式」の後、ヒロムは音楽を聴きあさった。クラシックからニューミュージックまでありとあらゆる音を聞いた。勉強熱心なヒロムは一ヶ月もしないうちに演劇部とマサミのピアノについて語るようになった。演劇部にヒロムはマサミのピアノの特異性を語り、クラシック音楽の中ではマサミのピアノを表現するのは難しいといった。ショパン、バッハ、ベートーベン、リストなど著名な作曲家の名前を挙げ、マサミの雰囲気はどれにも一致しないと評論家のように語った。そして二人は一番近い雰囲気を持つのはフリージャズのキースジャレットであるという結論に至った。
 この性格からヒロムはその当時、ミッション系の大学で信者を増やしていたTG会について興味を持ち、その営業スタイルを研究し始めた。マサルの話によるとTK大、AG大では目標が定められ、かなりえげつない方法で勧誘が行われたらしい。マサルの母校、MG大にもその勢力が出没し始めた、と言うことだった。

影を感じてⅢ

2008年04月22日 16時40分10秒 | Weblog
ヒロムは箱を逆さにし、ガサガサ揺らした。すると、ジャラジャラと小金も落ちてきたが、中から紙幣がゴソッと落ちてきた。控え室の中央で白布の上に小山ができた。薄目の仁が右手を伸ばしてガバっと紙幣と掴むとニッと笑って立ち上がり、ポケットに無造作に突っ込むと控え室を出て行った。マサミは皆と仁を何度も頭を振るように見比べ、すまなそうな顔をして立ち上がるとジンの後を追った。皆は固まった。仁とマサミの行動を目で追うこと以外できなかった。二人が出て行ったドアをジーと見たまま、暫く固まったままだった。何が起きたのか、理解するのに時間がかかった。ドアが開いた。皆、ビクッとしながら侵入者を待った。仁が戻ることを期待しながら。マサルだった。フーと息のもれる音がした。マサルは人数分の缶コーヒーを小脇に抱えて、何とかドアを開けたらしく中に入るや否やゴロゴロとぶちまけた。
 「仁、マサミも帰っちゃったの」
と気の抜けた調子の声が響くと、ヒロムが笑い出した。それにつられて皆が笑い出した。マサルは何が起こったのかわからず、キョトンとした顔で皆を見渡した。
 仁が持ち去った金を除いても「心づくし」の中には150万近い金額の紙幣やジャリ銭が入っていた。今まではアキコとヒトミが自分の口座で金を管理していたが組織の口座を新設することにした。ヒロムは今回のイベントがどのくらいの予算でできたか、把握したいと言い、もちろん領収書など誰も取っていなかったが、自己申告で自腹や会計から出て行った金を集計した。利益は思ったより大きかった。
 これが事業の始まりだった。僕らの中で何人がその影に気づいていただろう。僕らはその成功を手放しで喜んだ。そして、次回開催の日程を決めるためにヒロムを中心に企画部が作られ、控え室の大改造が始まった。今回の「儀式」で不必要と判断された椅子や机は売り払われ、やはり、ヒデオが中心となって括り付けのテーブルや収納、その性格どおり無駄なく快適な空間を作り出した。もちろん厚ベニヤを駆使して。そのころマサルはいつもといっていいくらい「ベース」に入り浸っていた。マサルだけでなくヒカルも。彼らはペンキ塗りを手伝ったり、弁当を買いに行ったり、「ベース」の変化を楽しんでいた。ヒデオはそんな作業の中で、ふと、「何のために、何を目標として」と言う疑問符が頭をよぎるのを意識し始めていた。それが影を感じ始める最初だったが、その時のヒデオの意識の表層には輪郭としても現れてはいなかった。


影を感じてⅡ

2008年04月21日 17時53分18秒 | Weblog
疲労感が残る目覚めの中でヒデオはアキコの乳首が背中をくすぐる感触に浸りながらボーっとしていた。ヒロムが1人で入場口に置いた心づくしの箱を控え室に持ってきた。その気配でそこに眠るすべての人間が目を開けた。ヒロムは既に身づくろいを済ませていた。皆もゆっくりと服をつけ、ヒロムの周りに集まった。心づくしの箱は上に丸穴が開いた四角い箱で白い塗装の上にヒロムの達筆で「心づくし」と書いてあった。

そんなところでⅡ

2008年04月14日 16時34分02秒 | Weblog
マサルはヒデオに何か言い出そうとしていた。その瞳がそう訴えているのがわかった。ヒデオはもう一度グッとマサルの肩を抱いた。ヒロムが立ち上がり、皆を見渡した。ヒデオはヒロムが何か言葉を使うのかと思った。ヒロムは全員の顔を確かめるとゆっくりと座った。すると誰かが誰かにもたれかかるようにして全員の体がつながった。体温が静かに伝わった。呼吸が静かに流れ出した。それはスペイン坂の空き地で肩を触れ合うことから始まった「べース」そのものだった。その心地よい疲労感はそこにいるすべての人間に優しい眠りを与えてくれた。マサルがその肩の中で寝息を立てているのに気づいたヒデオは自分もその眠りの中にいたことを感じながら、ふと目を覚ました。それを感じたのか、アキコも目を覚ました。ふたりは厚ベニヤのロッカーから残りの布をすべて引っ張り出して皆の上にかけた。そして最後の一枚に二人で包まり控え室の一番隅で再び眠りについた。すぐ近くに朝はきていた。第一回「神聖な儀式」がすべての意味で幕を閉じた。

そんなところで

2008年04月10日 13時22分12秒 | Weblog
 闇の中を小さな明りを頼りに控え室に戻った。ヒデオがヒトミを抱え、仁はヒロムとアキコが担ぐようにして、布の割れ目から控え室のドアにたどり着いた。やはり汗でびしょ濡れの演劇部がドアを開け、皆を迎え入れた。演劇部の目は涙で濡れていた。2人の技師とともに布を操作していた常任たちも控え室に戻ってきた。彼らも目に涙をため、その感動を言葉にしたそうだった。ヒトミは失神していた。仁も意識があるのか、ないのかフラフラしていた。いつも薄目を開けているのにその時は完全に目を閉じていた。折りたたまれたパイプ椅子や机、ヒデオの作った厚ベニヤの簡易ロッカー、人のいるスペースは非常に限られていた。しかも全裸でひしめき合うように、それでもその時スタッフとして動いた人間全員が控え室に集まった。
 まずヒトミを余った布を敷き、そこに寝かせた。フラフラの仁をその横に寝かせた。仁は勃起したままだった。もう1人、フラフラのマサミが這うようにして仁の横にたどり着いた。3人を取りかこんでヒデオとヒロム、アキコが座り、マサルがすぐ脇に座り込んだ。六人組が全員、儀式に参加する中でその進行がスムーズに行ったのはマサルが全体をまとめていたからだ。マサルは汗だくの衣装を脱ぎ捨てた。それにならって裏方の全員が衣装を捨てた。それは会場で行われた儀式のように皆が六人組に寄り添うように座り込んだ。ヒデオはマサルの肩を抱いた。マサルが愛おしかった。ヒトミと二人で大量の布を手に入れるためにホテルのリネンを扱う会社に行き、廃棄処分になるシーツを格安で手に入れる交渉をしたのもマサルだった。